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闇の中に潜む者 09

 意気揚々と魔法学園に乗り込んだはいいものの、問題となるのはどうやって探すのか、である。

 魔法学園の敷地は広大だ。校舎、運動場、研究棟、生徒の住む寮など、建物は無数にある。それだけでなく、学園の敷地の半分以上に、様々な生き物が生息している森が広がっているのだ。

 そんな中を、三人で手分けして、歩いて探すのか? 否、それはナンセンス以外の何物でもない。

 そんなことでは見つかるものも見つからない。探し歩いている間に逃げられて終わりだろう。一生探しても見つからないに違いない。

「こういった場面ではワタクシは弱いですわね」

 校舎内をうろつきながらイーリスは考える。特定の気配や見知らぬ気配を探すことくらいならばできるが、気配や存在感を隠された上で更に身を潜められたら、イーリスには探す手段がない。透視、予知能力などがあれば探せただろうが、あいにくイーリスはそういった能力は使えない。

 更にミスター・ブラックはブラック・ボックスという魔道具に隠れているというではないか。中に空間が広がっている魔道具ということだから、中に入ってしまえば気配も魔力も漏らさないのだろう。

 打つ手なしだ。

 今のイーリスの手札では、打つ手がない。

「なら、どうすれば……」

 考える。方法を。今のイーリスでも可能な、最善の方法を。

 過去や未来を視ることはできない。気配はブラック・ボックスにより完全に遮断されている。勘というあやふやなもので見つけられる気はしない。

 覇王勇者であるイーリスは戦闘特化。それ以外のことは極めて苦手と言ってもいい。魔王を倒すことはできても、人々の傷を癒やすことはできても、聖剣を創ることはできず、古代遺跡の罠を解除することはできないのだ。

 戦ってばかりだったから仕方ないと言えばそうだろう。多少は他の技能にも目を向けるべきだったと少し後悔する。万能でなくとも、たとえ器用貧乏でも、取れる手段があるのならば、選択肢というのは膨大に増えるのだから。

「嘆いていても仕方ありませんわね」

 しかし、現状はやはり打つ手なしなのか。八方塞がりか。ここでイーリスの冒険は終わってしまうのか。

 いや、否だ。何か方法はあるはずだ。まだ挽回できる方法はあるはずだ。イーリスができることで、この状況を打破することはきっとできるはずなのだ。

 イーリスはそう信じたかった。戦うことしかできないこの身でも、きっと何かできることがあるはずだと。

「何か……何かあるはずですわ……」

 考えながらも校内を爆走し、全てのクラスに乱入し、生徒一人ひとりの服装や仕草、身につけているものも一秒以内で素早くされど的確にチェックして、しかし思考を高速で回転させて。

 今の自分にできること。それが何かを考えて、考えて、考え抜き……イーリスは諦めた。

 認めよう。自分だけではミスター・ブラックを見つけることはできない。ミスター・ブラックを確保することはできない。ミスター・ブラックは、この逃走劇において完全にイーリスの上をいっている。

 流石は世界を相手に逃げ切る男だ。イーリスだけでは、ミスター・ブラックを相手にしては手も足も出ない。このまま闇雲に探していても、時間の無駄である。

 今のイーリスの手札はあまりにも少なすぎる。将来的には様々な技術や魔法を身につけることは決定するにしても、今のこの時点のイーリスにはミスター・ブラックを見つけることはできない。

 ならばどうするか? 手札を増やすしかないだろう。外から手札を持ってきて、そして増えた手札でもってして、ミスター・ブラックを見つけるのだ。

「情けないですわねぇ」

 ため息を漏らしながらも、イーリスは自分を納得させる。

 そうしなければ駄目なのだ。そうしなければ解決できないのだ。暴走するコーラル機関を、悪役令嬢として止めるために、勇者として止めるために、手段を選んでいる場合ではないのだ。

 だから、イーリスは選びたくなかった手段を取ることに決めた。

「まずは理事長にお話する必要がありますわね」

 覇王勇者、王子の婚約者、公爵家、あらゆる地位と権力を尽くし、無理矢理にでも理事長を従えさせる。その後、理事長を動かして全生徒に強制的にミスター・ブラックの探索に参加させる。

 覇王勇者の権限を利用した全生徒の強制参加。公爵家という立場を盾にした権力の暴走。イーリスはその手段を取ることに決めたのだ。

 立場によるゴリ押し。そして、無関係な者を巻き込むことを、イーリスはやりたくなかった。覇王勇者としても、悪役としても相応しい行為とは思えない。

 だが、四の五の言っている場合ではない。自分だけでは解決できないし、猫の手を借りてでもミスター・ブラックは探し出さなければならない。

 カイルやダイアナからもミスター・ブラックを見つけたという報告は上がっていない。ならば、少しでも見つける確率を上げるために、少しでも早くミスター・ブラックを見つけるために、考えられる限り最悪で最善の方法を取らざるを得ない。

