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S083 そこには確かに誰かは居る

先住民族の権利保護宣言


ジョン・マジノは深く、とても深くジャイヌの民に心から詫びなければならないと思いながらこの歳になった。杖をつき、介助人に助けられながら生活をしてきたがそれもどうやら終わりを告げそうだと感じる様になった。だからと言って彼の罪が消える事はない。彼の今の生活は裏切りによって成されたのだから。


ジョン・マジノ、その名を聞けば誰もが著作『シデリアン紀行』を思い浮かべる。彼は有名な作家だった。その書物は当時の民衆に物珍しさから売れ、大衆文学の代表作とまで言われ、シデリアン地方のジャイヌ民族との触れ合いや生活を描いたそれは心温まるものだと評論された。その内容に貴族や大商人も興味を持ったそうでジョンは名誉男爵として法衣貴族にまで成れた。

本の出版には大商人が支援し記念式典まで開いてくれ、そこで知り合った貴族達にパーティへ招待される日々が続いた。しがない平民だったジョンは見た事もない豪華な食事や衣装に驚いたり、令嬢方と知り合いになったり貴族の遊びに付きあったりと今まで体験した事もない数々を味わう事が出来た。その楽しさに我を忘れて遊びに興じていると貴族や商人達はこぞってシデリアン地方の事を聞きたがり、ジョンがシデリアン地方の文化や習慣を話せば貴族や商人達は余程娯楽に飢えていたのか大層喜び、ジョンは有頂天になって事細かに話したのを覚えている。

あの村ではこんな事があった、あそこでもてなしてくれた人の作る料理は旨かった、川を遡ると珍しい鉱石が採れる場所があって一緒に採取した、一見険しい山だが小さな通れる小道があった、などとシデリアン紀行では書かなかった事も交えて話す度にジョンは多くの貴族からパーティに招待された。


ジョンがなぜそこまでシデリアン地方の事に詳しいかと言えば、彼がほんの少しのきっかけでその地方を旅したからだ。平民が旅なんて、と思われるのだがジョンは家業を継げず行商人として生活する為の経験を積もうと旅していたのだ。流行りの物があればそちらに、旨い食べ物があれば向こうへと転々としてシデリアン地方に足を向けた。

暖かかった。それがジョンのシデリアン地方の思い出だ。ちょっとした海峡の先に入植した民族はジャイヌ民族と名乗っていて、彼らはジョンを余所者だと知っても受け入れてくれた。わざわざ海峡を越えてやって来る旅人は珍しく、彼らも外の世界の話に興味を持ち、ジョンも彼らの生活に興味を持った。ジョンがこの地方に来たのは偶然とも言え、旅の途中で知り合った青年がシデリアン出身で特産品の話をしていたのを聞いて物珍しさでここまでやって来た。

そうしてジョンは、農作業や力仕事を手伝いながらシデリアン地方を転々として彼らの仲間になっていった。季節季節の農作業や採集を季節の移り変わりに流れを任せて場所を移動しながら手伝い、「今年も来たか。お帰り」などと挨拶をして、「じゃあ来年も来るよな?旨い酒用意してるぞ」と別れる生活を繰り返し、冬はやる事も少ないので故郷に戻ったり、村によってはそのまま冬越しの作業を手伝う条件で住まわせてもらったりしていた。


そうこうしている内にジョンのそんな生活が実家に知られて実家の方がジョンに興味を持った。ジョンの実家も商いをしており、何か他より優位に立てる物を探していてジョンにそれとなく聞いてきた。それが始まりだった。

ジョンはシデリアン海峡を超えるコストさえなければ大きな取引が出来るのだがと実家の両親と兄、そして友人を交えて話すと、友人の1人が「本を書いてみないか」と言い出した。ジョンには話の才能があり面白い本が出来るだろうと太鼓判を押し、シデリアン地方に興味を持つ人物が増えて行き交いが増せば自然と道は整えられ海峡を渡る船もしっかりしたものになるだろうとその友人は言った。そうなればジョンを代表にして取引を行えばジョンの実家は大儲け出来るという話に皆が賛同してジョンは「シデリアン紀行」を執筆した。


