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悪役令嬢VS暗殺者 02

「まともに休めませんわね」

「仕方ないですよ」

 暗殺者がイーリスの部屋へ侵入してから今日で二日目。イーリスとアリスは、その日も学園中を歩き回っていた。

 目的は、学園にいる者たちを確認すること。今は夕方になろうかという時刻だ。二日間授業をサボり、朝から学園中を回っていたおかげで、その確認作業もそろそろ終わりそうである。

 何故、今更になってこんな無駄にも思える作業を始めたのか。それは、一つの仮説にたどり着いたからである。

 暗殺者に襲撃された後、イーリスは暗殺者の能力について一晩中考えていた。考え、考え、考え抜き、頭が焼き切れんばかりに思考した結果、イーリスは一つの仮説にたどり着いた。はたしてそれが正しいのか、間違っているのか。それを確認するために、イーリスは学園を彷徨っていたのだ。

 暗殺者の攻撃を受けたアリスも、一晩ですっかり回復した。アリスを放置してイーリスが考え込んでいたことで、放置プレイだと悦んだアリスが勝手に愛の力で回復していたのだ。

 徹夜したことによるイーリスの寝不足も、アリスが愛の力で回復させている。流石は愛に生きる少女、イーリスのどんな不調もひと目で見抜いてしまう。

「確認が必要なのはわかっていますが、流石にこの学園は広いですわね。全て回るのも一苦労でしたわ」

「私は長いほうが嬉しいです。イーリス様と二人きりでいられますから」

 暗殺者に狙われている危険な状況だというのに、とことんデレデレに表情を緩ませるアリス。こんな表情を見せられれば、どんな男でもコロリと堕ちてしまうだろう。

 だが、アリスがこの表情を見せる対象は、残念ながら悪役令嬢を目指しているイーリス・エル・カッツェその人のみだ。有象無象の男どもにアリスが笑顔を見せることはないし、今後ともその機会は永遠にないのだろう。

「イーリス様、愛してます!」

「知ってますわ」

 満面の笑顔を見せてくるアリスに空返事を返しつつ、イーリスは今までで確認漏れがないか脳内で確かめる。

 結果、確認漏れはなし。前座となる対象の確認は全て終わっていた。これでひとまず安心だとイーリスは息を吐き、ついつい口も軽くなる。

「わかっていましたが、生徒、教師には該当する者はいませんわね」

「となると、残りは本命だけですか?」

「ええ、そうですわ。残りは本命だけ……これできっと追い詰めることができますわ」

 この二日で生徒と教師の全てを確認した。だが、それはほんの前座に過ぎない。今から確認する対象が、正真正銘の本命なのだ。

 暗殺者の能力について仮設を立てたイーリスがまず考えたのは、暗殺者がこの学園に侵入するためにどんな方法を使ったのかだ。

 姿を隠して潜入するというのもありだが、学園はぐるりと結界で覆われており、また全体を高い壁で覆われている。

 いわばこれは二重の結界。物理的に侵入を困難にし、また壁を壊す、乗り越えるなどして潜入しようとしても、結界が反応して侵入者の存在を検知する。

 唯一壁も結界も存在しないのは正面入口だが、そこも厳重な警備が敷かれている。来客、業者など、学園を行き来するあらゆる存在が厳しい監視の対象となっているのだ。

「それでも抜ける方法がないわけではありませんわね」

 イーリスがポツリと呟き、アリスも同意するように頷く。

 魔法学園に侵入するのは確かに困難だが、あくまでも困難なだけ。決して不可能というわけではなく、事実過去にはミスター・ブラックという犯罪者も学園に侵入していたのだ。

 簡単なのは変装だろうか。来客や業者に変装をして、偽造した身分証明書で学園に侵入するということも可能である。もちろんその際も厳しいチェックがされるため、少しでも怪しい所があればすぐに警備員に取り押さえられる。

 生徒や教員に身分を偽るのは難しい。基本的に生徒は寮生活であり、学園外から出勤してくる教師も入る時にカード式の身分証明証を提示しなければならない。その際も学園のデータに登録されている魔力と本人の魔力の波長を照合――魔力の波長は指紋のように個人で異なる――し、徹底的な本人確認を行っている。

