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闇の中に潜む者 10

 愛に生きる少女アリス・イル・ワンドが正門で見守る中、その大捕物は始まった。

 たった一人の逃走者に対して、鬼は千人を超える人間たち。魔法学園に通うだけあり、全ての生徒及び教師が優秀な魔法使いである。

 理事長を筆頭にマッピング、複数人を対象にできる広範囲念話の使い手などがブレーンとなり、学園内を無駄なく、そして隈なく捜索できるように生徒及び教師たちに指示を与える。

 手足となった者は索敵や直感強化などの捜索に有用となる魔法を使い、学園中を隅々まで捜索する。

「素晴らしいですわね。ワタクシ一人では、こうはいきませんわ」

 ふぅ、とため息をつき、イーリスは大運動場の中央に広げられた魔法学園の全体図を見つめる。

 上空から学園全体を写したかのような見取り図だ。真っ白な紙に描かれた見取り図は少しずつ赤色で侵食され、徐々に徐々に赤が白を塗りつぶしていく。マッピングの魔法の応用で、捜索が完了した範囲をリアルタイムで見取り図に反映しているのだ。

 塗りつぶされた範囲は一割にも満たない。全生徒で学園中を捜索しているが、魔法学園はあまりにも広大だ。終わるまでまだまだ時間はかかるだろう。それでもイーリスたち三人で手分けして探すよりは、だいぶ速く終わるだろう。

「……コーラル機関を手に入れられなかったのは、痛恨のミスですわね」

 呟き、見取り図が赤く塗り替わっていくのを見てイーリスは強く実感する。

 これが数の力。これが組織の力。人が集まれば、イーリスのできないこと、苦手なことをカバーすることもできるのだ。戦闘能力は世界最強のイーリスだが、苦手としていることは多々ある。

 勇者として、悪役として動いているうちにそれを理解したからコーラル機関を求めたのだが、時既に遅し。今やコーラル機関は敵となり、イーリスが直々に潰そうとしている始末だ。

 ならばこれからどうするか。イーリスの弱点を補うためには、どうすればよいか。自らを鍛えるのはもちろんだが、それ以外にどんな方法が取れるのか。

 少しだけ考え、イーリスはその結論にたどり着いた。

「総帥に相談しましょう」

「そこは婚約者のボクに相談してほしいな、イーリス」

「悪役としての相談をカイル様にするわけにはいきませんわ」

「悪役であっても、ボクは君を受け入れるよ」

 カイルは苦笑し、イーリスと並んで見取り図を見つめる。見ている限り、捜索は順調に進んでいるようだ。魔法学園の外側から内側へ、円を狭めるように捜索は進んでいる。

 ここにいないダイアナは、生徒たちに混じってミスター・ブラックの捜索に加わっている。シノビであり分身も使えるダイアナは、一人で人海戦術を取ることができるため、こういった場面ではとても有用な人材だ。

「イーリス、ミスター・ブラックが捜索の目を潜り抜けて外に逃げることはないのかい?」

 声を上げたのは再びカイル。見取り図を見ているうちに気になったのだろう。思わずと言った具合に、イーリスへと問うていた。

 少しだけ目を瞬いたイーリスだったが、次の瞬間に浮かんでいたのは不敵な笑み。全て任せろと言わんばかりだ。

 学園の全てが一丸となったこの大規模な捜索作戦。失敗は許されない。ミスター・ブラックをここまで追い詰めた奇跡に等しいこの状況。重ねて言うが、失敗は絶対に許されないのだ。

 それを誰よりも、何よりも理解しているのはイーリス・エル・カッツェその人だ。ミスター・ブラックを逃し続けていた覇王勇者は、それをとても良く理解している。理解している以上、何の対策もしないわけがない。

