S090 続・イワンの馬鹿
~~前回までのあらすじ~~
王国に生まれたイワンは馬鹿正直だった。いや素直に実直だったと言うべきだろう。働く事を苦とも思わず、働けるなら食っていけるからと財産にも欲を出さない男だった。何かと夢を見て欲を出す兄弟を気に掛けずに地道に働くイワンには悪魔の誘惑も効かなかった。悪戯する悪魔を捕まえたイワンは命を助ける代わりにいくつかの貴重なものを貰ったが大半は良く深い兄弟にくれてやった。
そんなある日、お姫様が病気になり治療薬がないから困り果てているのを聞いて、悪魔から手に入れた薬を使ってお姫様の病気を治すとお姫様の婿になって欲しいと言われイワンはやがて王様になった。
イワンの国では働く事こそが美徳であると教えられ、自分が怠けて誰かに命令して動かす事は悪徳とされた。イワンも先頭に立ち率先して働いたから国民全てが同じ様に誠実に働き、国は飢える事もなく平穏になった。そんなイワンの国をつけ狙う大悪魔がイワンの国で民やイワンを頭を使って働けば体を使って労働するより楽に稼げると誘惑したがイワン含めて皆その誘惑に耳を貸さなかった。そうして大悪魔の計画はイワンの国では徒労に終わり逃げて行った。
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それはある日気づいた事だった。イワンが城の備蓄を数えさせた時に違和感があった。いままでは倉庫の入り口近くまで穀物を詰めた袋を積み上げていたのだがどうにも減っている気がする。そう、確かもう1[m]程前まで袋が積みあがっていたのを覚えている。
毎年2、3割程を備蓄に回し、3年周期で入れ替えているのだがその量が減っているのだ。どうした事だと思ったイワンは調べたが、元々国民が不正をしているとも思っていなかったがやはり不正はなく、誰かが怠けていたとは思っていないがやはり怠けておらず、皆頑張って収穫してくれた。
しかしだ。
イワンもここ数年作物に元気がなくなっている様に思え、それを他の者に聞いても同じ様な返答が返って来た。田畑は確かに実りある穂を揺らしていたのだが、気づかない程度にその数を減らしていたようだ。その原因を調べる内に、未成熟な実や病害にやられた田畑の数が徐々にだが増えている様だと見当をつけた。しかしその原因が分からない。日の照りは今年も問題無く雨も問題無かった。種籾も良い物を選んだ筈で、皆も良く働いてくれた。どこにも収穫が悪くなる要素がなかった。
そんな時、大商人が商品を売り込みにやってきた。何でもイワンの国でもきっと欲しがる商品があるらしかった。そんな凄いものがあるのかね、とイワンは思いつつも大商人の話を聞いたのだが驚くべき内容だった。
どうやら収穫に問題が出ているのはイワンの国だけではなく周辺の国でも起こっているらしく、皆が頭を抱えていたがそれを解決した薬があり、これを土壌に撒くだけで収穫量は元に戻るそうだ。取り戻せる収穫量に比べれば薬の値段など売却益から軽く出せる価格だとも言っている。ただし効果が出るのは2,3年後だと思って先行投資になるそうで、イワンもその程度なら何とかなるかと思い購入する事にした。
そうして数年経ち、収穫量も元に戻ったと喜んだのも束の間、今度は謎の病気が流行りだした。感染しやすいのかどうかすら分からないが発病した者の周囲の者も多少の時間のズレはあるが発病し、その周辺地区でも流行る為に流行り病として思われるのだがそれ以外の地区で発生するのが珍しい病気にイワンは頭を悩ませた。そんな病気は風土病がほとんどで長年住んでいる、そして長い年月を過ごした王国でそんな風土病は聞いたこともなかった。
そんな時、以前から土壌を肥やす薬を売って貰っている大商人が売り込みにやってきた。何でもイワンの国でもきっと欲しがる商品があるらしかった。まさかな、とイワンは思うも商人の話を聞いたのだが驚くべき内容だった。
