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 やっとのことで辿り着いたベンチに腰掛ける。足取りはまさにゾンビのよう。フラフラとベンチの背もたれを触り、必要以上にゆっくりと座った。

 そしてがくりと頭を落とす。項垂れた格好だから、目に入るのは地面だけだ。


「はぁ……」


 溜息と共に漏れ出たのは、気力の欠片のようなものだった。もう顔を上げるのも辛い。だからおれは黙ったまま、ただただ地面だけを見ていた。

 春の柔らかな風が吹く中。周りの景色には様々な色が溢れ出しているのに、味も素っ気もないただの地面を穴が空くほど見て思う。


 あぁ、地面はなんて優しいのだろう。おれは生まれ変わったら地面になりたい。すべての人を支えて、そして文句のひとつも言わないこの地面に。

 地面のような男、ではない。おれはただ純粋に、地面になりたいのだ。地面になれたら、色々と考えずに済むのは間違いないだろうから。


 そんなことを考えていたら、同じベンチに誰かが座る気配がした。億劫でまだ顔を上げられないが、視界に入ってくるその靴で、それが女の子だということがわかった。

 誰だ、そして何故だ。こんなにたくさんのベンチがある中で、なにゆえ敢えておれが座っているベンチに座るのか。


 ……なるほど嫌がらせか、とすぐに合点がいく。こんなところで絶賛ソロプレイ中のおれに対する当てつけか、クソ。

 一体どんなツラしてやがんだと思い、やっとのことで顔を上げてみた。


 同じベンチの端っこ。

 そこに、女の子がちょこんと座っていた。


 小柄な体に、淡い栗色のショートボブ。年は多分、20歳には達していないくらいだろうか。癖っ毛なのか、それともパーマなのか。女の子の毛先は、春の風にふわりと揺れていた。


 可愛い女の子だ、と思った。ややアンバランスにも思えるその薄い黄色の眼鏡さえも、彼女の可愛さを引き立てている。そんな気がした。


 ぼけっとその子を見ていたからだろう。

 彼女と目が合った、その瞬間。


「何ですか。私の顔に何かついてますか。それともアレですか、最近噂になっている例の誘拐魔ですか、あなた」


 いきなりそう捲し立てられた。可愛い見た目とは裏腹に、その視線は何かを射抜くように鋭い。

 まさかその子の方から話しかけてくるとは思ってなかった。だからおれは「いや違うんだ」と、咄嗟に言い訳するのだが。


「何が違うと言うのです。さっき、舐め回すように私を見ていたでしょう」


「いや確かに見てた、見てたけど、そんな舐め回してはないって!」


「いいえ完全に舐め回されました。べろべろです。もう傷物です。一体どうしてくれるのです」


「いやだから違う、舐め回してなんかない!」


「あ、なるほど。舐め回すどころか、気持ちの上ではすでに口の中に含んでいたと。つまりは変態さんなのですね」


「勝手に納得すんなよ! それもあらぬ方向に!」


 しどろもどろになりながら何とか否定する。いや否定できているのかどうかはわからないが、こんなに可愛い女の子に変態呼ばわりされるのは何ていうかご褒……いや心外だ!

