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闇の中に潜む者 05

「覇王勇者とシノビマスターが接触したようです」

「ああ、既に知っているよ。やはり直接視るのが一番早いね」

「は、申し訳ありません」

 壊れ果てた古い神殿に、その男はいた。側近らしき女を一人侍らせて、何を思ってか虚空を見つめている。

 黒い男だった。黒い長髪に、顔の上部だけを覆う黒い仮面。漆黒のスーツに、同色のシャツを身につけている。

「しかし、シノビとは厄介だね。傀儡憑依か、あれをされれば私も視ることが出来ないね。ああ、厄介だ」

 言葉とは裏腹に、男の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。やりがいのあるゲームを攻略するような、そんな楽しげな笑みだ。

 事実、男は楽しいのだろう。今まで男は様々な場所、様々な者を相手に支配と破壊を繰り返してきたが、どれもこれも手応えなどなかった。一つの国の裏に存在する程度の組織では、男を楽しませることは出来なかった。

 だから、男は世界を相手にゲームを開始した。自分を止められるならばそれでいい。止められなければ、世界を混乱に陥れるだけだと。

 そうして男が手に入れたのは、千年の間世界の闇に君臨し続けたとある機関。機関に狙われる相手、狙われない相手、襲撃の頻度、機関が活動する地域など、男は機関に関する様々な情報を手に入れた。そこから機関の動きを予測し、読み切れば、機関の構成員や規模、実力など、男には手に取るようにわかった。

 そうなってしまえば全ては男の思うがままだ。男はまるで昔からいたかのように機関に入り込んだ。そして、その巧みな話術や、弱みに付け込んだ脅しなどを駆使して、数カ月後には男は機関を完全に掌握してみせた。

 無理もない。男は表にいれば一国を相手に一人で対等に渡り合えるような男である。話術と詐術を駆使して国すら手玉に取る男が相手では、いかに闇に長く君臨した機関といえど抵抗も出来なかった。

「覇王勇者がシノビマスターから何を聞いたのか……ああ、どう動くか。情報がない。ああ、情報さえあれば動けるのにね」

 困ったように言う男だが、やはり男の口元には笑みが浮かんでいる。

 対等な敵。対等な相手。はじめて現れたその存在に、男は楽しみを隠しきれないのだ。

 国を相手取っても対等に渡り合うほど狡猾な男だが、男の武器はその狡猾さただ一点だ。予知に匹敵するほどの勘や、未来を予測出来るほどの頭脳を男は持っていない。知り尽くした相手がどのように動くのか予測出来る程度には優秀だが、所詮はそれ止まりである。

 つまり、男が仕掛ける時は、相手のあらゆる情報を手に入れて丸裸にしてからなのだ。確実なる勝利への道筋を作ってから、男ははじめて仕掛けるのだ。

 故に、男は情報を手に入れ、徹底的に相手を分析し尽くしてから動くことを得意とする。だが逆に、自らが情報を持たない者が相手では、どう動けばいいのかわからなくなる。

 全ては男の気質故に。男は情報の大切さを理解しているが、情報を大切にしすぎていると言ってもいい。情報を持っている時は圧倒的に強い男だが、それを持たなければ途端に弱くなるのだ。

 それが、男の窮地を引き寄せる。

 今はまだいいだろう。少しならば余裕がある。この間に覇王勇者の情報を集め、その動きを予測することが出来れば、男は窮地を脱するだろう。

 しかし、そうしたくても出来ないのだ。シノビマスターにより完全に隠蔽されてしまった、これからの覇王勇者の動き。照らされていた道がシノビマスターのせいで消えてしまったのだ。

 男は、動きたくても動けなくなっていた。

「ああ、どうしようか。どう動こうか。ああ、楽しいね」

 組織を相手にするのではなく、個人を相手にする。おまけに、その個人は自分へと着実に迫りつつある。

 男にとってそれははじめての経験だ。こちらから仕掛けるのではなく、相手から仕掛けてくる。おまけに相手は組織ではなく個人であるため、その動きも今までよりも遥かに予想がつきにくい。

 情報よりも勘。巧遅よりも拙速。それが求められているのだろう。タイミングを逃せば、全てがご破算になりそうだ。

「苦手だけど、仕方ないね。ああ、仕方ない。何とか考えるとしようかな」

 楽しそうな笑みを浮かべたまま、男は神殿の中へと入っていく。その後に続いた女の口元にも、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

