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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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黒羽根の導き 2

「うゥわあっ!」


 コルトは半ば転げるようにたじろいだ。ハイテンポに鳴る心臓の音を聞き流しながら、唖然として人影を見つめる。


 相手の男は悪びれる様子もなく、じいっとコルトのことを見おろしていた。色黒で長身の、若くてがっしりとした体格だ。それが無表情で見据えてくるわけだから、本心に関わらず威圧感があって怖い。


「な、なんですか……」


 コルトも負けじとじろじろと見返した。装いはバザールに溢れる商人と対して変わらず、胸の開いたシャツにチョッキを着て、緑の玉石と黒い羽根をあしらった首飾りをつけている。ヘアバンドを額に巻いているのも、強い日差しに汗をかきがちなこの辺りではよく見る格好で、異能者ギルドや裏社会の人間であるかどうかを見た目で判断することはできない。


 そのままややして、男は急に関心が失せた風にそっぽを向いて通り過ぎていった。結局、一言も喋らないままだった。


――変に絡まれるよりいいけど……なんだったんだろう。人違い?


 コルトはラフィスと顔を見合わせた。ラフィスも眉を下げ、首を横に振った。奇妙に感じたのは同じらしい。


 こっそりと振り向いて怪しい男の背中を追う。が、その時にはもう見えるところに居なかった。バザールの外は路地もそこそこ入り組んでいるし、わざわざ追いかける必要もないだろう。


 コルトたちは気を改めて、バザールの来た道を戻り始めた。


 店屋の並びの中を歩いていると、やはりアクセサリーの件が頭をよぎる。そして、ふと、さっきの男がつけていた首飾りを思い出した。革の紐で鳥の羽根と綺麗な石を繋いだら真似してつくれそうな、手作り感のあるものだった。村の女の子と一緒に草かんむりや蔦のリースなんかは作ったことがある、その発展でどうにかできないだろうか。ちょうどマオからもらった黒い羽根もある、ちょっと大きいけどペンダントにしたって――


「黒い羽根!?」

「ピャッ!」


 さっきの男は黒い羽根を身に着けていた。もしかして。


「……偶然だ。マオさんの部族の服じゃなかったし」


 マオの着ていたきらびやかな刺繍の民族衣装も、頭に巻いていたターバンも、一目見ればそうとわかる印だ。もらった「証」の羽根とも大きさが違うし、だいたい羽根だけなら、普通の人だって拾ったり飾りにつかったりするだろう。


 さっきの男がまさに探していた部族だった、その幸運を見逃してしまった、というわけじゃない、大丈夫だ。コルトは自分に言い聞かせる。そして、大きな声に身をすくめているラフィスに謝ってから、もう一度歩き始めた。


 なんとなく小物入れからマオの羽根を取り出してみた。大型の鳥の頑丈な風切り羽根だろうか、長旅に揉まれてもぴんとしたままで、黒く艶やかに光っている。これ見よがしに手に持って歩いていたら、通りかかったマオの同胞が見つけてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら。


 しかし、結局なにもないままコルトたちは宿へ帰りついたのだった。極端な幸運も不運もトルルでは縁遠いものらしい。



 コルトたちの旅路では野宿が多かった。だからベッドで何にも警戒せず一夜を越せるのは気持ちよく、朝遅くまでたっぷりと寝坊した。


 明かり取りの窓から吹き込む熱い風にくすぐられて、コルトがのっそりと体を起こすと、ラフィスも同じベッドの上の、足もとあたりで背中を丸めてまだ眠りこけていた。コルトが起きたことに気づいてゆっくり顔をあげると、膝を崩して伸びをした。


 まずは簡単に身づくろいをする。どこかで遅い朝食を取りがてら、今日も町で情報収集だ。お金を稼ぐための方法と、ラザト国へ行く方法を見つけなければいけない。


 コルトは小物入れのベルトを締めると、ラフィスを誘ってきしむドアを開けて部屋の外へ向かった。


 しかし、ドアを開けた瞬間だった。目の前にひらひらと鳥の羽根が落ちて来た。しかも、黒い。


 一瞬呆気にとられたコルトだったが、すぐ我に返って羽根をつかまえた。


 コルトが持っているものと非常によく似ているが、一回り小さなサイズの羽根だ。その物自体に不審な点はない。だが状況がおかしい。天井を見上げても真上に天窓はないし、まして室内を鳥が飛び回っていることなんて。偶然、自然に落ちてくるわけがない。


 ――寝てる間にドアにはさんだ? 誰が、なんのために?