どうやらこの病気はイワンの国だけでなく周辺の国でも起きているらしい。皆が頭を抱えていたがある程度対処出来る薬があり、これを患者に飲ませれば完治は出来ないが症状が和らぎ、元々軽い症状の者ならほとんど気にしなくて良くなるそうだ。そんな薬があったのかとイワンは喜んだ。多少の出費だが民の命には代えられないと、イワンは薬を購入する事にした。しかし完治しない為に定期的に飲み続けないといけないらしい。
これで原因が分かるまでの時間が得られたとイワンは喜んだ後原因を探るべく部隊に原因を捜索させたがそこで問題が発生した。イワンの国には身体を動かし良く働く者は居ても知的労働専門で働く者が居ないのだ。薬師なども居るが実用が主で研究はほとんどして居らずこういった時に弱点が露呈してしまった。その道の大家と呼べるようなものでもなければ原因不明の新しい病気を調べるなど出来ないのではないかとイワンは思うがそれでも可能な限りの人員を割くしかなかった。
そんな時、以前から土壌を肥やす薬や病気の症状を緩和させる薬を売って貰っている大商人が売り込みにやってきた。何でもイワンの国でもきっと欲しがる商品があるらしかった。まさかな、とイワンは思うも商人の話を聞いたのだが驚くべき内容だった。
どうやらイワンの国で病気の特定が難しいと思った大商人は多少の仲介手数料は貰う事になるが他国の偉い学者を紹介してくれるらしい。多少と言いながらそこそこな額を要求されたイワンだがそれで解決の糸口が掴めるならと学者を紹介して貰った。
そうして数年が経ったが中々原因は分からず、しかし病気が発生する地域は限られるのが分かったのでそれほどの被害が出ない事も分かった。しかし常に患者は居て薬を購入して症状を緩和させている状況だけが続いている。土壌を肥やす薬、症状を緩和させる薬、病気の原因を判明させる為の学者の給料と研究費、患者が常に一定数居る為に労働力が減っているなどの負担がイワンの国に重くのしかかり、イワンの国は貧乏になってしまった。
周辺の国でも同じ様な状況で、この状況を喜んでいるのは薬を取り扱っている大商人とその仲間だけだった。
大商人は独りごちる。
「フフフ、うまくいったものよ。以前は軽くあしらわれたが今回は違う。イワンの奴め。何が起こっているか分かるまい。きっかけはたまたまだ。この安価で効率の良い燃料は使えば使う程に雨が毒を持つ様になるのだよ。そうすれば土地が痩せる。するとどうだ。この土壌を肥やす薬が売れる様になる。これを作った奴には感謝感激だよ。そしてどうだ。この薬を使うとどうなっているのか知らんが近くの井戸や川に毒が流れる。その毒に侵された水を飲んだ者は病気になる。するとどうだ。この症状を緩和する薬が売れる様になる。これを作った奴にはキッスの嵐でもくれてやりたい。そしてどうだ。原因は無くなっていないから継続的に薬は売れ続け、学者などの仲介料でたんまり稼げる。これぞビジネスというやつだ。笑いが止まらん!まあ、あと数年は保つだろう。それまでにたくさん稼いで巨万の富を得るとしよう。そうしたらこれだ。不幸な出来事で死んだ学者の論文を遺品整理で見つけた事にして原因を発表しながら特効薬を売る。これぞビジネス!だが燃料を使う事を止めれば楽な生活が出来なくなるし競争に勝てなくなるから使い続けるしかない。薬は売れ続け患者も常に居る。こんなボロい商売ちょっとやそっとじゃ見つからない!」
「というような事は起きるのじゃろうか?」
「なるほど。システムが存在する環境そのものを改変されてそれまでと同じルールで生活をしていてもうまくいかなくなるという事ですね。」
「概ねそう。」
