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第一話前編 一教艦、喪失

 

 201X年5月1日23:00、八丈島北東35キロメートル地点――――――。

 

 艦長と言うのは"Always on the deck"(常在戦場と訳されることが多い)と称されるほどに、常に最前線に立ち、先導する役目を担うべき立場の人間であると言われる。

 とはいえ、はき違えてはいけないのは、決してdeck(上甲板・この場合では艦橋と訳すこともできる)に立ち続けろと言うわけでは無い。

 どの乗組員にも必要なのは、有事に自分の力を発揮できるだけの休養である。

 グッドパフォーマンスはグッドコンディションから、と言うわけである。

 もちろん、艦長も含め例外なく、休憩をとる。

 

 しかしながら休養中だった一教艦旗艦「ほうおう」艦長である荒木あらき梨乃りのは、「ほうおう」艦長として初めての航海と言うこともあり、目が覚めてしまった。

 本来、こう言う場合であっても、休養をとらなければならないのだが、目覚めた瞬間、梨乃は何となく嫌な予感がしたので、服装を整えて艦橋へと上った。

 別段根拠と呼べるものは無いのだが、何も理由が無いからこそ、何となく嫌な感じがするのだ。

 こういうときの方が、予感が的中しやすいと言うのは今までの経験から想像できた。

 自分が艦長として間違った行いをしている自覚がありながらも梨乃は、ちょっとした後ろめたく思いながらも艦長室を出て、階段タラップをゆっくりと上がり、艦橋へと入る。

 

 サァ――――――。


 「あっ!か、艦長!」

 カーテンを開けて入ってくる梨乃に気づいたのは当直見張り員の河野こうの明美あけみ上等兵曹だった。

 明美は新入生らしいピシッとした敬礼を梨乃に見せる。

 分度器で測れば、45度ぴったりなんじゃないかと思ってしまう。

 ただ明美が敬礼するたびに彼女のツインテールが、ちょこん、と動くためどうにも幼く見えるのである。

 実際、13歳だからしょうがないのかもしれないが、明美ならば大人になってもそのままなのではないかと言うイメージを梨乃に抱かせる。

 「河野さん、今はそんなにきっちりしている必要はないわよ?」

 「はっ!」

 優しく諭したつもりだったが、明美はピシッと直立不動の姿勢に直る。

 明美の真面目さにあきれつつも若干緊張しているのが見て取れ、自分も新入生の頃はこうだったのかと思うと、ちょっと感慨深くもあり、でもほほえましくもあり、また恥ずかしくもあった。

 「だから、そんなにきっちりしている必要はないのに……まぁ、いいわ。それより現在の状況は?」

 「現在、北緯33度、東経140度。八丈島北東を約35キロメートルを順調に航行中。少しもやが出てきたのと、波が高いくらいですが、特に航行に支障はありません」

 今夜の操舵当直士官である佐々木(ささき)志穂しほ少尉は、梨乃に淡々と報告する。

 「水上、水中、対空、共に感無し。唯一気になることを挙げるとすれば、半径40キロメートルに及ぶ周辺海域の中に船が一隻たりともいないことくらいかな?」

 志穂に続いて報告したのは、当直の電探員である前園まえぞの香菜かな大尉だいいだった。

 梨乃と香菜は一歳差で、階級は三つも違うが公私ともに仲が良く、フランクな関係にある。

 香菜の顔を見ると、梨乃は何故かホッとするのだが、この気持ちは絶対に伝えないと決めている。

 「確かに、ちょっと変ね。長官に報告しておいたほうが良いかもしれないわね」

 「いや、それには及ばないと思うよ。我々の航路は公表されているから、他の船舶がそれを受けて避けていると考えるのが自然。それに、教官艦もこの事実は把握していると思うから、わざわざ長官を起こしてまで報告することではないと思うけど?」

