少年と学校の一日
ことの始まりは、小さな失敗から。
そして、小さな失敗から出た小さな種はやがて大きくなっていく。そしてそれは、多くの生き物を絶望に叩き落とす大きな影となった。
*
西の大陸にある研究所では、今日も細菌やウイルスの研究に励んでいた。
「ボル、38番の実験はどうだった?」
「ダメだ、既にある変化しか起きなかった。やっぱ新しい事を発見するのは難しいよ。」
「違いねぇ、俺の方なんて相方が王水なんか作って遊んでやがった。今じゃ始末書書かされているだろうな。」
三人の白衣を着た男性らはとある細菌の新たな可能性を求めて実験を進めている。
休憩を済ませ、それぞれ自分の持ち場について仕事を再開する。
「ん、何だこれ?誰かが置いて行ったのか?」
ボルは自分の机に置かれていた黒く塗装されている試験管と、二つに折られた紙を見て何かと興味を持ったボルは、折られた紙を広げ、中に書かれた文字を読む。
「『これはどうすることも出来ない悪魔の菌。開けるな、割るな、厳重に監視された所に保管し、それからは絶対に触れるな。』か、誰かのイタズラか?とりあえず所長に伝えてみようか。」
ボルは試験管の中身を確認せず、所長室へと向かって行った。
コンコンとドアをノックするが、中から返事は無かった。
「あれ?所長、居られますか?」
「あ、あぁ、すまない。どうぞ、入ってくれ。」
ボルが中に入ると、所長は資料の確認などで疲れて眠ってしまっていたようだ。
「お休み中すみません。今回は実験の報告ではなく、こちらの試験管の事でお話を伺いに参りました。」
「ふむ、これは何かな?」
所長は試験管を受け取ると、軽く振って中に何かあるのかと確認する。チャポチャポという辺り、どうやら中は液体のようだ。
「はい、実は自分もこれが何なのかわかりません。休憩を終えて12号研究室に戻った時に机の上にこれが、こちらの紙と一緒に無造作に置かれておりました。」
「・・・・これは、誰かのイタズラか、それとも本当に危険な物なのか。だが、本当に危険な物の場合は発見した者が私の所に来るはず。だが私は先程まで眠ってしまっていたので、周囲の者から一番信頼されているボルの所に持って行った。確認しようにも開けるのは多少なりとリスクがあるので易々と開けられんな。それに、X線照射機は使おうにもここには無い」
そして、所長は急に立ち上がり、隣の研究室へと向かって行く。
「所長、どうなされました?」
「これの中を見てみる。いくら悩んでもどうしようもないと思ったのでね。」
「自分もご一緒してよろしいでしょうか?少しばかりその中が気になっておりまして。」
「あぁ、良いだろう。その恐れを知らぬ好奇心に免じてな。」
この時から、この二人だけでなく、当時この研究所にいた者が生きて存在を確認されることはなかった。だが、不思議なことに、その発見された者達の体から、今までのどの菌とも一致しない細菌の死骸がいくつも発見された。
そして、その日を境に、世界中で生き物を喰らう巨大な虫が現れ始め、虫以外の生物は徐々に減り始めて行く。
*
それから数十年の月日が流れ、東方の島国では巨大な虫を絶滅させるべく、少年少女は学問に励む。
巨大な虫は異界蟲と呼ばれ、元々存在する虫による突然変異が原因である。
そして、とある少年は異界蟲を滅ぼすことを生きがいに今、その若き身を死地へ投じる。
「えぇ、突然ですが皆さん。今日からこの教室に新たな生徒を迎え入れることになりました。自己紹介をお願いします。」
「はい、霧島 秋兎です。俺は虫が嫌いです。あぁそれと、これはどうでもいい事ですが、俺の祖父がこの学校の校長をやってます。まぁ、よろしく。」
秋兎は祖父の玄朗から渡された紙に書かれた文字を言葉にすると、小さく一礼する。
「はい、では空いている席が二つあるので、秋兎さんはお好きな席に座って下さい。」
秋兎は自分のいる場所から一番近い席に座り、授業が始まった。だが、秋兎は何もせず、ただ先生の説明だけを聞いていた。