「ルールというのはそれまでの経験と結果から決められるものです。どの様な失敗があったからこう決められる、どの様な悪事があったからこう決められる、という様に集団に不利益を与える行動が出来ない様に制限を加えていきながら形作られてきました。これはより大きな問題から優先順位を付けてやがて小さい問題にも制限をかけていく事で問題が発生しない様にしていく方法です。最初は荒いルールですが問題事が少しは片付いて余裕が出来る事で次の問題へと時間を割く事が出来、徐々にルールを制定しながら問題が発生しない事で生まれた余裕を使って効率よく活動する方法になります。この状況からルールが現実とズレていく事でささいな問題から発展しやがて大きな問題を抱える様になると、その過程で徐々に問題に対処する為に時間を費やす事になり効率よい活動は出来なくなっていきます。性善説で語る事の出来る社会が性悪説で語られなければならない社会へと変貌してく過程では、警備員や兵士などの対策費が必要になり、リソースの消費を強いられ、本来なら問題に充てられる時間を有意義な活動に割く事が出来るにもかからわず、問題の対処に追われて活動出来ず効率が低下し、また、その問題に対処するだけの時間さえ奪われてしまう様になります。
そしてルールで制限していた時の余裕を持って作り上げたシステムの多様さの各所に問題が発生する様になるととても問題に対処しきれず混乱するだけになり、英断を迫られいくつかを切り落とす事で問題に対処する時間や資源を捻出する方法しか取れなくなります。問題が発生した時はその問題にだけ対処すれば良いだけでなく、問題に対処する事で本来ある展開との違いがどの様に影響するかが問題になってきます。ですからまず問題を発生させない事が第一になります。そして非情に行動してでもどの部分から切り離して対処出来る機会を得るかを先に考えておく必要があります。躊躇して対策が遅れると問題が深刻化もしくは別の問題も重複し、一部を切り捨てて対処すればまだ解決する可能性もあったものも、更に多くを切り捨てないと対処出来なくなる様になります。どの段階までシステムが破損したらどこまでの対策をする、という考え方がセキュリティには必要であり、社会そのものを失うか一部を切り捨ててでも存続させるかの判断が要求されます。
危機管理において多様性とは両面性を持ちます。例えば一つの主要な作物だけを育てる農家はその作物が病気にかかり全滅すると収入がなくなり破滅する事になります。しかし近縁種でない2つの作物を育てる選択をする事でどちらかが全滅してももう一方の作物が無事に育つ事で損失は出ても破滅を回避できます。また、ある目標に対して2つの別の研究でアプローチする研究グループを作る事で一方が可能性を失ってももう一方が達成するかも知れません。この様な利点がある反面、多様性とは、違うサブシステムを内部に抱えるという事になり、管理するコストが増大します。管理するコストが増大するメリットが最初の内はあるでしょう。しかしやがて利権と怠惰により形骸化し効率が低下するかそもそもの目的を達成して必要なくなったにもかかわらずそこに利権や生活の保障を求める為に継続されてコストのみを発生させる事になると、その分のリソースを他に回す事が出来ません。
私達が不完全である為に新たな知識や新たな技術を解明して使用する様になると、一つ解決したにもかかわらず変化した環境により新たな問題が発生する様になります。そうなると形骸化したサブシステムを抱えてコストが増大したままでは、リソースを充分に割く事が出来ずに対処仕切れません。問題に対する為の人員もそのほかの資源も別の場所に割いているので問題はなかなか解決せず手をこまねいている内に別の問題を発生させ、更に深刻な問題へと発展します。
この原因は新たな知識や技術によりシステムの与えるルールと現実との差が出来てしまう事にあります。
従来の3田圃式農法を4輪農法が駆逐出来たのは元のシステムである神の教えや先祖の教えにおける根拠部分が明確ではなかった為に権利を手放す選択になるとは思ってもいなかった事が要因の一つです。3田圃式農法が成立する環境とはどういった環境であるかを詳しく調べていない為に自身の属する集団内部だけで今までと同じルールで行動しようとしても環境の変化の前になす術もなく方法変更をしなければならない状況に追い込まれます。4輪農法は3田圃式農法との収穫量の差を用いて優位に立つ農法であり、皆が同じ農法をする様になれば優位性は失われます。その時に3田圃式農法の時にはなかった利益を得るのが商人であり、利益の一部を肥料を仕入れてくる商人に渡す事で収益を得る事になります。収穫量を多くしても差を作れず、3田圃式農法に戻そうにも競争に負ける為に、4輪農法のまま農業を続ける事になり、肥料を仕入れてくる商人は常に需要を得て利益を得続ける事が出来ます。
