第一話中編 哨戒機、発艦!
「……官、長官!」
一教艦司令である和喜多楓恋中将は、秋月佐奈恵兵曹長の声で目を覚ます。
「ご無事ですか?」
「え、えぇ。少し目がくらむけれど、大したことは無いわ。それより、何があったの?」
「申し訳ありません。私も今、意識を取り戻したところで、詳しい状況はわかりません」
楓恋は周りを見渡す。
さっきの衝撃で頭を打ったのか視界がぼやけているが、艦隊司令室にいた全員が、衝撃により意識を失っているらしく、佐奈恵兵曹長以外は皆、倒れているように見える。
「今、他の方々を起こして状況確認作業に入ります。良くなるまで動かないでください。軍医科の方も後で来られると思いますから」
「頼むわ……」
楓恋が返事をするよりも先に、佐奈恵は次々と気を失っている者を起こしていくのだが、楓恋の目のピントはまだ合わない。
やっと、目がきちんと見えるようになった頃には、艦隊司令室にいた全員が目を覚ましていた。
もちろん、楓恋をはじめ打ち所が悪かったと思われる者は、頭痛を訴えたり、打撲を訴えたりするなどしていたが、特に目立った外傷のある者は艦隊司令室にはいなかった。
まだ、頭が痛むものの、悠長なことは言ってられない。
「これより、艦隊の状況を確認する。直ちに確認作業にあたりなさい!」
「「「はッ!」」」
司令部付の下士官や兵が一斉に動き出す。
まだ、回復していない者もいたが、他の者が補充に入って対応に当たる。
学生艦とは言え、軍人を育てる組織であるから、もちろん不測の事態にも備えている。
この程度、どうと言うことは無いのだ。
「各艦の被害状況が分かり次第、報告をしなさい!」
「巡洋艦『あまぎ』より報告、システムエラーがあったものの現在、航行及び戦闘に影響ある損傷無し。但し、フリーサット応答なし。負傷者の数、14名。以上!」
「駆逐艦『おやしお』より報告、衝撃直前までシステムエラーが発生していたが、現在は衝撃による負傷者がいるものの、航行並びに戦闘に影響無し。但し、フリーサットを軌道上に確認できていない、以上!」
「駆逐艦『ゆきなみ』より報告、衝撃直前まで航行不能状態にあったが、現在、フリーサットの異常以外に航行、戦闘に影響ある損傷無し。フリーサットシステム復旧に向け確認中。負傷者8名。以上!」
「駆逐艦『あらかぜ』より報告、衝撃直前のシステムエラーは現在、フリーサットシステムを除き、異常は見られず、航行、戦闘に影響無し。負傷者9名。以上!」
「補給艦『とうや』より報告、衝撃の影響無し、衝撃直前にシステムエラーが発生せるも現在までに、ほぼ全てが復旧、現在フリーサットシステムの復旧作業中。航行に影響無し。負傷者無し。以上!」
「駆逐艦『かげつき』より報告、艦長以下38名が衝撃により軽傷。衝撃前にシステムエラーが発生せるも現在、フリーサットシステム故障を除き、航行、戦闘に影響無し。以上!」
「輸送艦『つがる』より報告、衝撃直前までシステムエラーが発生していたものの、現在、航行並びに戦闘に影響はありません。但し、フリーサットシステムの復旧作業中。負傷者8名治療中。以上!」
「空母『ほうおう』より報告、先のシステムエラーはフリーサットシステムを除き解消、現在、航行及び戦闘に影響なし、負傷者78名。以上!」
学生艦八隻の報告が終わる。
「全艦、フリーサットを捉えられないのは不可解だけど学生艦はとりあえず全艦無事のようね。教官艦の方は?」
まぁ、教官艦だ。
万に一つも沈むことはないだろうという根拠のない自信が、楓恋にはあった。
しかし、それはあくまで根拠のない自信でしかなかった。
「あの、その……」
楓恋の問いに通信士はどもる。
「どうしたの? 早く報告しなさい!」
楓恋は少し、声を荒げる。
「ほ、報告します! 『あまかぜ』並びに『はれかぜ』からの応答ありません。現在、レーダーの出力を上げていますが確認できません! 『あまかぜ』、『はれかぜ』は消失した模様!」
「……」
楓恋の動きが止まる。