 ◆

 

 世界一の武。それが何を指しているのか、カイルの存在もありイーリスにはすぐにわかった。

 そう、婚約者であるカイル・エル・バハームドは、彼に時折稽古をつけてもらっているのだ。そして、その結果カイルの強さは跳ね上がり、自身やアリスの領域に近づいていることをイーリスは感じているからだ。

 全ては世界一の武の持ち主である彼のおかげであると、イーリスはカイルから聞いている。だから、イーリスの記憶に彼のことははっきりと刻み込まれていた。

 しかし、残念ながらイーリスと彼との間に面識はほとんどない。お互いに相手がどんな存在なのかは知っているが、その程度。かつてイーリスは彼と戦ったことがあったが、それでもやはりその程度。それ以来、顔も合わせていないし、声を交わしてもいないのだ。

 はたして彼が突然押しかけて歓迎してくれるかどうか。それがわからなかったため、イーリスはカイルに仲介を頼もうとしているのだ。

 もちろん、何も考えず無警戒に頼んだりはしない。シノビマスター・ダンゾウがあれほど用心してこの情報を渡してくれたのだ。それには必ず何かの意味があるはずだ。

 ならば、イーリスも同じように細心の注意を払う必要がある。あらゆることを想定して、対策をする。魔法による遠視、盗聴、記憶や心の読み取りなど、考えられるあらゆることを想定する。

 更に念には念を入れて、アリスによる結界<|ラブ・ラビリンス>を張ることで、外部からの干渉を完全に防ぐ。これでも監視されるようならば、下手人の腕を称賛するしかない。イーリスに手の打ちようはない。

 だが、さすがにこれだけやれば大丈夫だろう。イーリスはそう信じて、カイルに向けて語りだした。

「世界最高のシノビである、シノビマスター・ダンゾウ様から言われましたわ。世界一の武を目指せ、と」

「武……」

 それを聞いただけで、カイルはそれが誰のことを指しているのかすぐにわかった。

「おわかりですわね? 武神様のところに案内してほしいんですの」

「何故かな?」

 そう問われても、イーリスにはわからない。ダンゾウはそれ以上のことを言わなかったのだ。

「……わかりませんわ。ですが、きっとそこにはミスター・ブラックを打倒するために必要な何かがあると思いますわ。ダンゾウ様は無駄に混乱させることはしないはずですわ」

「……そうか、イーリスがそう言うならば、喜んで案内をするよ」

 柔らかく微笑み、イーリスの頼みを快く引き受けてくれたカイル。イーリスの後ろでアリスがものすごい表情でカイルを睨んでいるが、イーリスとカイルは笑顔でそれを無視した。

「しかし、ダンゾウ殿はすごいな。僕たちがあれほど苦労して追っていたミスター・ブラックの居場所を掴みつつあるんだろう?」

「さあ? そこまではわかりませんわ。でも、ミスター・ブラックを追うための何か有効な手段を持っていることは確かですわね」

「それが何かは聞いていないのかい?」

「思い当たるものは……ありますわね」

 イーリスが思い出したのは、シノビマスター・ダンゾウの唯一の弟子であるダイアナ・イル・レストールの存在だ。彼女は確か、コーラル機関にいたはずである。近々抜けると聞いていたが、この状況ではまだ抜けていないかもしれない。

 となると、ダンゾウの情報源は弟子であるダイアナだろう。どうやって連絡しているかは知らないが……いや、やりようはある。ダイアナの得意としている術を使えば、ミスター・ブラックを出し抜くことも出来るかもしれない。

 そして、ダンゾウはダイアナの師匠である。ダイアナが出来ることならば、ダンゾウも出来るだろう。

 やはりシノビというのは恐ろしい。イーリスはダンゾウからシノビの戦闘法を学んだが、シノビの術を学んだわけではない。つまり、イーリスはシノビとしての身のこなしや戦いはこなすことが出来るが、シノビの秘伝であるその術を使うことは出来ないのだ。おまけにイーリスのシノビとしての技量は確かでも、その経験はダンゾウはおろかダイアナにも大きく劣っている。仮にイーリスがコーラル機関に入り込んでいたとしても、カイルやアリス、ダンゾウに情報を届けることは出来なかっただろう。

 やはり自分はまだまだ未熟であると、イーリスはボンヤリと思うのだった。

 

 ◆

 

