君と四季に在る
「どこか行こうか」
その一言がいつも始まりの合図だった。
和久山と古永は、同じ部活の先輩と後輩だった。
たいして名前も知られていない、田舎街の高校の小さな運動部だ。
遊び半分に練習をしては、夕焼けの気配が訪れる前に部員たちの多くが、さっさと家路につくか、街へと遊びにくり出してしまう。
他に倣い、和久山と古永も部活へは不真面目な態度を取っていた。
二人は学年が一つ離れていたけれど、それ以上に気が合ったので、一緒にふざけていることが多かった。
少しばかり低めの身長で幼い顔立ちの和久山と、背が高く細身でひょろっとした古永の取り合わせは、遠くから見れば兄弟のようにも思われた。
デカチビコンビと称されては、和久山は怒り、古永は笑っていた。
童顔で目の大きい闊達な和久山と、四角い伊達眼鏡を掛け、落ち着いた印象の古永を並べても、どちらが先輩か後輩か、すぐに分かる人もいなかった。
おおらかで明るい和久山と、飄々として小生意気なところのある古永は、その性格も正反対だった。
ときどき些細なことで喧嘩もしたが、だいたいは大人びた年下の後輩が頭を下げるか、おおざっぱな先輩がなにに怒っていたのか忘れるかして、すぐに元の鞘に戻った。
和久山と古永はよく一緒にいた。
短く切った髪を風になぶられて、いつも笑っている二人だった。
そんな二人の間には、とある決まりごとがあった。
「どこか行こうか」
その一言をどちらかが口にしたとき、本当に二人で『どこか』に行ってしまうのだ。
明確なルールなど決めてはいないが、和久山も古永も、一度も互いの誘いを断ったことはなかった。
始まりの言葉はどちらが言っても良いし、いつ言うかも自由である。
一年の内に数回もないことだから、思いついたときに言えばいいのだ。
お決まりの台詞が紡がれたなら、まずは双方の財布の中身を足して二つに割る。
片方は行き賃、もう片方は帰り賃。
その金の全てを使い、『どこか』に行くのだ。
小遣い前の懐が寒いときには、せいぜいが隣街に行って気分転換をする程度だ。
逆に潤っているときは、県をいくつもまたいで、ついには名前も知らない街の雑踏に佇んだこともある。
二人は、移動以外のために浪費することもなかった。
より遠くの場所に行くほど、楽に息をできるように感じたからだ。
だから、行きの金がなくなったら、目的地もなく歩いて、ぽつりぽつりと会話を交わすだけ。
そんな他人から見ればなんの面白みもない時間でも、彼らにはかけがえのないものであったのだろう。
いつから始めたのかも覚えていない決まりごとは、何度も繰り返された。
学生というなににも縛られない身分でも、何故か感じてしまう捻くれた鬱屈と閉塞感を、二人は短い旅をすることで解消したのかもしれない。
ほんの少しの時間、どこか他の場所へと翼を広げて飛び立ち、ささやかな自由を全身で味わっていた。
二人はいつも一緒で、いつも笑っていた。