まさか、教官艦が居なくなるとは思わなかった。
冗談にしか聞こえない。
「嘘でしょ……レーダー出力、最大にして! 全力で痕跡を探しなさい!!」
「「「はい!」」」
司令部は慌ただしくなる。
せめて、何か遺留品だけでも発見できれば、教官艦の位置がわかるかもしれない。
「報告します! 『ほうおう』艦長、荒木大佐より『あまかぜ』ならびに『はれかぜ』捜索のため、『海鴎』の発艦許可を求めています」
……『海鴎』。
T/H/SH-3『海鴎』は三年前に一教艦の各艦へ配備された、最新鋭訓練救難対潜回転翼哨戒機であり、現在一教艦の対潜哨戒の要である。
機体は国防軍に配備されたブラックホークを元にして、扶桑軍事女学園大学校の外部組織である兵器研究開発局(文科省における大学院相当)が設計、開発したもので、その性能は学生が運用することを考慮した簡易設計でありながら対潜索敵性能に優れており、その使いやすさは正規軍である国防軍が唸るほどである。
「『ほうおう』から4機、『とうや』から2機を捜索に向かわせる。まずは『海鴎』の捜索範囲を確定して!発艦許可はその後よ!」
「「「了解!」」」
対潜戦術士が、航海図を元に捜索範囲の確定をする。
範囲を絞らないと、いくらヘリコプターで捜索するとは言え、広い海の中から二隻の艦を探すなど到底、不可能だからだ。
海図との数分間のにらめっこの末、対潜戦術士は捜索範囲を確定する。
「この艦の航行記録と潮流から概算して、捜索範囲はNW2000地点からNE2550地点までのエリアに確定しました。これで、『海鴎』は発艦可能です!」
「よし、分かったわ。長官より『ほうおう』、『とうや』へ『海鴎』の発艦を許可する!」
「「「はっ!」」」
通信士が『ほうおう』、『とうや』へと通達する。
訓練通りに進んでいる、全員がそう思っている。
そして、訓練通りにすべてが解決する、そう願っている。
10分後には『海鴎』6機が飛び立ったが、楓恋は、ただ祈ることしか出来ない。
教官艦が無事であることを期待する。
発艦してから30分後、『海鴎』から報告が入った。
通信士がおどおどしながら、読み上げる。
「捜索範囲を捜索しているものの痕跡一つ発見出来ず。これより捜索範囲を拡大して再捜索を行う許可を求む、以上です」
対潜戦術員が計算した捜索範囲の中に、教官艦の痕跡一つ残されていないとすれば、それすなわち教官艦の発見可能性がほぼゼロであるのと同じだ。
楓恋の顔から血の気がひいていく。
とにかく、まずはできることはなんでもしたい。
楓恋は往信を指示する。
「往信、『捜索範囲の拡大を許可する、何が何でも手がかりを探せ』、送りなさい」
通信士は慌てたように戸惑いながらも往信内容を確認する。
「は、はっ! 往信、復唱します。『捜索範囲の拡大を許可する 何が何でも手がかりを探せ』、以上です!」
「直ぐに送りなさいッ!」
少しでも早く教官艦を見つけ出したい楓恋は声を張り上げる。
楓恋の声に気圧された通信士はせかせかと通信機を手に取って、『海鴎』へと連絡する。
「それから皐月通信参謀は、学校の教育艦隊参謀本部に連絡して、教官艦消失のため増援を寄越すように伝えて」
忘れていたが、学校にも連絡を入れなければならない。
この非常事態であれば、艦隊参謀本部でも対応策が考えられているだろう。
早急に連絡を付けたい。
その点では経験豊富な館脇皐月通信参謀に任せるのが一番であると楓恋は思ってる。
一年生より通信士として艦橋に入り、四年生で通信参謀になったという経歴は伊達ではない。
「はっ!」
それを理解している皐月参謀もまた、信頼に答えようと意気込み、通信機の席に着く。
流石、慣れた手つきでてきぱきと準備して、艦隊参謀本部へと報告をする。
しかし……。
「長官ッ! 艦隊参謀本部、応答しません!」
「また、システムエラー?」
「いいえ、フリーサット同様衛星通信が使用不能なので、広域通信バンドを使用して呼びかけていますが、参謀本部からの応答がありません!」
