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悪役令嬢VS暗殺者 01

 いつも通りの日であった。

 いつも通りに授業を受け、いつも通りに修行をして、いつも通りに制裁をして、いつも通りに悪役をする。

 繰り返されるいつも通りの日々。いつも通りの日常すぎて、だからこそ警戒していなかった。いや、警戒する必要性を感じていなかった。

 戦闘に特化したイーリスは探知を苦手としているが、全くできないわけではない。特化した者に比べれば幾段も劣っている気配探知であるが、及第点をもらえるレベルで探知をすることはできるのだ。そんなイーリスの探索網で、今の所危険な気配は何もない。自分を、魔法学園を狙う危険人物は存在しない。今日もいつも通り、安心安寧の日々であると、イーリスは確信していた。

 

 それを油断と呼ぶのは、きっと酷であろう。

 だから、それに反応することができなかったのだ。

 

 とん、と軽い力でイーリスは押された。

 場所は魔法学園の廊下。授業の合間のわずかな休み時間に、イーリスは廊下を一人で歩いていただけなのだ。何かをされる謂われはない。

 それなのに、突如隣から押されたのだ。押された先は壁だ。窓ではないので、落下する危険はない。

 では、何故イーリスは押されたのか。その答えはすぐにわかった。

 逆に危険であったのは、イーリスを押した人物であったのだ。

「グハァ……」

 それは、突如現れる混沌の権化。気配もなく、気配を感じさせず、イーリスへの愛だけでひたすら突っ走る世界一の暴走癖の持ち主。

 

 愛に生きる少女アリス・イル・ワンドである。

 

 イーリスに気配も感じさせずに現れたアリス。そのアリスがいきなり倒れ、その血で廊下を赤く汚す。

「アリスさん!?」

「イーリス様……無事で……良かった……」

 息も絶え絶えにイーリスの身を案じるアリス。それは偏にアリスの強い愛のなせる技だろう。

 アリスに一体何があったのか。それはひと目見れば一目瞭然だ。

 背中からの激しい出血。そして、アリスの近くには、凶器として使われたであろう血で塗れた苦無が落ちている。

 恐ろしいほどの手際の良さで、急所を一突きだ。だから、アリスは倒れているのだ。目の前の光景がひどく現実離れして見えていたため、イーリスは頭のどこか冷静な部分でそう分析することができた。

 こうしている間にも、赤い水たまりは広がっていく。突然の惨劇に気がついた生徒達の悲鳴が響き、廊下を阿鼻叫喚が支配する。

 平和な日常の中で、突如起きた殺傷事件。生徒達は悲鳴を上げ、逃げ回り、混乱するばかりで、収集が全くつかない。

 こんな時こそ冷静にならなければならない。すぐにイーリスは我を取り戻し、アリスの症状を詳しく観察する。

「これは……」

 アリスの様子がおかしいことにはすぐ気がついた。呼吸が荒く、脈も異常に速い。顔色も真っ青だ。その知識に乏しいイーリスだが、それでも原因であろうそれはすぐに思いついた。

「おそらく、毒……です、イーリス様……」

 アリスの言う通り、毒だろう。何らかの毒が苦無に塗ってあったに違いない。

 どれほどの毒なのか、どのような毒なのか、それはわからない。一時的に麻痺する程度なのか、数日後に死ぬのか、それとも神すら殺す猛毒なのか。専門家でもないイーリスには、その判別をつけることはできない。

 だが、アリスが危険な状態なのは確かなのだ。時間は一刻を争う。幸いにも下手人は苦無を残していった。これに付着している毒を調べれば、きっと助けることができるだろう。

 アリスを助けなければならない。焦りのままに、イーリスは落ちていた苦無を掴もうとする。すぐにでも調査させるためだ。だが、その前にアリスの一言でイーリスは動きを止めた。

「察知できませんでした……全く、気配も何も感じませんでした……」

 焦燥していたイーリスの頭が落ち着きを取り戻す。アリスを、正確にはイーリスを刺そうとした人間が、苦無を落としていくなんて馬鹿な真似をするだろうか。

 気配すら感じさせずに近づき、アリスに一突きできる人間だ。愉快犯でも、咄嗟の犯行でも何でもない。理由あっての犯行だと考えるのが自然であった。

 イーリスの頭が急速に冷えていく。もしかしたら、今もどこからか狙っているかもしれない。息を潜め、気配を殺し、お前を殺してやると必殺の意思を身に秘めて、イーリスを殺す機会を伺っているかもしれない。

 遠巻きに取り囲んでいる生徒たちをイーリスは警戒する。はたして犯人がどこから狙っているのか。それはわからないが、とにかくこれ以上の攻撃は避けなければならない。

「イーリス様……逃げて……」

 息も絶え絶えにアリスが告げる。今にも死のうとしている自身を顧みず、ただただイーリスだけを案じている。

 愛故に、だろう。アリスは純粋にイーリスの身を案じているのだ。

 自己犠牲といえば美しいだろう。だが、イーリスはそれを望まない。悪役である己が助けられるなど、あってはならない。たとえそれがアリスであっても、悪を助けて愛に散るなど認めない。

