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 夕焼けが終わり、パークは夜の藍色に包まれた。おれは無言の舞に連れられて、ウォータフロントエリアに位置する、SSコスタリカ号という船に来ていた。まぁ船といっても、実際の船ではなく豪華客船を模したエリアなのだが。

 おれたちはその船のデッキから見える、パークの夜景を眺めている。


「やっと終わりましたね、修哉さん。ここまで付き合ってくれて、どうもありがとうございました。本当に感謝していますよ。これで私の目標は達成です」


 舞の視線は、煌びやかなパークの夜景の方。意図的にだと思うけど、おれの方には顔を向けない。


「私、ここから見えるこの景色が、実はいちばん好きなんです。ディスティニーリゾートで、いちばん。この時間、すごく綺麗だと思いませんか? 私、シーに来たら必ず毎回ここに来るんです」 


「確かにな。きれいだと思う」


「そうでしょう? 今回もここに来られてよかった」


 にこやかに笑う舞。その横顔を見ていたらわかる。ここが、本当に舞の好きな場所なんだってことが。


「ねぇ、修哉さん。ここディスティニーシーに、住んでいるキャラクタって知ってます?」


「そんな設定のキャラがいるのか」


「設定ではありません。事実です」


 と、舞は笑う。このやり取りは何度目だっけ。もうこれが最後になるかと思うと、寂しいものである。


「ここに住んでいるのはね、ってエリアにいるランプの魔人です。名前はジン。3つだけ、何でも願いを叶えてくれるっていうあの魔人ですよ。私にとって願いを叶えてくれた修哉さんは、ジンみたいな存在です。本当に、ありがとう」


「喜んでいいのかどうか、なんか微妙なたとえだな。それに3つも叶えてないぞ」


「喜んでいいとこですよ。だって私、ジンが一番好きなキャラクタですし。それに復讐っていう願いを叶えてくれました。ミラトスカにも泊まれたし」


「そっか。なら、素直に喜んでおくわ」


「はい、素直に喜んで下さい。あなたが好きですよ、修哉さん」


 面と向かってそう言われて、思わず照れてしまう。おいおい、おれもう26だぞ? 笑えねーよ。でもまぁ、悪い気はしない。それは間違いなく事実だ。


「さてと。目標も達成したし、好きな場所にも来ることもできたし。名残惜しいですが、これで今回の旅は終わりですね。本当に、ありがとうございました。修哉さんも、もう行かなければならないのでしょう?」


「いや待てよ、舞。いろいろ聞きたいことがある」


「……そうでしょうね。私も失敗しました。あそこまで長々と喋るつもりはなかったのですが」


「舞は、何者なんだ?」


「何者だと思います?」


「……本当に、死んでいるのか?」


 その問いに、舞は答えない。代わりに小さく、クスリと笑っただけだった。答えの代わりに、舞はおれに問いかけてきた。


「もしもあなたが死んでしまったとして。そのあと少しだけ、生き返ることができたなら。あなたは何を望みますか?」


「そりゃ、死ぬ前にやり残したことをやるだろうな。それがなかったら、生きてるとき好きだったことを、またやろうと思うけど」


「私もそうです。やり残したこと、好きだったこと。少ししか時間がなくても、どっちもやりたいです」


「だからどっちもやったのか? アイツへの復讐と、大好きだったディスティニーリゾート巡りを」


「そうですね。そういうことにしておきましょうか」


「待てよ舞、はぐらかすな」


「私が生きているのか、それとも死んでいるのか。そんなに気になりますか、修哉さん」


「気になるよ。そりゃ気になるに決まってんだろ」


「なぜ?」


「好きになった女の子が、実はもう死んでるなんて。そんなの、悲しすぎるだろ……」


「それなら、確かめてみますか?」


 そう言うと、舞はおれの手を握ってくれた。その手は少し冷たいけれど、でも温かい。確かな温もりを感じる手だった。


「どうです?」


「……温かいよ。舞の手」


「そうですか。それはよかった」


 そう言って、舞は微笑んだ。それは透き通るような儚げな笑顔で。とても綺麗で、見ていて何故か不安になる。


「考えてみれば、自分が生きた人間だって証明するのってすごく難しいですよね。生きてるって、どういうことを言うのでしょうか。見えること? 触れられること? それとも、繋いだ手が温かいこと?」


 わからない。わかる訳がない。だって今までそんなこと、考えたこともない。自分が生きているかどうかなんて、真剣に考えたことがあるヤツがいたら教えてほしい。


「普通、そんなこと考えないですよ。だから私のことは、生きているか死んでいるか、わからない存在。そういう風に思ってくれたらいいです。きっともう、お会いすることもないでしょうから」


