【季節ネタ/未来IF】今年のハロウィンは……
「ハロウィンって、何だっけ……」
街にある広場のベンチに座りながら、キソラはぼんやりと疑問を口にする。
以前のハロウィンは平日で、唯一の肉親である兄や友人たち、知り合いにお菓子を振る舞ったり振る舞われたりしていたのだが、今年は休日である。
ハロウィンカラーやグッズで彩られた街中では、何らかの仮装をしているもののカップルと思わしき何組もの二人が、少女の前を通りすぎていく。
「これがクリスマスなら、まだ納得できるんだけどねぇ……」
だがそれはそれで、また腹が立ちそうだし、『爆発しろ』と口にしたくなるのだろうが、すぐにその事を頭の端から追い出したキソラは、通りすぎていく人々の様子をぼんやりと眺めていく。
「そんなところで何やってんだ。お前」
どれぐらい時間が経ったんだろうか。
何か自分に言われたような気がして、何気なく顔を上げれば、そこには見覚えのある顔。
「何だ、アキトか」
「おい、何だとは何だ」
声から何となく分かっていたが、幼馴染だった。
「いや、別に」
「そうか。で、何で一人なんだよ。アークと一緒じゃなかったのか?」
アキトの問いに、キソラは目を逸らす。
元々、キソラはアークと一緒に街を回るはずだった。偶然にも休みが重なったから、「それじゃ、久しぶりに一緒に過ごすかー」というノリの部分もあったのだが――
「アークなら、ギルドで冒険者のお姉様方に囲まれてたから、放置してきた」
「ああ、そう……」
助けてもらえなかったアークが可哀想といえば可哀想ではあるが、キソラが見捨てたことにも何となく理解できてしまうため、アキトはそれ以上聞かないことにした。
とりあえず、まだ聞きたいことはあるので、キソラの隣に腰かけながら尋ねる。
「ノークさんたちは?」
「デート」
「イアンさんたちも?」
「そう、三人とも」
うわマジか、と言いたげにアキトは顔を逸らす。
基本的にキソラが自分から話しかけるような、親しい男性陣など限られており、その内あの三人が駄目となると、かなり削られる。
「ノエルたちは?」
「イアンさんたちのデート相手だから無理」
また何か爆弾的情報が放り込まれた。
「は? え? は?」
「混乱するのは分かる」
双方同意の上なのか、相変わらず忙しいキソラへの配慮なのかは不明だが、あの四人がデート(みたいなことを)していることは間違いなかったりする。
ちなみに、アリシアは兄を振り切り、ギルバートと出掛けている。
「どいつもこいつも……」
つまり、誰かと出かける予定が無かった(無くなった)のは、この二人だけである。
「おい、キソラ」
「何」
「今から何の予定も無いなら、少し付き合え」
キソラが横目でアキトの様子を確認すれば、口元がヒクヒクと引きつっていた。
自分だけ誰にも誘われず、一人なことに腹が立ったらしい。
「別にいいよ」
もうどれだけこの場に居たのか分からないが、アークが来る気配もないので、そろそろ移動しても大丈夫だと判断してのことだった。
そして――
「ぬーしーさーまーーーー!!!!」
それじゃ、と立ち上がろうとすれば、そんな声とともに、かぼちゃ頭が突っ込んでくる。
『ぐすっ……ぐすっ……』
「……ネル」
声と呼び方で誰なのか理解したキソラが、かぼちゃ頭のまま、泣きっぱなしの守護者に声を掛ける。
「あー、居たーー!!」
「おーい、こっちに居たぞー!!」
その声にびくりと反応したネルが、すぐさまキソラの背後に隠れたことにより、キソラとアキトは状況を把握した。
おそらく、この姿で街に居たら、子供たちから面白さや興味を持たれたか、本物のジャック・オ・ランタンと間違えられたのだろう。
「ねぇ、こっちにかぼちゃ頭が飛んでこなかった?」
「かぼちゃ頭?」
「うん。こーれぐらいの大きさなの!」
体を目一杯使って説明する子供たちに可愛さを感じながらも、背後からの『自分が居ないこと』を訴える気は感じるので、キソラは少しだけ会話を続けることにした。
「そうなんだ。それでもし、そのかぼちゃ頭を見つけたらどうするのか、聞いてもいいかな?」
「家にね、連れ帰るの!」
「それで、飼ってもいいか聞く!」
「で、おしゃべりする!」
――こんなこと言ってるけど?