 悪役は最後に斃されるものだ。それがいつであっても、イーリスは斃される覚悟はできている。だから、悪に生きる自分が生きて、愛に生きるアリスが斃されるのはあってはならないのだ。

 それに、そもそも……。

「アリスさん……」

「イーリス様……最期に、伝えたいことが……」

 頭が冷えたことで、それに気がついた。

「今日の夕食はワタクシが手料理なのですが、その様子ではいりませんわね」

「はい! 回復した! 私、回復しました!」


 イーリスの手料理食べたさに、アリス・イル・ワンド復活。

 

 この程度で斃れるようなアリス・イル・ワンドではない。

 アリスは愛に生きる少女である。イーリスへの愛に全てを捧げているため、その愛を凌駕しなければアリスが死ぬことはあり得ない。

 そもそもアリスが毒程度でやられるわけがないのだ。邪神の攻撃を受けても、聖剣で貫かれても、世界を三度滅ぼしてもお釣りが来るイーリスのお仕置きを受けても、無傷でケロリとしているのがアリスだ。毒程度でやられると考えるほうが間違いだろう。

 ならば、何故アリスは毒に侵されたのか。その理由を様々考えたイーリスだったが、一番あり得そうだった理由は、実にくだらないものであった。

「アリスさんが毒程度でやられるわけがないですわ」

「心配してくれるかなーと思いまして……」

「愚かですわね」

「ありがとうございます!」

 そう、アリスは、イーリスに心配されたかったのだ。

 気になるあの娘の気を惹きたい。その程度の軽い感情で、アリスは死にかけていたのだ。

 アリス・イル・ワンド。愛に生きる少女は、いつでも間違った方向に全力である。

「それで、最期に、何ですの?」

「え、えーと……愛してます!」

「いつも通りですわね」

 ため息を一つして、イーリスは苦無を調べる。仮にもアリスを殺しかけた相手だ。迂闊に拾うことはせず、魔法を用いた簡単な検査を行う。

 なるほど、確かに刃には毒が塗られている。確かにこの苦無でアリスを刺したようである。

 だが、イーリスはそれ以上の調査をしない。無意味であるし、何よりも見逃さないために。

 遠巻きに取り囲む生徒たちの中に、確実に潜んでいるのだ。確実に、再びの機会を伺っているはずなのだ。

 仮にもイーリスにもアリスにも気づかせなかった凄腕だ。たった一度で諦めるとは思えない。一度の失敗で諦める者もいるだろうが、今回の相手は蛇のようにしつこく狙ってくる相手だとイーリスは確信している。

 でなければ、証拠となり得る武器をこれ見よがしに置いておくはずがない。調べてくれと言わんばかりに、堂々と置いておくはずがない。

 きっと、イーリスが詳しく調べているうちにブスリと刺すつもりなのだ。

 だから、そうはさせじとイーリスは警戒する。音、動き、気配、魔力、ありとあらゆる感覚で下手人を特定するべく、警戒網を構築する。

 だが、残念ながらイーリスの網に引っかかる者はいない。既に逃げおおせているのか、それとも生徒たちと完全に同化しているのか。わからないが、下手人の特定は困難であり、また相手もこれ以上仕掛けてくるつもりはなさそうだ。

 一つため息をつき、イーリスは警戒しつつも緊張を解く。

「きっと暗殺者ですわね。誰が依頼したのかわかりませんわね。まあ、きっとワタクシが潰した何者かが放ったのでしょう」

「イーリス様、私が察知したのもギリギリのタイミングでした。それも、ギリギリで相手の影が見えた形で。それまで全く気配を感じなかったんです。攻撃された瞬間も、何も感じませんでした。私はイーリス様のために生きてるのに……私、イーリス様を守れるかどうか……」

「あら、ワタクシは攻撃されても気づきませんでしたわ。アリスさんが守ってくれなければ、今頃ワタクシが倒れていたでしょう」

「……イーリス様、ありがとうございます。愛してます」

「一言余計ですわ」

 この騒ぎがあってから一時間後、学園にあった予備の制服が焼却炉で燃やされていたのが発見された。

 燃やした犯人が誰なのか。イーリスとアリスには、それが誰なのか言うまでもなくわかっていた。

 

 ◆

 

 暗殺されかけたその日から、イーリスとアリスは下手人を探し始めた。

 手がかりはないが、仕方ない。とにかく今は探すしかない。それに、こうしてがむしゃらに探している限りは、相手も自分の正体がバレていないと判断して逃げることもないだろう。