その反響は凄かった。今まで見向きもされなかったシデリアン地方独特の文化は日常の退屈さを紛らわせるのに丁度良く、話の種にちょっとした旅行に行く者も出始めた。そうしてジョンは一躍人気作家になりジョンの事を知らぬ者はジョンの街では居なくなった。


ジョンは皆がシデリアン地方に興味を持った事を嬉しく思い、人の行き交いが増えれば物の取引も出来る様になりシデリアン地方で会った気の合う連中も暮らしが楽になるだろうと思いながらも、街で貴族や商人達との付き合いや実家の手伝いに追われたまま数年が経った。

ようやく人気も下火になり、貴族からの誘いも滅多に来なくなったジョンは、平民らしい生活に戻った、と独りごちながらシデリアン地方へと旅立った。

旅路は以前より楽になっており、なんでも領主が投資をして道を整備している最中らしく多少の我慢をすれば馬車での往来も出来る様になっていた。この調子だとすぐに取引出来そうだな、と将来の展望を思い浮かべニヤつきながらもシデリアン地方へと急いだ。


辿り着いた村は様子が変わっていた。排他的になりギスギスしてジョンの事は覚えているようだが以前の様に親し気に接してくる様な事はなかった。それでもなんとか話をしてみると、どうやら今までこの地方の事など関心を持たなかった領主が突然に使者を寄越し、統治官を置くと共に納税を強制してきたらしい。その頃から海峡を越えてやって来る者が増え、統治官の権限で地元民の了承もなく村に住み着き勝手に場を荒らし始めた。それ以外にも密猟、密漁、密採集、最悪は田畑の作物まで奪っていくのだから争いになり殺し合いにまで発展した。更に悪い事に統治官に税を良く納める方が優遇される為に地元民は苦しい立場に追いやられた。ジョンが知っていた者も何人か争いで亡くなっており、ようやくジョンは自分がしでかした事の重大さを理解した。


ジョンは単に彼らと取引をして自分も彼らも豊かになればそれで良いと思い行動したのだ。その結果は彼らを窮地に追いやり、ジョンやジャイヌの民以外が豊かになっていた。取り過ぎれば次の年に不足するから取る量も考えていた所に何も考えずに行動する者が大量に押し寄せイナゴの様にむしり取っていくのだ。獲物も減った所に税を要求され、新たに来た連中はやって行けなくなれば元居た場所に帰れば良いだろうがジャイヌの民は違う。どこにも行く宛てがないのだ。


ジャイヌの窮状を知ったジョンはすぐさま取って返し知り合いになった貴族や商人に彼らの現状を訴えたが誰からも色よい返事は得られなかった。シデリアン地方から帰ってきたジョンを彼らは暖かく迎えたが、いざ話がジャイヌの現状に何か支援して貰えないかといった何の得にもならない話だと知るとすぐに興味をなくし早々に話は打ち切られた。だからと言ってジョンはあきらめる事は出来ず、知っている限りのコネクションを辿ってはみたがジョンの望む答えが返ってくる事はなかった。

そんな折、ジョンが名誉男爵に叙爵される事が決定した。「シデリアン紀行」を執筆し、シデリアン地方の開拓と発展に多大なる貢献をした成果に報いる為と使者は告げて帰った。そんなものを貰ってもジャイヌを救う事は出来ないと溜息をつくもこれは直接国の上部に訴えかけるチャンスだと考え望みを賭けた。

国王に謁見する為に王都へと向かったジョンは上位貴族に出迎えられ式の段取りを仕込まれた後に式へと向かった。式の最中にジョンの成果が長々と語られる中、国が、貴族が、ジョンの成果をどう見ているかをジョンは初めて知る事になった。

