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闇の中に潜む者 02

「婚約破棄ですわ!」

「君から言うのか!?」

 悪役令嬢を目指す覇王勇者イーリス・エル・カッツェの唐突な宣言に、婚約者であるカイル・エル・バハームドはツッコむことしか出来なかった。

 世界一の悪役令嬢として、日々断罪されることを目指す覇王勇者イーリス・エル・カッツェは、世界最強の勇者として活躍している普通の転生者兼貴族令嬢だ。

 そんな彼女の婚約者にして王子であるカイル・エル・バハームドは、最近あらゆる流れを感じ取れるようになってきただけの普通の王子である。

 普通とは何か? それはとても難しい問題である。

「えーっと、イーリス。ボクと君に今のところ婚約破棄する理由はないよ。そういうのはアリスの調査を待ってからにしてくれ。ところで、何故いきなり婚約破棄を?」

「ワタクシの耳に届いてきましたの。各地で婚約破棄が相次いでいると。世間は今、婚約破棄ブームですのね?」

「何故君がその情報を……。いや、別にブームとかじゃないからね。誰から聞いたんだい?」

「アリスさんですわ」

「そうか、彼女か。彼女なら仕方ないな」

 アリス・イル・ワンド。もはやイーリスも忘れ果てたゲーム――イーリスが前世でやりこんだゲームだが、もはや名前も思い出せない――の中に出てくるヒロインであり、本来であればイーリスを断罪し、カイルと結ばれる運命にあった心優しき少女である。

 しかし、この世界のアリスは違う。何故かイーリスを信奉してしまったアリスは愛に目覚め、愛という名の理不尽な何かによって日々混沌へと進化し続けている普通の少女だ。

 いずれ彼女は愛の女神として目覚め、イーリスが死んだ場合その魂を回収し、永遠に彼女を愛し続けるだろう。イーリスはアリスの手により転生することも出来ずに、永遠にアリスの手の中で愛され続けるのだ。

 ただし、イーリスは神剣の力のせいで不老不死へとその身を変えつつある。神剣アラストールに封じられた創世神アーラスは、穢されることなき永遠のニート神。神剣の中で封印されていようと、その力は永久不変。イーリスはその影響を受け、その存在を神へと昇華させつつあるのだ。

 そして、最近はカイルもその実体を何かへと変化させつつある。流れとは千変万化。風であり、水であり、音であり、運命である。流れは決まった姿を持たないため、老いも若きも、男も女も、大きさや力も自由自在なのである。それは大いなる自然そのものと言ってもよく、そしてそれは精霊とよく似ている。カイルもいずれは、いつまでも変わることなく在り続ける精霊と似て非なるものへとその身を変えることだろう。

 どうしてこうなった。

「残念ながら、婚約破棄ブームなんてのはない。未来永劫ない。あってたまるか。確かに君の言うとおり、各地で婚約破棄が相次いでいる。婚約破棄される対象はいずれも少女。財産の使い込み、脅迫、賄賂、殺害……すごいな、ただの少女がこれほどの犯罪に関与した上で、婚約破棄されているんだ」

「まさに悪役令嬢ですわね。憧れますわ」

「確かに悪だが……それで、当然監獄に入れられるわけだが、なんと捕まった少女達は全員監獄から忽然と姿を消してしまうんだ。翌日、または二日後には姿を消している。これは一体どういうことだろうね?」

 その問いかけに、イーリスは笑うことで答えた。

「何か知っているようだね」

「その言葉を、そっくりそのまま返させていただきますわ」

「ボクも一言は言えないか」

 思わぬイーリスの返答に、カイルも苦笑で返す。

「まあ、確かに少し掴んでいる部分もあるけれどね、そこまで深くは知らないな。本当に触り程度。そうされる理由がありそうだ、ということくらいだ」

「そこまで分かっていれば十分ですわ。カイル様は王子、安々と動くことの出来ない立場ですもの」

「そうだね。……そう……そうか?」

 安々と動けないのであれば、武神の元で修行出来たりはしない。

「それで、犯人に心当たりはあるのかい?」

「一つだけ、心当たりがありますわ。確証はないですけれど」

「教えてくれないのかい?」

「確証のないことを言いたくないだけですわ。でも、そうですわね。少しだけ教えるならば、いわゆる悪の組織というものですわ。ワタクシの知っているあの組織ならば、今回のような騒ぎを引き起こすことも考えられますわ」

