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S071 続・ポイント持合制推定有罪

今回のエールトヘンのお説教は自分でもどうかなーと思う内容になってしまいました。


エナは今日も失敗に巻き込まれた。

どうにも最近皆が失敗しすぎなように思える。

互いに庇い合うがその回数も増えると皆の雰囲気も険悪になってくる。

それをエナは明るく励まそうとするがどうにも皆の反応は良くなくエナにも険しい目つきを寄越す。

しかしそれを気にしていては仕事にも影響するから今日も明るく元気に頑張ろうと気合を入れて作業場に向かった。

エナの作業場は班編成をしているがその時々でメンバーを変えて対応するようになっていた。皆が生活の都合上色々と不規則になりがちで、やれ子供が熱を出した、やれ旦那が怪我をして介抱する、などと色々とあるので普段から固定メンバーにならないように多少は組み替えていたりする。

そんな調子で独身のエナはそれほどの問題は出さずに今日までやってこれた。子供も居なければ旦那もいない。ちょっと時折前日の付き合いでハメを外しすぎて遅刻しそうになるくらいだ。


そうして今日も作業場へ来てみると皆の雰囲気は相変わらず険悪だ。

そしてなぜかエナを見る目もどこか冷たい気がする。

すると責任者のジェフリーがやってきてエナに事務所に顔を出すように行って来た。

エナもとりあえず作業の準備をしたらすぐ行きますと答えてから着替えて道具を確認してから事務所へと向かった。

事務所にはジェフリーが待っていて他の事務員は居なかった。

エナが何の用だろうと思っているとジェフリーが言いにくそうにしながらも要件を伝えてきた。


「エナ。申し訳ないが君の雇用を来月で打ち切る事にした。どうにも最近の不況で色々と苦しくてね。まだ若い君なら他にも働き先があるだろう。済まないね」


エナにはショックだった。今まで頑張って働いてきて失敗らしい失敗もしていないのに雇い止めされるとは思っても居なかった。でも確かに他の子持ちのメンバーをいきなり雇い止めるとなると自分の境遇を除いて考えればかなり苦しい選択になるなぁとも思った。

それでもやはりショックなものはショックで、ああ、少しの蓄えはあるがどうしようかと考えるが雇う雇わないはジェフリーが考える事だから自分ではどうにもならないと諦め、前向きに考える事にした。


「はい。分かりました。ショックですけど。じゃあそれまではいつも通りでいいんですか?」


「ああ。よろしく頼むよ。」


エナは尋ねジェフリーは揉め事にならずにホッとした様子で答える。ジェフリーにしてみればもう少し揉めるかと思ったのだ。事が事だけに。そして伝え聞く様子から考えれば。

意気消沈したのが丸わかりのエナをジェフリーは少し可哀想だなとは思うがこちらも色々とあるのだと思い直し励ますだけに留める。

そしてエナが立ち去った後にジェフリーは思い返す。


どうも最近エナは失敗が多かったようだ。遊び過ぎかどうかは分からないがエナが組み込まれた班ではミスが多く、ミスはエナが班を移ったらその班で起こるので、皆は庇い合うがどうにもエナがその原因なんだろうと推測は出来た。遊び過ぎて作業が疎かになられると商売にも影響して困る。ただでさえ不況でやり繰りが厳しいのだ。不安要素は減らすしかないし、どのみち少し給与を減らすか誰か雇止めるかしないといけない状況に追い込まれていただろう。なら丁度良かったのかもしれない。


ジェフリーはそんな風に思いながらもエナを雇止める事を気まずくも思っていて、ミスをしたならしたできっちり教育してあげるのも雇い主としては必要なのかも知れないが今はそんな余裕がなかった。だからもうきっぱりと諦めて自身の出した結論を受け入れる事にした。


エナは作業場に戻り今日の班に入って作業を行った。

そこで今日あった話をして皆に「あと少しだけどよろしくね」などと伝えたら皆も「さみしくなるね」、「まだ若いからどうにでもなるよ」、「あんたなら他でもやってけるよ」などと励ましてもらった。

やっぱり皆良い人だ、とエナは思いながら、最後まできっちり働こうと思った。

そして皆はやはり口々にこう言うのだ。「さみしくなるね」、「まだ若いからどうにでもなるよ」、「あんたなら他でもやってけるよ」と。それは確かに皆が優しいからそうなるのかも知れない。そこにある事情さえ知らなければ。




