S072 冷たい茶番
マルコフは憤っていた。
マルコフの友人らが表向きはマルコフを尊敬しているだの綺麗事を並べ立ててはいるが実際には裏でバカだ融通が利かないなどと罵っている事を知ってしまったからだ。
いつもマルコフに付いてきておこぼれを貰おうとする癖に実際はそれに感謝すらせずにマルコフを財布か何かだと勘違いしているのだ。
だからマルコフは決めた。
ここを出て行こうと。
住み慣れた場所ではある。見知った友人もいる。しかしあの連中と縁を切るには外に出るしかない。あの中の1人が領主の親戚で仲が険悪になると自分の周りにも迷惑がかかるかも知れない。だからと言ってあいつらに財布扱いされる気もない。だから他の所でやり直すのが一番だ。実績もなくなるようなもので一からになるがなんとかなるはずだ。
既に次の場所は見つけてある。運よく人手不足の場所があってそこでなら自分の力を活かせるから願ってもない場所だった。
そう思いマルコフは綺麗さっぱりと持っていけない家財道具一式を整理して出発したのだが様子を聞きつけてきた自称友人達が話を聞きに来た。
「おい、マルコフ。一体どうしたんだ、いきなり。俺らに相談くらいしてくれよ。何か悩んでたのか?」
「そうだぜ、マルコフ。水臭い。一旦落ち着いて話し合おうぜ、な?」
「ああ、話せば何か解決出来るかも知れない。そうだろ?さあいつものカフェで飲みながら話そうぜ」
などとマルコフを取り囲んではやかましく騒いでいる。
マルコフとて仲が良いつもりでやってきたからいまだに流れに任せてしまいそうになるがそこはぐっとこらえて、友人たちを押しのけるように突き進み吐き捨てるように言う。
「お前たちが裏で俺をどう思っているのかは知ってる。だから二度とこんなのは御免だ。じゃあな」
立ち去るマルコフを友人達は黙って見守るしかなかった。
やがてマルコフが見えなくなり、ただ黙って立ちすくしていた友人たちはいつしか忍び笑いをし、やがて声に出して笑う様になっていた。
「ハハ!行っちまったな、オイ。まあ潮時だったからいいんだけどな。」
「ああ、あいつをなだめすかしておだてて持ち上げて取れるだけ取ったつもりだしな!」
「友人の振りしてればあいつ気前良かったもんな。いやあ惜しい奴を失くしたよ」
「居なくなっちまったのは仕方ねぇ。次のカモを探すかー」
「ああ、だがその前に一杯やってこうぜ。なんと、俺のおごりだ」
「どうしたよ、気前良いな。なんかあったか?領主様からお小遣いでも貰ったか?」
「違ぇよ。マルコフの奴をだな、紹介した謝礼だ。あいつ多分気づいてないぜ?こっちでもう充分絞り尽くしたからあえて俺らが陰で悪口を言っているのを見せたって事をよ。そして次の場所を探してたからそれとなく知り合いのな、隣の領主んとこの部下に教えといた。後は向こうで勝手に見つけて話つけたそうだ。その後どうなるかは俺の知ったことじゃあないけどな。裏で繋がってるって知ったらあいつ驚くだろうな!」
「驚くどころかショック死するんじゃね?そうだ。じゃあ、マルコフの前途を祝して乾杯だな」
「ああ、行こうぜ。俺らのマルコフに乾杯だ。願わくばもっと何か美味しい目に会わせて欲しかったけどな!」
「というような事は起きるのじゃろうか?」
「なるほど。権力を使った監視の悪用というものですね。本来の権力の使い方を悪用して、それを行使される側がそんな使い方をするとは思っていない隙をついて行う悪事ですか。大なり小なり起こり得ます。」
「そうなのか?」
「ええ、残念ながら、大は国家、小は家族でも起こりますのでやはりそれを使う者の性質次第と言えます。これはあえて互いに監視する目的で経済的にも分離した二つの勢力でも起こり得る事でもあります。個人についての最たるものを述べますとこうなります。