授業が終わって休み時間に入ると、秋兎の周りに生徒が集まるが、それらはすぐにそれぞれの友だちで集まって離れていった。理由は、秋兎の態度と口が悪かったから。
そして、戦闘実技の授業の準備を済ませ、グラウンドへと移動する。
「おい、あんなやついたっけ?」
「あぁ、さっき俺のクラスに入って来たやつだよ。口と態度が悪くてすぐにボッチになったけどなw」
「マジか、かわいそうにw」
周りにいるほとんどの生徒は秋兎の悪口を言うが、先生が来れば皆静かになる。
先生は秋兎も含めて全員いるのを確認し、小さく頷く。
「それではこれより、野外での実技戦闘を行う!ルールはいつも通り、三人以下でチームを組み、それぞれのチームによるトーナメント形式のフラッグ争奪戦である!それでは、それぞれチームを組め!」
先生の合図でそれぞれ友だちとで固まり、秋兎は一人で戦うことになった。
「では、それぞれチームの代表者がくじを引き、自分と仲間の名前をこの表に書け!」
秋兎は9番、9番の所に名前を書いて順番を待つ。
「うわぁ、あいつと?一人相手とか楽勝じゃね?」
「だな、それにあいつ弱そうだしw」
「虫が嫌いだとか言ってたし、そこの虫でも投げつけてやるかw」
試合は進み、秋兎の番が回って来た。秋兎は指定エリアの中に入り、相手のチームと向かい合う。
「それでは、始めぇ!」
「ほぉら!虫でも喰らえや!」
相手のリーダーが虫を投げ、秋兎はそれを避けることなく服に虫が引っ付いた。
「あれ?あいつ、虫が嫌いなはず、じゃ・・・・」
秋兎は服に付いた虫を手に取ると、それを容赦なく握り潰した。虫の体液とその他の残骸が秋兎の手にべっとりと付き、それを気にもせず秋兎は相手のフラッグに向かって歩いて行く。
「おいおい、三人相手にフラッグ取れるとでも?」
「・・・・あぁ、お前らザコ三人を同時に相手するくらいどうってことない。確か、この試合は相手を殺さなければ何をしても良いんだったよな?」
「はっ、それは俺らのセリフだ。どうなっても知らねぇ、ぞ!」
三人の内一人が秋兎に殴りかかり、それに便乗して残りの二人も殴りかかる。だが、秋兎に一発も当たらず三人は苛立ちを覚える。
「避けてばかりか?戦え!弱虫が!」
「戦っても、良いのか?」
秋兎がニッと笑みを浮かべると、わずか数秒で三人は倒れた。三人とも四肢の骨折による苦痛で悶え、秋兎はフラッグを取って勝利した。
「はぁ、手加減してくれたのは嬉しいが、もう少し何とかならなかったのか?」
「すみません先生。嫌いな虫を投げつけられて少々気が立ってしまいました。」
三人は福祉課の生徒に保健室へと運ばれ、試合は続行された。
「よし、あいつはヤバい。だから、フラッグを取ることを優先するぞ!」
「わかった、あたしがフラッグを取りに行くから、男二人はあいつの足止めをよろしくね。」
「任せろ、お前がフラッグを取るまであいつの動きを封じてやる!」
「それでは、始めぇ!」
秋兎は走って来る二人の手を躱し、鳩尾に一発ずつ拳を叩きこむ。苦しみ悶える二人を放置してフラッグへと向かう女子生徒の前に回り込む。
「えっ!もうやられたの!?」
「さぁどうする?言っておくが、俺は女をいたぶる趣味はない。降参してくれるなら助かるんだがなぁ。」
「バカにしないで、あたし一人でもやってやるわ!」
女生徒は素早い回し蹴りをするがしゃがんで躱し、ローキックで軸足を払う。
「ぐぅ!」
「遅い、筋肉の付き方からして足技が得意なんだろうが、速さが足りん。そんなんで異界蟲と戦うつもりか?笑わせるなぁ。」
「黙れ!あたしは、親の仇を取るために戦うんだ!あんたみたいな大切な授業も受ける気のない奴にバカにされたくない!」
女生徒は怒りに身を任せて何度も蹴りを繰り出す。そして、秋兎も同じように足技で対抗する。
秋兎は女生徒の腹部に蹴りを入れ、女生徒はその威力をまともに喰らって倒れる。
「かはっ!ぐっ、うぅ。」
