深夜のチャイム
ピンポーン
シャワーを浴びて、かっぱえびせんをツマミに
缶ビールを飲んでいると、チャイムが鳴った、
『今頃、誰だろう。あの小悪魔は、絶対にチャイムを鳴らさないし。
新聞の勧誘にしては、時間が遅すぎる。回覧板かな。』
僕は不思議に思いながらも、ドアを開けた。
そこに立っていたのは、元カノであった。
僕は、一瞬、固まった。
「ごめんなさい。義父が大変ご迷惑をおかけしました、
これ、お詫びの印です。義父が持って行けって。」
元カノは、立ったまま上体が膝に着くくらい頭を下げて、謝った。
「頭を上げてくれない。僕も、君に謝らなくてはならないと
思っていたところだよ。立ち話も近所迷惑だし、少しだけ、
話をしたい。いいかな。」
その時の元カノの嬉しそうな顔。
付き合っていたころを思い出すではないか。
元カノは「うん。」と大きくうなづいて、僕の後についてきた。
「そこに座ってて。何か飲む。」
「車で来てるから、ノンアルコールでお願い。」
僕は、元カノからいただいたお魚を冷蔵庫に入れたついでと言っちゃ失礼だが、
買い置きのノンアルコールの甘酒を取り出した。
「何、これえ~。変わってるじゃん。」
「知らないの。飲む点滴、飲む美容液で有名だよ。」
「へえ~、そうなの。知らなかったわ。でも、美味しい。」
美味しい物を飲み食いするときの、元カノの笑顔は最高だった。
今まで付き合った女の子の中で、元カノほど遠慮せずよく食べて、
よく笑う女の子はいなかった。
僕にとって、元カノの笑顔を見るのがこれ以上ない喜びであった。
ヤバイ、この空気の流れは危険だ。
僕は、元カノに頭を下げた。
「この間はゴメン。君の名字が変わってるもんだから、
てっきり結婚したものだと早とちりしてしまった。
昔付き合っていたからと言って、元カノにベタベタするのは
僕のポリシーに反するし、旦那さんに失礼にあたると思ったんだよ。
君の心を傷つけてしまったことは、謝る。ゴメン。」
僕は、素直に謝った。
「ううん、いいの。私の方こそ、話しかけて混乱させてしまったみたいだし。
勝手に泣いて義父にも心配かけてしまって、恥ずかしいわ。」
「あの義父さんか。あの人、良い人だね。」
「そうなのよ、わかる。血のつながっていない私に、優しくしてくれるの。
本当のお父さんみたいに。」
一気にテンションが上がる元カノを見て、思い出した。
そう言えば、付き合っていたころ、母子家庭だって聞いたことあるような。
「その義父さんが、明のことをほめるのよ。
若いくせに、人間が出来ている。何より、この俺より強いって。
お義父さん、若い頃は喧嘩で負けたことがないってのが自慢なんだから。
でもね、髪が女みたいに長いのが気に入らないって。
私は気に入っているのに、ひどくない。」
「ハハハ。確かに、ひどいよね。」
光と付き合っていたころは、僕の髪型はスポーツマンタイプで
いわゆる刈り上げだった。
光はジャニーズ好きなので僕に髪を伸ばすよう散々言っていたが、
僕は断固として拒否していたのであった。
光と別れて、25歳の誕生日を迎えた時、新しい自分をと思い、
髪を伸ばすことを決心したのである。
人生とは、かくも皮肉なものなり。
お互い、腹をかかえて笑った後、沈黙があった。
この沈黙が超ヤバイ。
「さあ、光さん。あんまり遅くなると、ご両親が心配するよ。
車まで送ってくよ。」
僕は、この超ヤバイ空気を消し去るように立ち上がった。
「もう光って呼んでくれないのね。」
背後での光のつぶやきを、僕は全身全力で拒否した。
「義父さんに、くれぐれもよろしくね。」
「うん、わかった。」
光はおとなしく帰ってくれた。
光の車を手を振って見送った後、突然背筋が寒くなった、
その時は、湯冷めかなっと思ったが、それは大きな間違いで
あったのである。