 昨日バザールで羽根を見せびらかして歩いた、それに対するマオの仲間からの合図だろうか。百歩譲って宿まで尾行されていたのを良しとしても、それにしたって起きている時に会いに来るか、メモを残すかすればいいはず。良い理由でのコンタクトならば。


 コルトは羽根を見つめて少し考えた後、部屋に残しておいた背負い鞄を取りに戻った。何か良からぬ事態に片足を突っ込んでいる気がする、資金が足りる内はこの宿を拠点にして活動するつもりだったが、できるかどうか怪しい。もしかすると、また追われるようにトルルを出る羽目になるかもしれない。


――もう慣れたけどね!


 強くラフィスにうなずいて、もう一度部屋を出た。


 外へ出る前に、宿の玄関掃除をしていた主人へ挨拶する。連泊する予定だったが、もしかしたら戻ってこないかもしれない事を伝える。老齢の主人は別に悪い顔をしなかった、また予定が変わったならおいで、ということだった。


「あっ、そうだ。おじいさん、僕たちを訪ねて誰か来ましたか? こんなのが僕たちの部屋のドアにはさんであったんだけど」


 宿の主人は首を横に振った。昨夜から宿泊客以外に出入りした人は居ない、宿泊客のいたずらかもしれないが――


「黒い羽根は遊牧民の幸運を招く御守りだよ」

「幸運を招く?」

「神の使いの天馬の羽根、この地域に伝わる伝説さ」


 かつて地域一帯をタルティアという遊牧民の部族が統べていた。その長は神の使いである黒い天馬にまたがり部族を率いて、草原へ侵略する悪を挫き、乾いた土地にオアシスを開き、そして今に繋がるトルル一帯の生活と文化の基盤を一手でつくり上げた。その黒き天馬は空どころか時空をも超えて駆けることができ、この地に困難が訪れた時には、タルティアの長と共に現れて迷える人々を導いてくれるだろう。そんな伝説だ。


 近辺にいくつもある遊牧部族のほとんどが、古のタルティアこそ自分たちの起源だと語り継いでいる。そしてより強く伝説の部族の繁栄にあやかるため、一部では黒い羽根を幸運のシンボルや儀式のアイテムとして用いているのだ。


「神の使いの天馬……」

「だからいたずらでも、悪いものじゃない。ああ、もしかしたら誰かの落とし物かもしれないから、一応預かっておこうかな」

「あっ、はい。お願いします」


 コルトは部屋で手に入れた羽根を宿の主人に渡した。


 これで一件落着か。トルルの近くでは黒い羽根はありふれたおまもり、通りすがりの誰が身に着けていても不思議じゃない。そして遊牧民にとってはより意味が強まるもので、マオの部族では仲間の証としている。一応繋がった、わざわざドアの上に挟んであったこと以外は。


 まだ少し引っ掛かりを覚えながらも、コルトは宿の外に出た。もう日はかなり高く直射日光は熱い、意識して日陰を歩くようにする。向かう先はとりあえずバザールだ。


 だが、まだ振り返れば宿が見える距離のところで、コルトは足を止めさせられた。


 目の前に黒い羽根がくるくると回りながら降って来た。コルトが持つのと同じ、大きな鳥の風切り羽根だ。


 コルトはぎょっとして、まず真上を見た。窓はない、屋根の上に人はいない、鳥も飛んでいない、雲もない。だったらこの羽根はどこから誰が降らせたのだ。


 ――神の使いの、時空を駆ける黒い天馬だって?


 伝説の存在が近くに現れた、そんな事を吹聴したら、多くの人が馬鹿にして笑うだろう。だがコルトは至極まじめにとらえていた。なぜならラフィスのことがあるから。異空間に飛ばされて古の少女と出会った、それが体験としてあるのだから、天馬の一頭くらい頭の上を通り過ぎて行ってもあながち変とは思えない。


 それも偶然ではなく、なんらかの意志が働いて狙われている。いいものか悪いものか、それはまだわからないが。


 真剣に羽根を見つめているコルトの横から、ラフィスの手が伸びて来た。コルトの持つ羽根を取って眼前に持っていきじっと眺める。


「なにか変わったことがあるの?」


 ラフィスは答えない。しかし、急に驚いた風に後ろへ振り向いた。


「どうしたんだよ、ラフィス。誰も居ないじゃないか」


 ゆるやかにカーブを描く通りには、自分たち以外の人はおろか猫の一匹すら歩いていない。だがラフィスは何かを探すように、あたりを見回している。


 そしてハッと息を飲むと、コルトのことを一瞥してから急に走り出した。


「えっ、ちょっ……ラフィス!」


 コルトも追いかける。だがちっとも追いつけない。速い、全力疾走だ。日差しの下で黄金色に輝く姿を見失うことはないが、しかし離されるのは不安だ。


 それに、不安はもう一つ。


――黒い羽根が、ここにも。


 道なりに点々と黒い羽根が落ちているのだ。まるで道しるべのごとし。だからラフィスが追っているのか、それとも追わされているのか、とにかく標はバザールから遠ざかる人気のない方面へと続いていた。


