小悪魔が来りて
ドンドンドン。
ドアを激しく、それでいてリズミカルにノックする者が来た。
ご近所に迷惑になるので、開けざるをえない。
「イヤッホ~!元気かい。」
プ~ンとアルコールの匂いと香水の匂いが、僕の鼻を襲ってくる。
それだけなら、まだいい。
声の主は、僕に抱きついてキスを迫ってくる。
「こらこら、止めろ。僕は、君の恋人じゃない。」
「別にいいじゃん、減るもんじゃないし。
なんなら、もっといいことしない。」
「いたしません。」
いつもの挨拶である。
『 そうだ、こいつだ。
半分、こいつのせいで、元カノに振られたんだ。』
僕は、思い出してしまった。
こいつは、僕の女友達の一人である。
高校の時の同級生で、付き合ったわけじゃないが、
成人式の飲み会で妙に気が合って、僕が実家に帰省した時、
こっちで遊ぶようになった。
お互い、社会人になっても、その関係は続いている。
どこかの会社の受付嬢をしているらしいが、今日も
メイクとファッションがクラブのお姉さんみたいだ。
気まぐれに、突然僕の部屋に深夜でも遊びに来る。
そうだ、こいつは小悪魔だ。
正直に言おう。
体の関係の一線は越えてはいない。
かなりヤバイところまでは行ったことが一度だけあるが、
僕は踏みとどまった。
社会人になって、おまけに地元でそれをやってしまうと、ヤバイ。
責任取って結婚しなければならないと自分を戒めているからである。
「どうしたの。怖い顔して。」
「別に、何でもない。それより、早く帰れ。」
「もう、冷たいのね。冷たいのはお水だけにしてよ。」
「はいはい。承知しました。」
何を言っても無駄なのはわかっているから、従うしかない。
ご機嫌をそこねて、居座られても困る。
僕は冷蔵庫から六甲の水を取り出して、氷を三個入れて
用意した。
小悪魔は、その間に勝手に僕の寝室に入り、ベッドに
寝っ転がっている。
乱れた長い茶髪、緩めた胸元、短いタイトスカート、パンストに隠された
長くて綺麗な脚がこれでもかと、僕を誘う。
「いい加減にしろ。おまえのせいで・・・、半分だけど・・・・」
僕は小悪魔に八つ当たりをしそうになった。
「何、キレてんのさ。このベッド、他に使っている女いないじゃん。」
ベッドから首だけ起こして、のたまうではないか。
僕は絶句した。
こいつ、本当に酔っているのか。そんなこと、チェックしてんのか。
僕は、心底こいつを怖いと思った。
こいつなら、ベッドの枕の下にイヤリングの片方を仕込んだり、
髪の毛を毛布の下に残したりするであろう。
僕は、風邪をひいているし、明日は早起きで出張だからと理由を付けて
小悪魔を追い出した。
ベッドの上には、アルコールと香水の匂い、そして甘い体臭が残っていた。
僕は窓を開けて換気をしながら、ベッドにファブリーズをまき散らした。
僕の幸せのために、こいつとの腐れ縁を切ろうとその時、僕は固く心に
誓ったのである。