 香菜の冷静な判断に、梨乃は感心した。

 クールキャラで下級生から人気なのは、こういう些細なところの冷静さにもあるのだと梨乃は思う。

 「確かにそれもそうね。私はもう艦長室に戻るわ。明美さん、志穂さん、あとはよろしくね?」

 「「はい!」」

 明美も志穂もあこがれの先輩に向かって元気よく挨拶する。

 「もちろん、香菜も、ね?」

 「了解~。その前に一つだけ、なんでこんな時間に艦橋に来たの?」

 「ふと目が覚めたらちょっと嫌な予感がしたから、様子を見に来ただけで、別に他意はないけれど」

 「へぇ~。なんか縁起よくない話だね。梨乃の嫌な予感は昔から良く当たるもんね」

 香菜は、一拍おいて続ける。

 「でも、梨乃は艦長なんだからちゃんと休養をとらなきゃだめじゃん?」

 「やっぱり、そうよね。じゃあ、これで……」

 梨乃は自分の悪い予感はやはり杞憂だったと思い安心し、香菜に促された通り、艦長室へ戻ろうとしたその時だった。

 梨乃の悪い予感と言うものは、結局のところ的中するものらしい。

 

 「き、緊急事態発生!!」

 「何があったの!?」

 「各種レーダー、使用不能!反応無し!他の電子機器も以上数値を突然示し始めてる!!」

 突然のことに、いつもは冷静を装う香菜も狼狽を隠せずにいる。

 しかし、それ以上に慌てる人物がいた。

 もちろん、この艦の最高責任者である梨乃以外にいるわけがない。

 「原因は!?」

 「わからない! 僚艦との通信が切断されて交信不能状態! 嘘でしょ、衛星通信が反応しないなんて!?」

 「フリーサットが反応しないなんてあるの!?」

 「普通なら余程のことが無い限りあり得ない。けど、実際に起こってる……。えっ、そんな!? 予備システムまで使用不能になってる!」

 「アンテナ、配線の状態は!?」

 「問題は見当たらない! アンテナは正常に稼働してるし、配線自体には問題は無い……」

 「強力な磁気嵐に巻き込まれたとでも言うの!?」

 「可能性は無いわけでは無いけど、ここまで酷い例は聞いたことない!」

 「……い、一体、何が起こっているの?」

 梨乃は呆然となりながら、周りを見渡すと艦橋にいた全員が不安そうな顔をしていることに気がついた。

 自分が不安を煽っていることを自覚すると同時に、自分一人だけでは到底対応できないことを悟った。

 「げ、現時点をもって緊急警報エマージェンシーコールを発令する!」

 そう言うと梨乃は艦内用マイクを手に取った後、自分なりに緊張をほぐそうと大きく深呼吸してから、はっきりした声で告げる。


 「艦長より各員へ。繰り返す、艦長より各員へ。達する。現在、本艦はレーダーが使用不能状態なことに加え、僚艦との通信が途絶。フリーサットも反応しないという最悪な状況に陥った。現時点をもって、緊急警報エマージェンシーコールを発令する! これは訓練に非ず。繰り返す、これは訓練に非ず。総員配置に着けッ!!」


 それと同時に、手が空いていた明美が警報アラートを鳴らす。

 聞くと不安になってしまう重々しい警報音が、夜間なので比較的静かだった艦内に響き渡り、タラップを駆け上がる音や、反対にタラップを駆け下りる音、廊下を全力で走る音が艦橋にいる梨乃の耳にすら入る。

 しかし、そんな音に気をとられているわけにもいかず、何かしなければと思い、双眼鏡を持って僚艦がいるであろう方向を確認しながら告げる。

 「前園大尉ッ! 最後に確認した僚艦の位置は?」

 「前方、距離3500に「あまぎ」。5分前まで所定の位置で航行しているのを確認!」

 「靄がかかって目視出来ない!本当に距離は3500だったの!?」

 そう言って、梨乃は双眼鏡を下ろし、香菜の方を向く。

 「本当だから!「あらかぜ」も二時の方向1800に航行していたし、「かげつき」も十時の方向1800にいたよ。他の艦も同様に、所定の位置からほぼ誤差無しの地点を航行していた。陣形に異常なんてなかった!」

 「お、恐れながら、わ、わた、私も十分前に目視にて「あまぎ」を確認しました!」

 香菜の報告に、緊張が抜けない明美の報告が続く。

 「あぁッ! もやがかかって前方が全く見えなくなりました! 視界100メートルを確保できません!」

 明美の突然の声を聴き、再び前を向くと梨乃の視界に映ったのは真っ白い景色だった。

 白さはますます、色合いを強め遂にガラス一面、真っ白である。

 「嘘でしょ、艦首が見えないなんて……。今度は有視界観測が出来なくなるなんて。なんでこんなに異常なことが起きるの?」

 梨乃は、あまりのことに愕然とした。

 無理もない。

 艦の「眼」であるレーダーも、見張り員もこれでは使い物にならないのだ。

 本人たちは当然と思っているので気づかないが、本来であれば、女子高生であるよわいの少女にこれだけの現実がのしかかっているのにも関わらず、泣きもせず耐えているのを考えれば梨乃や香菜がどれだけ凄いかがわかる。


