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「そういえば、出会いはどんな感じだったのです?」
と、舞が訊いてくる。おれはグラスの水をもう一口飲んで、喉を潤わせてから答えた。
「よくある街コンってやつだよ。3月に千葉出張したんだけど、その時にたまたま同期が見つけてきてさ。おれは乗り気じゃなかったんだけど、誘われて結局行くことになったんだ。そしてそこで彼女と出会った」
「ということは、彼女は千葉出身なのですか」
「そうだけど、たまたま帰郷してたみたいでな。彼女の職場も関西で、訊いてみればおれの職場と近かったんだ。それで話が盛り上がったんだよ。その後は連絡先を交換して、関西に戻ってからも2人で会うようになった。そんな風に会って食事とかしてたら、向こうから告白して来たんだ」
「なんと。私と同じじゃないですか。相手から告白してきたのに、相手から振られるなんて」
「案外似てるのかもな、おれたちって」
「まぁ、SとMの壁はありますけどね」
クスリと舞は小さく笑う。おれも呆れに似た、小さな笑いを舞に返した。
「付き合ってた期間は約1ヶ月。でもその間、おれの仕事が忙しくなってな。ほとんど会ってなかったな。だから彼女が東京のどこに住んでたか知らないんだ。笑えるだろ、ほんと何も知らないんだぜ」
知らないんじゃなく、もしかしたら知ろうとしてなかったのかも知れない。告白を受けて付き合ってみたものの、もしかしたらおれも、心のどこかで彼女とは合わないと思っていたのかも知れないと、今ではなぜかそう思う。
「彼女が、修哉さんの家に来たことは?」
「それもない。とにかくその付き合ってた期間は仕事が忙しかったんだ。それも付き合った途端に忙しくなり始めたんだぜ。きっと、タイミングも悪かったんだろうな」
「物事には適切なタイミングと言うものがあるそうですよ。だからきっと、その時ではなかったのですよ。逆に考えて、彼女に深入りしなくて良かったと、プラスに捉えれば良いと思います。傷口が浅く済んだと思えば」
「まぁ、そうかもな」
「そうですよ。もし本気で彼女のことを好きになっていたら、きっと今こうして、私とここにいることもなかったでしょうし」
「そうだな。確かにそうかも知れない。あの時、彼女から別れを切り出された時。今考えると、振られたショックより先に腹が立ったからな。こっちは仕事クソ忙しいのに、そっちは他の恋愛にかまけられるほど、時間があって良いなって思ったし。まぁ、仕事仕事って言い訳して、彼女のことをあまり考えなかったのか悪いかも知れないけど」
「きっと、色んなものが合わなかったんでしょうね。でも修哉さん、振られた自分のことを悪く思うのは、絶対に間違いですよ。だって、浮気する方が確実に悪いんですから。ちなみに、なんて言って別れを告げられたんです?」
「仕事ばっかりしてるあなたに嫌気がさした。別の好きな人が出来たから、別れてほしい。こんなんだった気がするな」
「どうせ新しい男とも長続きしませんよ、そんな女」
舞は吐き捨てるように言った。舞も同じ体験をしているから、そう思ってくれるのだろう。舞が味方してくれている、と言うのが少し嬉しい。そう思った。
「そういえば、彼女はこの王国の近くの出身だって聞いたな。詳しい場所は知らないけど」
「へぇ、それを聞いただけでもう敵ですね」
「敵認定はや!」
「羨ましい限りです、王国が生活圏内にあるなんて。でも、職場は関西なのでしょう? だったらそこに関しては許してあげましょう。私もそこまで鬼ではないですし」
「いやそれがさ。春の異動で、彼女は東京の本社勤務になったんだよ。遠距離になったってのも、たぶん別れたひとつの要因なんだろうけど」
「ほう、なるほど。やっぱり敵ですね。というより、修哉さんを振った時点で私の敵です。あなたを弄るのはこんなにも面白いのに、何故そこに気が付かなかったのでしょう。私とは根本的に馬が合いませんね」
「いやいや、こんなに弄ってくるのは舞だけだぞ」
「なんと。あなたの周りは節穴さんばかりですか」
いやお前が特殊なだけだよ。とは口にしない。
なんか後々面倒くさそうだし。
「ふうん、なるほど。色々とわかりました。でも私、もっと知りたいです。修哉さんのことを」
「おれは薄っぺらな人間だからな。もう人様に話せるようなことはないよ。それよりさ、次は舞のことを教えてくれないか」
「私のことですか? あまり自分のことを話すのは得意ではないですし、それに聞いたって、たいして面白くないですよ」
「それなら今回のターゲットの情報を教えてくれよ。どんな男だったんだ、ヤツは」
「そうですね。アイツ……ビーストのことなら話しましょう。と言っても、こちらも聞いていて面白い話ではないと思いますけど」
「2週間って言ったてたな。付き合っていた期間は。どういう状況で出会ったんだ?」
「ええと、大学の先輩だったんです。まぁ、遊び惚けていたようで、ヤツは1年留年している訳ですが」
「サークルかなんかが一緒だったとか?」