この様にルールを支えていた基盤が失われる事でルールを維持出来なくなり方法を変えるしかなくなる事は多くあります。
男が外で働き、女が家を守るというスタイルも共働きが主となると余程男性の収入が良くないと専業主婦として女性が家に居る事は難しいでしょう。好景気の時はともかく不景気になってくると雇われる側は契約で譲歩を迫られた時に、男女2人が働いている場合の収入と男性1人が働いている時の収入では差があり、より不利な条件も受け入れられる為に男女2人で働いている側は雇止めをされるよりは条件が悪くなる事を選ぶでしょう。もしくは雇止めをされた後に新たな職を探す時には以前より悪い条件でも受け入れるでしょう。そうなると男性の収入が減る事になれば、1人の男性に払う賃金が低下する傾向を示し、男性1人が働いている家庭は生活を維持出来たそれまでの収入を得られなくなります。そうなれば生活に質を落とすか女性も働きに出るしかなく、しかし生活の質をこれ以上落とすわけにはいかない場合には女性も働きに出るしかなくなり、そこに選択肢の余地はなくなります。男性だけが外で働くというルールが徹底されるのなら男性1人の収入が核家族を養う為に必要な水準から下がる事は社会が機能していればないですが、共働きという選択肢を用意した為に1人で最低限の収入を得る状況が2人で最低限の収入を得る状況を許容する状況になります。労働力の価値そのものが低下しているという結果になります。
夜の時間帯に仕事をする様になると、昼にしか運営していない店舗や機関にいく事が出来なくなります。それが行政機関などの必ず行く必要のある機関であればその人物にとっては問題になります。その様な職業が増えて来れば行政にも支障が生じ、やがて夜の時間帯や休日にも運営する様になるでしょう。そうなると全体の収益そのものは増えないが管理コストだけは増えるという状況になり、結果として、全体の収益が下がり、額面は同じですが内実の収入が低下する事になります。コストの増加は物価の上昇や税金の増加という形で現れ、以前と同じ額を貰っていても以前と同じ生活は出来なくなります。また、管理コストが増えるという事はそれを管理する者の収入も増えると同時に利権も生じる事になります。
この時、よく使われるのは既成事実を用いる方法です。既に悪い条件を受け入れるしかなくなっている状況をまず作り出せば、その後の結果は過去の結果から推測出来て利益を得る事が出来ます。対象は既に受動的に行動するしかない状況になっている為に、考えが足りずに他の選択肢があったという状況でもない限り、望む結果を得られます。例えば、男性1人で最低限の収入を得ていた状況を男女2人で最低限の収入を得る状況へと変える事で、負担を押し付けその差の分だけ労働力を安く買い上げ利益を得ようとするならまず男女2人で働くのがよりよい生活だと思わせる状況を作り出す事から始めます。好景気になって働けば働く程収入になるという状況を作り出し、するとここぞとばかりに男女2人で働く者達が出始めるでしょう。その後に好景気で無くなりさえすれば誰が主導するでもなく収入を得るために譲歩し続けるでしょう。ローンが認められる制度においてローンをしているならローンを払わなければならず男女2人で収入を得ていた前提で組まれたローンなら1人が働いて返済する状況にするのは難しく譲歩するしかない状況に陥ります。そうして誰かが譲歩した時から労働力の対価は下がり続けこれ以上下げれない所まで落ち込みます。また、競争原理において、良い生活は他者より有利になるための条件として存在してしまい、生活の質を落とすわけにはいかなくなり、男女2人で働いている状況で得られる収入からそれほど差がない収入を得続けようとして悪い条件でも譲歩して受け入れようとするでしょう。この場合も結果としては同じです。