ある人物Aがある地域で働いていたりします。その人物Aが悪事のターゲットとします。人物Aにはそこそこ能力がありアイデアを出したり出来るとします。アイデアを出す、という部分が問題でもあります。彼はその地域で働きながらアイデアを出して貢献しますが、やがてある程度のアイデアを出し尽くしたとします。そうなると周囲の人物達は搾り取るだけ絞り尽くしたと思うわけです。そして人物Aが出したアイデアを人物Aがいるなら自分達が出した事にして利益を得る事が出来ない、なら人物Aを排除してしまえばよい、と考えるわけです。排除出来てしまえば人物Aにかかるコストも要らず、また、人物Aが得るはずだった利益も自分達で得る事が出来るのです。そして人物Aが居づらいように圧力をかけ追い出そうとします。そうしながらもその地域を含むもう一つ大きな規模の地域で人物Aの処遇を決めます。他の地域で同じように人物Aからアイデアを絞り尽くしたいと考えた地域があればその地域に人物Aが本人が自然だと思いながら移動するように仕向けるのです。そうする事で人物Aが元居た地域は人物Aが得るべき利益を、そして新たな地域は実績を失ったがためにまた一から頑張る必要が出来た人物を得、そして人物Aは今までの実績を失くしてやり直す事になります。そしてそこでも絞り尽くしたなら次はどこだ、というようにして搾取する方法が存在するのです。これはアイデアやスキルに関してよく行なわれる手法です。スキルも見て真似る事が出来てしまえばそのスキルを奪う事が出来、そうなれば用なしと考え排除する方法があり、そうやって技術やアイデアを集めようとする人物は後を絶ちません。新たに開発費や教育費を払うより、誰かスキルやアイデアを持っている人物を一時的に雇って盗んでしまえばそれで済ませる事が出来、盗んでしまえば後は用なしで排除してしまえば自分達が元々抱えていた問題は新たなスキルやアイデアで解決し自分達も安泰になる、という方法が良く行われます。
このように権力を使えば本来出来なかった事も可能になり、その選択肢は広がります。そしてそういった権力を使い慣れていない者程そこに根拠を知る事がない為に魔の誘惑を受け、先ほど言いました様な悪事を働くようになります。普段使い慣れない権力という大きな力により自在感、全能感を得て何をしても許されるといった感覚を得てしまう事がより一層その誘惑を魅力的なものに変えてしまいます。つまりは使い方を理解出来ずに公私の区別がつかないという状況に陥るという事です。
では先ほどの人物Aはいつか報われる事があるでしょうか。それは社会の腐敗度によります。社会の腐敗が深刻で大規模であればある程に彼を利用する計画は規模を大きくすることで繰り返す事が出来ます。人物Aが自らの地域に見切りをつけて他の地域に移動します。そこでもやはり見切りをつけて移動しますが今度はそれら地域の外のより大きな地域へと移動する事になるでしょう。そこも腐敗していれば同じやり取りが行われるだけであり、それに人物Aが気づいていないだけ、という可能性が生じます。同じようにその地域でも見切りをつけてそれより大きな地域へと移動してもその地域も腐敗していれば同じようにやり取りが行われ人物Aが報われる事はないでしょう。人物Aが報われるには腐敗した社会の規模を超えるだけの才能が必要になってしまいますが、個人がそれまでに社会が蓄積されたリザルトセットの中でも目覚ましいかより大きな実績を挙げる事は社会が大きければ大きい程に難しくなってしまいます。
では社会が腐敗しないように完璧なシステムは組めるでしょうか。それも難しいのです。世界を大きく2分し経済的につながらないように構築して互いを監視しあい不正を行わない様にした社会でも腐敗を止められません。経済的に独立するという事は互いに利害関係が無関係だという事になりより客観的に評価出来るのですがそれでも瑕疵は生じるのです。それは私達が私達であるからです。経済的に独立していてもそれぞれの社会でそれぞれの地位にあり、保身や利益を求める事には変わりないからです。
