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S084 貴族は尻を撫でる

アーグ男爵は食堂へと向かう途中、お気に入りのメイドを見つけた。

そのメイドはアニーと言ってアーグにとっては最近出来た二号さんだった。

なんともあけぬけない素朴さがアーグにとっては本妻の厳しい態度と相まって魅力的に見えた。

ちょっとした功績で男爵に叙爵されたアーグは気分的にまだ貴族社会に馴染めず付き合いをしていても息苦しさを感じていたのだが、そんな時に購入した屋敷で働かせる為に雇ったメイドの数人の中にアニーは居た。何事にも一生懸命だがどこかそそっかしく慣れない仕事に勤しむ姿は少し危なげで、失敗しないかとヒヤヒヤして見ている内にいつの間にかアーグはアニーに癒しを求める様になった。

ある時、アニーがいつもの如く一生懸命掃除をしていたのだが、いまだ作法を覚えていないのかアーグが通りかかったのを気づいていないのか熱心に窓を拭いていた。そんなアニーを微笑ましくも思うが主人を前にその態度は良くないと思い、窘める為に軽く尻を撫でて通り過ぎようとした。

いきなり尻を撫でられたアニーは驚いたような素振りをして顔を真っ赤にしてアーグを見つめた。その姿がアーグには堪らず、優しい声で言い聞かせようとした時にアニーがもじもじとしながらアーグを見つめて言った。


「旦那様、ご所望ですか?・・・」


その可愛らしさに負けたアーグは思わず手を出し、今日に至る。

本妻は「まあ手遊びだ」と考えている様で子供さえ作らなければ良い程度にしか思っておらず見て見ぬ振りをしてくれていた。アーグが慣れない貴族社会で鬱憤を溜めこんでいるのは知っている様で、下手な失態を犯して没落するのは避けたい様だ。


そしてまたアニーは窓を一心不乱に拭いている。でもどこかそわそわしてチラリとアーグの方を見た様に思われた。そんなアニーの姿を可愛らしい催促だと思ったアーグはアニーの尻を撫でて通り過ぎようとする。アニーは尻を撫でられてやはり驚いた素振りを見せて髪を整えながらもアーグの方を向いて頭を下げた。アーグはそんなアニーを見つめ、以前よりましになったと思い微笑ましくもどこか少しだけ下卑た笑みを浮かべて窘める。


「アニー、どうにもまだ作法が出来ていないようだね。いけない子だ。すこしお話が必要なようだね。今からちょっと時間を貰うが大丈夫か。メイド長には後で話しておく。」


その一言にアニーは顔を赤らめながら上目遣いで言った。


「はい。御主人様のお好きな様になさって頂いて構いません。」


そしてアーグはそっとアニーの肩に手を回して誘いアーグの個室へと連れ込んだ。



ベネト子爵は帰宅して執務室への通路を歩いていた。

そうすると目の前に知り合いから預かったメイド見習いの淑女が掃除しているのを見かけた。

知り合いが言うには少し素行が悪く、行儀見習いとして躾けて欲しいと頼まれたので住まわせている娘だ。貴族令嬢として今までやってきてメイドの姿などまともに見ていなかったからそんなものなのだろうとベネトは思い溜息をつき少し肩を落としながらもその娘、アリシアに近づいた。

ベネトが近寄っても掃除を止める素振りも見せず、どこかふてくされている様にも見えた。どの娘も自分の意思で来なかったのなら大体はあんなものだと自分を納得させながらアリシアが正しい礼儀作法をするかどうかを確かめた。

しかしアリシアは何か考え事に集中しているようで心ここにあらずといった感じで掃除もおざなりにしている。ベネトが横を通過しようとしてもベネトに気を向ける事もない為にベネトはやむなく通り過ぎながらアリシアの尻をサラリと撫でた。


「きゃあっ!」


アリシアの可愛らしい悲鳴が聞こえ彼女は頬を赤らめながらベネトを睨みつけるも悪し様に罵る様な真似はしなかった。ベネトは心の中で『ほぅ』と感心し、目上の者に対して失礼な行ないは慎むといった少しは貴族令嬢らしい態度に軽く頷いた。アリシアはベネトが何を考えているかなど分かるはずもなく、もう一度触られるのではないかと警戒し背中を見せない様にしながら両手で前を隠し後ずさった。

その姿にベネトは慎みがあって結構、と思いながらもどうやらなぜ尻を触られたか分かってないようだなと思い、恐らくはメイド長のロレッタの話など上の空で聞き流したのだろうとも思った。だから仕方なくベネトは簡単に説教だけして立ち去る事にした。