「理事長の説得がうまくいけばいいのですけど……」

 進んで取りたい方法ではないが、覚悟を決めたら少し自分が外道になったようで少し楽しくなってきた。今後こんなことはしないように自らを強く戒めつつも、どこか高揚している感情を否定できない。

 イーリスは悪い笑みを浮かべながら、理事長室へと走り出した。

 

 ◆

 

 イーリスが理事長室に駆け込んでから三十分後。魔法学園の全生徒たちは授業を強制的に中断させられ、外にある大運動場に集められていた。

「一体何だろうな?」

「さぁ、見当もつかないよ」

「理事長がわざわざ集めるくらいだから余程のことなんでしょうね」

「私、ちょっと怖いな」

 クラス毎に並び、ザワザワと話している生徒たち。落ち着かない様子だが、無理もないだろう。

 わざわざ理事長が全生徒を集めたというこの状況。明らかに厄介事であると、誰でもわかるだろう。

 何らかの訓練であったり、集会であったりと、理事長が全生徒を集めることはたまにある。だが、それは必ず通達があり、教師生徒含め全員が事前に把握している出来事なのだ。

 しかし、今日はそういった出来事は予定されていない。いつも通りに授業を受ける、いつも通りの日であったはずなのだ。

 それなのに、理事長がいきなり全教師、全生徒を集合させたというこの状況。良いことが起こるわけがない。

 戦争でも始まるのかと不安になる者。世界の終わりだと面白おかしく騒ぎ立てる者。何かとんでもないことが起こる前触れではないかと心配する者。感情や心境は様々だが、この場で落ち着いている者は誰一人としていなかった。

「こんな時にイーリス様がいないんだもんな……」

「どこ行ってるんだ?」

「帰ってきてくれよ……」

 ザワザワとしている生徒たちの中から聞こえてくる声。その中には、覇王勇者イーリス・エル・カッツェが不在であることを指摘する声も多い。

 イーリスが朝から学園にいない。覇王勇者として、悪役として忙しく動き回っているイーリスが学園にいないのは珍しいことではない。生徒も教師もそれは慣れっこであるし、またいないのかと思う程度だ。

 普段は学園を、王都を引っ掻き回して迷惑をかけている愉快犯のようなイーリスだが、そんなイーリスでも世界最強の覇王勇者。勇者としての強さや実績だけは、生徒たちも認めるところである。

 覇王勇者であるイーリスがいない時に発生した緊急事態。生徒たちが不安に震えるのも無理はないだろう。イーリスがいれば守ってくれるだろうが、肝心のイーリスがいないのだ。生徒たちの不安は募るばかりである。

 まあ、そんな心配も次の瞬間には吹き飛んでいたのだが。

「オーホッホッホッホ! オーッホッホッホッホ!」

 大運動場に響き渡る高笑い。無駄に大きい声で、無駄な技術を使い空気中に浸透させ、無駄に美声な笑い声が生徒たちに届けられる。

 一体これは誰の声なのか。いや、考えるまでもない。こんな特徴的な笑い方をする人間は、一人しかいない。

「お久しぶりですわ!」

 宣言とともに空から舞い降りたその少女。生徒たちの視線を釘付けにして、お立ち台に立っているのはある意味で生徒たちが待ち望んでいた少女だった。

 その姿を見た生徒たちに浮かんだのは安心。そして困惑。少女――イーリスがいるのならば大丈夫だろうという安心と、今度はこいつは何をやらかしたんだという困惑。それだけでイーリス・エル・カッツェという少女の評価がよくわかるだろう。