「というような事は起きるのじゃろうか?」


「ああ、なるほど。これも相互信用の悪用ですか。前回とはポイントの方式を変えて考えましょう。今回は9点溜まるとアウトにしましょう。10人居てその中で失敗して1点の加点となり9点でアウトです。ではそれをどのように悪用出来るか、という事ですが、例えば2人作業がいくつかありますが対象とする作業には常に人物Aが関わっているとします。総当たりで考えましょう。その作業で失敗があったとします。人物Aと人物Bが作業をし失敗して2人は1点の加点になります。次に人物Aと人物Cが作業をして失敗し人物Aと人物Cが1点の加点になります。それを人物Aに関してだけの総当たりなので9回繰り返します。すると結果はどうなるでしょう。人物Aが9点、他の人物は1点、という状況が出来上がります。こうして人物Aが善良であろうと悪人であろうとアウトになり退場させる事が出来ます。そしてそれは人物Aが失敗していなくとも、つまりは本人に瑕疵がなくとも可能なのです。

こうした状況においてはその失敗が誰の責任かを厳しく追求する必要がありますが厳しい追求は互いを険悪にさせそれも効率を下げる要因になりますが、こうやって責任の追及をせずに曖昧にしたままでは悪用される危険性を持つのです。しかし連携作業における失敗というのはどのような要因で失敗したのかという部分が分かりにくい場合が多いです。意思疎通のミスが関係し、どちらがする事になっていたか、どちらがするつもりだったのか、どちらが用意する予定だったのか、どのような意味で話したのか、などの良くコミュニケーションを取り長年の経験を通して細部を整えていかないと失敗しやすい事が原因になりやすくその部分を問題の焦点としてしまえばどちらに過失があったのかは分かりづらくなり、相手が故意に起こしたとしてもそれを立証出来なければ何割かで過失の責任を負わされる事になるのです。

そうなると対象の人物のどこか、性格にクセがある、行動にクセがある、などの問題があってそれが失敗の原因があるのではないか、と推測される事になります。これもリザルトセットの悪用です。過去にそうした問題を起こす人物が居て皆が庇い合い明確には分からないがその人物の移動に合わせて失敗が起こる箇所が移動するためにその人物が問題の原因だから対処する、というものを悪用して、対処させたい人物が移動するのに合わせて失敗を起こせばさもその人物に問題があるかのように見せかける事が出来るのです。


こういった事を止めさせるには知性を付けさせるしかありませんが、それが実に難しいのです。社会システムに知識を与えて貰え、システムそのものに従っていさえすれば大抵の問題を解決出来る状態では、"従っていさえすれば"、つまり考えなくてもほとんどの事がどうにかなるのです。そしてここで言いました悪事をなぜしてはいけないかが漠然とでも分かるレベルに到達するには高い知性が必要になります。自身の保身だけを考えれば友好な手段ですが自身を含む全体の効率や環境維持を考えれば行う事は非効率で状況を悪化させるだけという事は、普段から物事を知ろうとして知識同士の関係性を理解し整合性を向上させるようにしなければ知る事はなく、そして知性が低ければそれを他者から指摘されても自身の保身の為に有効な利益を上げる方法を妨害して生存の邪魔をする存在という認識程度にしか受け取られません。しかしそのような人物も周囲の人物や環境がそのような行動を取らざるを得ない状況を作り出している可能性も否定し切れません。環境そのものが蹴落とし合いを容認する状況であるために蹴落とされない為にあえて周囲に合わせて行動する場合があります。このようにその状況の分析が必要にもなってきます。

しかしそれでは社会における根本的な問題が解決しません。だからこそ教育では暗記ではなくその根拠となる原理や定理を教える事に重点が置かれます。勿論、その状況を悪用して、暗記させて"根拠を知った上でそれだけの物事を覚えている"とみせかけて差を作り出す事も行われ、優位になる事が多々あります。行為は形に見えづらく、その表現としての形が同一なら錯覚し混同しやすく、そしてそれ以外に識別する方法がないなら分離できず、そして現実は時間の問題で判断そのものを必要に迫られ、同じであるとせざるを得ない、という状況を悪用するのです。しかしそれは本来のやり方ではなく、社会システムの維持を切り離して、ただシステムに従っていさえすれば生活出来ると思い込む人物を作り出す事になり、社会を維持しながら正常に機能しているかを検証しながら生活する事を忘れさせます。そして不正が公然と行われても無関心のままに自身の生活だけに注力しその矛盾が社会に問題を生じさせ争いを生み出しても自身は問題ない行動をしているつもりにはなれているので"自分は悪くない。無責任だ"と言うようになるのです。