 そしてしばらく走って一層寂れた雰囲気の街角に来た時、ラフィスが急に狭い路地へと飛び込んだ。光もろくに差し込まない、普通なら侵入するのがためらわれる場所だ。コルトは軽く動揺しながら、しかしラフィスの後に続いた。


 灰褐色の壁に挟まれた、二人並ぶのもやっとな路地だ。ラフィスは数歩入った所で立ち止まっていた。半開きのまま固まった錆鉄の骨翼が邪魔をして、コルトは前に回り込むことができないでいた。


 そして東西に通る路地の中ほどに黒い人影があった。始めコルトは、反対側の出口を背にしているから逆光で真っ黒な影になっていると思った。だが実際は違った。顔も手足も、全身が真っ黒の羽に覆われているのだ。そして腕は鳥の翼のごとき形をしている。そういう亜人にはコルトもあったことがある、有翼人というらしい。ただ、コルトが知っている有翼人は腕以外は普通の人間と同じだったのだが。


 真っ黒の異形の人がぎょろりと目を動かした。黒の中に白目が異様に浮いて見え、コルトはぎょっとさせられた。思わず腰のマチェットに手をかけた。


 その瞬間、コルトは背後から殺気を感じた。冷たいものが首筋に突き付けられ、全身の毛がざわりと逆立った気がした。


 後ろには路地の出口を塞ぐように、昨日のあの羽根の首飾りをつけた男が立っていた。相変わらず表情のない顔でコルトたちのことを見据えている。コルトはむずむずする首に触ってみたが、実際には何も突きつけられてはいなかった。


 コルトは冷や汗をかきつつもマチェットを抜いて、ラフィスと背中合わせになった。前後を塞がれたが、まだ距離は開いている。焦ったら負けだ、ラフィスと協力して突破しなければ。


 だがコルトとは裏腹に、ラフィスはまったく身構える素振りを見せなかった。緊迫しているコルトの方へ振り向くことすらしない。


「……シャーム?」


 ラフィスは驚き困ったような、だが落ち着いた優しい声音で黒羽の人物へ問いかけた。すると相手がゆっくりと大きく頷いた。


――どうなってんだ?


 怪訝な顔をしているコルトに向かって、首飾りの男が口を開いた。


「……証を示せ」


 静かな路地だからやっと聞き取れるくらいの小さな声だった。証、心あたりがある言葉だ。コルトは目線は正面に向けたまま、左手で小物入れをまさぐり羽根を取り出すと、前方に突き出して見せた。


 だが見せるだけではだめだったらしい。男が指を動かし、持ってこいとの無言のメッセージを出してくる。だからコルトはしかたなく従った。右手でマチェットを顔の横に構えたまま、警戒心あふれる足取りでじわじわと近づくと、男が差し出してきた手に手を伸ばして羽根を乗せた。


 男は眼前で黒い羽根を凝視した。ややしてから、男は目玉だけを動かしてコルトの事を見た。


「……付いて来い。門を開く」


 ささやくように一言残し、男は背中を向けて路地を去っていく。同時に、コルトの背後で勢いよく風を切る音が響いた。路地の中にいた黒羽の人物が上へ飛び上がったのだ。ただし空に翼を広げるわけではなく、垂直に上昇すると屋根の上にも出ぬままぱっと消えたのである。


 ラフィスは相手の動きを目で追って、空を見上げていた。そのまま、信じられないとばかりに首を振った。だが、コルトの思う「信じられない」とは少し質が違っていた。肩を落とし、寂しそうに胸に手をやる。そんな背中をコルトは得も言われぬ気持ちで見守っていた。


――ラフィス……もしかして、さっきのは、知り合いだったの? 時空を超えて現れた、昔の……。


 何かが起こっている。これまでのように誰かの悪意に巻き込まれているわけじゃなく、もっと自分たちに直接的な問題で、しかもとても大事なことが。だから誘われるがままついて行くしかない。どんなとんでもない場所に連れ込まれるとしても、黒羽根が導いてくれる縁が一番確実なものと見えている道なのだから。



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