白馬の王子様
白馬の王子様という言葉がある。
所謂少女の憧れであり、若くかっこいい王子が白馬に跨って自らを迎えに来るというシチュエーションのことである。
世界を問わずそれは少女達の憧れであり、様々な創作物で白馬の王子様は描かれてきた。
そして、現実にも白馬の王子様を夢見る少女は多い。それが叶うかどうかは別にして、そういった王子様の存在に憧れているのだ。当然、バハームド王国にも、そんな少女達は一定数存在する。
もちろん、そんな人物が自らを迎えに来ると思っているわけではない。だが、夢を見るのは自由である。想像力豊かな少女達は、自らの妄想の中で白馬の王子様が迎えに来る様々なシチュエーションを考えているのだ。
では、その妄想で登場する白馬の王子様とは、一体誰だろうか?
創作の人物を王子様に選ぶ人もいるだろう。だが、ここは王国だ。若くてかっこいい王子が現実に存在するのだから、圧倒的に彼らを選ぶ少女達が多い。
何人かいるバハームド王国の王子だが、その中で最も人気のある王子といえば、やはりカイル・エル・バハームドである。
少女の心の琴線を刺激する甘い顔立ちに、優しげに浮かべられる微笑み。そして誠実であり、王子として日々自らを鍛え続けている。
まさしく絵に描いたような王子様だ。容姿端麗、成績優秀で頭の回転が速く、優しく包み込んでくれるような笑みが印象的。
王子という言葉を体現したような存在ではないか。バハームド王国の少女達が、カイルに惹かれるのも無理はないだろう。
少女達に圧倒的な人気を誇るカイル・エル・バハームド。たとえ彼に婚約者がいるとしても、その人気に陰りは見えない。
高まり続ける人気と、期待に応え続けるカイル。次の王にも内定されていると噂されるカイルは、人々の期待に応えるように完璧を証明し続ける。
そして少女達は夢を見る。白馬の王子様としてのカイルを妄想し続ける。
日に日に少女達は夢を見て、夢を見て、夢を見て……ついに、それは起こってしまった。
カイルの圧倒的な人気そのものが、悲劇の引き金となってしまったのだ。
◆
「なんということだ……」
朝、鏡を見てカイルは自身の異常に気がついた。
学園に行っている場合ではない。自らの身に何が起きたのかを突き止める必要がある。これでは人前に姿を表すことも出来ないし、何より最愛の婚約者に相応しくない。
婚約者である覇王勇者イーリス・エル・カッツェに解決を頼もうかとも思ったが、カイルは一瞬で却下した。今の自分の姿を見てほしくなかったのだ。そして何より、この程度でイーリスの助けを借りるようでは、到底イーリスに相応しい男になれないと思ったからだ。
まず考えなければならないのは、何故こうなってしまったのかだ。問題を解決するには、原因を探ることが必要不可欠である。何事も原因がわかってはじめて解決に繋がるのだ。
ということで、カイルは王室の専属魔法使いに助けを求める事にした。カイルの異常はおそらく魔法によるものだ。何の魔法をかけられたのかを突き止めるには、専門家に尋ねるのが一番だ。
少し消沈しながら、カイルは魔法研究所を目指す。王城の隣接して建設された研究所には、歩いていくことが出来る。だが、それは王城内を突っ切ることを意味する。なるべく人に会わないように行きたいところだが、それは無理だろう。朝の時間ということで、あらゆる人間が忙しく行き来している。誰にも見つからずに研究所に辿り着くなど、到底不可能だ。
カイルがため息を着くと同時に、一人のメイドが近くの部屋から出てきた。どこかに運んでくれと頼み事でもされたのか、それとも自ら読んでいたのか、数冊の本を持っている。そのメイドはカイルに気がつくと頭を下げようとしたが、カイルの顔を見て驚き、動きを止めてしまった。その拍子に持っていた本がバサバサと床に落ちる。
「おはよ……え、えぇ!? 誰ですか!?」
「ボクだよ。カイル・エル・バハームドだ」
「え、えぇ!? カイル様ですか!? あ、確かにお声が一緒……何故そのようなお姿に!」
「わからない。本当に、何があったのかわからないんだ……」
「ああ、カイル様……おいたわしや……」
俯き、肩を震わせるメイド。こんなことになってしまったカイルの気持ちを察し、涙が出るほど悲しんでくれたのだろう。
いや、それにしては肩が震えすぎではないだろうか。少し不満に思ったカイルだったが、自分の姿を思い出して仕方がないと我慢することにした。
「頭を上げてくれ」
カイルの要請に応じたメイドが頭を上げるが、メイドはカイルの顔を見ようとしない。顔を背けて、カイルを見ないように必死に目をそらしている。少し不満に思ったカイルだったが、自分の姿を思い出して仕方がないと我慢することにした。
「父に伝えて欲しい。体調不良で今日は休むと」
「た、体調不良で済む問題なのですか?」
「……済むといいなと思っている」
「あ、はい……」
「頼んだよ?」
「はい、お任せください」
メイドの答えを聞いたカイルは、足早にその場を立ち去る。角を曲がる途中チラリとメイドを見たが、肩を震わせたまま落とした本を拾っていた。
完全にカイルの視界からメイドが消えた後、背後から笑い声が聞こえてきたのは、きっと気のせいだとカイルは思いたかった。
好きでこんな姿になったわけじゃない。カイルの心は少し傷ついた。
◆
流石というべきか、様々な魔法について熟知している魔法研究所の所長は、カイルの姿を見ても動じることはなかった。何度か納得したように頷き、よくあることだと言ってのけたのだ。
それは果たして統計的なことなのか、それとも自分の経験のことなのか、カイルは少し問い詰めたかった。