しかし時間の問題で必要に迫られ暗記しただけの人物を競争の結果として認める事になり、そういった人物だけが残る事になります。よほどの天才でなければその知識がどのような経緯でどのような人物がどのような視点でそれを定義したかを解明しながら覚え、それがどのような欠陥を持ち得るのかまで調べる方法で、表面だけなぞれば良いと思って覚えている者と勝負をして勝つ事は難しいのです。そうすると勝負が決定して勝った後に足りない部分を新たに補填するという方法になります。しかし、勝負に勝てばゴールだと思っている人物ばかりが暗記に頼るために勝った後にその足りない部分を補填する事はまずないのです。これは教育においてテストをして優劣をつけて競争をさせる事の弊害です。競う事である程度の物事は覚えるのでしょうが、与えられた範囲を覚えるだけで良く、それに対して結果が出て、また、その結果に対して何か褒美を貰えるという枠組みの中でそれさえしていれば良く、その先も同じであると錯覚させるのです。社会での活動というものは世界を、現実を見て分析判断し、持っている知識を適用出来るか、適用出来ればどれだけの成果が得られるかを考える事であり、与えられた知識を使っていれば必ず成果が出ると考える事ではありません。与えられた問題に既知の知識で答えを返してそれが問題ないから『自分は務めを果たした』から無責任だ、と考える様ではまだ子供なのです。しかしその基準は高い能力を要求し、皆がそれに臆し自身の保身の為に先に述べた低い基準で物事を捉え庇い合う社会を構成する事になります。そして現実を見ているつもりで与えられた知識を通して現実を見て、実際には現実を見ないで物事を決めるようになり、現実と個々の私達の意識の中の現実とが乖離し始めます。更にその状況が容認されると現実を見ないでもルールや知識に従っていれば何をしても容認されると錯覚し容認されればどのように行動しても社会に悪影響は与えないのだと思い込む様になり暴走を招き誰も社会の現実を見ないようになるのです。『自分はルール通り従った』から無責任であり求めた結果も得られた、から後の事がどうなろうとそれは自身の関与する事ではない、と思う様になるのです。そして押し付け合いが始まります。

このような考え方の錯覚の元は緊急避難的措置にあります。急な問題に対してそれ以上影響を広げたくない為に、手続きの省略や資源の浪費を行なってでも強行し最優先の問題を解決してしまうという方法が解決した後に解決した問題以外を残し、かつ最優先した為に発生した問題も残したままに一旦は完了とみなされる事にあります。これを社会の基準で行えばそれは社会活動と呼べるものかも知れませんが、個人の欲望や保身により偏向した場合に、先程のような行動になり、『自分はルール通り従った。無責任だ』と言う様になります。しかしそれでも個人的には保身の為の緊急避難的措置なのです。そしてそれが容認されればその方法が効率の良いものとなり常態化し、皆が当然のように同じ行動を取るようになります。罰せられないなら、そしてそれが効率が良いならそうしないと競争に負けるからです。

これを止める方法はとても難しく、詳細なルールの定義が必要であり、それを運用する者の能力が必要になり、それは社会が高度になればなるほどに高い能力が要求され、そして競争原理に反します。競争に勝つなら制限は少ない方が良く、制限が多ければ制限が少ない時と比べて効率低下を招き負けます。


『自分はルール通り従ったから無責任』という考えはその在り方の問題だという事を考えた事もないものには分かりません。パラダイムシフトと言えばそうですが意識の変革が必要であり、それは子供から大人になる変革だと言えます。誰かの言う事に従っていれば生活出来ると言う状況から抜け出し、自分達で社会を作っていく、という考えにシフトする必要があるのです。もちろんそこにもリザルトセットの悪用はありますがここでは割愛します。

暗記した所でそれで検証能力、判断能力がつくとは言えません。なぜなら検証されたくないならその方法、知識を隠せば良く、隠されたものは学べないので暗記出来ません。そしてそれが社会活動に必要なものだとしても知らないから自身が瑕疵のある行為をしているかどうかも分からず、そして検証能力がないから気づけない。それを"蛙"と表現する事もあります。蛙は止まっているものは認識出来ず、動いているものしか認識出来ません。食べる対象のものは大抵は動いているからそれに特化しているのです。そして動いていないものは認識出来ないという部分を引用して、自身の目に見える範囲で分かりやすい物事以外が変化している事に気づけない人物だと比喩するのです。酷い例えにはなりますが、"精神病患者は自身の精神病に気づけない"というものもあります。意識そのものの欠陥を意識そのものは自覚出来ない、という表現です。