シデリアン地方は海峡の前後の土地を指す小さな地方だと思われており、冬の厳しさもあってか調査もまともに行われず、海峡の先は小さな島のような場所だと思われていた。だが「シデリアン紀行」によって、海峡の先は島と言っても大きな島で冬の厳しささえどうにか出来れば充分に収益を確保出来る土地だという事が判明し、国は急ぎ所有権を主張する為に統治官を派遣して新たに知る事になったシデリアン地方の土地の正当な所有者である事を表明した。国にとってのジョンの扱いは新たな土地を探し出した功労者であり、土地としては厳しい環境にあるが国に新たな収益をもたらした功績は叙勲に値する、という事だった。

ジョンは自身のした事の真相を知り愕然とした。ジョンさえ「シデリアン紀行」を書かなければジャイヌの民はひっそりと生活出来たのである。いずれ誰かが同じ事をしたかも知れず時間の問題だったのかも知れないが、それでもその時間が今のジャイヌが抱える問題を解決する時間の余裕を与えたかも知れないのだ。いわば今現在も自分に対して良くしてくれた皆を殺している最中だと、ジョンにはそう思えてならなかった。


謁見では何も発言を許されず、記念式典後のパーティでも、ジョンの応対をした上位貴族をはじめ何か興味深い話が聞けるかと思って近寄って来た連中はジョンの話す内容が面倒な事でしかなかったのですぐに離れて行った。それでも残って話を聞いてくれる機嫌の良い人物というのは、今回の件で新たなポスト、新たな利権を得た者達であり、殊更にジョンを喜ばせようと接待してくれる。彼らにしてみればどうにか自分や身内を良い職につけようとしている所に降って湧いた良い話で簡単に手に入ったのだ。ジョンが何を言おうが話くらい聞いてやるといった感じでパーティでは終始そんな感じの態度で接してきた。パーティの主賓を盛り立てるには丁度良い賑わいを見せているからジョンが何を話していようが何の問題もなくパーティは進められて終わりの時間を迎えた。


またも望む結果は得られずジョンは途方に暮れた。ジョンは国から一生涯給金を貰う事が出来るようになったが、これではまるでジャイヌの民の命を啜っているのと同じではないか、と頭を抱え、しかしもはやジョンにはどうにも出来なかった。ジョンが命を賭けても国は変えられず、今もシデリアン地方に移住しようとする連中を止める事も出来ない。国の権力でジャイヌの民を脅かし、優位に立てる連中がジャイヌの民の言う事など聞きはしないだろう。


そうして、ジョンは何も出来ぬまま失意の日々を過ごし、数十年が経った。シデリアン地方に行けばその現状に心を潰されそうになるから行けず、かと言って忘れてしまう事など出来ず、そして諦め切れずに誰かに話すが誰も色よい返事もしてくれずに「また始まったか」と思えば話半分に聞き流すだけだった。旨味を求めてジョンに会いに来る連中もジョンの話がジャイヌの窮状の話になれば、聞きたい話とは逆と言っても良い内容なのですぐに見切りをつけて去っていく。それでも諦めきれずにジョンは話し続けたのだが、いつしか髪も白くなり腰も曲がってしまった。

遠からずジョンはこの世を去るだろう。しかしそれでもジョンには心残りがあり、死んでも死にきれないという思いのまま恐らくは天国には行けずに地獄で悔い続ける事になるだろう。だがそれで構わないとジョンは思った。ジャイヌの民が救われるまでジョンは地獄で苦しむべきなのだと思った。それがジョンに唯一出来る贖罪でありジョンの軽率な行動で苦しんで死んでいったジャイヌの民に比べれば軽いものだとジョンは心から思う。ジョンの知る限り、すでにジャイヌの民の数は激減し、多くはより奥地へと追いやられている様で知り合いの伝手で調べたがジョンの知る者達の行方も不明だった。