 相手が苦無に塗っていたのは、強力ではあるが単なる毒であった。それで死ぬつもりはイーリスには全く無いが、万に一つということもある。神をも殺せる猛毒もこの世にはあるのだ。もしかしたら、覇王勇者すら殺せる猛毒も、存在するかもしれない。

 それが使われる前に暗殺者を探し出さなければならない。それはわかっているのだが、やはりなかなか見つからない。

 人海戦術で探すことも考えたが、イーリスはそれを一瞬で却下した。相手はイーリスとアリスに気配さえも気づかせずに暗殺をやってのけた凄腕だ。かつてのミスター・ブラックのような世界の危機ならまだしも、今回狙われてるのはイーリスのみ。自分の目的のためだけに他者を犠牲にする可能性のある方法を取るのは、イーリスには憚られた。

 しかし、犠牲が出ないことを第一に考えると、動ける人材は襲われても対処可能な、あるいは毒を食らっても平気な人間に限られる。

 そうなると、動くことができるのはイーリスとアリスの二人のみ。カイルに頼むこともできるが、はっきり言ってカイルの強さはイーリスとアリスの二人に劣る。イーリスとアリスが暗殺者の動きを認識できない以上、カイルも同様だろう。そのため、カイルに頼むのは些か不安があった。本人が聞いたら絶望のあまり発狂しかねない考えだが、事実である以上仕方ない。

 結局二人に取れるのは、地道に暗殺者を探し続けるという方法のみ。だが、探知の苦手な脳筋の二人。暗殺者探しは当然のように困難を極めた。

 二日、三日。そして一週間。探し続けても、見つからない。イーリスは悪役令嬢パワーで、アリスは愛のパワーで不眠不休で探し続けたが、やはりそれでも見つからない。授業も受けず、睡眠も最小限に、働き蟻のように動き回って探し続けているのだが、見つからない。

 もしや暗殺者は諦めたのか? 一度失敗したから、撤退したのか? 探している二人の内心では、そんな疑念も浮かび上がっていた。

 あくまでも疑念であり、確信も確証もない。暗殺者が撤退していない場合、探すのをやめた途端にまた襲いかかってくるという事も考えられるのだ。それで一般生徒に被害が出たとなっては、イーリスの悪役としての誇りに深い傷がつくことになる。

「考えてもわかりませんわね……」

「一度も襲ってきませんからねー」

 しかし、疑念は疑念。事実として存在するのは、一週間の間、暗殺者が一度も襲いかかってこなかったという事実のみ。

 もしかして無駄足だったのだろうか? 相手は既に撤退し、自分たちは滑車を回し続けるハムスターのように、空回りし続けていたのだろうか?

 手がかりがない以上仕方ない。イーリスとアリスは一度捜索を打ち切り、久しぶりに自室で休むことにしたのだった。

 

 そして、その日の深夜。

 

「ですわッ!?」

 ふざけたその悲鳴を聞いて、イーリスは飛び起きた。

 ソファーに寝ていたイーリスが起きてから最初に見た光景は、苦無で胸を刺されて怪しい痙攣をしているアリスと、イーリスの姿を見て少し驚愕しているような動きを見せる暗殺者らしき影だった。

 ソファーで寝ているイーリスに気づかなかったのか、それともソファーで寝ているのがイーリスだと思わなかったのか。いずれにせよ間抜け極まりないが、そのおかげでイーリスが助かったのだから、暗殺者の間抜けっぷりに感謝すべきだろう。

 肝心の暗殺者の顔は……わからない。覆面で顔を隠しているし、何より夜の闇に紛れて姿が見えにくい。体格も小柄で、男か女かわからない。全体的に姿が隠れるローブのようなもので身体を覆っているため、骨格から性別を判断するのも困難だ。

 ならば、直接聞き出すしかない。一瞬の後、取り押さえるべく動き出したイーリスだったが、その動きは文字通り一瞬遅かった。

 暗殺者が開けたのか、それとも元々開いていたのか。全開になっている窓から暗殺者は飛び降り、夜の闇へと姿を消す。

 遅れてイーリスが窓から外を見た時には、既に暗殺者は遥か遠くへと走り去っていた。

「気配を……感じませんわね……」

 走り去っていく暗殺者の姿。一目散に逃げているにもかかわらず、聴覚を強化して暗殺者の足音をはっきり聞き取っているにもかかわらず、暗殺者の気配は全くと言っていいほど感じない。

 ならば、今から追いかけても暗殺者に追いつくことは難しいだろう。物陰に隠れられれば、暗殺者の気配を感じ取ることのできないイーリスには見つけることはほぼ不可能だ。

 それよりも考えなければならないのは、何故暗殺者の気配を感じ取ることができないのか、だ。

 それほど気配を隠すことに長けているのか。それとも、イーリスの気配感知があてにならないのか。

 怪しい痙攣をしているアリスのことを忘れ、イーリスはそのことについて思考し続けた。

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