「やれば出来るじゃねぇか。摸擬戦だからって手を抜くんじゃなく、摸擬戦だからこそ自分の全力を試せ。あぁ、いまさらだがフラッグはもらっていく。」
秋兎はフラッグを取って勝利。男子生徒二人は気絶していて、保健室送りとなった。
他の生徒の試合の間、秋兎は先生のもとへ向かった。
「先生、少し良いですか?」
「霧島か、どうした?」
「・・・・中隊長はどうして俺がここに呼ばれたのか知ってますか?」
「ふっ、それは大隊長に聞け。貴様の祖父が決めたことだ。・・・・次は霧島の番だ、とっとと行ってこい!」
いつの間にか試合も終わっていて、背中を押された秋兎は試合を始める。
次の対戦相手は三人とも女子。
「どうも、霧島くん。あたしは里山 千花君と同じクラスなんだよ?覚えてくれるとうれしいな。この子は氷野 六花ちゃんで、こっちの子が隣のクラスの如月 智香ちゃんだよ。」
「千花、自己紹介したいのはわかったけど、今じゃなくても良くない?」
「別に良いじゃん、千花ちゃんらしくて。」
「何かは知らんが、とりあえず始めても良いか?」
秋兎がそう言うと、千花たちは話をやめて秋兎に向き直る。
「それでは、始めぇ!」
先生の合図と共に千花が動き、それを追うように智香も動く。
「はあぁっ!」
「ほぉ、中々速いな。」
秋兎は千花の蹴りを難なく躱し、それに続く智香の拳を掴んで千花に投げ飛ばす。
「くぁっ!」「くぅっ!」
「一人だけ動いてないが、あいつはディフェンスか?」
「いいや、あたしは二人があんたを疲弊させた所でフラッグを取りに行く係だ。」
「なるほど、ただのお荷物か。」
「ふんっ、何とでも言いな。」
秋兎が六花と話している間に二人は態勢を立て直し、再び秋兎に攻撃を繰り出す。
「あぁ、今のは惜しかったな。里山、如月が次に右から来るから少し屈んで横腹にひじうちな。」
「えっ!?」
「はあぁっ!」
「えいっ!」
秋兎の言った通りに動いた千花は、うまく秋兎の腹部に直撃。よろめいた所に好機だと智香が蹴りを入れる。だが、それは掴まれて止められる。
「もう少し前に出て来てたら当たったんだけどなぁ。惜しい。」
「あぐぅっ!」
腹部を殴られた智香は地に伏せたままお腹を押さえて丸くなる。そして、彼女の下腹部から血が流れ、千花は戦闘を中断して智香に寄り添う。
「智香ちゃん大丈夫!?霧島くん酷いよ!智香ちゃん生理中なのにお腹叩くなんて!」
「はぁ、何で俺が責められるんだよ。生理中に試合に出る如月の責任だろ。それに、まだ戦闘中だ。普通なら相手は待ってくれねぇぞ。」
「あーあ、だから言ったのに。智香はこっちで運ぶから、千花は心置きなく戦いな。」
後ろの方でサボっていた六花が智香を運び、千花は秋兎に殴りかかる。
「やっとやる気になったか。よし、じゃあやるか。」
「智香ちゃんにあんな事して反省もしてないなんて、許せない!」
千花は今にも泣きそうな顔で秋兎に蹴りを入れるが、あっけなく掴まれて内腿を膝で蹴られて立つことが困難になるが、それでも殴りにかかり足を払われて転倒。
「さてと、そろそろ終わりにするか。」
秋兎が歩いてフラッグを取りに向かうが六花は何もしない。こうして、今回は秋兎が優勝となり、実技戦闘は終わった。
*
実技戦闘の後すぐ、秋兎は保健室へとやってきた。保健室と言えるのか疑問に思うほどに大きな病室と隣に診察室、重度の病気やケガでない限り治せる医療施設、それがこの学校の保健室だ。
「えっと、ここか。如月、霧島だ。」
「え、ど、どうぞ。」
秋兎はドアを開けて部屋に入ると、智香は白いベッドの上で座って昼食を食べていた。
「あ、食事中にすまんな。」
「ううん、大丈夫。お見舞いに来てくれたの?」
「まぁ、さっきの事を謝りにな。今は大丈夫なのか?」
「うん、動いたら痛いけど、それ以外は平気。でも、ちょっと意外だなぁ。」
「何が?」
「霧島くん、怖い人だって思ってたから。でも、本当は優しい人でちょっと安心した。」
そう言って、智香は微笑みかけてくる。
「別に優しくはない。仲間を思いやるのは異界蟲討伐正規軍の基本だからな。」