結局、この場合にも到達する結果を予測する知性があれば問題は回避出来たと言えます。しかし集団の構成員全員にその知性を求めるとなると難しい問題になり、その為にルールは存在しますが、快感原則に従う形で今までのルールを破らせる事で、その後に状況を変えて、欲しい結果を得る人物は居ます。豊作を咎める者は居らず、多くを手に入れる事に問題のない状況を咎める者も居ません。しかし豊作だからと言って豊作を基準とした生活をするのは間違いでしかなく、好景気がいつまでも続くと錯覚するのも間違いです。好景気の原因が継続的な収入源を得て新たな収入源を加えた全体量に比例した規模になる過程での需要であるなら今までと違うルールを適用したりルールを緩和しても安定した状況に落ち着く可能性はあります。しかし、これがインフラ整備などの一時的な需要であればやがてそこに生じていた新たな収入源は必ず無くなり、維持費だけが残り建設費などは無くなります。するとその差の分だけ収入を得る事が出来なくなり、それが生活費であるなら生死を賭けた椅子取りゲームを発生させます。こうしてまた譲歩する展開になり、利権を与えてしまいます。
こういった問題の深刻な部分は、集団の中の弱者もしくは知性の低い者が騙されるか錯覚するかで行動してしまうと集団全体が同じ様に行動しなければならなくなる可能性があるという事です。悪人は一番弱い弱者から対象にして、得た利益を使って更に少し強い弱者を対象とする繰り返しの末に社会の中の強者を倒します。詐欺師が得た利益は次の更に大きな詐欺行為の原資になり、悪人の得た利益というのは次の悪事の原資になります。通常のルールだけでは悪人をのさばらせるだけになる事が多くなります。
こういった状況を回避そして先に牽制しておくために非常手段を持っておく事があり、貴族制度では貴族は強権を発動して領内の活動に介入出来るようになっています。しかしその介入は合法的に悪事を働く者にとっては不都合ですのでルールを盾に阻止しようとします。そこでひるまず行使するだけの勇気が貴族には必要ですがこれも見方によっては暴政です。悪人はルールの抜け穴や死角を悪用するので定型の法律では対処が難しく、常に何らかの非常手段は必要になります。それを持たない社会というのは悪人が有利になるでしょう。
刑務所で看守が囚人を監視したとしても1人当たりの管理人数には限界があり、全ての行動を監視出来ません。どこかに隙があれば悪事を働く機会を与えるのですから、小さな隙でも気づかれない様に悪事を成し弱者を屈服させて利益を得てその利益でやがて強者をも倒す様になります。刑務所と違う部分は皆が看守であり皆で維持する必要がある部分です。しかし悪人はその中で他の看守を屈服させて配下に加え徒党を組み乗っ取りを行います。
この表現を良い表現に変えると団体競技において、皆がプレイヤーであると同時にジャッジでもあるという表現が使われます。皆がルールを守ると同時に皆でルールが守られているかを監視する事になります。厳密なジャッジとプレイヤーの境がなく特権としてのジャッジが存在しない為にプレイヤー側がルールを守る気がないならすぐにゲームはそれまでのゲームと同じ様にはならなくなります。止める者がいなければ、止められる者がいなければ暴力手段でゲームの勝利をもぎ取る者の台頭を許す事になります。それが普通のスポーツやゲームなら、しなければ良いだけですが現実においてはしない事は死ぬかその集団の外に移動して関わらない様にするかのどちらかになるので簡単にやめる事が出来ません。また、皆でジャッジをするのですから大多数の側になれば自分達に有利な判断をする事が出来、時間制限などを理由に必ず結果を出さなければならない状況にしてしまえば多数決などの手段を用いて自分達に有利な選択をする事が出来ます。