ジョンの長くの願いの形として、「シデリアン地方ジャイヌ民族の権利保護宣言」が成された。だが既に遅く、国は単なる体裁の為に宣言しただけだった。充分な利権を確保しこれ以上は効率が悪いから対外的な体裁を整えたいのだろう。だがそれでも何も無いよりまし、とジョンには思う事しか出来なかった。死んでいった気の良い仲間は天国に居て、会って謝罪出来ない事が心残りだが、これも自分の仕出かした事の報いと受け入れるしかない。


そして今日、ジョンは記念式典に参加する。




「というような事は起きるのじゃろうか?」


「なるほど。一つの行動を安易に軽率に行った結果として悲劇を招いてしまうという話ですか。」


「概ねそう。ジョンはやっぱり悪い事になってしまうのじゃろか?」


「善意の元に行動してもそれが誤って済む程度の問題であればまだ許されるのかも知れませんが、それ以上であればあえて口にするなら他者からは悪いとしか言い様がありません。」


「ふむ。やっぱりそうなるのじゃな?」


「ええ、残念な事に。もしそれを許してしまえばその結果が記録され、リザルトセットにあるその結果を見る者が同じ様にすれば多くの利益を得ながらもその対価も払わずに許され楽に生活が出来ると錯覚する可能性があります。そうなれば社会は混乱し、悪事を働く者程利益を上げる事になり善人は生き残れずに居なくなるでしょう。そう言った悪事を働く者が居ない、そう判断出来るだけの知性の高い者だけで構成される社会であればまた別の選択があるのでしょうが、錯覚しやすい者、あえて錯覚しようとする者を排除出来なければその選択は取る事が出来ません。甘い理想だけでは社会は成立出来ません。甘い理想を語って賛同を得ても、相手はその理想を実行する過程で生じる瑕疵を悪用して利益を得る悪意を持っているかも知れません。自分だけで行為が完成するとは思わずに他者の行為も考慮して初めて行為は成立出来ると考えるべきです。

この話の男性も、結果を予想する事が難しいとしてももう少し配慮があれば行動を慎んだかも知れません。行動を躊躇する原因にもなりますが、現実の世界では『した事はしなかった事にならない』のです。この言い方に気を付けておいてください。もし仮に言葉の意味を逆にしたがる様な連中がいましたらこういった文章でお互いの認識を試す必要が生じます。もしこれを逆の意味にするとしたら『しない事はした事になる』という矛盾の生じる文章になります。有無を互いが逆に覚えさせられている可能性を試す時にはこういった簡単な一つの文の中で同時に使う事で誤解を生じさせずにお互いの認識を確かめる事が出来ます。例えば追われている人物が『助けないでください!』と言いながら縋って来たとして、その人物は本当に『助けてほしくない』という意味でその言葉を使っているかどうかを判断する必要があり、その方法も出来れば知っておくべきでしょうし、そうやって言葉を逆にして他者を騙そうとする悪人が居る事も知っておくべきでしょう。


この男性のした事が一体何なのか。それは単純に言えば侵略する為の情報を他者に与えてしまったという事です。古来より他国を攻める時の一番の問題点は足りない情報です。足りている、つまりは既知の出来事は全てその結果が予測出来、それまでの経験や勘で対処も可能です。食料不足で困った事があったという経験から食料は多く用意しておくという発想につながります。しかし充分な食料を用意するにはそれだけの生産物が必要であり、それが出来るだけの豊かさが必要です。では充分な食料とは何でしょうか。食料が充分にあると言える状況は目的を達成するまでに不足しないという状況を指します。ではどれだけかかるか予想のつかない目的において充分な食料とはどれだけになるのかという問題に発展します。どれだけの日数がかかるのかという情報が不足している為に準備が出来ないと言えます。その足りない情報による計画と現実の差により計画とは違う予想外の出来事が生じる可能性があり失敗する事になります。

