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闇の中に潜む者 12

「結局ダイアナさんには助けられっぱなしでしたわ」

「まあまあ、解決したからいいじゃないか。足りないものはこれから補っていけばいい」

「そうですわね、とりあえずシノビ集団を雇うことから始めますわ」

「結局そこに行き着くんだね」

 イーリスらしい、と笑いながらカイルは昼食のサンドイッチに手を伸ばす。

 いつもならば生徒たちで賑わう昼食時の食堂だが、何故か今は閑散としている。チラホラと人の姿は見えるものの、両手で数えられる程度だけ。食堂で働いているコックたちのほうが多いだろう。

 食堂にいる生徒の数が少ないのには理由がある。ミスター・ブラックという大物を学園総掛かりで捕まえ、またその捕物で自らの魔法をこれでもかと使うことができた理事長は、天井知らずに良くなった機嫌のまま急遽十日間の休暇を決定したのだ。

 降って湧いた突然の休暇。貴重なその時間を無駄にすることなく満喫すべく、生徒たちは疲れた体に鞭を打って一斉に実家へと帰省したのだった。

 魔法学園は一応国立だ。こんなことをして大丈夫なのかと疑問に思うかもしれないが、わりと大丈夫である。理事長は国王と懇意にしているし、休暇と聞いてイーリスが全力で国王を脅したため、国王は半泣きで突然の長期休暇を認めたのだ。

 

 既に半泣きだが、国王は泣いていい。

 

 学園は休暇中であるため、ここに残っているのは国外から来ている留学生や学園でゆっくり休むことを選んだ変わり者、または家に一瞬で帰れる手段を持つ覇王勇者などだけである。アリスも同様に一瞬で帰ることができるし、カイルは近くに王城があるため、イーリスと一緒に学園に残っている。

 そうして残っているイーリスたちが何をしているかと言うと、今回の事件の振り返りだ。

 戦うことならばお手の物のイーリスたちだが、それ以外のことは不得手としている。それはわかっていたはずなのだが、そのわかっていたはずの弱点を今回の事件でまざまざと見せつけられたのだ。

 結果、ダンゾウ、ダイアナという優秀なシノビに助けられることとなった。彼らの手助けがなければ、きっと今もミスター・ブラックは悠々と世界で遊び続けていたに違いない。

 いや、本当に世界が危険な状態となったならばダンゾウやダイアナが自ら動いていたかもしれないが、その時点でミスター・ブラックの勝ちだ。その頃にはミスター・ブラックは飽きるほどに世界で遊び尽くし、世界を破壊しはじめていたかもしれない。

 結果的にミスター・ブラックの野望は阻止したことになるが、ダイアナの一人勝ちと言えるこの状況。覇王勇者として、悪役として、あるいは王国の王子として、不甲斐なさでいっぱいだ。

 今すぐにというのは到底無理だが、何らかの対策は考える必要がある。たとえばイーリスの考えているシノビ集団を雇うことや、カイルが考えている隠密に特化した私兵集団の編成などだ。

 バハームド王国にもいわゆるスパイ活動を主として編成された部隊がいるが、もっと闇に、影に、深淵に潜り込む部隊が必要だと考えたのだ。

 ミスター・ブラックは闇の奥底に潜んでいた。それを見つけるには、同じように闇の奥で行動する必要があるのだ。

 もっとも、それが編成されるのは早くても数年後だろうとカイルは考える。思いつきで部隊を編成できるほど、国というのは腰が軽くないし、人材の育成にも時間がかかる。カイルにできるのは、今回の事件で見えた改善点をまとめ、父である国王に提出することくらいだろう。

 もちろん、隠密特化の部隊編成を急ぐように要請するのは言うまでもない。国王に認めさせるためであれば、イーリスの力を借りるのも吝かではない。

 きっと国王も快く頷くことだろう。頷く理由がどのようなものであっても、涙目であっても、国王であるカイルの父も頷くことだろう。

 問題点の簡単なおさらいはこの程度でいいだろう。つまるところ、イーリスたちは脳筋過ぎたの一言で済むのだから。その対策として何ができるのか、それはこれからゆっくりと考えていけばいい。

 ならば、次に気になることは何か。イーリスにしてみれば、たった一つしかないだろう。あれほど苦労して捕まえた黒幕がどうなっているのか、気にならないわけがない。

「ところで、ミスター・ブラックはどうなっていますの?」

「彼は城の地下牢に閉じ込められているよ。能力遮断結界も張られているから、彼がその能力で何かを見聞きすることはできないだろう」

「……それだけで大丈夫ですの?」

 イーリスのその言葉に、カイルは曖昧な苦笑で返した。

 大丈夫とは、言い切れない。本当ならばミスター・ブラックの能力そのものを封じてしまうべきなのだ。そして、同じことを考える者は多く、ミスター・ブラックの能力を封じるべきだという声が城内から多く上がっているのも事実だ。

 だが、ことはそう簡単ではない。能力を封じるということは、その者が自らの一部を失うのと同義だ。

 腕や足をなくした人間が、はたして事実を事実のまま受け入れられるだろうか? 