「アリシア。その可愛いお尻を触られたくなければ主人や客が通る時は気をつけないとね。」


そういってベネトは立ち去ろうとし、アリシアはその背中を凝視しながら見送った。


恐らくはそんな事は口で言ってくれれば分かるのに、とでも思っているのだろうなとベネトは思う。だがしかしロレッタから説明されているはずなのに、口で言ってもらえているのにそれが出来なかった。ベネトや家人ならいざ知らず客人の前でそのような不躾な事をされてはベネト家の家名に恥を塗る事になる。そんな事になればアリシアには罰を与えなければならなくなるし、そんな事は望まない。だから口で言って分かるようになるまでは体で体感して貰う事になる。尻を軽く撫でられるのと鞭を受けるのとではどちらが楽かをまだあの子は知らないだろうとベネトは思い、また、でもあの子は多分後で癇癪を起して実家に苦情を入れるだろうなと苦笑しながら自室へと向かった。



モンテギュー伯爵はイライザをどうすべきか悩んでいた。彼女は知り合いの子爵の所で働いていたが子爵の勧めでこの伯爵家にやって来た。確かに推薦されるだけの事はあり、礼儀も作業も卒なくこなしていた。容姿も素晴らしくなぜこのような娘が平民なのかと疑う事もしばしばだ。


(あの顔立ちの貴族で少し前に種をこぼした者は誰か居たかな、ロラン?グエンドリン侯?いやヘティーも似ているか?)


モンテギューが考えても答えは出ないと諦め、当面の問題に考えを戻す。彼女の素質について、親が貴族であるなら説明がつく。礼儀作法も習っていない平民が綺麗な礼など簡単に出来るはずもないがイライザはやってのけたそうだ。そんなものは平民の日常に必要ないから習わないのだ。それでも上手く出来たというなら親の習性はたまた先祖返りか。そういえばその髪は親に似ず、ひいばあさんに似たとかなんとかも話していたようにも思う。

情報もなく証拠もない事を考えるのを止め、ここ3年程イライザを眺めていた結論をモンテギューは出す。彼女の血は取り込むべきで、彼女の血筋には貴族になる機会を与えるべきだと。そのためには機会を作らなければならない。そう思いモンテギューはイライザを抱く事にした。庶子でも認めるなら貴族は貴族。勉強出来る環境、質の良い生活を与えて私と彼女の子が立派に成長すれば貴族としてやっていけるだろうし、そうでないならそれまでだ。彼女が本当に拒むのなら無理強いはしないが、誰かを熱愛している風もなく平民の男と生涯を共にさせるなど勿体なくて出来ないとモンテギューは考えイライザに声をかけた。


「イライザ。今日の晩、私の部屋に来なさい。」


そのいきなりの言葉にイライザは驚き、どう答えたら良いか分からず立ち尽くした。


「無理にとは言わん。どうしても嫌なら来なくて良い。誰か好きな男が居たか?」


「いえ・・・。」


「そうか。来なくとも別に罰は与えん。良く考えなさい。ヒルデには話しておく。」


そう言ってモンテギューは立ち去り、その後ろ姿をどうしたものかと眺めるイライザが取り残された。




「というような事は起きるのじゃろうか?」


「なるほど。貴族の素行がどういったもので、それはどういった見られ方をするかという事ですね。」


「概ねそう。」


「貴族は古来より贅沢の限りを尽くすと言われますがそれは極一部に過ぎません。主には貴族が贅沢の限りを尽くしていると錯覚し、貴族になれば贅沢が出来ると妄想しやがて権力を持ち貴族になった者がそのような行動を取ります。」


「そうなのか?」


「はい。貴族というのはいわば単なるリーダーです。その領地を治めるリーダーで世襲制なだけです。なぜ世襲制なのかは、人物が変われば変化が激しい場合があり、また、悪逆の限りを尽くして領地を混乱させる可能性があるため、信頼と実績を積み重ねる事が出来た血統に任せる為に世襲制になります。貴族として長年培ったノウハウが領地経営に活かされ領地は安定し、その利益を領主は受け取る、という仕組みになり、領地を荒廃させれば領主も苦しくなり、領主が苦しくなれば領民も苦しくなる関係により安定を図る仕組みです。領地を富ました結果として増収しそこから利益を得、領地を荒廃させた結果として減収して損失を得る。だからこそ領主は領民や領地を保護するのです。そして領民も領主が領民を保護するからこそ領主の為に働こうと思う様になります。商人の様に相手が知らない事に付け込んで騙す様な形で利益を得ようとすれば領民は従わないでしょう。そうなると武力による圧政をするしかなく、領民は押さえつけれて反抗出来ない間は大人しいでしょうが領主が権力を失えば途端に反旗を翻します。その様な短期的な利益を求めて長期的なリスクを高める方法を取る領主は居らず、贅沢の限りを尽くすには領民の事など考えない短期的な利益が必要になり、頭の良い領主程分不相応な贅沢などしないものです。