大きな計画程失敗した時の損失は大きくリスクが高い事になります。リスクを低減もしくは無くすために情報は必ず必要で、必ず成功すると言える状況にするには全てを知るしかなく、そこから足りない分だけ不確定要素が生じます。ですが私達は不完全である為に全ての情報は得られず、手に入れられる情報のみで行動し、また、手に入れられる情報のみで行動する手法を編み出します。主にはブラックボックス法です。全ての情報が得られずに情報が足りなくともその情報が影響を与える度合いにより必要か必要でないかを判断し取捨選択して計画の予想を立てます。以前にも言いましたが、りんごという果実かどうかわかれば良いのであればその具体的な品種まで知らなくとも問題なく扱う事が出来るという様な状況であれば行動出来、それと同じ様に必要な情報になるまで具体的に調べ、それ以上の精度がなくとも問題ない様にすれば知らない情報が計画に与える影響も誤差と呼べる範囲に収まるのではないかと考えて行動します。この行動を行うのは私達の意識の成り立ちから来る限界が生じさせており、私達の意識の在り方そのものが変わらない限りは同じ方法を行うでしょう。

では大きな計画程高いリスクを伴う為に、情報が足りなければリスクと成果のバランスが取れず、失敗した時のリスクが高い為になかなか実行出来ません。そこに新たな情報が伝えられたらどうなるでしょうか。新たにリスクと利益の再計算が行われ、リスクが低下しそれほど問題視しなくとも良くなり利益が出る予測が立てば行動は実行されます。

古来より他国に攻め入る際に問題になるのは、相手側の兵力とその地理です。兵力に勝っていても侵攻する土地の地理に疎ければ暗闇の中を模索する様に進む事になり、突然障害になる場所に行き着き、待ち構えていた敵に打ち破られます。また、自分達が進軍している場所は既に知った情報なので問題ありませんが、それまで通過してきた周囲の情報が足りない為に奇襲を受けるか食料などの物資の供給を分断され孤立し相手より兵数で勝っていても負ける事になります。この様に地図というのは守るためには相手側に教えてはならないものであり、攻める側にとっては勝つために必須なものです。地理情報がなければ博打をするかの如く、進軍した結果、奇襲に合わなかった、孤立させられなかった、という様に確認する拙いチャレンジアンドレスポンスをする事になり、そういった事を知らずに敵が居ないと考えて調子に乗って突き進めば、場合によっては相手も無策で勝てるかも知れませんが大抵は良い結果になりません。

また、攻めるのは何か動機があるからです。自分達が浪費して放蕩の限りを尽くして資源を枯渇させた後に、ふと他国を見ればそこに資源がある。ならどうやって奪うかを考える様になります。奪わなければ今までと同じ楽な暮らしも出来ず、また、枯渇させた為に資源を奪わなければ破滅する状況において、他国のどこに資源があるかの情報が手に入ったのなら、やはりここでもリスクと利益の再計算がされ、利益が得られると結論を出せば攻める事になります。


ですので何か新しい事をしようとする時は、以前に誰か同じ事をしていないかをまず調べる必要があります。リザルトセットの中に過去の事例があり、成功と失敗が存在するならそれを判断材料に計画を修正し、実行するかしないかを決める必要があります。今までの私達の積み重ねを利用しない手はなく、知ろうとする性質が知性であり、私達が同じ間違いを繰り返さない為に必要なものです。また、新しい事を起す時もそうですが、まず判断能力を養うために自身の経験と判断能力で思考し、どの様に分析出来るかを試す事も必要とします。常にリザルトセットにその答えがあるわけではありません。常にパパやママが手を引いて案内してくれるわけではありません。未知の出来事に挑む前に、挑む為の訓練をしておき、自身の出した答えと過去の事例に対する結果と反応を知る事で答え合わせし差を知り、行為行動する時の基準を調整し作り出す必要があります。これを怠ると誰かの作った基準でしか行動出来なくなり、それが間違っていても気づけない様になります。パパやママが『して良い』と言ったからして良い、と答える社会の構成員程危険なものはありません。


では同じ過ちを繰り返させたい場合はどうするかと言えば知識を隠します。以前に失敗した事例があり、その失敗により損失を出した者は居るが同時にその失敗で利益を得た者が居たとすれば、利益を得た側は同じ過ちを繰り返してほしいと思う可能性があります。そうなればその失敗の事例は邪魔でしかなく、隠す事で同じ過ちを繰り返させてそこから利益を得ようとします。