「でも、まだ正規軍じゃないでしょ?」
「いや、14の時に正規軍になった。今から二年前だな。」
「えっ、そうなの!?あ、ぐぅ!」
秋兎が正規軍である事実に驚いた智香は、急に動いたことでお腹を痛めた。
「おいおい、じっとしてろよ。まぁ、正規軍って言っても俺はまだ下っ端だけどな。たまに大隊長の孫だからって威張んじゃねぇ、なんて言われる始末だ。」
「霧島くんでそうなら、あたしたちなんて足手まといになっちゃうね。」
「まぁ、今は、な。それじゃあ俺も昼飯食ってくるわ。そろそろ授業終わるからこの後すぐに里山が俺の悪口を言いに来ると思うけど適当に相槌でも打っとけ。そんじゃ。」
秋兎が部屋を出て、ドアで姿が見えなくなると、ベッドの下から千花が出て来る。
「霧島くん、優しかったね。」
「そうだね、ちょっと見直したかも。」
*
秋兎が食堂の列に並んでいると、その後ろに見覚えのある男性が並んだ。
「おぉ、爺さんもここで食事か?」
「あぁ、かわいい孫が今朝弁当を作ってくれなかったのでね。」
嫌味のように文句を言うこの爺さんが霧島 玄朗、秋兎の祖父であり、この学校の校長である。
「すまん、ちょっと寝坊しかけたから作る余裕がなかったんだよ。爺さんが起こしてくれてたら作れたかもな。」
「よく言うわ、朝三度も起こしに行ったが全く反応が無かったぞ?」
「あぁ、今日は仕方ないって。昨日の掃討任務で疲れてたし。」
「はぁ、それだから伍長や少佐に調子に乗るなと言われるんじゃろが。ちとは反省せい。」
ガチガチ筋肉の腕が軽く振り下ろされ、中々痛いゲンコツを喰らった秋兎は、自分が食べる分食券を買い、受付のおばちゃんに渡す。
「かつ丼三つ!霧島先生は何になさりますか?」
「それじゃあ、天丼を二つ。」
「はい、天丼二つ!」
少し待つとかつ丼と天丼が二人に渡され、空いた席に並んで座る。顔の怖いことで有名な校長先生と並んで、それも話をしながら三つの丼を勢いよく食べている二人の姿に、周囲の生徒からの注目を浴びていた。
「そう言えば、爺さんの近くには誰も生徒が寄って来ねぇな。嫌われてんのか?」
「どうだろうな、嫌われているとすればもう少し生徒達に話しかけるようにしようかね。そんな事より秋兎、ここはどうだ?他の生徒と仲良くなれそうか?」
「別に、実を熟すどころかまだ花も開いてねぇ奴らとは仲良くなるには時間がいるだろうな。まぁ、ある程度将来有望な奴は見つけたが、まだ軍人として使うには青い。」
かつ丼に食らいつきながら生徒の事を話す秋兎に、玄朗は親バカ心も含め、正規軍に入った頃に比べよく見ているなと彼の観察眼の成長に感心する。
「それなら、その生徒らと共に行動して教育してやれ。お前はよく何かを植物に例える癖があるが、ちゃんとわかりやすく説明してやれよ?指導者たる者、導く者に道を示し、時には厳しく突き放し我が道を探させる事も肝心。だが、まずは道を作る基礎を叩き込め。わかったか?」
したりという顔で語る祖父にフッと鼻で笑い、いつものやり取りに持ち込む。
「それ、もう何度目だよ。さすがにもう覚えたよ。」
「はっはっは、それは結構。さて、それではお先に。」
「そうはいかねぇ、これであいこだ。」
二人は食べ終えた器を持って返却口へと向かう。その後は一旦別れ、秋兎は教室へと戻って行った。
*
今日一日の授業を全て終え、秋兎は玄朗が仕事を終えるまで教室で待っている。
「あれ、霧島くん帰らないの?」
「ん?爺さんと帰ろうと思うんだが、まだ仕事があるみたいでな。」
「あぁ、校長先生だったよね、君のお祖父さん。」
千花は秋兎の隣の席に座ってニコニコと笑顔になる。
「なんだよ、如月のことはもう良いのか?」
「うん、智香ちゃんから聞いたよ。霧島くんが謝りに来てくれたって。」
「はっ、ただ悪いとは思ったから軽く謝りに行っただけだ。」
「へぇ、正規軍の人はみんな意地っ張りなのかな?」
千花がなぜ笑顔になるのかがわからず、秋兎はなんだよと問いかける。