貴族とは、リーダーとはトップに立ち、誰も導いてもくれず指示を出して貰い定型作業を行う様な事が出来ません。自身の考えで行動し、その結果に責任を取らなければなりません。間違った事をせず、誘惑に負けて損失を出さずに、平凡な日常を得るにも苦労が生じ、その結果を得る為に自制が必要とされます。失敗して謝って許される様な事は滅多になく、場合により失敗した結果として破滅する場合もしばしばあるため間違った後のフォローも考えて行動する必要があり、そこに無駄な贅沢をする余裕などありません。しかしその貴族の姿を見て贅沢の限りを尽くしていると錯覚した者が貴族になれば贅沢の限りを尽くし、これが貴族だと悪びれる事なく実証し、周囲を混乱に陥れる事がままあります。」


「でも贅沢な食事とか、靴が一杯とか服が一杯とかあるじゃろ?」


「それも本来の貴族とそれを見て錯覚した貴族による違いがあります。そもそも貴族がたくさんの靴、たくさんの服、贅沢な食事をするにはわけがあります。貴族は自領の維持と発展をする必要があり、自領を富ます事が貴族の役割とも言えます。自領の領民が個別に生活していても構いませんが、生き残る為に必要な情報を得て生き残る為の方向性を示す必要があります。領民が個別に行動していては集団の利点を活かせないために活かす方針を立てます。

領地を持つ貴族はその生産物を管理し、その収支により安定を図ります。現在の状況が好ましくとも将来的な資源の枯渇に対応するための準備や技術力の変化により今のままでは生活が立ち行かなくなる可能性も考慮して内需拡大を図ります。領地が農耕に適しているなら領内自給率を100%以上にして安定を保ち、飢饉や天候不順による変動を抑える為に備蓄し、余剰分を投資に回します。領内の技術の促進、福利厚生としての道や設備の整備といった方法を取ります。しかし農耕に適した土地ばかりではありません。しかし資源が存在すれば産業を興す事が出来て収益になります。そうやって領内における産業を促進させるための投資を貴族は行います。材料が領内で取れ、その生産も領内出来る品物であれば外部に資源も流出せずに技術力の向上を行えるでしょう。ですが技術力が高くなり、世界の広さが以前より広くなると品質の良い材料全てを自領では賄う事が出来ずに輸入する事になり、対外的な収受が問題になります。技術力で負け品質の下がった品物は他領では売れず、領内で消費しながら技術力を向上させる事になります。技術力の向上は難しく互いに競争はすれどもお互いに微々たる差を競い合う様になるでしょう。

もし食料を他領に高い割合で依存している場合、自領の産業が衰退すれば生死のリスクを高める結果になるために負ける事が出来ません。もしここに問題があるとすれば、それは食料自給率が100%を超えない土地だけで独立している事であり、そんなものははるか過去の話であり今更問うべき問題ではありません。そして私達は私達それぞれの事情があり独立しているのがほとんどであり、それは圧政から逃れる為に痩せた土地でも生活していたり、協力し合える集団としてまとまった結果として生活圏を形作っています。誰もが理想的な状況を望みますが誰もに理想的な状況を与えられるだけの資源はありません。もしそれを望むならそう出来るだけの規模まで数を減らすしかなく大抵はそう望み、考える者は減らされる側になります。現状で満ち足りている側はそんな考えなど持ち得ないからです。


では貴族としてどのような努力が出来るでしょうか。もし他の貴族が怠惰であるなら自身が規則正しい生活をするだけでも差が作られ領地は豊かになるかも知れません。ですが競争というものはお互いに真似出来るものは真似して行われます。そういった平凡な人物が考える程度の努力などは誰もが思いつき実行します。そうしている内に領内で才能ある者が活躍すればそれを起点に行動すれば優位に立てるでしょうがそのような事はなかなか起こりません。それを期待する時点で既に他力本願でありいつ起こるか分からないものに縋っている時点で受動的であり自分達の将来を預けるだけの根拠になりません。しかし技術力が高くなればなる程に、世界の規模が大きくなり母集団が大きくなるほどに求められる才能は高くなり自領で才能ある者が出現する可能性に賭ける事が現実的ではなくなります。何かの計画を進めて自領での人材育成をしているのならともかく、他と大差ない程度の対応であるならそこから他者と差を作れるだけの才能が生まれる可能性を信じるのは博打と同じ結果になります。その為、貴族は自身で行動しながら他の才能ある存在が出現するのを待ち、出現すればその支援をする事で領内を富ます様に行動します。


取引は微差で決まる事が多く、その微差で大きな取引が行われるならその微差で大きな差が結果として生じます。ですのでその微差を追求する事で他者に競り勝とうとします。

では貴族に出来る事はなんでしょうか。貴族は他の貴族や取引をする商人などとの交渉や為政を行う為に時間に余裕がなく、技術力向上の為の行動に直接参加する時間がありません。各分野の開発や向上や役割分担として担当に任せますが片手間でも支援出来る事は支援しようとします。