例えばある投資があって、一見儲かる様に見えるが一部に瑕疵があり、実行すれば必ず損をしたとします。しかし、投資の手数料、そして投資される額を受け取る側には利益になります。ならその失敗の記録を消し去れば、同じ様に別の人物が間違ってくれる可能性が発生し、また同じ様に利益を得る事が出来ます。自身が努力して微差で利益を得るより、降って湧いた様な儲け話というのは労力が要らずもしそれが何度も起きるならこれほど効率の良い事はないと考え、社会に損失を与え続けるのです。その行動は社会にとっては機能していない活動に等しく、その活動で利益を得続ける事は実際に活動している者の行動に制限を設けている事と同じになります。資源は有限であり、その資源が悪事により浪費させられる程に社会は可能性を失います。既に起こった事の成功と失敗は蓄積されて次の行為行動に活かされる必要があり、社会では同じ失敗を起さない事がその社会を含む集団の中で社会が競争する為に必要な事です。その浪費に使われる資源は本来は社会の維持や発展に使われるべきもので、悪事により不当な利益を得る為に浪費させられるべきものではありません。

そしてその使われ方は社会を疲弊させ、社会が乗り越えるべき問題を仮想敵と捉えると敵に利する行為となります。また、仮想敵ではなくとも、自身の属する集団を貶め、相対的に違う集団を持ち上げる事になり差を作り出し弱い立場にします。この悪用をする為に他の集団に入り込み悪事の限りを尽くして浪費させながら利益を得て、自身の本来属する集団を有利にする方法もあります。表面上は合法ですがこれまでに言いました悪事を行う方法を多様して利益を稼ごうとし証拠を残さない様に人目を逃れて行動するのでそういった人物を見つけ出す事は難しく、仮に見つけ出したとしても決定的な証拠が無ければ、悪事を気づかれては不味い人物の前ではまともな行動をして、そういった人物の監視の目が外れた時に悪事を働く為に監視している側が不利になります。監視をしている人物が監視だけを行える状態なら良いですがそういった人物はまず居らず、生活する為の活動の中で見張るしかなく常に看守の様な行動をして見張る事が出来ません。そうして悪人は悪事を働く隙を見つけて、悪事に気づけない者から利益を稼ぎ肥え太り、強い権力を有するとこれまで監視して妨害をしていた人物を排除し、更に悪事を働く事が出来る環境を整えます。

これは表面的には見えない内乱と同じであり、内部で裏切り行為が続けられているが合法であり、それを止める手段がなければ物理的手段の内乱と同じで収拾がつかずに混乱し続ける事になります。


そうして社会が疲弊して利益を稼げなくなると、悪人は元の属する集団へと帰り、その功績で良い立場を得る、という手法が存在し、搾取された社会はその損失を埋め合わせる為に多大な苦労をします。また、苦労しても元に戻らない場合が多く、|デフォルト[債務不履行]し戦争を仕掛ける以外の方法を失くしてしまう場合がほとんどです。この手法は小規模から大規模まで様々な形で行われるので注意が必要です。


また、侵略行為とは物理的な手段だけではなく経済侵略も一つの方法であり、合法的に他者を、少数側を抹殺するには良い方法になります。特に戦争に勝ち支配権を確立した場所というのは強権を活かして合法的に相手を排除しやすく、そしてその為に表向きは和平を受け入れます。物理的に相手を排除してしまえば周囲が危機感を抱き対処する為に、気づかれない様に排除して入れ替える手法が良く行われます。

その際に同化政策という方法が行われ、男系子孫を排除しながら女系子孫を残し、その配偶者に同化政策を行う側の男性構成員を割り当てる事により、そこに居た民族や集団の名称を残しつつ内部を入れ替える方法が行われます。主には男性を合法的に、場合により犯罪であっても支配が確立している為に強引に合法にして排除し、女性には同化政策を行う側の子供を産ませます。すると、その民族は消滅し、その名残として文化や習慣だけが残り、乗っ取られます。