「実はね、あたしあの場所にいたんだよ?智香ちゃんと仲良さげに話しちゃってさ。」
「なっ!お前どこにいたんだよ!」
「あ、その顔良いね。君、いつも同じ顔してるから、その驚いた顔は新鮮だよ。」
「別に好きで無表情なんじゃない、おもしろい事が無いだけだ。」
秋兎はカバンの中にあったお茶を飲み干し、それを口実にその場を離れようとするが。
「あ、霧島くん。よかったら一緒に飲み物買いに行こ?」
「一人で行けよ。俺はここで寝る。」
そう言って机に突っ伏す秋兎を見て、千花は秋兎の背中に覆いかぶさるように乗っかる。秋兎はそれでも無視し続ける。
「ふふふ、霧島くん。ううん、秋兎くんの鼓動が伝わってくる。・・・・ねぇ、今なら誰もいないからさ、ちょっとくらいえっちなことしてもバレないよ?」
「うっせぇビッチ、黙って風俗でバイトでもしてろ。」
「もう、こんなにドキドキってしてるのに。本当はシたいんでしょ?」
秋兎は起き上がり千花を睨むと、千花は頬を赤く染めて秋兎に寄り添ってくる。
「どうするの?あたしはどちらでも構わないけど。」
「もう一度俺を誘ってみろ、本気で襲ってやるからな。」
「・・・・あたし、今すごく濡れてるのよ?」
よし、と言わんばかりに秋兎は千花を押し倒して彼女にまたがり、制服を左右に引っ張ってボタンを引き千切る。千花は顔を真っ赤にして、抵抗もしようとせずされるがままになる。
「かわいい下着着けてんじゃねぇか。胸もちょうどいい。さて、どこから責めてやろうか。」
千花は顔を隠すように両手で覆い、秋兎はそんな彼女の姿に笑みを浮かべる。
右手を千花の脚に伸ばし、撫でるようにスカートの中へと手を滑らせていく。左手で千花の肩を抱き寄せ、ブラの中に手を入れる。ビクンッ、と千花の身体が跳ねると、秋兎は右手を千花の下着の中へ。
「どうした、このままイかせて欲しいのか?今ならまだ引き返せるぞ?」
「うぅ、許して。もう、からかわない、から。」
「・・・・ったく、変な冗談を言うからこうなるんだ。今までの男は恥ずかしがってたかも知れんが、今みたいな事になる可能性もあるんだ。これからは気を付けろよ、ビッチ。」
千花を解放し、濡れた手を洗いに行こうとした秋兎を、千花は抱きとめる。
「おい、さっきも言っただろ。そういう事をしたら後悔するぞ。」
「うん、でもね、何度もしてないよ。だって、これが初めてだもん。こうなるなんて思わなかった。ただ、君の、秋兎くんの恥ずかしがる顔も見たかっただけだったの。」
「そうか、だがそれなら他にも方法はあっただろ?キスひとつでも、男はコロッといくぞ?」
それを聞いて千花は何を思ったのか、秋兎を離し、一歩後ろに下がった。
秋兎はそのままトイレで手を洗いながら、先程の自分の行為がどれだけ恥ずかしい事かを実感して羞恥に顔を真っ赤に火照らせて、その熱を冷ますように水を顔にかける。
秋兎が教室に戻ると、千花の姿は無かったが、机の上には『さっきの事はお互いに他言しないでいましょう』と書かれた紙が置いてあった。
(はぁ、これは弱みを握られたと思えばいいのか?それとも、救われたと思えばいいのか?まぁ、どっちにでもなり得るな、これは。)
コンコンとノックする音が聞こえて振り向くと、玄朗がドアを開けて教室の中へ入ってきた。
「お気遣いどうも、大隊長殿。」
「ふん、女を泣かせるやつに気を遣う気は毛頭無かったが、この恩を利用して話を聞き出すのも悪くないと思ってな。」
「見てたのかよ、覗き魔か。」
「いや、だが里山千花だったか?彼女の明らかに引きちぎられた制服に泣いて寮へ走って行く様子と、この階にいるのはお前だけという事実があれば大体予想は付く。それで、何があった?」
玄朗は元々顔が怖い。それ故にいつも怒っているように見られるが、本当に怒った時はいつもの顔の比じゃない程に恐ろしくなる。いわゆる、泣く子も黙る鬼の様な顔だ。だが、嘘を吐けばさらに恐ろしい罰が待っている。
その後、事情を説明した秋兎は、岩をも砕くと噂される玄朗のゲンコツ一発で済ます条件で、千花の借りている寮の部屋に謝罪しに向かうこととなった。
