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 それはまさかの辞令だった。

『吉福修哉殿。本年10月1日付け、東京本社マーケティング部マーケティングリサーチ課勤務を命ずる』。


 あの旅から約半年後。まさかの東京本社勤務。せっかく関西の水に慣れたのに、これかよ。地元に近くなるって言っても、おれには友達が少ないからあんまり意味ないんだけどな。

 それにマーケティング部だと? 営業畑だったおれに対する当てつけか、クソ。だいたいマーケティングリサーチって、何するとこなんだよ。


 と、いろいろ不満はあった。だけど、ひとつだけいいこともあった。それはもちろん、かの王国が近くなるということだ。


 新部署に配属されて、最初の土曜日。おれはかの王国──つまり東京ディスティニーリゾートの年間パスを買った。しかも共通パスだ。例の9万円のヤツ。

 それを手に入れてからというもの、おれはこうして暇を見ては王国に入国しているという訳だ。時間のある休日はもちろんのこと、仕事が早く終わった金曜日の夜なんかも、こうして。


 それから半年が経った。季節はまた巡り、今は春。あいつと出会った季節。それでもあいつは、まだ見つからない。


「まぁ、そう簡単に見つかる訳ねーよなぁ」


 ディスティニーシー、SSコスタリカ号のデッキ部分。そこから見えるウォータフロントエリアを眺めながら、おれはそう独りごちた。あいつが一番好きだと言っていたこの場所。確かに、ここから見える夜景は絶景だ。


 しかしまぁ、アレだ。男が独り、加えてスーツ姿でこんなところにいるなんて。昔のおれなら考えられねーな。はぁ、と溜息をひとつ。今日も空振りか。


 仕方ない、今日はそろそろ切り上げるか。そう思ったその時だった。

 おれの位置から少し離れたデッキのはしっこ。そこにひとりの女の子を見つけた。

 やけに目立つ女の子だった。だって、その子もおれと同じ、この王国にはあまり似合わないスーツ姿だったから。


 後ろ姿で、顔は見えない。やや暗めの栗色の髪を、ショートボブにしている女の子。でもその毛先は、ゆるりと巻いてはいなかった。

 だけど、その纏う空気というか雰囲気というか。そういうものが似ている気がした。もちろんあいつに。傍若無人で人のことをすぐM扱いする、ちょっと変わったあの女の子に。


 ぼけっと見ていたからだろう。

 振り返った彼女と目が合った、その瞬間。


「何ですか。私の顔に何かついてますか。それともアレですか、最近噂になって……」


 彼女の絶句とその表情。1年前は見られなかった気がする。だって彼女はいつも不敵に笑っていたから。


「よう、久しぶりだな。おれの名前、覚えてるか」


「……驚きました。まさか本当に私を探し当てるとは思いませんでしたよ、修哉さん」


「元気だったか? そのカッコ見ると、こっちで無事に就職できたみたいだな。おめでとう、希望通りにいったか?」


「まぁ、それなりには」


「そうか。そりゃ良かった、本当に良かったよ。夢だって言ってたもんな。地元で就職することが」


 ニヤリ。おれは笑って見せる。というか自然に笑顔が出てしまう。それくらい嬉しいのだ。またこうして彼女に会えたことが。


「どうして、ここに?」


「去年の10月に、東京に転勤になったんだ。それから王国の共通パスを買って、以来ずっと探してた」


「約束、守ってくれたんですね」


「おれは約束を守る男なんだ。知らなかったか?」


「知りませんでしたよ、そんなの。でもあなたが元気そうで、本当に何よりです」


「おれも臨が元気そうで何よりだよ。でもその姿でここにいるってことは、仕事で何か落ち込むようなことがあったのか?」


「そうですね。仕事で少し、下手を打ちまして。それで元気を貰おうと思って、平日ですがここに来たのです。厳しいですね、社会人って。学生の時とはまるで違いますから」


 やっぱり、思わずにやけてしまう。

 そんなおれの顔を見て彼女が問う。


「何がそんなにおかしいのです? 私、わりと落ち込んでるんですけど」


「今、『臨』で返事したな」


「……あ、」


「やっぱりな。まんまと騙されてたぜ。お前は浜野舞(はまのまい)じゃない。その友達の、葛西臨(かさいりん)だ」


 黙る彼女に、おれは続けた。

 全ての謎が解けた、そのいきさつを。


「ちょっとしたツテを使って浜野舞のことを調べた。交通事故があったのは事実だった。でもその事故で誰も死んでないってことがわかったんだ。だから入院している病院を突き止めて、反則だとは思ったけど会いに行った。そしたら、」