この時間制限を理由に選択を迫る、というのも既成事実を得る方法の有力な方法の1つです。」
エールトヘンは締めくくる。
「個人の視点では、常に自身は個人の視点で物事を見ているので環境が変化した場合の影響は理解しやすいです。隣の住人が変わった、税金が増えた、街が荒れた、など自身の生活や住んでいる家などに与える影響とその原因は判断しやすいです。しかしそれも規模が大きくなってくれば個人の主観から見た情報だけでは判断出来ないものも増え、分かりづらくなっていきます。それぞれの立場にそれぞれの視点があり、権力を持つ立場というのは個人の視点よりも上の視点を持つ必要があります。お嬢様は貴族です。領地を家と考えて家の安定を考える必要があります。その為には個人の主観だけで物事を判断するのではなく多くの情報を基に客観的に判断する必要があります。その能力を身に付ける為にもさあ、今日も頑張りましょう。
今回の話をプログラミングで考えてみると世界環境がベースシステムで、その上にモジュールもしくはサブシステムとして国々が乗っています。そこに汚染されたモジュールが1個挿入されるか感染するとそのモジュールを通してベースシステムが汚染されます。そうなるとモジュールがどれだけ優秀でもその影響を免れる事は出来ず、そしてやがて汚染されるでしょう。対象とするシステムの健全性を保つにはそれを取り囲む環境にも目を向ける必要があります。それを怠り、やがてベースシステムが汚染された後、モジュールがどれだけ優秀でも籠城戦と同じ事をするしかなく、援軍、この場合は外部管理者による対策がなければ汚染されるのは時間の問題です。つまり、国という単位を健全に運営するには世界という単位での視点が必要になります。海洋汚染が離れた国に被害をもたらす様に、大気汚染が隣の国にまで被害をもたらす様に、悪人が他国に移住して被害をもたらす様に、身に余る知識を扱う様になった私達はかつてと同じ状態では居られません。
-->食料増産は人口増加に大きく影響し、戦争という物理的手段により資源を奪う事が出来る為に維持出来る最大数の人口を維持しようとし、食料を減産する方法を行う事は少ないです。
<--食料自給率を下げると、食料を依存している国に対して弱くなります。相手にわざわざ有意差を与える選択をするのは自虐的と言えます。なぜわざわざ減反政策してまで工業製品を売り、農産物を輸入するかと言えば、国を使い捨てフィルターにして儲けたいからです。国を弱体化させて弱くし、隷属化させて、自身は利益を得つつどうにもならなくなれば頃合いとみて亡命や移住、というのが効率の良い金の稼ぎ方です。工業製品の中には生産過程で高濃度の汚染物質を生成してしまいます。チタンなんかは有名です。以前から言っていますが物を作り廃棄費用を他者に押し付ける事が出来ればそれだけ多くの利益を得る事が出来ます。それを国を使い捨てフィルターにして行う、というのが現在の金の稼ぎ方です。企業は国をまたぎ、一つの国が潰れても別の国に逃げれば良く、それは昔からの大商人の手口です。商人は基本的に国を行き来するとその国に帰属しませんので後の事などどうでも良く、また、帰属していない事を理由にそれなりの扱いをされてきたので悪びれる事もなく実行します。商行為自体が国がなくなれば出来なくなるという事を薄々気づいていても元々が危ない綱渡りの上で行動してきたので死んだ時は死んだ時だ、と軽い価値観を持ち合わせてもいます。生産者がその場所に腰を据えて長い年月をかけて技術を向上させ精度を上げていくのとはそもそもの在り方が違います。
具体例の部分はもうちょっと良い例がないか考えたのですが、1日程度じゃ思いつく事もなく、今回の内容にしてしまいました。何か良い例があればまた修正するかも知れません。