その一つに宣伝があります。貴族の集まりではモラルやマナーを尊び、積極的な宣伝はマナー違反になります。理由は簡単で皆が自身の利益だけを考慮して話せばまとまる話もまとまらないからです。貴族同士のパーティで、領内の生産物のアピールとして身に付けて参加し、マナー違反をしない為に自身からは言い出しませんが物の品質が良ければ周囲が目に止め、場合によっては興味を持たれて相手側から話を振られてそれに答える形で自領の商品の紹介が出来るかも知れません。また、取引には信用が大事です。資産的に苦しい領だと思われては取引相手が不安になりますので見栄というものも気をつける事になり多少は着飾って行動する事になります。その際、本当に微差を追求するなら資産的に困っていない、というより他よりも上手く自領を統治している証拠として季節毎に衣装を新調し、取引相手としては問題ないアピールをし、更に自身と取引すれば何か旨味があるかも知れないと思わせます。

競い合う様に衣装を新調し、そしてそれは領内の生産された物でありその宣伝を行う為の物であり、同じ物ばかり着ていては宣伝にならないので事ある毎に着替えてはどれかが興味を持たれて取引に結びつかないかを試します。勿論領内で服飾が盛んではない場合は他領の優れた物で着飾ります。商売は情報が重要であり、流行から取り残されていないという事は情報を確実に入手し常に状況の変化に気を配っている一つの証拠になり、情報を取りこぼし機会を失う様な失敗はしないというアピールにもなります。そういった人物同士でつながればお互いのフォローをしながらそれぞれの領地の安定を図る事ができるので取引相手としては申し分ない、という根拠になります。取引がお互いに利点があるならその関係を維持した方が効率が良く、相手が小さな出来事で取引出来ない様になる事自体が損失になるなら、教えない事で利益を得るよりも教え合う事で利益を得た方がより得策になります。


また、食事についても同様です。貴族は領内の技術力の発展と維持に努める為に水準が知らない所で下がっていないかを確認する必要があります。例えば食事は料理人の技術力を落とさずに研鑽させる為の献立にする事で、技術力の維持を図ります。また、領内の特産物を使っての料理開発もさせる事で新たな機会を創出しようともするでしょう。同時に領内の食糧事情に変化がないかを知る為に通常のありふれた料理を作らせるでしょう。領自体が困窮して出される食事の量が減ればその状況を知る事が出来、そうしたサインを出させる為にも料理人にありふれた食事を作らせる事もあります。しかしまた同時に常に正しい判断をし続ける為に少しでも負ける要因は受け入れられません。食事の質を一般的な領民と同じ品質まで落とす事は出来ず、その差で他者に負ける様では本末転倒になります。

大貴族であれば技術力を維持する為に、料理人に大量の品目を作らせる事があります。それを一部だけ口にして、技術力が低下していないか、使われている材料の質が下がっていないかを確認して食事をします。全てを食べる事が出来ないので残った物を召使に下げ与えますが、それは贅沢がしたいからそうなっているわけではありません。誰かに試食をさせてもその人物が信じられなければその情報は信用出来ませんので、自身で確認できる簡単な物は確実に自身で確認する方法を選択します。


ではその姿を領民から見ればどう見られるか、となります。常に着飾り、事ある毎に衣装を新調し、食事を作らせるが贅沢でかつ全て食べずに多くを残らせて捨てる姿は良くないものに見えるでしょう。クローゼットにはたくさんの衣装、靴を並べそのほとんどが一度着ればもう着ない場合があるとすれば贅沢の極みと思うかも知れません。その状況で領民が日々の暮らしに困窮すればその差は大きくなり、貴族の贅沢が領民の暮らしを貧しくさせていると錯覚するでしょう。


では貴族が競争に負ける場合はどうなるか。競争に負け取引を他者に奪われたとしましょう。領地内で食料自給率が100%以上であれば食べていく分には領内に籠れば良いでしょう。他より有利な特産品があるのならこの場合も多少の取引の負けは気にしなくて良いでしょう。

しかし重要な資源を他領に求めているならそれも出来ません。するとより他者に勝つための行動が必要になり、今まで以上の宣伝が必要になり衣装はより派手になり新調する回数も増え、取引を得る為に譲歩する形で不利な取引をしたならその不利になった分の補填を別の形でする必要が生じ、自領は豊かであり取引の信用に問題ないというアピールを過剰に行う必要性が出てきます。破滅しない為に現状の僅かに不利な条件を受け入れて目前に迫る破滅を回避するというその場しのぎの取引をし、その差を補う為に更に取引を増やします。その取引の信用で綱渡りをする様に信用を得る事で他の取引を有利に進めようとします。しかしそれもうまくいかなくなれば自領は困窮し領民の暮らしは悪くなります。