「サークルが同じではなくて……説明すると難しいのですけど。まず、私の友達のことを話してもいいですか。そのほうがわかりやすいと思いますので」
説明するのに、もう一人登場人物が必要らしい。舞の友達、か。口には出せないが、舞はちょっと変わっている女の子だという印象だ。
その友達ってのは、正直ちょっと興味あるな。おれは続けてくれ、と先を促した。
「私の友達に、葛西臨という女の子がいるのです。その臨の知り合いだったんですよ、アイツは。遠目から見ていると何か楽しそうな人に見えてたんです。まぁ、見た目だけはいいですから、アイツ」
確かにな。それはおれも認めよう。ヤツは顔だけならかなりの高スペック野郎なのだ、腹立たしい事に。舞も自分のグラスに水を注ぎ、喉を潤わせる。
「臨と私は大学が違うのですが、地元が一緒で仲がいいんです。それで千葉駅の近くで2人で、お昼を食べていた時、たまたま通り掛かったアイツが声を掛けてきたんです。一緒に食べてもいいかって。臨は元々アイツが嫌いだったので、明らかに嫌悪の表情をしてたんですが、私がいいよと言ったんです」
もう一口水を飲む舞。ふぅ、というため息にも似た声が聞こえた。
「それで何回かそういうことが続いて、私とアイツは連絡先を交換しました。あとは向こうが勝手に私を好きになったみたいで、付き合ってくれと告白されたのです。そして、いきなり他の人を好きになったからポイされました、という結末です」
「酷いな、やっぱり」
「臨は『私のせいだ』って随分、気にしてましたけどね。最初から臨は反対していたんですよ。アイツはまともじゃないからって。付き合うのは良くないって、そう言ってたのですが。でももうすべてが遅いです」
「遅い? まだ大丈夫だろ。復讐の機会は残ってる」
「そうですね。あの時もっとこうしていればよかった、もっと言っておけばと後悔するよりも、復讐してすべて清算するほうが気持ちいいですね。ですから修哉さん、明日も頼みますよ」
「あぁ、おれに任しとけ」
「……ほんといいひとですね、修哉さんって」
「いいひとはやめろよ、恥ずかしいだろ」
前にも言った気がするセリフだった。あの時の舞の返しは、ええと、どんなだっけな。思いっきり弄られていた気がする。
でも今回の舞の返しは、少し違ったものだった。
「ううん、あなたはいいひとですよ。きっと、友達の臨もそう言うと思います。修哉さん、ありがとう」
「別に、おれは何もしてないぞ」
「話せてスッキリしました。誰かに聞いてもらうって、いいですね。また今度、話を聞いてもらってもいいでしょうか、修哉さん」
「いつでもいいよ。この復讐劇が終わった後でもな。舞の話なら大歓迎だ。なんせ、彼女とも別れて暇だからな!」
「胸を張っていうことじゃないですよ。でも、ありがとうございます。この件が終わっても、いつかまた、話を聞いてください」
「あぁそうだ。wireのID交換、今しとくか? いい機会だろ。明日、もしはぐれたら最悪だしな。舞は急に走り出すから、こっちははぐれないように毎回必死なんだぞ」
「そう……ですね。ちょっと待ってください」
舞は桜色のスマホを取り出すと、いそいそと何かの操作をし始めた。舞のメガネのレンズに、ディスプレイが反射されているが、どんな画面なのかは当然わからない。
「何してんだ? 恥ずかしい過去のタイムラインでも消してんのか?」
「そういう訳ではありません。友達が少ないから、操作には慣れてないんです、ともだち追加の作業って。はい、表示できました。修哉さん、私のQRコード、読み込んでください」
自分のスマホをかざして、舞のQRコードを読み込んだ。ディスプレイに表示されたのは、『まいまい』という名前。そのアイコンは、カタツムリのイラストだった。
「追加できました?」
「あぁ、完了だ。これではぐれても大丈夫だな」
「それでもはぐれないようにして下さいね。さてと、そろそろいい時間です。もう3時前ですよ。明日のために今度こそ寝ましょうか」
「そうだな、明日は何時起きにする?」
「ここは朝ごはんが絶品でしたから、遅くとも7時には食べに行きたいですね。明日のパークオープンは、ランドもシーも朝9時です。朝ごはんをたくさん食べて開園の列に並びましょう。つまり6時起きです」
「早えな!」
「では、おやすみなさい」
言いつつ、ダイヴトゥベッドの舞。またしても2秒後に、すーすーと寝息が聞こえてきた
まじで寝つき早えなおい。とりあえず、おれももう寝るか。
ベッドに潜り込み、明日、というかもう今日になるのだが、今日どうすればいいかを考える。ヤツらはランドとシー、どちらに来るのか。そしてタイムラインの更新はあるのか。
全部向こう次第だ。こちらは相手の行動を受けて対応するしかないし、今日が連休最終日。つまり今日中に結果を出さなければならない。
おれは舞のセリフを思い出していた。
奥の手もある、と言っていたあのセリフ。どんな手なのかわからないけど、それに期待してもいいのだろうか。悶々としたまま、おれは眠りに落ちていった。