そうテレパシーを飛ばすが、ネルは断固拒否の気配を崩さない。
そもそもネルは、迷宮の守護者なのである。もし居なくなれば困るのはキソラだし、連れて帰られた家で何か起こられても、やっぱり困るのはその管理者であるキソラである。
なお、子供たちの言い分を聞いたアキトの「飼うつもりなのか……」という言葉は無視である。
「だからね、別の場所に行ったのなら、どこに行ったのか、教えてほしいの」
「……」
さて、どう言ったものか……瞬時に頭をフル回転させる――が、キソラが口を開く前に、アキトが口を開く
「かぼちゃ頭なら見たぞ」
「……っ!?」
「どこ!?」
「どっちに行ったの!?」
アキトの言葉に子供たちが目を輝かせる。
不安そうな目を向けるキソラに、アキトは大丈夫とでも言いたげに目配せする。
「あのかぼちゃ頭はな、実はずっとこのお姉さんが捜してたんだ」
「え……」
「街の中で、お互いにはぐれちゃって、捜してたんだけど、中々見つからなくてね」
そして休憩している時に、向こうからやって来たんだ――アキトはそう、子供たちに説明する。
「そう、なの……?」
女の子の視線が、キソラに向けられる。
「すぐに言えなくて、ごめんね」
「ううん、見つかってよかったね」
「ありがとう」
どうやら、女の子は納得してくれたらしいけど、一緒にいる男の子たちは納得できないらしい。
「……どうすれば、いい?」
「ん?」
「どうすれば、そのかぼちゃ頭もらえる?」
さすがのアキトも、この問いの答えとしての案が出ないのか、困惑している。
「お金なら、パパがいっぱい持ってる。それでも駄目?」
それを聞いたキソラが、さっと周囲に目を向ける。
今の台詞だけだと、「自分は貴族」だと言っているようなものだからである。
もし本当に貴族の子息だった場合、帰るまでの間で誘拐されかねない。
「君の気持ちは分からなくはないけど、お金がいっぱいあるってことは、こういう場所で言っちゃ駄目。悪いこと考える人だっているし、君がおうちに帰るまでに、何かあったら大変だから」
貴族の子息であれば、護衛がこっそり付いているかもしれないが、親から見放されたりしていれば、命の保証など無いも同然になってしまう。
キソラの弱いながらも圧を感じたのか、「う、うん……」と子供は頷く。
「キソラ」
「私が動かなくても、問題が寄ってくるのは分かってたことだけどね」
アキトの言いたいことを察したキソラが肩を竦める。
「下の責任は上の責任でもあるわけだし、ネルが表に出られないなら、私が動くしかないでしょ」
否定も肯定も出来ないのが、これまた辛い。
「分かった。まあ、何かあったら伝えろ。伝言なり、何でもしてやる」
「ありがとう」
キソラの実力からして、もしかしたら必要ないかもしれないが、用心しておいて損はないだろう。
「そういうことなら、一緒に行くしかないでしょ。――ネル」
背後にいるネルに話しかければ、のろのろとネルは姿を見せる。
『えぇ、えぇ、仕方がないですね』
知っていて狙われるか、知らずに狙われるか。それだけでも大分変わる。
『言っておきますが、主様が一緒に居るから、我も一緒に居るんですからね!』
ネルたち守護者にとって、管理者であるキソラよりも、この子供たちの優先順位は当然下がるのだが、キソラがこの子たちの護衛として動く以上、ネルとしても動かざるを得ない。
「ツンデレみたいな言い方だな」
『うるさいですよ!』
アキトの言葉にも噛みつくネルだが、彼に気にした様子はない。
そんなやり取りをする二人を無視し、キソラは子供たちに移動を促すのだった。
今年のハロウィンネタはこれにて終わりです。
お金ある云々の子が本当に貴族の子だったのかは、ご想像にお任せします。