秋兎は呼び鈴で中にいる千花を呼び出す。
少しして、千花が出て来る。だが、秋兎を見るや否や顔を真っ赤にしてドアを閉めようとする。
「おいおい、ちょっと待ってくれ、っていってぇ!」
「あ、ごめんなさい!・・・・大丈夫?」
ドアを閉める勢いが強かったのか、ドアが閉まらないように出した足を挟まれ痛みに声をあげる秋兎。
「あ、あぁ、大丈夫だ。その、ここではあれだし、中に入れてもらって良いか?」
「あ、うん。」
玄関で謝ろうとした秋兎だが、何故か本当に中へと入れられ、お茶まで出してもらう始末。
「いや、ただ、さっきの事を謝ろうとして来ただけで。お茶まで出してくれなくても良かったのに。」
「うん、わかってるよ。でも、せめてお茶くらいは出させて。」
「そうか、ならありがたく頂くよ。」
千花が出してきたのは紅茶のようで、レモンのような柑橘系の爽やかな香りがよく鼻を通ってくる。
「その、さっきはすまなかった。そんで、あんな事して警察に通報されなかったことに感謝する。」
秋兎はしっかりと頭を下げ謝罪する。
「うん、全然大丈夫だよ。あたしは怒ってなんてないから。」
「そう、なのか。でも、爺さんは泣きながら寮まで走って行ったって。」
「あ、やっぱり校長先生だったんだ。その、あんな恰好じゃ恥ずかしいから、顔を隠してここまで走ってたんだよ。多分それが泣いてるように見えたんじゃないかな?」
「なるほど。はぁ、正直里山が泣いてたって聞いた時はちょっと焦ったよ。怒られなくても謝りに来るレベルで。」
ふぅ、と安堵のため息を吐いて秋兎は紅茶を飲む。
「なんか、紅茶ってイッキに飲む気にはなれねぇよな。すまんが、ちょっと長く居座る事になりそうだけど、許してくれ。」
「良いけど、校長先生が待っているんじゃないの?」
「ん、あぁ、そうだったけど。もう手遅れみたいだ。」
そう言って秋兎は携帯端末の画面を千花に見せて、そこに書かれた文字を読ませる。
「『秋兎があまりにも遅いから俺はもう帰るぞ。夕飯は、部下と外食にでも行くとする。それと、寮は男女で分けてはおらん、好きな部屋を使え。これは無いとは思うが、誰か友だちと一緒に寝泊まりするのも構わんぞ。』だと。誰が友だちいないだと、ハゲが!」
「え、校長先生って、ハゲてるの?」
何故か玄朗の頭に食いついた千花を不思議に思うが、秋兎はこれが彼女の精一杯のフォローなのだと気が付く。
「いや、残念ながらあれは100%地毛だ。それと、俺としては余程嫌いな奴以外の同級生からなら友だちになろうと言われて嫌な思いはしないんだよ。だから、正規軍に友だちがいると自慢してくれても良いぜ。」
「うん、バレちゃってた?」
「まぁな。相手をよく見る事は基本だからな。だから、それなりに見込みがある奴はよく見ようとしているよ。千花は、もう少しそのお人好しを治せればもう少し戦力として使えるんだがな。」
秋兎は最後の紅茶を飲み干し一息つくと、寮の管理人の元へ向かうべく立ち上がる。
「お茶ごちそうさん。そんじゃあ、俺は使える部屋探しに行くわ。」
「うん、でも最近は先輩や新人の後輩達もこの寮を使ってるみたいだから、もしどこも空いてなかったら・・・・戻って来ても、いいよ?」
千花は少し頬を赤くして、夕焼けを背に誘ってみる。
「おう、どこも空いてなかったら相談しに戻って来るよ。最悪、どっかで野宿だけどな。」
秋兎は笑って部屋を出て行くが、千花はドアが閉じて秋兎の姿が見えなくなると、崩れるように座り込んだ。
(なんか、恋、しちゃったのかな?でも、きっと秋兎くんはあたしの事、女の子としては見てくれないだろうな。・・・・戻って来てくれると良いな。)
千花は、どうして彼に恋をしてしまったのかと考えながら、戻ってきた時のために、枕を一つベッドに置いてみる。
(これなら、もし戻って来ても怪しまれないよね!友だちが泊まりに来た時用の布団はあるけど、バレない内は出さないでもいいよね?)