 おれはそこで、一旦言葉を区切った。舞の方を見ると、無言でこちらを見ている。いつもやられっぱなしだったからな。ふん、いい気味だぜ。


「そしたら出てきた女の子は、おれの知っている舞によく似た別人だった。いや姿形は恐ろしく似てたぜ。瓜二つってヤツだったけど、声が少し違った。おれには一発でわかったけど、アホのビーストにはわからなかったみたいだな」


 ビースト。懐かしい響きだ。しかしあの時、アホみたいなコードネームをよくつけたもんだ。


「その『舞』に訊いたんだよ。おれのこと知ってるかってな。当然答えは『知らない』だった。でも興味深いことを聞かれたよ。『もしかしてあなたがジン?』ってな。その『舞』は教えてくれたよ。憎き元カレに復讐してくれた友達がいること。その子の名前が葛西臨って名前だってこと。葛西臨には協力者がいて、その協力者を臨は、ランプの魔人であるジンと呼んでいたことを」


 まだ臨は口を閉ざしたままだ。だからおれはそのまま言葉を継いでやる。


「すごいよな、臨。事故で両足を骨折して動けなかった舞の代わりに、舞に成り代わって復讐を遂げたんだろう?」


 純粋にすごいと思った。友達のために、髪形や髪色まで変えて、その友達のフリをしてまで復讐してやるなんて。臨は意を決したのか、ようやく口を開いてくれた。


「……もともと私のせいだったんです。舞がアイツに騙されて、蔑ろにされたのは」


 おれは黙って続きを促した。舞はそれを受けて、言葉を続けてくれる。


「私がもっともっときつく言っておけば、あんなことにはならなかったかも知れないのに。だから、私は舞に黙って全部独断でやったんです。舞になにを訊かれても、『ジンがやった』って誤魔化してましたけど、ばっちりバレてたんですね」


 あはは、と苦笑いする臨。なんとなく気持ちはわかるけど、それでも、勝手に本人に成り代わって復讐をしようなんて、おれとは気合が違いすぎる。


「なぁ、どうして言ってくれなかったんだ? ビーストを騙すんだから、協力者のおれには言えただろ。自分は臨だって。友達の舞に成り代わって復讐を計画しているって、言ってくれたらよかったじゃねーか」


「敵を欺くにはまず味方からって言うでしょう? 私と舞は、背格好と顔が似ていると評判でしたから。君津のツインズとは、私たちのことです」


「いやいや知らねーし、それでもおれまで騙す必要はなかっただろ」


「言ってもきっと、信じてくれませんでしたよ。それに私が化けていたのは舞です。あの時、修哉さんは私を好きだと言ってくれたけど、それは舞のことだったのか、それとも私のことだったのか、自信がなかったから。だから最後まで、自分が臨であることを言い出せなかったんです。ごめんなさい」


「あのな、臨。それはおれのこと見くびりすぎだろ。おれはあの時、王国で出会った臨が好きなんだ。舞の格好をしてようが、中身は臨だろ。だからこうして、ずっと探していた。臨のことが、本気で好きだから」


「嬉しいです、修哉さん。でもよくわかりましたね。『舞』になっていた時の格好ならまだしも、今の私の姿を見るのは初めてのはずなのに。それでもまた会えるって、そう思ってくれてたんですか?」


「思ってたさ。当たり前だろ。臨だって、知らないはずないだろ。この王国のキャッチコピーを」


 そう、ここはこんな風に語られる。


 夢と魔法の王国。

 冒険と創造の海。

 そして──。


 おれは、臨に向かってもう一度、笑いかけた。臨も笑顔を返してくれる。ただそれだけで嬉しかった。

 しばらくそうしていると、頭上に眩い光。

見上げてみれば、それは美しい打ち上げ花火だった。


「あとひとつ、願いが残ってましたよね」


「そうだな、それが3つ目だ」


「あとこれだけ。これが叶えば完璧です」


 これって、どれだよ。そう言う前に、臨がおれの口を塞いだ。柄じゃないのはわかってる。だけど言わせてくれ。それは、この世で一番甘い口付けだったと。


 永い永いキスだった。おとぎ話に出てくるような、そんなキス。打ち上げ花火の下で、おれたちの影はひとつになった。


 花火が煌めく中、どちらともなく離れる。

 お互いの額はくっつけたまま。


「修哉さん。キャッチコピーは本当だったんですね」


「そりゃそうだろ。だってここは、」


 そう、だってここは。

 きっと、世界で一番幸せな場所のひとつ。

 幸せな人もそうでない人もみんな笑顔になる場所。

 おれはたっぷり一呼吸置いてから、臨に言った。


「だってここは、『夢が叶う場所』だからな」




                   



これで完結となります。読んで下さってありがとうございました。もし感想などを頂ければ、幸いです。

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