 もっとも、そこも狂い始めているらしいですけれど。口に出すことなく、イーリスは内心でそう呟いた。

 

 ◆

 

 各地で起きている婚約破棄についてより詳細に調べていたイーリスだったが、婚約破棄の波はついにバハームド王国にも訪れたらしい。

 場所は偶然にも聖アーラス王国と同じく魔法学園の正面玄関前。級友の一人であるアルフレッド・イル・フェーリンウルフと、その婚約者であるサリナ・イル・ベターライドを無数の生徒達が囲み、その中で二人は向かい合って立っていた。

「貴様のような売女と婚約していたとは、我が生涯で一番の屈辱だ! 我が家を破滅に追い込んで、そんなに楽しかったのか!? 即刻婚約を破棄させてもらう!」

 チラチラと隣に立つイーリスを見ながら婚約破棄を宣言したのは、アルフレッドである。

 だが、その表情には困惑の色が強い。何故ここに、一体どうして、わけがわからないよ、アルフレッドが思っているのはそんなところだろう。

 当たり前だ。何故ならば、まるで新たな婚約者のようにイーリスがアルフレッドの隣に立っているからだ。

 もちろん、イーリスにはアルフレッドに対する恋慕の情など欠片も存在しない。むしろ自分よりも前に婚約破棄をしたため、憎悪を感じているくらいである。

 しかし、それを表情に出すほど、イーリスは愚かではない。完璧な令嬢スマイルを浮かべて、イーリスは静かにサリナを観察していた。

 ただし、制御出来ているのは表情だけだ。イーリスの覇気はイーリスの感情を正確に表し、グサグサとアルフレッドに突き刺さっている。そのせいでどんどんアルフレッドの顔色が悪くなっているが、まあ死にはしないだろう。

 アルフレッドがかわいそうな目にあっているのを尻目に、イーリスはサリナを観察する。

 他の様々な婚約破棄の件と同様に、婚約破棄を突きつけられているサリナは、全くの無表情で地面を見つめている。ベターライドという家も、イーリスは聞いたことが無い。軽く覇気をぶつけてみるも、身じろぎ一つすることもない。

 彼女は本当に人間だろうか。まるで人形のようだ。感情の伺えない瞳はまっすぐ地面を見つめており、何と瞬き一つしないのだ。

 普段の彼女はどんな様子だっただろうかと思いだそうとして、イーリスは愕然とした。

 

 思い出せない。

 

 そんなはずはないと思っても、やはり思い出せない。

 覇王勇者であるイーリスは、この国の公爵家の娘だ。貴族にとって他の家との繋がりは重要なもの。イーリスもその教えを叩き込まれ、国中の家の名前や当主、その息子や娘の顔は全て記憶している。

 何度思い出しても、イーリス自慢の記憶は何も答えてくれない。まるで、今まで存在しなかったかのように。

 覇王勇者となって社交の場に出ることはほぼなくなったが、叩き込まれた名前や顔は忘れていない。国中の貴族の当主、妻、子どもの名前まで、ピクニックに行くような気楽さでイーリスは諳んじることが出来る。

 そんなイーリスが、級友の家の名前を思い出すことが出来ずに、また普段の様子を思い出すことが出来ない。

 級友の一人として、サリナ・イル・ベターライドという少女がいたことは記憶している。だが、彼女の普段の様子を思い出すことが出来ない。

 いや、そもそも彼女は普段教室にいただろうか? しかし、そのことすらも思い出せない。

 ありえないことであった。

 頻繁に休んでいる少女がいれば、その印象が強くなるものだ。だが、いたことも、休んでいることも思い出せないというのは、流石にありえない。

 印象を薄くするような何かをしない限り、それはありえない。

「ああ、なるほど……」

 怒りを潜め、イーリスは踵を返す。この婚約破棄騒ぎの結末が見えたのだ。ならば、これ以上残っていても無駄である。

 イーリスが歩くのに合わせて、人集りを作っていた生徒達の集団が二つに割れる。海を二つに割ったという大魔法使いのように、イーリスは二つに割れた道を悠々と歩く。

 そうして人集りを抜けた先に、一人の見覚えのある少年が立っていた。

 今は婚約破棄騒ぎで目立たないが、それが終わればすぐにでも少年は見つかるだろう。学園の生徒達は見慣れているその少年だが、市井の民は祭りなどでない限り、少年の顔を見ることはない。だからこそ、民達は少年の顔を鮮明に覚えている。