 しかし彼女はジト目でこちらを見ているだけで、やっぱり完全に変態と思われているようだ。確かに、無遠慮に見ていた責はあるかもしれない。だが、それにしてもあんまりだ。

 やっぱり場所が悪い。こことは相性が悪すぎる。思わず頭を抱えると、なぜか涙が出そうになった。なんと情けないことか。


「なに泣いてるんですか。泣きたいのは、どう考えても私なのですが」


「いや泣いてねーよ! 泣きたくなってるだけだ。やっぱり、こんなところに独りで来たのがそもそもの間違いだったんだ……」


 自分で言ってて、今度は本当に泣けてきた。涙目のおれを見て、女の子は驚いた表情で言う。


「独りでここに来たのですか」


「……悪いかよ。独りでここにきて悪いのかよ!」


 そうだ、場所が悪い。いや場所自体は悪くない。それどころかここは多分、世界で一番素晴らしい場所のひとつだと言っても過言ではない。


 ここはこんな風に語られる。


 夢が叶う場所。

 冒険と創造の海。

 そして――、夢と魔法の王国。


 そう、ここは千葉が誇る夢の国。幸せな人たちがさらなる幸せを求めてやってくる、幸せに満ち満ちた素晴らしい王国――東京ディスティニーリゾート。略してTDRだ。

 TDRには、東京ディスティニーランドと東京ディスティニーシーがある。今おれがいるのはランドの方で、略称はTDLである。


 そんな王国に、とある事情でソロ入国したおれ。入国当初からもう場違い感が半端ない。辛くて苦しくて恥ずかしくて、もう正直帰りたい。

 なぜおれはこんな修行じみた苦行を、と自問自答してみたがもちろん答えは返ってこない。そんなおれの思いを余所に、女の子は涼しげに言う。


「本当に、独りでここに来られたのですか」


「だからそれが何なんだよ。キミに迷惑かけたか?」


「私は別に、それが悪いだなんて一言も言ってないです。ただ驚いているだけですよ。こんなところに独りで来る男性の方がいるなんて」


 女の子の言葉に、ざっくりと胸を抉られた。この子はどうやらオブラートに包むという概念を間違って燃えるゴミの日にでも出しちまったのだろう。鋭い正論がおれの心を穿つ。マジで痛いからやめて。


「聞こえてますか、私の言葉」


「聞こえてるよ、痛いくらいにな……」


「どうして独りでここに?」


 重ねられた問いに、返答が詰まったのは言うまでもない。なんて言おうか本当に迷ったからだ。適当に繕った嘘の言葉になんか、何の力もない。ならば言うか、本当のことを。この初対面の女の子に?

 迷った挙句、おれは本当のことを口にしていた。つまり、口を滑らせたってことだ。


「……本当は、彼女と来る予定だったんだ。3連休、全部ここで楽しもうってな。でも昨日その彼女に振られて……おまけにその彼女に新しい男が出来たって聞いて。つまり乗り換えられたんだよ」


 あぁ、情け無い。もうこうなったら全部吐き出してしまおう。その方がいいに決まってる。


「キャンセル入れようにも、手続きしようとしたのはもう旅の当日で。キャンセル代は100%、それも2人分だ。だから思い切って独りで来たんだ。ただ傷口が深くなっただけだけどな!」


 愚痴を言っても仕方ないし、初対面の女の子にこんなことを言っても意味ないことはわかっていた。わかっていたけど、でも吐き出さずにはいられなかった。

 もう、帰ろう。ここにいても苦しいだけ。黙ってベンチを立とうとしたが、それを女の子が遮った。


「それならしばらくお暇ということですか」


「いや暇じゃねーよ! おれは今から帰る。思い切って来てみたけど、ここにいても辛いだけだからな」


「今からですか。3連休の初日、それにまだ午前中なのにですか」


「放っとけ。キミには関係ないだろ」


「なるほど、つまりはお暇というわけですね。それなら私を手伝ってくれませんか」


「あのさ、話聞いてた? おれ、今から帰るってそう言ったよな?」


 どうやらおれの話は聞いてない。おれの言葉を意に介さず、女の子は続ける。


「実を言うと。恥ずかしながら私も、独りでここに来ています。さっき驚いたのは、私以外にも独りでここに来ている人がいる、ということに驚いたのです」


「キミも独りなのか……?」


「はい、独りです」


 女の子はあっさりと認めた。なぜか誇らしげにも見えるその表情。お前とは違うんだよ、と言外に言われているみたい。


「それで、どうですか。お暇だったら私を手伝って貰えませんか」


「手伝うって、だからなにを」


 女の子はにやりと笑った。それは不敵で、そしてとびきり可愛い笑みだった。


「復讐です。私の復讐を、手伝ってくれませんか」



――思い返してみれば、それはたった3日間の出来事だった。それでも一生の思い出になるであろう、これはそんなお話だ。

 夢と魔法に溢れた素晴らしい王国で出会った、ちょっと変わった女の子と。

 そしてその子に見事に振り回されまくった、間抜けなおれのお話だ。



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