 しかし、生徒や教師になりすますのが難しいのは入る時のみ。業者として入り込み、中で教師や生徒に変装すれば、自由に動き回ることも可能だろう。

「でも、怪しい人はいなかったんですよね?」

「その通りですわ。生徒及び教師に怪しい人はいませんでしたわ」

 正確に言うならば、イーリスが探していた人間がいなかった、というのが正しいだろう。イーリスとアリスが確認した限り、全生徒及び全教師が極々普通に日々を過ごしていた。

 ならば該当するのは別の者。おそらく暗殺者は最初の襲撃では生徒になりすましていた。その後、もっと動きやすい何者かに変装し、そして今も学園を悠々と彷徨っているのだ。

 もっと動きやすい誰か。つまり、どこにいてもおかしくない身分の誰か。生徒も教師もそれに該当するが、それではないのは既に確認済みだ。

「となれば、怪しいのは彼ら、ですわね」

 呟き、イーリスは目の前の扉を開く。

 歩き回りながら目指していた場所。そこは学園の最上部。星々を観察するため天文台。

 学園で最も高い場所にある天文台は、その高さのため学園を一望することが可能だ。そこから見下ろすのは校舎の中、ではなく校舎の外。学園に点在している様々な庭だ。

 生徒たちの憩いの場である庭は、その美しい光景で生徒たちの心を癒やしている。四季折々で様々な姿を見せてくれる学園の庭だが、当然自然とその風景ができあがったわけではない。

 建築家や芸術家、庭師など名の知れた様々な人物が集まって、綿密な打ち合わせと設計をして造り上げた学園自慢の芸術なのだ。

 人の手で造り上げられた以上、その維持管理にも人の手が必要となる。大規模な補修などが必要であれば外部の者を呼ぶこともあるだろうが、日常的な手入れであれば職員でも十分に可能だ。

 では、その手入れをするのは誰か? 教職員や警備の者ではない。それは業務ではないし、そういったことを兼務できるほど暇ではない。学園の日常的な点検や手入れ、維持管理を担当する者――いわゆる用務員が、業務の一環としてその手入れをしているのだ。

 学園の敷地は広大だ。施設も多く、生徒も多い。おまけに貴族子弟の数も多いとなれば、その意見や要望、不満の数もこれまた多い。

 そんな我侭な彼らに、快適な環境と充実した学習を提供するのがこの魔法学園の役割であり、用務員の仕事だ。日々上がってくる数多の要望に対応するためには、当然それなりの数の用務員が必要となる。

 イーリスは、その用務員の誰かに扮して、暗殺者が潜んでいると考えているのだ。

 警備員が見つけられないのかと考えるかもしれないが、警備員とて暇ではない。怪しい物や不審な人影がないか常に厳しい目で見ているが、それにも限界がある。まさか一人ひとり疑うわけにもいかず、いてもおかしくない学園関係者に扮されていた場合、見落としがちにもなるだろう。

「アリスさん、例のものは入手できまして?」

「もちろんです! イーリス様のためだったら、どんなことでもしますから!」

 途中で用務員が怪しいと考えたイーリスは、アリスにある物を取ってくるように頼んでいたのだ。

 まるで執事の如くアリスが取り出したのは、用務員の名簿と作業予定表である。イーリスはアリスに用務員室――敷地の外れにある建物丸々一つが用務員用である。用務員事務所というほうが近いだろうか――から取ってくるように頼んでいたのだ。

 問題の解決に必要なものなのだ。怪しいところは何一つなく、当然忍び込んで盗み出すようなことはしない。アリスは堂々と、正面から入り、名簿と作業予定表を借りていくと大声で宣言して持ってきたのだ。

 

 愛の力を使っていたため、アリスの存在を用務員が認識していたかは不明だが。

 

 アリスから受け取った名簿と作業予定表を、イーリスは熟読していく。名簿の名前と顔を確認し、その人物が今日いるのかいないのか、あるいはどこで作業しているのかを記憶に焼き付けていく。

 広い学園のため用務員の数も多いが、その程度記憶できなくては貴族の娘はやっていけない。貴族の娘たるもの、パーティでも開かれれば一晩で何十人、何百人の顔と名前を覚えなくてはならないのだ。この程度で音を上げることは許されない。

