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闇の中に潜む者 07

「覇王勇者の動きは掴めないですか。ああ、仕方ないね」

 暗闇に包まれた部屋の中で、ミスター・ブラックは呟く。ミスター・ブラックの呆れたような声を聞いて、部屋に集った者たちは居心地悪そうに視線をそらす。ミスター・ブラックを楽しそうに見つめているのは、ミスター・ブラックの側近である女性だけだ。

 ミスター・ブラックの住む壊れ果てた神殿。ミスター・ブラックがいるのは、その神殿内の一室である。また、神殿にはここ以外にも様々な部屋があり、数十人が暮らしていくには十分な広さと施設がある。

 暗闇の中でミスター・ブラックが何をしているのかと言えば、もはや日課となっている覇王勇者の捜索だ。自らの能力で魔法学園に座標を合わせ、覇王勇者を探しているのだ。

 だが、今日に限ってはどうしたことか、覇王勇者イーリス・エル・カッツェの姿はどこにも見えないのだ。いつもならば自室で休んでいるはずなのに、学園中のどこを探しても、イーリスの姿が見えないのだ。

 いや、その理由は既に理解している。世界最高のシノビたるシノビマスター。彼からミスター・ブラックにつながる情報を聞き出したイーリスが、ミスター・ブラックに見つからないように部屋を飛び出し、見事ミスター・ブラックの包囲網から抜け出したのだ。

 一体イーリスはどこにいるのか。それをミスター・ブラックはわからない。わからないが、それをどこか楽しんでいる自分がいるのを、ミスター・ブラックは気づいていた。

「ここを離れるのは……上策とは言えませんね」

 ブラック・ボックス。ミスター・ブラックがそう呼んでいるそれは、魔道具の一つである。

 ミスター・ブラックが移動用の拠点としている隠密性に優れた魔道具であり、箱の中にはもう一つの世界とも呼べる広大な空間が広がっている。ミスター・ブラックの住む神殿も、この魔道具内に建設されたものなのだ。

 また、ブラック・ボックスはとても小さく、人の手による移動が可能であり、見つかりにくい。ブラック・ボックスを見つけようと思ったら、それこそ草の根を分けて探すほどの労力を必要とするだろう。

 そのブラック・ボックスの位置も、ミスター・ブラックが信頼する一部の人間以外は知らないはずである。その人間たちもミスター・ブラックとともにブラック・ボックスの中にいるため、ブラック・ボックスの位置がバレることはないはずだ。

「しかし、見事に逃げられたね。ああ、本当に見事だ」

 感嘆の息を吐き、ミスター・ブラックは呟いた。

 ミスター・ブラックの五感ジャックは隠密性に優れた強力な能力だが、反面隠密性に特化しすぎているため、一度見つかると脆い面がある。それこそ、体中に魔力を巡らせることで弾かれてしまうほどに。

 その脆さという弱点を見事に突かれ、ミスター・ブラックの五感ジャックはイーリスに弾かれてしまった。そして、再度魔法学園に座標を合わせる前に、イーリスは逃走。見事にミスター・ブラックの魔の手から逃げ出したのだ。

 王都、王城、イーリスの地下要塞など、イーリスが行きそうな場所を探してみたものの、イーリスの姿を見つけることはできなかった。現状イーリスがいる場所は不明であり、ヒントもなしだ。

 ミスター・ブラックは情報を手に入れてから動く男である。情報をもとに人や世界の動きを読み、世界の波を乗り切り、あるいは自由に操ってみせる男である。

 反面情報がない時のミスター・ブラックは弱い。行き先のわからないイーリスの逃走は、見事にミスター・ブラックの弱点を突いてみせたのだ。

 見事だとミスター・ブラックは内心称賛しながら、一刻も早くイーリスの行く手を突き止めなければならないとも考えていた。

 イーリスは考えているはずなのだ。今が最大の好機だと。ミスター・ブラックの監視から逃れた今が、絶好のチャンスに他ならないと。

 確かにその通りであり、今はイーリスにとってチャンスだろう。だが、これはミスター・ブラックにとってのチャンスでもあるのだ。

 イーリスの動きを阻むことができれば、ミスター・ブラックにとっての最大の好機となる。ピンチを乗り越えた時こそ、最大のチャンスは訪れるもの。イーリスの動きを止めることができれば、もはやイーリスに二度目のチャンスはないのだ。