「……そんなこと、思えるはずない。もう会えないなんて言うなよ。今ここに、現におれの目の前に、舞はいるじゃないか。それが、生きてるってことじゃないのか? そうだろ? それに舞はさっき言ってたな。おれはジンだって。あと願いはひとつ残ってるだろ」


「もう充分ですよ。修哉さんがそう思ってくれてるだけで、私は充分、幸せです」


「いや、まだ充分じゃない」


 このままもう会えないなんて、そんなのないだろ。酷すぎる。たとえ舞がもう死んでしまっていたとしても、おれはもう一度会いたい。

 自分勝手で傍若無人で、人をすぐM扱いする、少し人と違うこの舞という女の子に。


「だからおれが証明する。舞が生きていることを。だからおれと約束してくれ、舞。またおれと、こうして会ってくれないか。またこうして会えたなら、舞が生きてるってことを証明できる」


「……私と約束したいなら、」


「明確な意思と決意をもって、だろ?」


 わかっている。舞と約束するには、覚悟が必要だってこと。決して折れない信念がいるってことを。


「約束しよう。もう一度、おれとここで遊んでくれ。でもおれは舞に、まだ明確な意思も決意も示せてない。だから今度はおれが、舞を見つけるよ。必ず見つける。それを、おれの意思と決意だと思ってくれ」


「私はいつもこの王国にいるとは限りませんよ。それに実はもう死んでいるのかも知れません。そんな人間と、約束してもいいのですか?」


「見つけるよ。必ず見つける。どこにいたって必ず。だからまた会えた時、舞の3つ目の願いを聞くよ。今から考えといてくれ」


 舞の真似をして、おれもニヤリと笑ってみる。たとえ見せかけでも、自信を出しながら。おれは必ず舞を見つけるって、そんな意思を見せながら。


「……それなら楽しみにしておくことにします。修哉さんとまた会えたなら、私は自分が生きていることを確信できそうですから。その3つ目の願いも、考えといておくことにしますね」


「あぁ、約束だ」


「では、指切りをしましょう。この約束を、忘れてしまわないように。ねぇ修哉さん、目を閉じてくれますか?」


「目を閉じる?」


「視覚を遮断されたほうが、印象に残りやすいそうですよ。ほら早く、目を閉じて。私が良いと言うまで、目を開けてはいけませんよ」


 言われるがままに目を閉じる。ややあって、おれの小指が舞の小指に触れた。

 目を開けていないから、感覚が鋭くなっている気がした。確かに印象に残りやすいかも知れない。

 見なくともわかる。きっと舞は、またあの笑顔で笑っているのだろう。不敵。まさにその一言を体現する、あのサディスティックな笑顔で。


「指切りげんまん、ウソついたら、」


 おれはそれに魅入られたのだ。きっと初めから。

 舞とあのベンチで出会った、あの瞬間から。


「針千本のーます。指切った!」


 指が離れる。まだ目を開けて良いとは言われていないけど、おれにはわかる。

 目を開けたら、目の前にもう舞はいないのだと。



 ──────────────────────



 最終フライトが案内された。羽田空港発神戸空港行きの最終便。あの後舞と別れたおれは、敢えて舞を探そうとはしなかった。

 まだ明確な意思と覚悟を示せていないから。だからきっと、今のおれでは舞に辿り着かないだろう。

 搭乗ゲートへと進む。いつまでも感傷に浸っていられないのが、社会人の悲しいところだ。泣こうが喚こうが、生きるためには仕事をしなければならない。どんなに悲しいことがあったとしても。

 飛行機へと続くゲートを抜けた時、自分のスマホが震えたのがわかった。思わず手を伸ばして確認する。wireの新着メッセージが1件と通知されていた。差出人はもちろん、浜野舞。


『さよなら、吉福修哉さん。色々と、ありがとうございました。ところで修哉さんって、フルネームで呼ぶと、とても面白い名前ですよね。〝よし復讐や〟だなんて、ほんと冗談みたいな名前』


 メッセージは、クスクス笑うスタンプ付きだった。

そしてそれを最後に、『まいまいがトークルームを退出しました』と冷たく表示されていた。


 どうせ、ブロックされてるだろう。このメッセージにリプライを送っても、きっと無駄に終わる気がする。でもそれでいい。ここから始めよう。

 もう一度、舞と会うために。

 おれはゼロから始めよう。




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