そうなると領民は、領民から貴族の姿を見てこう考えるでしょう。貴族は自分達の作った物を奪い取って贅沢の限りを尽くす敵だと。そうして苦しい財政に陥った領では領民がサボタージュ、最悪は反乱を起こし内乱に発展し圧政を敷くか貴族が放逐されるかのどちらかになります。

もしここで貴族が打倒されればどのような状況に陥るでしょうか。

貴族の屋敷を調べると贅沢の限りを尽くした結果が出てきます。クローゼットにはとても全て使いきれないだけの衣装や靴や装飾品。食事を調べてみれば贅沢な食事でかつ全て食べずに捨てる贅沢振り。貴族の行動というものをうかがい知れない領民からすれば領民の苦しみなど我関せずと快楽を貪った様に見えるでしょう。

さて、では領民は貴族からどう見えていたでしょうか。領そのものが他領に押されて不利な状況に追いやられている時にも危機感を抱かずに与えられた日常を過ごしているだけで何の対処もせずに誰かに任せておけば良いと思っている怠惰な集団と思われているかも知れません。そして貴族が妥当される原因を作ったのもその領の領民にも原因がある事すら分からない連中と思われているかも知れません。ただ日常を過ごしていて問題がないのは与えられたシステムに問題が生じず、生じても誤差と呼べる場合のみでそれは新たな技術の解明や知識の解明をしない、してもそれを適用する時には計画的に段階的に行う時だけです。段階的な方法が与える影響を極力無くすために時間がかかる方法であり、そのわずかな変化で反動を抑える事になりますが、民衆というのは支配に携わった経験がない為に新しい知識や技術をそのまま適用すれば良いと思い込みがちです。自身の目の前で行われ、自身も行い、それで問題がなければ社会に導入して良いと錯覚するのです。導入したものが社会の規模を基準にした時に果たして問題を生じないかが問われている時に自身から見た世界で、個人の主観で問題があるかないかを決めてしまいます。

自分から見た世界は今まで通りに問題無く過ごせていると、その周囲の変化で徐々にそのままでは負ける事も気づけないのですが、貴族様がどうにかしてくれると考えたままならそのまま取返しのつかない状況まで追い込まれてからやっと気づきます。故に貴族は産業を保護すると同時に、自己啓発をして向上心を持つ人材を探し出して支援する必要があります。それをせずに目先の利益で商人のやる様に有利な立場を利用して譲歩させながら、知識が足りない事を利用して有利に立とうとするなら人材は育成できずに貴族自身の首を絞める結果になりますが、大抵はこれに気づきません。こういった行動を取る時にリザルトセットを見てその真似をすれば同様の効果があると思い行動する為に、実際に必要な条件を満たしているかが分からないのです。そして自身もそうやって勝ち残って来たのだから後から後発の者も同じ様に這い上がってくれば良いと考えるのですが、そこに致命的な問題があり、新たな技術、新たな知識を解明するのは非効率であり、効率良く行動する事の真逆になります。競争に勝とうとすればそういった開発をする余裕はなくなり、そして勝者とは常に効率良く行動した者です。そうなると効率よく開発する方法が求められ、ただ単に既存の知識や技術で競争して勝った時とは勝つ条件が変わり、その違いを認識出来なければ集団という単位での競争に勝つ事は出来ません。個人での勝ち方とは違う集団としての勝ち方を求められている事に気づく必要があり、それが出来ないリーダーがトップになれば本来リーダーが取るべき行動を取っていない為にその集団は徐々に不利になっていきます。

簡単に例えるなら村人が王様になったとして、村人の考えのままに国を運営すればすぐに混乱するでしょう。ちょっとした甘えで浪費し、好き嫌いで物事を判断し、自分の目の前の事だけしていれば他は誰かがやってくれると考えても、誰でもないその人物が、他の誰かがやってくれると思って押し付けていた物事を処理する人物に該当しているわけで、しかしその村人からすれば王様なのだから問題事は全て他人に押し付ければ良いと錯覚します。立場が村人であった時は他の誰かに問題を押し付け結果として一番偉い王様がその問題に対処する事になり、立場が王様になった時には王様なのだから問題は他に押し付ければ良いと考えている矛盾に気づくだけの知性もないという結果になります。

そういった事を考えずにリーダーになった者はリーダーとしての活動においてその事実を知る事になり行動を改める事になりますが、ここにも問題があり、暴力手段によりその事実を指摘する者を排除し続ける事で事実から目を背け続ける事が出来ます。誰も指摘しないなら後ろめたい事もなく問題が表面化してどうにもならなくなるまで何事もなく過ごす事が出来、場合により問題が表面化しても誰かの責任にして生贄を捧げればその場しのぎが出来、本当にどうにもならなくなるまで事実から目を背け続ける事が出来ます。