後者だとすると、この所長は一体何をしてきたのだろうか。
そんなカイルの内心などつゆ知らず、所長は分厚い眼鏡をキラリと光らせながら、まるで歌い上げるようにカイルへと告げた。
「一種の呪いですな」
「呪いかい?」
「ええ、カイル様。術者は多数。全て若い少女です」
「ボクは恨みを買っているのか?」
「逆ですよ。カイル様は好かれすぎているのです」
羨ましいですな、と所長はズレた眼鏡を上げる。上げたそばから眼鏡がズレるため、所長は何度も眼鏡を上げる。
昔からの光景だ。何度もズレる眼鏡では不便だろうと、見かねたカイルは買い替えたほうがいいと助言をしたことがあった。だが、所長は考えておくと返答しただけで従うことはなく、今もこのよくズレる眼鏡を愛用している。
というか、そもそもこの眼鏡は伊達である。所長が眼鏡をかけているのは、一種のキャラ付けに過ぎないのだ。
そんな所長の視力は両目ともに10.0を超える。目が良すぎて見えなくてもいいものも見えるらしいが、何が見えているのかは本人しか知らない。
「強い思いは時に現実に影響を与えます。彼女達の思いが一つになった結果、それは強すぎる一つの願いとなり、カイル様に降り掛かったのですな。他の例で言えば……そう、カイル様も知っているはずですな。愛が強すぎるせいでとんでもないことになった少女のことを」
「……ああ、アリス嬢かな?」
「そう、そのアリス様です。彼女は人間とは思えない強大な力を愛だけで手に入れました。まさしく、強い思いが現実となった一例です。まあ、あれは強すぎますがね。かの覇王勇者に匹敵する存在が新たに生まれるとは、考えもしませんでしたよ」
「アリス嬢は特別なのだよ。最も、イーリスはもっと特別だがね!」
流石はボクの婚約者だと胸を張るカイルにそうですかと軽い返答をして、所長は何かを探しはじめた。散らかっている机の上や引き出しの中、棚の上などを漁り始めて三分後。目的のものを見つけたのか、所長は何かをカイルに差し出してきた。
「ペンダントなどでもよいのですが、それでは面白……面白くないので、こちらにしましょう」
「待て、せめてオブラートに包みたまえ。一度止めた意味がないではないか」
「面白くないのでこちらにしましょう」
「押し切った!?」
所長が差し出してきたのは怪しげな薬であった。瓶に積められた錠剤だが、半分ほど減っているようだ。
「これを、毎食三十分後に一錠飲んでください。飲み忘れても大丈夫ですが、その分呪いの解けるのが遅くなりますな。毎日飲んでいただければ、おそらく三日ほどで呪いが解けると思われます」
「……大丈夫なのか、これ?」
「ええ、大丈夫です。私の身で実験済です」
「……わかった」
こいつは何をしているんだろう。何やら背筋に冷たい汗が大量に流れるのを感じながら、カイルはその薬を受け取るのだった。
◆
「まあ、そんなわけでボクは白馬の王子様になってしまったよ」
「意味がわかりませんわ」
頭痛が痛い。まさにそんな心境で、覇王勇者イーリス・エル・カッツェは、目の前の王子様を見た。
そう、白馬の王子様だ。確かに、白馬の王子様だ。
カイル・エル・バハームドは夢見る少女の憧れの白馬の王子様だった。目の前の王子様がイーリスの婚約者のカイルであり、更にその言葉が本当であれば、確かにカイル・エル・バハームドは白馬の王子様になったのだろう。
だが、誰が予想出来るだろうか。文字通り、本当に白馬の王子様になるのを。
頭だけ白馬面の男性。一言で表せばこれが正しいだろう。あるいは、白馬のマスクを被った男性でもいい。
一体どうしてこうなった。目の前の白馬面が自らの婚約者であると、イーリス・エル・カッツェは認めたくなかった。こんな逆ケンタウロスのようなのが婚約者だと、イーリスは信じられなかった。
「少女達の幻想が強すぎて、現実に影響を与えたようだね。ボクもこんな事が起きるなんて予想外だよ」
「意味がわかりませんわ」
「愛だけで君についていけるアリス嬢もいるんだ。あり得ることじゃないかな?」
「意味がわか……わかりますわね。ああ……それを言われれば否定出来ませんわ……」
アリスのことを出されては何も言えない。何もしていないのに愛だけで強くなるアリスのことを言われては、この世界はどんな理不尽も起き得るのだと納得するしか無い。
「呪いが解けるまで三日ほど。申し訳ないが、イーリスには我慢を強いることになる」
「それは構いませんが……カイル様は色々と大丈夫ですの?」
「ボクは大丈夫。イーリスにさえわかってもらえれば、それでいい」
「カイル様……」
なんという男気だろうか。どんな姿になったとしてもイーリスだけを思い続けるカイルは、アリスには敵わなくとも、イーリスへの純粋な愛を持っているのだ。
覇王勇者と言えど一人の少女。真っすぐな純粋な気持ちに、イーリスの胸も高鳴る。
カイルがまともであれば、の話だが。
人参をもしゃもしゃ食っている馬面の人間に言われても、イーリスの心には全く響かなかった。こいつは何を言ってるんだろう。感動するよりも先に、そんな困惑が浮かんできてしまった。
それから三日ほど、人参を片手に歩き回るカイル・エル・バハームドの姿が学園内で見られるようになった。
白馬の王子様が文字通り白馬になった姿を見て少女達の気持ちは急降下。カイルへの興味は薄れ、少女達の気持ちは次第に隣国の王子へと向けられるようになったのだった。
なお、この出来事以来、バハームド王国では白馬の王子様という言葉が別の意味で用いられるようになったのだが、それは完全なる余談である。