 イーリスが逃げ切るか、ミスター・ブラックが捕まえるか。ミスター・ブラックの野望が果たされるか否かの大一番。否が応でも力が入るというものだ。

 この勝負には絶対に勝つ。そのためにも、必要なのは情報だ。自らが持つ全ての力を駆使して、ミスター・ブラックはイーリスを探し出すことに決めた。

 たとえ世界の果てに隠れていようとも、絶対に見つけ出してみせる。その強い決意のもとに、ミスター・ブラックは号令を発す。

「全員に伝えなさい! 覇王勇者を見つけ出せと! 我らが悪を成すためにも、彼女は必ず見つけ出せ!」

「ハイッ!」

 ミスター・ブラックの号令に対し、部屋に集った者達が声を出して了承し、行動を開始する。

 声を返した全員が出ていった部屋の中、ミスター・ブラックは呟いた。

「覇王勇者イーリス・エル・カッツェ。ああ、君は今どこにいるんだろうね」

 楽しそうな笑みを浮かべているミスター・ブラック。それを見ている側近の女の口元にも、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

 ◆

 

「サポートと言いましたが、具体的にはどのようなことができますの?」

 シノビマスターの弟子であるダイアナ・イル・レストール。彼女もまた優秀なシノビであり、ならばイーリスにはできない様々な技術を持っていることが容易に想像できる。

 潜入、暗殺、工作。それこそシノビの真骨頂。単純な強さではイーリスに大きく劣るだろうが、闇に紛れて行う裏工作ならば、イーリスよりも遥かに優れているだろう。

 そんな期待を込めたイーリスに問いに対して、ダイアナは驚くべき一言を返してきた。

「はい~、ミスター・ブラックの元まで案内します~、します~」

 思わず動きを止めてしまったのは仕方ないことだろう。

 イーリス、アリス、カイルのみならず、世界中の様々な機関が血眼になって探しているミスター・ブラック。世界中が目を皿のようにしても見つけることのできなかった彼を、なんとダイアナは知っているというのだ。

 冗談だろうとイーリスはダイアナを見つめる。目の動き、呼吸、脈拍、心理状態。あらゆる情報から、ダイアナが嘘をついているかを判別する。

 二秒、三秒……十秒ほどじっくりと観察しても、ダイアナには呼吸一つ、脈拍一つ乱れた様子はない。感情を伺えないその瞳で、イーリスのことを見つめ返してくるだけである。

 もしかしたらシノビマスターからそういった訓練を受けているのかもしれないが、協力者に対してそれを使うようなことをするだろうか? いや、それはないとイーリスは考える。敵を欺くにはまず味方からとは言うが、今この時点でそれをする理由はどこにもない。

 となれば、ダイアナの言うとおりということだろう。世界中の人間が探し続けても見つけられなかったミスター・ブラックの居場所を、ダイアナは知っているのだ。

 ダイアナがミスター・ブラックの居場所を知っている。それははたして知っていたのは偶然なのか、必然なのか。もちろん、偶然であるということは極めて考えにくい。

 そもそもダイアナは、コーラル機関にその身を置いていたのだ。ダイアナがコーラル機関を抜けるだろうということはダンゾウから聞いていたが、実際に抜けたという話は報告されていない。そして、イーリス自身もまだダイアナはコーラル機関を抜けていないだろうと考えていた。

 ならば、ミスター・ブラックがコーラル機関を乗っ取ってから今までの間に、ミスター・ブラックと接触する機会があったのだろう。だから、ダイアナはミスター・ブラックの居場所を知っているのだ。