 それほどまでに有名な少年。この国の人間であれば、誰もが知っている理想の王子であり、イーリスの婚約者でもあるカイル・エル・バハームドが、そこに立っていたのだ。

「もういいのかい?」

「ええ、見たいものは見ましたわ。婚約破棄なんて全部嘘。全て真っ赤な茶番ですわ。存在しない人間と婚約も破棄も出来るわけがありませんわ」

「なるほど、わかったよ。城に行こう。色々と話すこともあるだろう?」

「そうですわね」

 二人並んで歩く美しき少年少女。この国の王子と公爵家の令嬢。理想の王子と覇王勇者。よく知られている二人であるため、騒ぎの聞こえない場所では民もすぐに二人に気づき、視線を向ける。

 お似合いの二人と言えるだろう。王都を歩く少女達はカイルを潤んだ瞳で見つめ、隣のイーリスには微妙な視線を向ける。

 完璧な王子と、自称悪役令嬢。笑顔の素敵な王子様と、凄惨な笑顔の覇王勇者。最近、王都の地下に秘密基地を建築したという噂もある女である。

 はっきり言って、怪しいことこの上ない。

 とても怪しいこの少女が、どうして王子の婚約者なのか。権力や財力で王家を動かしたのではないだろうか。そんな噂が立つくらいに、イーリスは人々にとって胡散臭すぎた。覇王勇者として立派に活動しているのは知っているが、それ以上に普段の様子が怪しすぎた。

 そのため、人々は覇王勇者をどう扱えばいいかわからない。

 しかし、イーリスはそんなこと気にもとめない。そんな人々の内心など知らぬとばかりに、イーリスとカイルは並んで歩く。この婚約破棄騒ぎの事を話しながら、ゆっくりと城へと歩いていく。

「離れた場所から見ていたよ。報告にあったとおり、背格好は全て似たようなものだね。ヒールなどで身長を誤魔化すとしても、誤差の範囲。しかし、顔や髪の色などは全く違うね」

「変装でもしているのですわ。もしくは、別の何かか。そもそも女は化粧でいくらでも姿を変えますのよ。ご存じない?」

「ああ、知っているよ。普段見慣れているクラスの令嬢達が、何かイベントがあると全く違う顔になっているんだ。よく知っているよ」

 そう言って肩を竦めたキースの顔には、辟易とした感情がありありと浮かんでいた。

 イーリスという婚約者がいるのに、それでも話しかけてくる貴族の子女達。年下から年上まで、下手をすればキースよりも一回りも二回りも年上の明らかに行き遅れたであろう女性まで、キースの寵愛を得ようと向かってくるのだ。

 軽く地獄である。

 アリスほどではないがイーリスに身も心も捧げているキースにしてみればいい迷惑である。その度にやんわりと拒否しているものの、それでもめげずに話しかけてくる女性も数多い。

 いっその事無視してやろうかとも思うが、女性達の影響というのは計り知れない。イーリスとの婚約を維持し続けるためにも、カイルは完璧な王子という仮面をかぶり続ける必要があるのだ。

 そんなカイルの苦労を知ってか知らずか、イーリスは会話を続ける。カイルの心にグサグサと言葉の槍が突き立てられているが、覇王勇者は気づかない。世界を背負う覇王にとって、個人という存在はちっぽけすぎるのだ。

「そう言えば、パーティではいつも可愛い少女達に話しかけられていましたわね。たまにアリスさんも話しかけているようでしたが」

「面目ないよ」

「側室はOKですわよ?」

「ハハ、正室だけでボクには十分だよ」

「アリスさんはいいお嫁さんになりそうですわね。ワタクシが言ったらきっと正室に名乗り出てくれますわ」

「やめてください死んでしまいます本当に勘弁してくださいイーリス様」

 友人としては大歓迎だが、それ以上の関係などカイルには死んでもゴメンである。

 大量の涙と汗を流しながら土下座で懇願してきた情けないキースを見て、かわいそうになったイーリスは二度とこの話題でからかわないことを誓った。

「ところで、彼女はどこに入れておきますの?」

「城の地下牢だよ。今頃兵士達があの騒ぎに乱入してるはずさ」

 カイルがそう答えた直後、後ろから誰かが喚くような声が聞こえてきた。

 何人かの若い男の声と、先程婚約破棄だと叫んでいた男の声。しかし、黙り込んでいた少女の声は、ついぞ聞こえてくることはなかった。

 そして、その少女の声を思い出そうとしても、やはりイーリスは思い出せなかった。

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