千花は浴室でお風呂を沸かし、夕食の準備に取り掛かる。もしものために、練習と上達を兼ねたメニューは避け、味に少しばかり自信のある炒め物にしようと野菜や肉を用意していく。
*
寮の管理室へとやって来た秋兎は、たった今空き部屋の確認に向かった管理人を少しばかり待ち、戻って来た管理人は深く頭を下げる。
「すみません。現在空き部屋は無く、一応部屋の利用者が不在の部屋も探しましたがそちらの方もありませんでした。」
「あぁ、ありがとう。じゃあ、俺はとりあえず友人に相談してみるよ。」
「はい、この度はお力になれず申し訳ありませんでした。」
なおも深々と頭を下げる管理人に、軽く手を振りながら、秋兎は千花の部屋へと戻っていく。
インターホンを鳴らし、少し待とうとドアの前で立っていると。カチャリ、とゆっくりドアが開かれ、そこからひょっこりと千花が顔を出す。
秋兎の顔を見ると、千花の顔が少し赤みを帯びるが、彼女はそれを悟られないようになるべくいつも通りにと自分に言い聞かせる。
「すまん、部屋が空いてなかったみたいでな。それでお前の事思い出して相談しに来た。」
「え、うん。とりあえず上がって。」
ドアをさらに開けて秋兎を部屋の中に入れ、千花は少し嬉しそうに奥へと案内する。
「それで、どこか寝れそうなとこは心当たりあるか?」
「んっと、それならいくつかあるけど。教室、とかはどうかな?」
「いや、教室は鍵を閉めないと警備員が来るし、いくら説明しても聞かないからそれは無理だな。特に、斎藤高輝っていう無能な伍長が今日の担当だからなおさらだ。」
千花はまた紅茶を出し、秋兎の心を落ち着かせようとする。秋兎はそんなことに気付かず、先程出された物と違う紅茶だと思いながらそれを飲む。
「これは、ミントか?千花はいつも紅茶の茶葉を変えているのか?」
「うん、変えてるよ?まぁ、一度に作れるのが五人分くらいだし、お客さんの人数でお湯の量も調整してるから。」
千花はニコッと笑顔になって台所へと向かって行く。
「その、他に思いつかなかったらさ、ここに泊まっていく?」
「ここって、部屋はもう空いてないだろ?」
「うん、だからね。この部屋じゃ、ダメかな?」
千花の言葉に一瞬動きを止めた秋兎は、なんとか紅茶を口元へ運んで行き、香りを嗅いで落ち着こうと試みる。
「すまん里山、声が小さくてよく聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」
確かに、確かに千花の声は小さかった。だが、秋兎の耳にはしっかりと届いていた。それでも、にわかには信じ難い言葉に、聞き間違いの危険性も考慮して聞き直す。
「その、この部屋に泊まるのは、嫌かな?もし嫌じゃないなら、泊めてあげられるけれど。」
「まぁ、悪くはない、が。教室でも言った通り男にそんな事を安易に言うもんじゃないぞ?」
「うん、でも、秋兎くんは優しいから、多分大丈夫なんじゃないかな、って。」
千花はスープや炒め物をしながら、食事の準備をしていく。
「で、でも、せめて夕飯は食べて行って。あんまり上手じゃないけど、不味くはないと思うから。」
「おう、そんじゃ、ありがたく頂くとするよ。」
秋兎は千花の優しさを受け止め、ごちそうになりますと笑う。
千花がなぜ嬉しそうに笑顔になったのかは秋兎にはわからなかったが、その笑顔に少しドキッとさせられた事は確かだ。
「はい、コンソメスープと豚バラの野菜炒めだよ。ご飯にふりかけ、いる?」
「いや、大丈夫だ。」
「そっか、それじゃあ、いただきます。」
「いただきます。」
秋兎は最初に野菜炒めを皿に取って、皿に乗せた分全て口に運んで食べると、いつもの勢いで食べ進めていく。
「あ、ごめん。結構美味かったから、里山の分の事考えてなかった。」
「うん、大丈夫だよ。あたしは自分の分を先に取っておいたから。秋兎くんが大食いなの、結構噂になってるんだよ?だから、秋兎くんが来たから、あたし急いで追加で作ったの。」
秋兎は、どうすればここまでお人好しの女神が誕生するのかと思いながら、それでも気を遣わせた事を詫びようと考える。
「あぁ、気を遣わせたみたいですまんな。それと、謝りついでにもう一個。さっきの泊めてくれるって話。まだ生きてたら泊めてくれ。」
「うん、良いよ。お風呂も先に入って良いけど、早めに済ませてね?」
「あ、おう。大丈夫だ、俺は風呂はいつも早い。あ、でも、風呂入る前に服どうしようか。」
「それなら、あたしがさっき管理人さんに頼んだから、もう少しで持って来てくれると思うよ?」
それなら問題ない、と秋兎はその場の流れで安心してしまうが。この後すぐに後悔することとなる。
食事を終え、着替えが届けられるまでどうしようかと、千花が淹れてきたミルクティーを飲みながら暇を持て余していた。
「秋兎くん、着替えが届いたら教えてあげるから、それまでお風呂に入ってたら?あたしも、それなりにしときたい事もあるし。」
「あぁ、そうだな。じゃあ頼んだ。」
秋兎は洗面所へと向かい、服を脱いで浴室に入る。
「ほぉ、学校の寮の割りに広いな。普通にマンションとかと同じくらいじゃね?」
だが、下を見た秋兎は一つの壁にぶち当たる。
(これ、どっちがシャンプーなんだ?っていうか、どっちがボディーソープなんだ?)