 イーリスは抜群の記憶力で、名簿の用務員を瞬時に記憶していく。同時に、学園を歩き回って見かけた用務員の顔と頭の中で比較していく。目を皿のようにして学園を隅々まで探し歩いたため、全ての用務員も記憶している。

 中央にいた者、屋上にいた者、廊下を歩いていた者。朝から記憶した用務員の顔と、名簿の用務員の顔を、イーリスは記憶の中で照合していく。

 一人、また一人と照合が終わり、だんだん容疑者が絞られていく。少し顔を思い出すのに時間がかかることもあったが、その程度は誤差のようなもの。三十秒もすれば思い出した。

 そうして五人、十人、二十人。名簿と記憶の用務員の顔が一致していき――残ったのは二人の用務員。

 どちらも名前はわからない。名簿にも作業予定表にも載っていなかったのだ。

 それはつまり、どちらも怪しいということ。仲間かもしれないし、対立組織の敵同士かもしれない。あるいはシノビのように分身をしているということも考えられる。

 が、そこらへんの事情はイーリスにはどうでもいい話だ。イーリスがすべきことは暗殺者を始末することそれのみだ。暗殺者が安々と依頼人を漏らすとは思えないし、尋問や拷問といった技術もイーリスは持っていない。イーリスは悪役令嬢であり勇者なのだ。そういったことは専門外である。

 あるいは骨の一本一本でも折っていけば吐くのかもしれないが、それがはたして正しい情報なのかを精査する術もない。どこまでいってもイーリスは所詮悪役であり勇者だ。悪を相手に叩き潰すことしかできず、探偵の真似事も本職のそれに敵うはずもなく、また拷問官の真似事もできないだろう。

 今は檻の中にいるミスター・ブラックを捕まえた時も、結局はシノビマスターとその弟子の御蔭で捕まえることができたようなものなのだ。つくづく自分は力押ししかできないのだと、あの時ほど痛感したことはない。

 ということで、暗殺者から依頼人を聞き出すことは諦める。依頼人探しについては、裏のルートを駆使して怪しい人物を聞き出すことにした。

 ならばここでしなければならないのは、暗殺者を確実に始末すること。二度襲われたときは、どちらも相手を逃してしまった。二度目で相手の後ろ姿を見たときも、結局見えたのは影のみだ。相手の性別、体格、髪や目の色など、重要な情報は何一つ得ることができなかった。

 同じ失態は犯さない。今、ここで、確実に、暗殺者は始末する。

 そこでイーリスは考える。確実に始末するためにはどうすればいいかを。

 怪しい人間が二人というのが嫌なところだ。仮に相手が二人組だとしたら、片方を始末している間にもう片方に逃げられるかもしれない。相手が敵同士だとしても、敵の敵は味方、というわけではないが、イーリスを確実に始末するために共闘してくる可能性もある。

 逃げるチャンスを与えてしまえば、学園内での暗殺が困難だと考えた相手がどうするか見当もつかない。

 諦めるかもしれない。諦めないかもしれない。もしかしたら、別の方法を考えるかもしれない。

 それには外道な手段も含まれる。親しい者を人質にしたり、もしかしたら周囲を巻き込んだテロ紛いのことをして殺害を企てるかもしれない。

 あくまでも可能性の話に過ぎない。だが、そういった可能性も考えられる以上、イーリスはそれを許さない。イーリスの悪役としての誇りが許さない。無関係の者を巻き込むなど、誇りある悪役としてやってはならないことである。

 だから、ここで相手を逃す訳にはいかない。確実に二人を始末しなければ、イーリスだけでなく周りの者も巻き込んでしまうかもしれない。

 ならばどうしなければならないか。二人を同時に始末する方法。つまり、二人に強襲すればいい。

 幸いにもこちらも二人。イーリス・エル・カッツェと、アリス・イル・ワンド。世界最強に名を連ねるビッグネームだ。直接戦った場合、万が一にも敗北はないだろう。

 考慮すべきは逃亡させないということのみ。それはアリスの力でどうにでもなる。

 逃さずに暗殺者を殲滅する。作戦は簡単に、簡潔に。シンプルなほどやりやすい。脳筋二人組なのだから、その程度で十分だ。

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