 カッ、カッ、カッ、カッ――――。


 「「「遅れましたッ!」」」

 梨乃が愕然としている間に、休憩中だった梨乃の後輩にあたる下士官らが、靴音を鳴らしながら次々と艦橋へ入って来る。

 「遅いッ! 敬礼は後回し、直ぐに持ち場に就いて!」

 入ってきた後輩たちが敬礼しようとするのを抑えて、梨乃は後輩たちを持ち場に就かせる。

 それぞれが持ち場に就いたのを確認し、梨乃は半ば吐き捨てる様に、そして半ば諦めたような口調で告げる。

 「艦内各部、損害報告を挙げて」

 その声に応じ、各部から報告が挙がる。

 「こちらCIC。現在、原因不明の全機銃リンク切除が発生。対空戦闘不能。レーダーホワイトアウト。僚艦との通信が途絶してます!」

 「こちら格納庫。現在、全エレベーターが原因不明の故障中。飛行甲板に航空機を上げられません!」

 「こちら飛行甲板。待機中だった偵察機2機が原因不明の故障により発艦不可の状態に陥っております!」

 「こちら機関室。タービン回転数が制御不能。どんどん増えています! 現在、巡航時の二倍を超えてます。更に増加中!」

 どこからの報告でも声色から感じるに、突然の怪奇現象に混乱しているのが伝わる。

 「……完全に死んでいるわね。このままだと、遭難信号を送った後、総員退艦を命じるしかないのかしら……」

 梨乃は艦長として、この後どうするかについて悩む。

 が、その思考を妨げる報告が入る。

 「か、艦長ッ! 水中に感ありっ!」

 「魚雷? それとも潜水艦!?」

 「いいえっ!正体不明のノイズがかかって聞き分けにくいのですが、海底の振動音を探知。急速に増大中。恐らく海底火山と思われ……噴火しますっ!」

 音響観測員の咄嗟の報告に対して、梨乃は的確に指示する。

 「回避運動をとれ! 総員衝撃に備えっ!」

 「ヨーソローッ!」

 志穂が思い切り舵を切った瞬間、轟音が鳴り響いた。

 

 ドォォォオオオオ――――ン。




 201X年5月2日午前0時、旗艦「ほうおう」を初め、を除く一教艦8隻が喪失した。

 教官艦「はれかぜ」・「あまかぜ」は、隆起した海面を見て海底火山の噴火を察知し、直ちに捜索を開始したが、発見できなかった。

 その後直ぐに沿及びが周辺海域を調査したところ、海底火山の大規模な噴火の痕跡は残っていたものの、沈没したと推測された一教艦の艦の残骸を発見するには至らず、詳細は明らかにならなかった。


 多くの少女が一度に行方不明になったこの事件に対する調査が遺族から望まれ、海洋工学者や海洋力学者を中心に、多くの研究者がこの船団消滅事件の真相を解こうと躍起になった。


 しかしながら、結果的に海底火山噴火説は有力であったものの、8隻の艦艇が一瞬で消え去った噴火があったことに対する疑問や残骸を発見できなかったことへの疑問を呈する学者や専門家も多く、この事件の真相は判然としなかったことから、タイムスリップ説や異世界召喚説、同時爆破テロ説など多くの怪奇現象説も唱えられた。

 しかしどれも確たる証拠や根拠は無く、これはちまたの噂や中高生の話題になったり、ゴールデンタイムのテレビ番組で時々取り上げられる程度で、真相解明にはなりえなかった。

 

 約2000名の少女たちが一体どうなったのか。どこへ消えたのか。

 この世界で真相を知る者は、一人もいない。

 そう、この世界では……。

 

 

プロローグと前編、中編、後編の四話で、第一話「運命の瞬間」は終了予定です。

明日、中編、明後日、後編の掲載を予定しています。

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