どのように利害関係が無関係だと思える2つの勢力がつながるのか、を考えます。まず互いが監視し合い不正を罰する方法を行っている前提とします。勢力Aが勢力Bの権力者を罰するとします。しかしそこに権力者なりの苦悩による過失が存在していたとします。そして勢力A側の権力者は勢力B側の権力者に情状酌量の余地があると判断し罰を軽くします。しかしそれを正しく周囲、そして勢力B側の権力者が理解するでしょうか。そこに知性の問題が生じます。行動は行為を実現するための方法であり、行為として生じたものを形として表すための手続きになります。その行動を見て正しく行為を識別出来るでしょうか。毎回、起こる度に何度でも。やがてそこには錯覚が生じ、その内に勢力Bの権力者はその根拠を思い至らず、単純に手加減されたと思います。そうなると以前とは違う可能性が生じます。手加減される事で延命した権力者は同様の手口で互いに保身する事が出来ると思う様になるのです。そして次に勢力Bが勢力Aの不正を罰する時に手加減をするようになるのです。それもその根拠が理解されるかどうかは分かりません。しかしそれを何度も繰り返すうちに同じ価値観で行動する者同士がお互いの意図に気づき、互いに保身の為に手加減して罰を決定するようになります。こうして、互いに交渉したわけでもなく、互いに契約をしたわけでもない2者が同じ種族、同じ習慣、同じ価値観の上に互いを一つの行為を通じてつながり、そうならない為に分離したシステムに瑕疵を生じさせます。それは丸い完璧な水晶球に一つの傷がつくのと同じです。その傷から徐々に傷は大きくなり亀裂を生じさせやがて水晶球を破壊しまいます。あるいはある傷の無い板に傷がついてしまいそこに汚れがたまりやすくそこから劣化しやがて板そのものの機能を低下させるようにとも例える事が出来ます。布の一部が綻び、その綻びはやがて大きくなり布そのものの価値を失くしてしまう程になるとも例える事が出来ます。
このように経済的に完璧に分離したとしてもそこに利害関係を構築し繋がりを持ってしまうのが私達であり、システムだけでは腐敗を止める事は出来ません。システムは静的に定義づけられそれを運用する私達が動的に調整するからこそシステムは安定しうるのです。そしてその運用は高い知性を宿し常に改善する努力を示す事で維持されるのです。
知性はなく知識だけを持つようになると、明文化されていない部分に意識を向ける事はなくなり、ルールやモラルと言ったものを軽視する事になります。そうなると明文化されているものというのは明文化されていないものの取り決めを明確にする為のもので明文化されたものが全てではない事が分からなくなります。では全て明文化しろと言い出しますが、私達の心、世界の全てを明文化しろと主張しているに等しく、私達はそれを私達が生活する上でほぼ間違っていないだろう、という精度で表したものを基盤にして明文化をします。つまり明文化されていない事はスタンダードです。それをどこまで追求すればよいか、という部分で非効率であり、制限の少ない競争原理を受け入れた事でその方法とは相反しますのでそもそもが低い精度になります。
社会は刻一刻と変化し、その変化を常に追い続け定義を細かく調整し明文化し続けながら競争原理に基づき経済活動をする、というアクロバティックな行動を出来るならともかく、競争原理により時間をかけてでも定義を精密化する方法を排除した後では難しい選択になります。これも幼少時からのテストなどで優劣を決める競争による弊害です。全ては明文化されていてそれを扱うだけで良い、という習慣に囚われる事になります。天才は世界を見て知識を身に付けますが秀才以下の凡人はシステムに与えられた知識を見て知識を身に付けます。そこにある差はここでは割愛します。
つまり知性はなく知識だけを持つようになると、それぞれの概念の根拠部分にまだ明文化されていない根拠があり、その部分で他の根拠とつながっている為に制限されている行動を理解できないようになります。そして明文化されている部分だけを見て行動するために制限が外れ、ルール違反などを平然とするようになり、明文化されている部分は遵守しているから"自分は悪くない"と言うようになるのです。しかし、誰がその人物の為に世界の全てを把握、分析し全てをリアルタイムに明文化して提供出来るでしょう。また、提供する必要があるでしょう。そこにその人物の甘えが存在します。本来は自身が世界を見て分析し、他の者と一緒に定めたルールをほぼ間違っていないだろうという精度にまで向上させ社会活動をするのが社会人としての活動です。それを誰かが全て与えてくれると錯覚して明文化した部分だけを見て自身の欲望を基準に行動する事を誰も許可はしていないのです。
