深夜の電話から
最近、テレビでなんとなく気になる曲があった。
それは、「なんとなくなんとなく」である。
調べてみると、元々の曲の作詞・作曲はかまやつひろしで、
ゆったりとしたカントリー調の曲に仕上がっている。
井上順がソロで歌って、ヒットしたらしい。
パソコンの動画で時間つぶしもあって聞いていると、
11時半過ぎにケータイが鳴った。
登録していないが、見覚えのある電話番号だった。
元カノだ。
僕は、基本、別れた彼女のデーターはきれいさっぱり消す。
「もしもし。尾上 明ですが。」
「もしもし、私、天野 光です。
まだ、寝ずに待っていてくれたのね。」
「当たり前だろう、待っていたよ。」
「私、やっぱ行かない。」
「そうか、わかった。急に変なこと言ってごめんな。じゃあ。」
僕は、ケータイを切った。
床に寝転がり、天井を眺めるしかなかった。
所詮、終わった恋。馬鹿な自分を笑うしかないが、
電球がやけに眩しく見える。
その時、ケータイが鳴った。体を動かすのも億劫で、ノロノロと
電話に出る。
「もしもし」
僕のテンションは、かなり低かった。
「勝手に、切らないで。明の部屋には行かないって言ったけど、
会わないって言ってないから。
もう、昔っから明は、あきらめがよいっていうか、せっかちと言うか。」
「じゃあ、会ってくれるのか。」
僕は、ガバッと跳ね起きた。
「私、今、部屋の前で待ってるから。あの買っておいたケーキだけ持って、
降りてきて。じゃあ、待ってるから。」
「了解。」
そこからの僕の行動は三倍速いみたいな。
部屋着からお出かけのカジュアルな服に着替えた。下着も着替えることは
忘れない。念のため、髭をそり、髪をとかした。
名前は忘れたが、有名なスポーツ選手が愛用している男性用の香水をつける。
避妊具はもしもの時のことを考えて、紺ブレの内ポケットの奥にしまい込んだ。
おっと、冷蔵庫からケーキの袋を忘れるところだった。
なんとなく、ウキウキした気分になるのが、自分でもよくわかる。
準備万端でドアに鍵をかけ、部屋を出た。
階段を降りると、この前見送った光の車が停まっているのが見えた。
僕は、ダッシュした。
「ごめん、待った。」
「ううん、私こそ無理言ってゴメンね。さあ、早く乗って。」
車は、どこかに向かって出発した。
深夜のドライブなんか久しぶりだ。
僕は、助手席から間近で見る光の横顔に見とれてしまう。
コンビニでは髪を後ろで縛っているが、今は下ろしている。
当然、服も着替えていて、モデルの藤田ニコルみたいなかわいい
スカートをはいていた。
メイクも、少し濃くなっていて、すごく綺麗だ。
抱きしめたくなるのを、グッと我慢した。
「嫌ねえ、そんなに見つめないでよ。」
そう言いながらも、満更でもないのがわかる。
光の小鼻がピクピクと動いているからだ。
「ごめん、すごく、綺麗だから。つい。」
「もう、あいかわらず口が上手いんだから。
そうやって、女の子、口説いてんでしょ。」
「そんなことないよ。光にフラれたショックから立ち直れないでいる。」
「アハハ。よく、言うよ。」
すごく機嫌がいい。
本当は、あれから付き合った女がいたが、直ぐに別れたことは黙っておこう。
「ところで、どこへ行くの。「
「まず、熱いコーヒをドライブスルーでゲットしよう。」
「いいね。そんで、次はどこへ。」
「ゆっくり話ができるところ。海が見えるところがいいな。
明の部屋、誰か他の女が来そうで嫌なの。」
「それは、ない、ない。」
僕、内心、ドキッとした。
確かに、小悪魔こと二村霧子が押しかけてきたら、ややこしくなる。
血の雨がヅるかもしれない。修羅場は御免だ。
そうこうしているうちに、マクドナルドのドライブスルーに着いた。
「僕が払うよ。」
千円札を差し出したが、光は受け取らない。
「いいの。コーヒーくらい、おごらせてよ。私も、二十歳を越えて
社会人になったんだし、バイトしてるから。」
僕は、素直に従うことにした。
コーヒーがまだ熱いうちに、海の見える小高い丘、それでいて
周りから車が停まっているのがわかりにくい場所に着いた。
『おまえ、何でこんな場所知ってんだよ』って、ツッコミは入れなかった。
僕だって、昨夜、先生とイケナイことしているから。
「さあっ、食べよ。」
「どれがいい。」
「全部。」
こんな時の光の笑顔は、本当に光ってる。
すごくかわいい、食べたくなるくらいだ。
僕たちは、暫し、甘いケーキを楽しんだ。