さて、貴族だ王様だと言うから、雲の上の存在、自分がどうあがいても成れない存在と考え、彼らがどの様な基準で行動していたのかを考える事を放棄しています。もう少し例の基準を下げましょう。あるグループのリーダー、ここでは企業のトップを考えましょう。企業のトップが従業員に会社での規則を押し付けます。規則正しく時間通りに行動し服装も正せなどと言います。同時にトップは自由に行動する為に時間通りには行動しません。時間通りに行動していては機会を逃しますし、そもそも時間通りに行動して上手く行く根拠はないからです。定型作業により一定の成果を安定的に得るためには必要ですが、そう出来る環境を作り出す為に定型作業を行う事は出来ません。また、従業員は客か私用かを判別する為に服装を統一させられます。同時にトップは服装も自由で収入の差により服装の質も違います。

そしてトップは他の企業のトップや渉外担当と交友し、会食や談話や付き合いをします。見映えが悪いと相手側から見た評価も悪くなるのでそれなりの服装をし、装飾品も付け、会話を円滑に進める為に多趣味になったり遊びをしたり豪勢な食事をする場合もあります。


さて、従業員がトップになれないから雲の上の存在、自分がどうあがいても成れない存在と思いトップがどういった根拠で行動しているのかを考える事を放棄した後に、従業員はトップをどの様に見るでしょうか。自分達が我慢して働いているのに平然と遊び惚けて面倒事は自分達にまかせてトップはそれなりな態度で行動し、規則を押し付けて時間通りに行動させているのにトップ達は規則を守らない。自分達はあまり良くない食事をしているのにトップは豪勢な食事をしている、と考える可能性が高いです。

勿論、そういった本来ある姿を見て錯覚しトップになればそういった贅沢な暮らしが出来ると錯覚した者がその様な行動をしている可能性もありますおで、一概に錯覚だとは言い切れません。しかし、両者が存在し混同している可能性も否定し切れないのです。

さて、その企業が経営破綻したとします。そうなるとそのトップの行動で浪費したとされる行動は口実に使われるでしょう。それが企業としての活動を円滑にするために行なわれたものであったとしても。良い服、良い食事を、必要のない高い品質の服、贅沢な食事、と解釈する事も可能です。その状況を受け取る側に悪意があるならこうやって言い掛かりをつける事が出来、経営破綻させた側はその失敗により強く言えず、同時に従業員側は付け込む隙だと考え、客観的な判断をせずにリザルトセットにある必勝パターンを選択します。何かの要因で失敗したがその要因の一つはこれではないのか、と指摘するのです。お互いに良く分かっていなくとも何かしらの決着をつけなければならないから何かの理由が必要で、それが故に実際には違う要因だとしてもそこに根拠を求めるのです。

人は形に見えるものを見て、形に見えないものを軽視します。また、見たいものを見て、見たくないものを見ないようにします。思いつかない本当の根拠よりも、形に見えるもっともらしい根拠を信じます。思いつかないものは考える事も出来ず、それが自身の知性の低さ、知識不足に起因していても思いつかないから分からない、という状況を生み出します。

こうして池に落ちた犬を更に石で痛めつけるという様な状況を作り出す事になります。それが今まで自分達を雇用していた人物であっても自分から見た世界において悪だと判断したならそう行動します。例えそれが自身の知識不足から生じた判断でもです。


集団心理において、それが真実でなくとも正当性がなくともお互いに主張を認め合ってそれが正しいと錯覚し他者に襲い掛かる口実にする場合があります。この場合の主な原因は、普段からその人物達は誰かにお伺いを立てて許可を貰っている習性があり、その癖が抜けておらず、互いに認め合う事で、お伺いをして許可を貰ったと錯覚出来る可能性が高く、他者依存により普段から物事を判断していると言えます。良く分からないが周りから指摘されないから、罰せられないからして良いと思い行動している為に、自身の主張が否定されないならそれは無条件に正しいと思い込み、正当性があるかの客観的な判断をしなくとも正しいと錯覚し、相手も同じ主張をしている事で自分は間違っていないと安心し、その数が増せば増すほどに自分の主張は正しいと錯覚し正当性があるのだから相手側に是正を要求しても良いと考えます。その際に、本来はルール違反になる要求が行われる事があり、しかし、お互いに認め合う事でその要求が指摘されないから、罰せられないからしても良いと錯覚し、強制します。これを数の暴力と呼びます。そこにあるのは正しさなどではなく、物事を良く分からないし基準も作れず自信がないコンプレックスから他者依存を行う人物が持つ弱者の心理です。