 否、無理だろう。時間がいずれ傷を癒やしてくれるかもしれないが、少なくとも当人の喪失感たるや想像だにできないほどだろう。何かを失うというのは、それほど傷痕を残すのだ。

 それでも、ミスター・ブラックならば大丈夫だろうという思いもカイルにはあった。ミスター・ブラックはその能力と、情報の分析能力と予知にも匹敵する情報をもとにした先読みが恐ろしかったのだ。それを封じてしまえば、ミスター・ブラックは城の一兵士にも敵わないだろう。

 それに、仮に逃げ出しても大丈夫だろうという思いもある。

「今まで捕まらなかったミスター・ブラックだが、仮に彼が将来脱獄したとして、逃げ切れると思うかい?」

「そうですわね。ミスター・ブラックが今まで捕まらなかった理由は、隠密性に優れたその能力を誰も知らなかったからですわ。そのおかげで有名な探偵や予知能力者、各国の警察機関を調べてその包囲網から見事に潜り抜けてきたわけですが……それも使えませんわね。恐ろしい能力ですが、その分対策が簡単ですから、今までのように逃げ続けることは難しいと思いますわ」

 ミスター・ブラックの五感ジャックは恐ろしいが、知ってしまえば対策は可能。いずれ五感ジャック対策用の結界なども作られ、普及するだろう。

 仮にミスター・ブラックが逃げ出した場合、一時的に逃げることはできるかもしれないが、それでも逃げ続けることはできないとイーリスは考える。いずれ能力対策を施した追跡者に追われ、捕まるのがオチである。

「そうか。なら、協力者がいない限り、ミスター・ブラックについて頭を悩ませる必要はなさそうだね」

「そうですわね」

 穏やかな昼下がり。和やかに談笑しながら、イーリスとカイルはようやくこの事件が終結したことを実感したのだった。

 なお、今ここにいないアリスは、友人のエイフィーラとともに街に繰り出している。イーリスを愛しているあまり奇行の多いアリスだが、友人のことも大切にする心優しい少女でもあるのだ。

 

 ◆

 

「いやはや、落ちぶれてしまったものだね。ああ、見事に落ちぶれたね」

 自らの境遇に苦笑しながら、差し出された本を読んでいるのは、世界で遊んだ黒幕もどきであるミスター・ブラックだ。

 冷たい石の床に直接寝床らしき薄く粗末な布が敷かれただけの小さな独房。鉄格子は魔法で強化されており、斬撃、衝撃、火炎などに強い耐性を誇る特注品だ。おまけにミスター・ブラック対策でこの牢だけ能力封印の結界が張られており、ミスター・ブラックはここでご自慢の五感ジャックを使うことはできない。

 罪人などこれで十分だと言わんばかりの汚らしい独房だが、意外にもミスター・ブラックはこの独房生活を満喫しているようだった。

 世界で遊ぶという自らの目的を十分に満喫し、世界で遊んでいた自分がたった一人のシノビに弄ばれるという未知の衝撃を受けたミスター・ブラックは、自らの人生を良きものとして受け入れたのだった。

 つまり今のミスター・ブラックは死人のようなものであり、人生の酸いも甘いも味わい尽くしたミスター・ブラックにとって、これからの生は蛇足であり、また余生であった。

 既に生を満喫したミスター・ブラックにとって、自らの行く末などかけらも興味がないことだ。最低限食べて、寝て、何もしないという暇な時間すらも楽しみに、ミスター・ブラックは生きることだろう。

「彼女たちがどのように生きるのか、それが一番の楽しみだね。ああ、楽しみだ」

 そして、自らを捕まえたイーリスたち。彼女たちがどう生きていくのか、どう世界を動かしていくのか、それを知ることを最大の楽しみとして、ミスター・ブラックは生きていくだろう。

「覇王勇者よ。精々世界を面白おかしく動かしてくれよ。楽しみだね。ああ、楽しみだ」

 イーリスたちがはたしてどんな騒動を引き起こし、どんな問題を解決していくのか。それを想像しながら、ミスター・ブラックは再び読んでいた本へと目を落とした。

一旦完結。

ネタが浮かんだらまた投稿します。

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