 どのような方法で接触したのかは、ダイアナの得意な術を考えれば用意に想像がつく。

「完全に予想外ですわね、これは」

「まさかダイアナ嬢が知っているとはね……」

「ずるいです! イーリス様のお役に立てるなんて!」

「そう言われても困ります~、ます~」

 アリスの言葉にボンヤリと笑顔を返しながらも、その瞳に映るものはやはり無。目が笑っていないとはよく聞く言葉だが、ダイアナの場合は目が何も映していない。

 どこか気味の悪いものを感じながら、イーリスはこれでミスター・ブラックの居場所がわかると安堵した。

 暴走してしまった悪の組織コーラル機関。共存できると考えていた数少ない悪の一つであったこともあり、内心ではショックを隠せなかったのも事実である。

 ならば、その引導はイーリス自身の手で渡してやろうではないか。イーリスが感じた落胆と怒りと悲哀を込めて、全力の一撃をミスター・ブラックに叩き込むのだ。

 そうイーリスは決めた。誰に言われるまでもなく、自分自身がそう決めた。

 そのためには、まずはミスター・ブラックに会わなければならない。

 イーリスの怒りを、イーリスの悲哀を、イーリスの覚悟を、ミスター・ブラックにぶつけなければならない。

「ダイアナさん」

「はい~?」

 呼びかけたイーリスの声は、固い。

「ミスター・ブラックの場所へ案内をお願いしますわ」

「……」

 笑顔とともに告げられた言葉。それとともに向けられたイーリスの瞳を見て、ダイアナは息を呑んだ。シノビとして感情制御の鍛錬を積み続けてきたダイアナが、その感情を顕にした。

 瞳だけではない。イーリスの気配が、魔力が、覇気が、イーリスの怒りを体現している。何かを察知したアリスが結界でイーリスの存在を隠さなければ、イーリスの覇気はあっという間に世界を覆っていただろう。そして、イーリスの場所がミスター・ブラックにバレていただろう。

 アリスの見事なファインプレーだ。いつもは愛に暴走しているアリスだが、やる時はやるのである。

 もっとも、そのやる時はあまり来ない。

「凄まじいですね」

 ポツリと呟くダイアナ。普段の言葉遣いを繕うことすらできないほどの衝撃。一度だけ見た師であるダンゾウの本気でさえも、ここまで圧倒的なものではなかった。

 腐っても覇王勇者。その覇気は世界を包む。覇王勇者とはどのような存在なのか、ダイアナははじめて心の底まで刻み込んだ。

 そして理解する。イーリスを助けろというシノビマスターの言葉の意味を。

 それは単純至極、たった一つの意味しか持たない。

 即ち、覇王勇者と敵対するな、ということ。

「なのに、どうしてこんなにこう……残念なんでしょうか~、でしょうか~?」

 言葉と同時にため息を漏らす。

 五秒前までの気迫はどこへやら。空に高笑いを響かせているイーリスに、イーリスの覇気を全身で浴びて恍惚としているアリス。そして、感動したようにその様子を見ているカイルの姿。

 何を考えているのかよくわからない。いや、だからこそ、覇王勇者となっても正気を保っていられるのかもしれない。

 はっきり言って、覇王勇者の覇気は劇薬以外の何物でもない。

 たとえば、街を歩いているただの民が覇王勇者に目覚めたとしよう。はたしてその民は、どのような末路を辿るだろうか?

 まあ、想像に難くないだろう。力を持つ者には責任が求められる。自覚が求められる。

 世界を包むほどの強大な覇気。自らを破滅へと導くほどの巨大な力だ。力を振るい、振るわれ、振り回され、そしていつしか自滅の道を辿るだろう。

「それはきっと……怖いですね~、ですね~」

 では、自らがそれを手に入れたらと考え、ダイアナは身震いした。少し想像しただけで、自らの末路を用意に想像できたのである。

「だから真面目にやりましょう~、ましょう~」

 よくわからないけど凄い人たち。そんな彼女たちを見ていると、どこか面白くなってくる。

 そう思ったダイアナは、イーリスたちにバレぬようにクスリと笑うのだった。

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