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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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狭間の館 1

 嘘や隠し事にもそれなりに理由がある、コルトもそれは理解しているのだが、腹が立たないかどうかは別の話だ。マオと別れてからの旅路も決して楽ではなかったし、トルルではいらぬ不安に振り回されていた。もし最初に出会った時から身分を明かし、彼女の仲間についてきちんと説明してくれていたのなら、余計な気苦労を負う必要が無かったのに。なんだか試されたような気がして、不愉快だ。


 しかし過去のことをとやかく言っても得る物は少ない。だからコルトはこわばった顔のまま、マオに詰め寄った。


「案内役ってことは、今度はちゃんと説明してくれるんだよね」

「わたしにできる範囲のことなら」

「じゃあ教えて。ここはどこなの、このお屋敷はなんなの?」


 聞きたいことは山ほどあるが、まずは自分がどのような場所に居るのか知りたかった。この館は明らかに普通の建物ではない、これまでは危険を感じたら逃げるという選択肢がとれたが、それすらできるかわからないのでは不安しかない。


 マオはほほ笑みをたたえたまま、わずかに眉目を下げた。うまく伝わるかはわからないが、と前置きしつつ説明してくれる。


「ここはあらゆる概念の境界に存在している空間です。(うつつ)と幻、今と昔、動と静、生と死、境界上であるがゆえ、どちらであるかは曖昧です。イオニアンと言う名の世界の内ではありますが、限りなく外に近く神の目にも捉えられない。この館をわたしたちは『狭間の館』と呼んでいます。と言っても建物の外観が存在するわけではなく、多重の結界で固着された室内空間があるだけなのですけど」


 つらつらと連ねられた説明を、コルトは口を半開きにして聞いていた。どうしよう、全然わからない。以前より薄々感じていたことだが、マオは説明が不得意らしい。もう少し詳しくと求めてもいいのだが、説明する人は変わらないから堂々巡りだ。


 コルトは赤茶の髪をガリガリとかいて、一生懸命考えた。マオが言いたいのは要するに――


「ラフィスが眠っていた神殿の場所と同じような、ここも異世界ってことなんでしょ」


 指さしと共に突きつけた答え、正解している自信があった。ところが、マオは憂い混じりの息をつき、一気に困り顔となった。


「ええ違うの? カサージュが居た神殿とは何が違う?」

「いえ、わたしはそちらを見たことがないので断言できないのです。ただ、先代がおつくりになった場所であるなら、コルト君が示す場所とは同じ原理で成り立つものと思われます」

「……先代? それがカサージュのこと?」


 マオは小さく頷いた。


「はい。わたしたちタルティアの先代の指導者で、この狭間の館をつくられたのがカサージュ様でございます。カサージュ様は、残念ながら既に鬼籍に入られております」

「キセキに入るって、どういう意味?」

「……死んでしまった、ということです。それも、コルト君が出会うよりずっと前に」


 後ろから頭を殴られたような衝撃がコルトを襲った。もう一度、肖像画をかえり見る。見間違いではない、自分が会ったのは絶対にこの人だ。この肖像画がカサージュと別人なのか? いいや、ラフィスが肯定していたからそれはない。それに、見たどころか声も聞いたのである。きちんとこちらを見て話しかけて来た。大体、カサージュとは「不死者」ではなかったのか。


 コルトは混乱半分にマオへ詰め寄った。


「また嘘でしょ、僕は会ったんだ。カサージュからラフィスのことを任されたんだ。絶対にこの人だった! 生きてたよ!」

「そう言われましても――」

「隠し事はずるいよ。マオさんが言っていることが本当なら、僕がカサージュに会えるはずない。それとも僕は幽霊に会ったってこと? トパゾの時みたいに、カサージュが僕を乗っ取ろうとしてああしたってわけ?」