しかし私達は身体的にも未熟な状態で知性としても知識としても未熟な状態を通過します。その時には足りない知性と知識の為に他者から制限を与えられルールに従います。その時に明文化されていない部分による間違いをしてもそれを指摘され修正されるだけで特には罰せられません。過失の重さは関係しますがここでは問いません。それを経験した結果、身体が成熟した後になっても同じ習慣で行動しても良いと錯覚してしまうのです。その際にそれまで間違っていても指摘されなかった行動は間違ったまま実行されてしまいます。しかし先ほどの明文化もそうですが、誰がその人物の為に逐次監視をしてその間違いを指摘し修正をしてあげる必要があるでしょうか。教育にも限界があり本人にその意思がなければ、知性を育もうとする意志がなければ効果は低いものになります。たった1人なら可能なのかも知れませんが全ての人物を同時に同じ様にすることはまず不可能です。
つまり社会に出て社会活動をするまでに与えられたルールの中で生活をする間に、明文化されていない根拠について自身で考え、知性を育み、社会に適応出来るようにする必要があり、誰もそれを代わりに行なってくれません。そして周囲の者がしてやれる事はルールを教える事と間違った時に指摘する事、知性を育む為の要因や材料を提供するだけです。後はその人物が自身で行う必要があり、誰かが与えてくれるものではありません。勿論そういった環境が整っているかどうかも本人の成長の度合いに関係しますがここでは割愛します。
これを怠った結果、その人物は明文化されていない部分は自身の欲望などで勝手に決めて良いと判断するようになり、"1から100まで言わないと分からないのか"と批判する事になってしまいます。この言葉には別の悪用方法として同じ状況を錯覚させるものがありますがここでは割愛します。
そしてそういった人物、知性はないが知識はある人物は明文化されていなければその曖昧さを悪用して悪事を働き、明文化されれば明文化されていない部分が曖昧であると考え欲望を付け足して悪事を働きます。しかし競争原理はより多く暗記する事で多くの知識がある実績として評価し、その結果としてそれぞれの知識の根拠や整合性は考慮されなくなり明文化されていない部分については何も考慮されなくなります。そして意図しても意図しなくとも行動として形を成しそれを他者が見てその知性と能力の度合いによって推測します。その結果として罰せられないならその行動から推測された行為は推測した側のモラルやマナーの意識の度合いによって"して良い"と判断される可能性があり、実行しても罰せられず効率が良く利益も出るならデファクトスタンダードとなり常態化します。そして不正がはびこる事になります。」
そしてエールトヘンは締めくくる。
「さあ、お嬢様。お嬢様は世界の初めからいるわけではありません。全ての物事は途中にあります。最初を知らなければその成り立ちが分からないものもあります。ですので常に"なぜ"と考える習慣をつけてください。それは同時に速さを落とし効率を低下させますが、理解度が足りない為に自らが間違った行動を取っている事に気づかなかったり、不正に気づかない為に見過ごしたりするよりは良いでしょう。特にお嬢様は貴族です。管理する側が知識だけを持って状況分析出来ないのであれば不正ははびこり、そしてお嬢様自身もいつの間にか不正に関与する状況になるでしょう。物事は|根源[ソース]を辿りどのような理由で出来たかを知る事で未然に間違いを正せる事があります。さあ、その為にも実のある勉強です」