「その心配は不要ですわ」

 笑みを浮かべたまま、イーリスは見取り図の一点を指差す。赤く塗りつぶされていたその箇所に、何やら黒い点が浮かんでは消えているのではないか。

「カイル様は理事長のマッピングをご存知ではない?」

「いや、知っているよ。そうか、彼のマッピングなら心配はないな」

 納得したカイルは頷き、理事長の魔法を失念していた自身を恥じた。

 魔法学園の理事長たるもの、生徒及び教師の誰よりも魔法を理解していなければならない。そして、一点だけでも誰よりも優れたものを持っていなければならない。

 知だけでなくその力も求められる魔法学園理事長という立場。バハームド王国の魔法学園の今の理事長は、探査やマッピングなどの魔法において極めて優れた力を持っていた。

 そんな理事長の唯一無二の魔法たるマッピング。いや、マッピング自体はありふれた魔法であり、使用者も少なくない。地形調査、ダンジョン探索などでもよく使われるほどありふれた魔法だ。

 そんなマッピングを、理事長は改良したのだ。自らの才能の全てを注ぎ込み、理事長はマッピングの改良に成功したのだ。

 マッピング改とも言える理事長の魔法の効果は、従来の紙面上に地図を描き出すというものだけではない。既にマッピング済の領域に何かが侵入した場合、それを術者は感知できるという謂わばセンサーのような効果も発揮するのだ。

 術者である理事長は、侵入した者の大きさや姿形などを大まかに知ることができる。虫や小型の動物など、一定の条件のものを感知から除外するということも可能だ。

 いくらミスター・ブラックがブラック・ボックスに隠れているとしても、それを移動させるための人手は必要だ。つまり、探索済の領域に入り込んだ何者かを追い続けることで、その誰かを見逃すこともなくなり、またカイルの心配した捜索の目が潜り抜けられる事態への対策としたのだ。

「そういうわけですので、カイル様もサポートをお願いしますわ。理事長の魔法に万が一はないと思いますが、億が一がないとは限りませんわ」

「ボクにできることがあるかはわからないけど、全力を尽くすよ」

 理事長をメインとし、それ以外の教師や生徒たちが支えるこの作戦。唯一の懸念は理事長頼りの作戦となってしまったことだが、理事長は快く引き受けてくれた。

 理事長は凄腕の魔法使いだが、それ以前に魔法研究者なのだ。自らの魔法の効果を人々に知らしめたい、人々に見せつけたいという思いがないわけではない。そんな理事長が、大々的に自らの魔法を使える舞台を見逃すわけがないのだ。

 チラリと近くを見るイーリス。そこには魔力回復用のポーション(いちごミルク味)を飲みながら、意気揚々と魔法を使い続ける理事長がいる。

 狂ったようにハイテンションで魔法を唱え続ける理事長。思う存分魔法を使えることができて、テンションが振り切れているのだ。

 もはや疲れも忘れた様子の理事長。こうなった以上、イーリスやカイルにできることはほぼないだろう。ミスター・ブラックが見つかることを祈りながら、二人は見取り図を睨み続けた。

 

 ◆

 

 大捜索をはじめてからどれくらいが経っただろうか。すでに空が明るくなり始めてきた時間帯。捜索を続けているメンバーも疲労の色を隠せない。

 回復魔法を使える面々が順番に回復して回っているが、それも焼け石に水。肉体的にも精神的にも、疲労を多少回復できているだけだ。

 少し前から順番に仮眠を取ることもでき始めているが、それも二時間ほど前からだ。休めていない生徒たちのほうが圧倒的に多い。

 その中でまだまだ元気なのは理事長とアリスだけだろう。理事長は魔法を使っているうちに改善点が見えたことで更にテンションが上がり、アリスはイーリスが労うだけで完全回復できるのだ。

 生徒たちに無理を強いていることに心を痛めるイーリスだが、しかしこれは必要なことだ。悪役として心を鬼にして、イーリスはこの作戦の結末を見届けなければならない。

 それに、無理を強いた甲斐があったというものだ。生徒たちが頑張ってくれた結果、真っ白だった見取り図の九割は赤く染まり、残るはいよいよ生徒たちの住む宿舎だけとなっているのだ。