 アリスの結界を解除した瞬間、イーリスをそれを感知した。

 警戒しなければ気づかなかっただろう。ダンゾウのヒントがなければ気づかなかっただろう。

 それほどの隠密性。普段生活しているだけでは、絶対に気づかなかったその干渉。

 目、耳、それと思考もだろうか。ダンゾウが取った手段から考えて、記憶を読み取ることは出来ないのだろう。

 厄介なことは厄介だが、知ってしまえばそれで終わり。素晴らしい能力だと、恐ろしい能力だとは思うが、対策はやりようがある。

「これが彼の……」

 そこまで言って、イーリスは口を噤む。意味はないかもしれないが、念の為の用心だ。

 視界、いや、五感ジャックといったところか。相手の見たこと、聞いたこと、味や触ったものに至るまで、我が事のように感じ取れる能力。

 相手を指定して発動するのか、それとも特定の地域や場所を指定して発動するのか、それは不明だ。だが、どちらにせよ任意の相手の五感をジャックすることが出来るのは確かだ。

 恐ろしいのは、これがとてつもない隠密性を誇るということ。相手が気が付かない内に五感をジャックし、相手の情報を好き放題抜き取ることが出来るのだ。

 そこまで考えて、イーリスは彼――ミスター・ブラックの手がかりを得られない理由がわかった。

 ミスター・ブラックは、この能力を駆使してイーリスや様々な相手の情報を得てきたのだ。そして、この能力で得た情報で世界と渡り合い、また様々な組織を壊滅させてきたのだ。

 つまり、相手の情報を得て、そこから動きやその影響を読み切ることで、ミスター・ブラックは相手に対して完全に有利に立ち回っていたのだ。

 もっとも、自らの能力で得た情報をどう使い、相手をどう動かすかというのは、全てミスター・ブラックが考えていたことである。相手の弱みとなる情報を握ることで優位に立っていたとしても、やはりその手腕は凄まじいの一言だ。

 だが、先程言ったように、やりようはある。相手が情報を得て有利に立ち回るならば、その情報を与えなければいい。難しいこと言っているのはわかっているが、やりようはあるのだ。

 たとえば、外法・傀儡憑依。たとえば、アリスの結界。ミスター・ブラックの能力は凄まじい隠密性を誇るが、その代わりに干渉力が弱いらしい。それこそ、五感をジャックしている相手が外部から干渉されるのを防ぐ結界でも張ってしまえば、干渉出来なくなるほどに。

 今もイーリスに干渉している何かの力を感じる。少しでも気を抜けばすぐに感じ取れなくなりそうだが、気を緩めなければ問題ない。

 そう、今もミスター・ブラックはイーリスをジャックしている。このジャックに対して、結界を張れば事前に干渉を弾くことが出来る。では、既にジャックされてしまっていたらどうすればよいのか。同様に結界を貼るのも一つの手だが、それ以外にもやりようはある。

「出ていきなさい!」

 叫び、イーリスは全身に魔力を回す。それだけでミスター・ブラックのジャックは弾かれた。単純明快な話だ。近寄って来た小虫を追い払うように、ミスター・ブラックのジャックを魔力で弾いてやればいい。

 防がれたとわかったミスター・ブラックは、再度イーリスへのジャックを試みるだろう。あるいは、カイルやアリスにジャックを試みるかもしれない。

 それまでにどれほどの時間があるのか。ミスター・ブラックが再び行動を起こす前に、動き出さなければならない。ミスター・ブラックに情報を渡すことだけは、絶対に防がなければならないのだ。

 情報を渡したら最後、ミスター・ブラックはイーリスから逃げおおせるだろう。イーリスは永遠にミスター・ブラックを捕まえることが出来ないだろう。

 だから即座に行動を開始する。目指す先は武山。世界一の武神の待ち受ける武の聖地。そこに、ダンゾウの用意した何かがあるはずだ。

「行きますわよ!」

「ああ、いつでもいいよ」

「イーリス様と愛の旅行! 楽しみです!」

 アリスの戯言はいつものこと。イーリスはカイルをしっかりと脇に抱え、アリスの首根っこをしっかりと掴む。これで準備は万端だ。

「跳びますわよ!」

 叫び、跳躍。空を裂きながらカイルの部屋から脱出し、目指すはまっすぐ武山のみ。空を蹴りながら、イーリスたちはダンゾウの残した何かがある武山を目指すのだった。

 数秒後にミスター・ブラックがカイルの部屋を見た時、既にそこはもぬけの殻であった。

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