そうしてトップ、リーダーを落として代わりに就く者はかつて自分から見たトップ像を演じて利益を得ようとし、贅沢な暮らしをするトップが完成します。そしてその繰り返しにより徐々に贅沢さは増し、限界になれば均衡しますがその負担はその配下にのしかかります。そして行動の基準は従業員であった時のままで、本来トップがしていた行動など知る事もなく自分から見たトップ像を演じ続けて自分を支持した集団と共に自滅への道を進みます。


例えば古来より村のリーダーは村の集会場や客人の宿泊施設などを管理する役割を持ち、管理の手間を省くためにその場所に住んでいました。それがいつしかリーダーは大きな屋敷を持って良い、村の集会場や宿泊施設はリーダーの所有物だ、という扱いに変化しました。リーダーの行動を見た人物がリーダーになれば大きな屋敷を持って良い、村のものを自分のものにして良いと錯覚したからです。当然リーダーもモラルが低ければ長年続ける内にそう錯覚するでしょう。

ですが同時に権力に群がる悪人を排除する為に一定の大きさを有して他者との距離を取れる安全圏が必要になり、大きな屋敷は必要とされます。大きな屋敷と言ってもその用途、目的があるのです。しかし誰かの行動を見て、知性の低さから錯覚したものにとってはそこに本来の目的を見ずに、自身から見た世界の根拠を付け足して行動します。大きな屋敷はすごくて威張れる、マウントポジションが取れる、と言った具合にです。また、誰かの真似をする事で、良く分かっていなくとも本来の目的を達成している場合がある為に、他者の行動を真似る事が多々あります。簡単に例えるなら、誰かに物を運ぶ様に言われたが良く知らない為にどれか分からないが籠の中身に必要なものが入っているのなら籠を持っていけば良いと言う感じで行動します。

勿論資産的な価値として保身の為に取得する理由もあります。しかしどの様な場合によっても共有財産を勝手に私物化するのは許される行為ではありません。

ではそのルール自体を書き換えてしまえば良い、と考えるのが悪人であり、地域によってはそうなってしまっています。」


エールトヘンが締めくくる。


「この様に貴族はその行動を曲解される事が多々あります。そこから逃れる為に「自分は悪くない」と言い訳できる行動のみで生活を形作る手もあり、また、誰かに責任を押し付けて逃げる方法もあります。しかしそれでは本来の目的を達成するには難しく、その場しのぎで時間稼ぎをしている事にしかなりません。ですので領主は領民の教育に力を入れ、知性を付けさせ、錯覚しない様に、間違った判断をしない様に、導く必要があります。高い技術力、知識を有する必要がある状況では求められる基準も上昇し難しくなっていくでしょう。技術力や知識を向上させながら問題を無くし本当の解決策を求めていく過程は、徐々に大きくなるマトリクスを常に正しく解いていく事と同じです。その場しのぎで一部のサブマトリクスだけを計算して対処してもその他の部分に問題を残し、やがてその問題で破綻します。新たな技術は新たな問題を発生させ、かつての問題のいくつかは解決するでしょうが生じさせた問題に対処する為にまた新たな技術が必要なのでは問題解決したとは言えません。しかし競争して勝つために効率を上げるには計算量は少ない方が効率良く、小さな規模での計算を行う事で優位な状況に立とうとする矛盾を生じさせます。こういった問題を含めて行動出来る様に、さあ、今日も頑張りましょう。」


前話の後書きの書き忘れですが、イ〇ク戦争の時、攻め込んだお米の軍をヨイショするマスコミがいらっしゃいました。その際に、攻め込んだお米の軍が占領した地域で、そこに住んでいた側が石油の油田に火をつけて延々と燃えている映像が放送されました。それに対して相手を悪と決めつけたいヨイショアナウンサーが「この場所を占領していた勢力が油田に火を放って逃げました。なんという行為でしょう!」の様な戯言を言っていたのを思い出します。単に、資源を狙って攻めてくる連中がいるなら、資源を与えなければ良い、と考え火を放っただけの話です。資源が奪えると思うから襲い掛かってくるなら資源を失くしてしまえば相手は襲う目的を果たせず失敗します。成功させてしまえばまた調子に乗って他を襲いますので、奪われるくらいなら失くしてしまえ、壊してしまえ、という考え方は至極妥当ですが、あえて偏向報道していたマスコミの職務を遵守しないその精神は異常でした。そんな偏向報道して誰を騙すつもりだったのか理解しがたく、都合の良い所だけ見て曲解して大義名分を作り出すのはお得意技の様です。そしてその結果が戦争を仕掛けた根拠である大量破壊兵器は見つからなかったという結果でした。そしてなし崩しに実行支配が定番です。さて、どちらがテロリストでどちらがテロ支援国家なんでしょうね?攻めた側は主要な先進国であり、お米の掛け声で集まった連中であり、お米はそれを支援したと言えます。