秋兎が無知なのか、それとも千花が自分がわかりやすいようにしているのかは不明だが。今の秋兎には、色が違うだけの柄が同じ二つの容器に入った液体のどっちがどっちなのかがわからないでいた。千花に聞こうにも、彼女が言っていたしときたいことが何なのかがわからないので服を着て無暗に聞きに行くことができない。だからと言って、この場で呼んでも向こうに聞こえるのかもわからない。無駄に頑丈だからついでの防音もそこそこしっかりしている。
(まぁ、顔出すだけなら大丈夫か。声が届くかはやって確かめよう。)
「里山!これ、どっちがシャンプーなんだ?おーい!」
数秒の間が空き、諦めて浴室に戻ろうとすると、ドアが少しだけ開き、その隙間から誰かが覗いて来るのが見えた。
「秋兎くん、呼んだ?」
「あぁ、シャンプーとボディーソープの容器の違いを教えて欲しいんだが。」
「あ、ごめんね。えっと、ピンクの方がシャンプーで、もう一つの黄緑のがボディーソープだよ。トリートメントはシャンプーと一緒になってるらしいから。」
千花は秋兎の方は見ず、ドアの角を見るようにして、なるべく秋兎を見ないようにしている。
「了解。それじゃあ、着替えが来たら洗面所に置いといてくれたら助かる。」
「わかった。それじゃあ、出た所にあるかごに入れとくね。あと、固形石鹸はお化粧落とすやつだから使っても意味ないよ?」
「おう。」
秋兎は思ったより防音が機能していなかった事に満足しつつ、頭と体を洗って湯船に浸かり、ゆっくりとその時を待っている。
*
一方、千花は何をしていたかというと。秋兎がお風呂に入っている間に布団をなるべく自然な場所に隠し、ベッドメイキングをしていつもより綺麗に整える。
(大丈夫、だよね?・・・・あたし、どうしてこんな事で自分が秋兎くんに抱いてる感情が恋なのか確かめようとしてるんだろ?でも、もし本当にこれが恋だったら。あたし、秋兎くんにどう接すれば良いのかな?)
インターホンの音で我に返った千花は、玄関まで小走りで向かい、ドアの先にいる管理人から着替えを受け取った。
「秋兎くん、着替えが届いたからここに置いとくね。」
「あぁ、わかった。それで、しておきたい事は終わったのか?俺が風呂に入ってる間にしたい事なんだろうし、終わってないならまだ入っとくぞ?」
「え、ううん、大丈夫だよ。もう済ませたし。」
「そうか、わかった。」
浴室から秋兎が出ると、千花は廊下に洗面所から廊下に繋がるドアへと逃げて行き。その隙間からじっと秋兎を見つめている。
「どうした?そんなに俺の裸が見たいのか?」
「いや、そんなことないよ!?ただ、服のサイズが合うか心配で。」
「・・・・いや、まぁ、小さくないだけマシだな。デカいのはどうにでもなるし。」
このサイズしかなかったのか、秋兎の着ている服は、彼の身体の二回り程大きなもので、余った布の部分が垂れて少しだらしなく見えてしまっている。
明らかに寝間着であるとわかるようなグレーの無地の服。着ている本人が嫌な顔をしていないので千花は少しホッとする。
「その、先にベッドで寝てても良いよ?あたしはお風呂入ったらすぐに寝に行くから。」
「あぁ、悪いな。それじゃあお先に、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
千花はお風呂上りに、洗濯物を洗濯機に入れる前に秋兎の脱いだ服を拾う。その拾った服を顔にあて、呼吸をしてみると、心臓の鼓動が早くなり少し嬉しいという気持ちが溢れてきたのを感じる。
(・・・・これじゃあ、ただの変態だよね。でも、秋兎くんの服、すごく良い匂い♪)
その後、千花は紅茶で気分を落ち着かせて自分のベッドで就寝する。
えっと、暇なときにちょろちょろと書く程度なので、投稿ペースは遅いです。
それと、自分でも実感しているほどに語学力がないので、これを読んでくださった方々には読み辛い文面で申し訳なく思います。これから少しづつ改善出来ればと思います。
よろしくお願いいたします。