「ここまで来ると予想も付きますわね」

「そうだね、多分ミスター・ブラックがいるのはあそこだろう」

 捜索も最終段階。疲れの色は濃いものの、終わりが見え始めたためか、どことなく生徒たちの足取りも軽い。

 最後の捜索場所となる宿舎は、建物自体が大きく部屋数も多いが、生徒たちにとっては慣れ親しんだ我が家のようなもの。最後の力を振り絞って頑張ってくれることだろう。

 仮眠を取っていた者も起こし、目的地に向けて全員が移動を開始する。イーリスやカイル、理事長を先頭に、その後を生徒たちがついていく。ここが最後ということもあり、どこか空気が軽く感じられる。

 浮ついた雰囲気を伴いながら全員で向かっている宿舎は、千人を遥かに超える生徒たちが住むことを前提としており、また貴族も生活するということもあって大きく、広く、まさしく雄大だ。見栄えだけでなく利便性も兼ね備えた作りとなっており、ここに住めるというだけで魔法学園に入る理由としては十分なほどである。

 だが、今回の場合はその雄大さが仇となる。ミスター・ブラックの持つブラック・ボックスは小さな箱状の世界そのものだ。つまりは小さな黒い箱であり、そして生徒たちはそれを探し出さなければならない。如何に生徒たちが宿舎を我が家のように知っているとしても、探し出すのも一苦労だろう。

 魔法で探し出せる者は、小さな黒い箱という条件で探すこともできるだろう。だが、そういった魔法を苦手としている者は、地道に草の根を分けて探し出さなければならない。

 一部屋一部屋見落とさないように、ネズミを探すように家具の裏まで隅々と、生徒たちは探す。イーリスやカイルも見落とすことのないように目を光らせる。

 だがまあ、二人、いや、ダイアナも含めて三人は確信していた。魔法学園に潜むという大胆な手段を取ったミスター・ブラックは、それを貫き通しているだろうと。予想が正しければ、最も近い場所にミスター・ブラックは潜んでいただろうと。

 そして、その予想、予感は宿舎の探索を進めるほど強くなる。

 一階、見つからない。

 二階、見つからない。

 三階、四階、五階……。

 

 見つからない。

 見つからない。

 見つからない。

 

 最上階を除き、全てを探しても見つからない。

 

 ならば、それが答えである。

 

 身分に関係なく学園の生徒であれば宿舎に住むことができるが、最上階だけは例外だ。最上階だけは、王族やそれに連なる者だけが住むことができるのである。たとえ、頻繁にアリスという名前の変態が侵入していても、基本的には許可なき者は立入禁止なのだ。

 現在最上階に住んでいるのは王子であるカイル・エル・バハームド。そして、その婚約者であるイーリス・エル・カッツェの二人だけだ。

 最上階のうち空き部屋とカイルの部屋を探しても、ミスター・ブラックはいなかった。黒い小さな箱も見つからなかった。

 

 ならば、やはりそれが答えである。

 

 大胆不敵というほかない。いくらイーリスが探索系の魔法が極端に苦手であるとしても、偶然ブラック・ボックスを見つけることもあるかもしれない。

 その危険性を加味した上で、ミスター・ブラックはイーリスに見つかることはないと考えたのだ。

 結果論かもしれないが、実際にイーリスが近くに潜んでいるミスター・ブラックを見つけることはできなかった。まさしく灯台下暗し、イーリスは完全にミスター・ブラックに出し抜かれたのだ。

 だが、それもここまでである。イーリスやカイル、ダイアナをはじめ、探索系の魔法に秀でた者がこれでもかと探し尽くした結果、ついにそれを見つけることができたのだ。

 普段は全く見ることのない大量にドレスが収納されたクローゼット。その奥の奥、一目どころかよく見回しても見つからないような奥まった場所に、その小さな黒い箱はあったのだ。

 どこか不思議な魔力を感じるその小さな箱。よくよく集中しないと感じ取ることのできないほど微弱な魔力だ。これでは気づくのも難しいだろう。

 だが、これほど隠蔽性の高い代物であるということは、それだけ重要なものであるという証拠でもある。ミスター・ブラックにとっての生命線であるこのブラック・ボックスは、なるほど確かにミスター・ブラックにとって重要なものであるのは間違いない。

 深呼吸を一つ。集まった者が見守る中、イーリスはゆっくりとブラック・ボックスに右手を伸ばした。

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