「先代はあのような悪霊とは違います!」

「知らないよ! あなたたちが何も教えてくれなかったから! 僕には、あなたたちが嘘で僕たちの邪魔をしているようにしか思えない!」

「違う、コルト君、違いますから――」

「じゃあ! カサージュはどうして僕にラフィスを預けたんだ。どうしてラフィスが危険な目に遭っても助けてくれない。それも知ってるんだろ、教えてよ!」


 マオは詰め寄られながら頭に手をやりうめいていた。しかし、不意に首を横に振って手を握った。ぐっと悔し気に歯噛みしながら、初めて怒った顔を見せた。


「正直に言っていいですか! わたしだって、わからない事はあるんです! タルティアに属するからなんでも知っている、そんな風に思わないでください!」


 迫力はそんなにない、だが震える唇と潤んだ目にコルトは冷や水を浴びせられた気分となり、言葉を詰まらせた。逆にマオは堰を切ったように言葉を吐き続ける。


「わたしは、わたしだって先代が気脈に還る場面をこの目で見ました、それが事実です、嘘なんかじゃない! わたしだって、コルト君と同じくらい、どういうことなのか知りたいんです! だって、何もわかっていないから!」


 まるで人が変わってしまったかのように感情的になっているマオを、コルトはただただ呆気にとられて見つめていた。


「お師様は先代の事になると全然、なにも説明してくれない……。ええ、そうです、わたしは未熟者ですから。先代のことを知るには値しない、そういうことです」

「あの、マオさん……?」

「確かに、ラフィスさんのことだって知っていたんです。でも、わたしがラフィスさんに会ったのは初めて、詳しいことは知りません。だから聞かれても困るんです、何も知らないから! お師様は、そんなことを知ってどうする、荷が重いと、そればっかりで……わたしだって、タルティアの同胞なのに!」

「えっと、なんか……ごめんなさい」


 察するに、師匠と喧嘩でもしたのだろう、そしてコルトの投げつけた言葉がマオの真新しい傷に触れてしまったのでは。とばっちりを受けたと憤慨してもいい場面だが、コルトは逆に萎えていた。なんだか気の毒で。


 マオも謝られたことで我に返ったのか、しまったと言う風に息を飲んだ。


「もももも、申し訳ありません! あの、少し、色々ありまして……ええと、気にしないでください。コルト君は関係ない、わたし個人の問題なので……」


 いや無理だよ、気にするに決まっている、コルトの手はそんな風に言いたげに持ち上がった。しかし実際に口にするより早く、マオが平静を取りつくろって言い被せて来た。


「とにかく、申し訳ありませんが、先代に会っていただくことはできません。あの方はもうこの世に居ないのです。世界のどこにも」


 それからマオは半歩分片足を引いて身をよじりながら、腕を広げて広間の全景を示す。


「この広間はタルティアの墓所なんです」

「えっ、お墓……?」

「はい。コルト君が思い描くものとはだいぶ形が違うでしょうけれど」


 コルトは素直に頷いた。墓とは亡くなった人の亡骸を葬る場所であり、死者の安らかな眠りを祈る場所だ。しかしこの広間には墓標もなければ棺を埋められる地面もない、もちろん死体が転がされているわけでもなく、あるのは統一感も無く雑に散らかされた無数の物品だけ。強いて言うなら、しんとした空気だけが記憶の墓地と一致する。


「ここにある品々は、死んだタルティアの同胞が身に着けていた物です。遺体はイオニアンの大地へ還元されなければいけませんし、墓標の代わりだと思ってください」

「だったら、もっと丁寧に整頓してあげればいいのに」

「いいのです、これで。墓所を築いた理由は、同胞が存在していた証を残し、わたしたち後代が多くの先人の屍の上に立っていることを忘れないようするため。きれいに整えてしまうより、こうやって一目でわかるほど散らばっている方が視界に入るから、ずっと忘れないでいられる」

「な、なるほど」

「お師様の受け売りですけどね、今の」


 マオはふふっと笑い声を漏らした。それから、もう一度肖像画の方を振り返った。コルトとラフィスもつられるように絵を見あげる。


「先代、カサージュ様の肖像がここにあるのも、亡くなられているからなのですよ」

「身に着けていた物じゃなくて?」

「……少なくともわたしがここに来た時には、既に先代は精神体のみの存在でした。亡くなられた時に実体のある物はなにも残らない。だからお姿を絵として残しました。先代の意向でもあります」


 写実的に描かれた絵の中のカサージュは動かないし喋らない、始まりの神殿で出会った時とは違う。事情を完全に理解したわけではないが、マオの言う通り、もう彼と再会して話すことは不可能であるということは納得した。ラフィスがこの広間を開いた瞬間に消沈していた理由も、そういうことだったのだ。

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