攻める口実があり、責めるだけのメリットがあるならせめて良い、と考える発想をするのがお米です。

それが言い掛かりでも事後承諾させてしまえば良いのです。皆殺しにするぞと脅せば誰か命乞いをするのでその人物を傀儡にして都合の良い発言をさせればほら、大義名分通りの正義が出来上がります。

どこに問題があるかと言えば、このような異常な行動を取れる人物を存在させてしまった事にあり、その後でどうこう言っても遅いという事です。発生してしまった害虫は排除されない限り作物を食い荒らす事を止めません。存在させた事に間違いがあります。行動が正しいか正しくないかではなく、その性質が正しくないから排除するしか方法がない、という事です。

で、ですね?この発想が選民主義の基本です。しかし現実として、存在させてしまったがゆえにイナゴの様に食い荒らす連中が大量に発生して社会を潰すわけです。片方を選ぶと極端になればエスニッククレンジングを引き起こし、片方を選ぶと平気で社会を潰し、どうにもならなくなると戦争を起こす、そんな集団を作り上げてしまいます。私達の在り方が問題で、私達の性質が悪いままに科学だと称して分不相応な力を与えた事に問題があり、それも今更遅い話になります。

酷い例えになりますが、猿に銃を持たせて撃ち方を教え、銃を向けると相手が怯えマウントポジションを取れ、餌を持ってこさせる事が出来ると覚えさせれば、猿はそれしかしない様になるのではないか、という問題と同じです。そこに善悪の判断はなく、出来るからする。その結果がどうなるかは考慮しない、という話です。


そういえばなぜかこのタイミングでロさんが領土問題を言ってますね。

じゃあロさんが正しかったかと言えばロさんにも疑問符がつくわけです。

チェを攻めた理由も相手に侵攻を阻止する防衛力がないからで、口実がありメリットがあるからそうした、となります。あれ自体は同時にチェさんが社会主義における共有財産を独立しさえすれば自分達の物に出来る、と錯覚して、そしてそれは恐らく外部の連中が誘導したでしょう。成功例としては、リン鉱石で出来た島で一つの国を成し、その国民全てが金持ちになった国とかあります。そこはすでにリン鉱石を取り尽くしてしまっている現状ですが。

誰がその利権を得るかで、他者を唆せば簡単に手に入るならそうするのが現代民主主義の基本です。

エジ〇トとか良い例になりそうです。

ロさんは占領した後の対応を間違ったと言えなくもないです。だからテロは起きるし相手を合法的に虐殺する結果になる選択をしたのでテロする側はそれ以外の選択肢がない状況になります。

丁度イ〇クで、悪しきテロ行為として言われている、女に爆弾を持たせて自爆特攻させる話ですが、戦争により財産や権利を失い、また、夫を失い、養い手を失った女が生活出来ないまでに追いつめられて自殺するしかない、という状況で戦争を仕掛けて何もかも奪った連中に何の恨みを持たないのかと言えばどうでしょうか。だからそういった人物は普通に戦えば物量差で相手に何のダメージも与えられないからせめて恨みを晴らすために自爆特攻するわけです。相手からすれば自身を死ぬしかないまでに追い詰め、その根拠は不当なもので、しかしその連中が何の罪に裁かれる事無く平然と暮らし、あまつさえ奪った物の上で幸福な暮らしを過ごして傲慢に笑っている姿を見て何も思わないはずがありません。

自爆特攻させておいてそれが悪しき行為だと罵る連中が平然と生きている世界です。ここは。

リザルトセットを見て、現状に似たものを都合の良い様に選択し、さも同じ状況だとまず自分達から錯覚し客観的な評価はあえてせず、それを他者に押し付け、否定するなら暴力で黙らせる。誰も否定しないから、問題は起こっていないと結論付けて居直る、というのもデファクトスタンダードであり、リザルトセットから抽出した方法です。悪しき慣例の繰り返しが現在を形作っています。

近代民主主義的革命により成立した国はその業を背負います。その成功体験がそれ以降の行動に影響を与え、打倒してしまえば全て手に入る、証拠は後からでも用意できる、と歴史が証言してしまっています。正しかろうが正しくなかろうが、自分達の主張を大義名分に出来れば襲って良く、勝ってしまえばどの様にでも言い訳は出来る、と言う行動がデファクトスタンダードになっているのが現代です。


とりあえずお米さんだけ悪し様に言っていると贔屓とか言われそうでどちらかの味方とか言われそうなのでかつての東西の両方について書いておきました。


さて、エジ〇トでの革命の際にも、またどこだったかイメ〇ダ夫人の話だったか忘れましたが、たくさんの靴、衣装があり浪費していた事を根拠として罰した事例がありました。それは果たしてどちらだったのか、という判断が客観的にされたかどうかは私には分かりません。罰した側が自分達から見た世界の主観だけで判断していない事を祈りたいです。


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