「親愛なる生徒の皆さん、御機嫌よう。世界一の悪役令嬢イーリス・エル・カッツェが、この学園に帰ってきましたわ!」

 今更な自己紹介だ。覇王勇者であるイーリスのことを知らない人間は、この国には存在しない。

「皆さんはきっと思っているでしょう。どうして全員ここに集められたのかと。そして、誰が自分たちを集めたのかと。そのお気持ちはよくわかりますわ!」

 イーリスの言葉に頷く生徒たち。イーリスに野次を飛ばす生徒も数人いたが、その愚か者はイーリスご自慢の覇気を食らって強制的に黙らせられた。

 ちなみに、誰が集めたのか、という疑問は既に全生徒から吹き飛んでいた。今、イーリスが現れたという事実だけで、誰が集めたのかについては全員察しがついていた。

「何を隠そう、皆さんを集めたのはこのワタクシですわ!」

 知ってた。

 生徒たちから異口同音で放たれた言葉である。

「あ、あら、そうですの? それは失礼しましたわ」

 コホンとイーリスは咳払いを一つ。気を取り直して話を続ける。

「では、何故皆さんを集めたかをお話しますわ」

 イーリスの口から、その理由が語られる。

「今、世界は狙われていますわ。ミスター・ブラックと呼ばれる男がとある組織を手に入れたことにより、今、世界は危機に瀕していますの」

 それは、自分たちには関係ないと思っていた、世界を巻き込む大きな争いの話だった。

「ミスター・ブラックは昔から世界の闇の中で暗躍していた大悪党。彼を止めるために、捕まえるために、世界中のあらゆる機関が全力を注いでいましだが……今の今まで彼が捕まることはありませんでしたわ」

 ザワザワと騒ぎ出す生徒たち。新たな魔王なのか? 勇者でも倒せないのか? 生徒たちの口から疑問が放たれるが、イーリスはそれに答えない。

 生徒たちを見つめながら、イーリスは説明を続ける。

「当然、ミスター・ブラックを止めるためにワタクシも動いていました。ですが、ワタクシも力及ばずミスター・ブラックに振り回されてばかり。そうして悔しい思いを抱き続けていたそんな時、とある筋からの情報でミスター・ブラックがこの学園に潜伏していることがわかりましたわ」

 寝耳に水。まさしくその言葉が正しいだろう。生徒たちのみならず、教師たちもイーリスの言葉に絶句している。

 あの覇王勇者がいる学園に、賊が侵入するとは思わなかったのだ。

「ですが、残念ながらワタクシではミスター・ブラックを見つけることはできません。自らの力の無さを恥じるばかりですわ」

 イーリスの感じているものは無力感。勇者であるというのに、その役目を果たすことができないことをイーリスは恥じている。

 だからこそ、これ以上の恥を重ねないために、イーリスはあらゆる手を尽くすと決めたのだ。。

「ですから、恥を忍んでワタクシは命じますわ。全生徒及び全教員で、ここに潜伏しているミスター・ブラックを探し出しなさい!」

 ここで最大級の恥をかき、事態を解決へと向かわせると決めたのだ。

「これはお願いではありませんわ。恥の上塗りであることは重々承知しておりますが、不甲斐ないワタクシのために、皆さんの力を貸していただきますわ」

 有無を言わさぬイーリスの強い口調。覇王勇者として相応しい風格を、覇気を放つイーリス。それを見て、生徒たちもイーリスが本気であると心の底から理解した。

 勇者として、次代の王妃として、そして覇王としてイーリスは生徒たちに命じたのだ。それを拒む者は誰もおらず、またそれを拒めるはずもなかった。

 生徒と言えど貴族、そしてこの国の民なのだ。次代の主の命令を拒むことは誰もできず、また誰もしなかった。

「ミスター・ブラックは、ブラック・ボックスと呼ばれる黒い小さな魔道具に隠れていますわ。皆さんの使命は、それを持っている人物、もしくはブラック・ボックスそのものを見つけ出すことですわ!」

 そして、ありったけの覇気を込めてイーリスは命じた。必ずこの命令をやり遂げろと、

 

 イーリスのはじめてとも言える、心の底からの覇王としての命令。それは聞く者を支配し、その心を揺さぶり、動かす。

 覇王とはそういうものであり、覇気とはそういうもの。覇王という存在は、いるだけで人を屈服させる。

 その覇王が心の底から命じたならば、結果は見てのとおりである。たとえイーリスを疎んでいる者であっても、イーリスの覇気を食らえば無意識に肉体が、魂が従わざるを得ない。

 当然それは生徒たちも同様であり、声は聞こえなかったが、イーリスにはわかった。その瞳、その心を理解した。

 即ち、承った、と。

 イーリスは笑みをこぼす。配下となった学園の全人員を持ってして、ミスター・ブラックに引導を渡してみせると笑みを見せる。

 そして、イーリスは叫ぶ。

「さあ、行きなさい! 皆さんで世界を救うのです!」

 王都全体に響き渡るのではないかと思えるほどの叫び声が学園中に響く。その後、生徒たちが、そして教師たちが四方八方へと走り出す。

 きっかけはたった一つの偶然。シノビマスターの持ってきた情報だけ。シノビマスターからイーリス、そして民へと流れは受け継がれ。ついにミスター・ブラックをここまで追い詰めることができたのだ。

 イーリスがミスター・ブラックを捕まえるのか、それともミスター・ブラックが逃げ切るのか、運命の時はすぐそこまで迫っている。

 短く、そして長い一日が始まろうとしていた。

 なお、イーリスの声に一番の叫びを上げたのがアリスであることは言うまでもないだろう。

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