さて、その後にその民族を保護する宣言などが行われたとして、保護されていますでしょうか。大抵において、こういった宣言は既に望む目的を達成した後に行なわれ、そこには保護されるべき民族は既になく、その民族を滅ばした側の集団が代わりに居る状況になっています。ではなぜ保護宣言をするかと言えば、後付けで既成事実を捏造し、自分達はその民族を滅ぼしていない、保護したのだ、と言う為です。集団の中の一方で、保護を宣言し、もう一方で保護をしてもらった、と口裏を合わせれば、滅ぼした事実は記録上から消滅し、その民族を保護したという記録が残り、時間が経過しても記録には罪そのものが残されていないので罪に問われない結果になります。また、その内部事情が分からない者にはそこに問題は発生していないと錯覚して放置する事になり増々悪人が利益を貪る状況が作られます。

では保護宣言などはどの様に悪用されるかと言うと、保護するためには予算が必要です。つまり、外部から資源を引っ張ってくる為に使われます。例えば国が保護するとしてその予算は税金から生じます。その保護対象の集団が既得権益層と利害関係が一致する集団であれば、自分達の仲間に資金を与える事が出来ます。雇用が必要だとされるなら雇用分の資源を獲得出来、文化的に保護が必要だとすればその維持に費用がかかり、その分の資金を利益として受け取る事が出来ます。そうすると、その集団以外の集団にとっては自分達に還元されない方法で、集められた税金を予算として徴収され損失を被る事になります。

この様な手法で雇用を創出して利益を得る事が出来、そして、ここで言いました様に既に乗っ取られているのならその民族の保護は出来ず、出来るのは形骸化した文化の保護と乗っ取った集団の生活保護になります。こういったなりすまし手法により乗っ取った民族の文化保護と称して更に利益を搾取する方法がありますので本当にその民族を保護しているのかどうか判断が必要になります。」


エールトヘンが締め括る。


「知識を共有するのは社会にとっては良い事なのですが、場合により情報漏洩になる可能性があります。その情報が誰かの権利を守るためのものであるかをしっかり判断して教えるか教えないかを決める必要があります。教える事で誰かの権利を侵害するもの、教えない事で誰かの権利を侵害出来るもの、教える事で誰かの権利を守るもの、教えない事で誰かの権利を守るもの、それらを区別する必要があります。とりわけ、誰かの権利を侵害するものが何になるかを知っておけば、自身の権利を侵害しようとする者がどういった情報を得ようとするか、もしくは教えずに気づかれない様にして損失を与えて利益を得ようとするかが分かる様になるでしょう。さあ、今日も頑張りましょう。」


ジョン万〇郎。


ニシン御殿とか知ってます?


-->現実の世界では『した事はしなかった事にならない』のです。この言い方に気を付けておいてください。もし仮に言葉の意味を逆にしたがる様な連中がいましたらこういった文章でお互いの認識を試す必要が生じます。もしこれを逆の意味にするとしたら『しない事はした事になる』という矛盾の生じる文章になります。

<--よくアニメで「そうアル」だとかの似非中国人口調がありますがこれを騙す為にあるようなものです。普通は肯定文の最後にわざわざ付け足さず、否定文に付け足します。効率の為です。だからそんな使い方をする人がもし日常にいたら「アル」に「有る」という意味ではなく「無い」という意味をつけている可能性があります。そしてその人物も騙されて覚えさせられている可能性もあり、相手とコミュニケーションを取ろうとするなら言葉は誤解のないように、錯覚させない様に使う必要があります。勿論アニメなどの影響で真似しているだけの可能性が高いのですので、曲解しない様にしてください。


なぜてん〇うには女系がなれないのか、はこういった理由です。だからこそ、女系が認められるように、徐々に徐々にと作り変えていきます。


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