「こちらが原因と言うことは?」
「ありません。システムは、ほぼ復旧しています。と言うよりも、衛星からの応答がないだけで、全て復旧してます。こちらの通信は向こうに異常がない限り届いているはずです!」
「ということは……」
「はい。我々同様に参謀本部に何かあったと考えるべきかと」
「ならば、我々はハワイを目指すよりも、横須賀へ戻った方が良いわね」
楓恋がそう思った矢先、遮る声がする。
「長官! あまりにも早計すぎます。一教艦参謀は全員揃っていますので、どうか参謀と話し合って決めて頂きたいと思います!」
声をあげたのは主席参謀たる種木いちご大佐。
「私も同意見です! まずは、航続距離を計算してから話し合うべきです。現在は非常事態であり無闇やたらと、目標を設定するのは良くないかと……」
いちご主席参謀に同調したのは、参謀長である神崎麗羅少将である。
参謀の総まとめ役であり、長官の諫め役でもある。
「先ずは戦術航海士! 全艦艇の航続距離を概算し、航行可能範囲を図示した海図を作製しなさい!」
麗羅参謀長が檄を飛ばすのだが、思わぬところから反論を受ける。
「麗羅参謀長、あまり騒ぎたてないでください。海図はもうこちらに用意してございます。艦の燃料残量の管理は補給科の領分でありますから、私がさっき済ましておきました」
そう告げたのは、一教艦の補給科のトップである補給参謀の深田杏果中佐。
下士官たちの間では、計算能力と事務処理能力だけは艦隊司令部トップとも言われている。
綺麗なブロンズカラーの髪をしていて、容姿端麗で、その上実力者であることから、下士官たちからも憧れられている。
たがしかし、杏果参謀には一つ、決定的な問題がある。
「さすがね、杏果。仕事早くて助かるわ」
と、楓恋が杏果参謀の頭を撫でながら褒める。
すると……。
「ふにゃぁ~。楓恋御姉様のためなら、どんなことでもいたします!」
まるで、大好きな飼い主に撫でられるネコのように、ふやける。
いや、もうふやけているどころか溶けていると言っても過言ではない。
と、このように楓恋LOVEをむき出しなのである。
杏果参謀は、二つ上の楓恋の姿に憧れて学校に入ったくらい、楓恋に対し思いを抱いている。
楓恋は、杏果参謀を撫でるのも大概にしながら告げた。
「各参謀は作戦室に来なさい!今後の方針を決定する。通信士は『海鴎』からの報告を逐一作戦室へ報告しに来なさい!」
「「「はっ!」」」
楓恋の声に艦隊司令部の全員が声をそろえて答える。
楓恋は机の上に置いてあった手に取り自分の制帽を深くかぶりながら、靴音を鳴らして作戦室へと向かう。
ふと時計を確認すると、時刻はもうすぐ午前六時を迎えるところだった。
朝の六時か……。
「あんまり寝られなかったな……肌に悪いのに」
「何かおっしゃいましたか、長官?」
小声で言ったつもりだったが、艦隊司令附副官である黒田れに中佐に聞かれていたみたいだった。
れに副官は、艦隊司令部にいる中では人一倍気配りが得意だ。
さらさらとした長い黒髪をストレートに下ろしていたり、立振る舞いはクールさを醸し出していたりするものの、とても人当たりが良く、下級生からの支持も厚い。
れに副官は参謀達のように戦術面での頭の良さは持ち合わせてないものの実力は確かであり、楓恋はとても信頼している。
「いえ、何でも無いわ。これから暫くは寝られなくなることを覚悟しないとね?」
「はい。私も今回のことが片付くまでは眠れないと思います」
「そう、ね……」
楓恋は誤魔化しがてらに半分冗談で言ったのだがれに副官の言葉は、どこか嫌な予感がした。
もし、今回のことが片付かなかったら私達はどうなるのだろうか……。
「艦隊司令、入られます!」
れに副官がはっきりした口調で告げながら、楓恋よりも先に入室する。
あり得ない問いだと思いながらも、一抹の不安を覚えつつ楓恋は作戦室へと入室した。
201X年(?)5月2日午前六時、事態はすでに動き出そうとしていた。
明日、後編を掲載します。