OSに例えるならそれ自身に欠陥があってもOS自身はそうであるように作られたためにそれが正常だと思い、それを欠陥と認識していない、という事でもあります。そしてウィルスに浸食されて欠陥を作り出されても同様にそれを正常な状態と誤認識して動作します。それを検証する能力が無いか足りないか検証能力自体を歪められるからです。


こういった事を止めさせる事が出来ない場合にはどう防ぐか、と考える事になります。一番簡単なのはその集団全員が同じ宗教に入っているか、同じ信仰を持っているかになります。それぞれの生き方そのものに関係するもので結び、仲間意識を高める方法です。戒律、規律により明確な違反が示され同じルールの上で互いが行動するという事は相手がどのように行動するかがある程度分かるという事で互いに安心感と仲間意識を持つ事が出来ます。貶めあいというのは同じ場所に居ても互いを助け合う存在だとは見ていない為に起こるものです。相手を貶める事が集団に対しての裏切りであり自身の生存にリスクを与える事を分からせて行為を抑制する方法になります。もちろんその集団をまとめあげる信仰、大まかには概念が悪しきものであればこの方法は効果がありません。お嬢様のお話の通り、保身で結びついた集団が自分達以外の誰かを犠牲にする事で自分達は助かろうとしている状況というのは悪しき概念で結びついていると言えます。

次に互いに助け合っていた頃から根付いているモラルやマナーを常に意識させる方法もあります。これも生き残ってきた経験的事実を基に決められたルールを守るモラルやマナーに頼る方法になります。しかしこの2つの方法はどちらも善意に頼る方法になります。同じ信仰を持っていたとしても生命の危機に晒された時に果たして規律を守る事を選べるでしょうか。そこに不安要素が存在します。モラルやマナーも同じです。かつてそうしてきた事で生き残ったのだとしても現世代がそれを直接に体験したわけではなく、その経験的事実がはるか昔に行なわれた事であればある程にそこには疑心が生まれ、そんなものに従わなくとも問題ないのではないかと思い、また、以前とは仲間意識や集団を維持する事の重要さが変化している為に、実際に生命の危機に晒された時に根拠が弱く優先度を下げてしまったモラルやマナーを軽視して行動するという結果に陥ります。


このように善意に頼る方法では不安要素が残ります。なぜなら相手に依存する形になってしまうからです。相手の善意に頼る方法を自身が能動的に行う方法と呼べるでしょうか。それと同じように取り決め事を管理するシステムそのものがシステムを扱う存在の善意に頼って活動の自由を与えるでしょうか。システムは定められた範囲で行動を許可する枠組みを作り、行動を許可された人物は定められた範囲で行動する限りは安全を保障するものです。枠組を規定する側が枠組に従い行動する側に枠組を逸脱する権利を与える事はなく、与えてしまえばシステムはいずれ崩壊するでしょう。

このようにシステムとは求める結果を出すための効率だけではなく、そこに属する者、物つまり定型資産、知識つまり不定形資産の全てにおいて管理する基準を提供する必要があります。その行動が錯覚させるのなら錯覚出来ないようにルールを定義し、服装、手続き、行われる場所などを区別する事で実現します。本来立ち入ってはいけない場所に立ち入れば与えられた権限外の何かをしようとしていると判別出来、本来その作業に携わる為に必要な服装をしていない事で部外者だと判別出来、定められた手続きを知らない事で部外者だと判別出来る、というようにシステムとはルールで不正が起こる可能性を排除し、そこに属するものの安全を保障し求める結果を出すように組まれるものです。

大は社会システム、小は家族、そして極小は個人です。個人というシステムが曖昧であるならその影響は家族もしくは共同体というシステムに影響を及ぼし、個人というシステムが曖昧なだけ、家族もしくは共同体というシステムの側でルールを定義して運用する事になります。同じように家族もしくは共同体が曖昧ならその影響はそれを含む規模のシステムに影響し、同じように大枠の側でルールを定義する必要があります。それを繰り返し社会システムへとつながりますが、小さい規模でより制御出来ているなら社会システムは少ないルールの定義で運用出来、その逆に小さい規模で制御があいまいであるなら社会システムの側で厳密なルールを用意する必要があります。そして個人の善意や自己申告に頼る事は許されない為に社会システムにはより厳密なルールが必要になります。しかし厳密なルールはその履行に時間がかかり競争原理と反します。その為にやがてルールは破られ常態化し社会活動は行われますが同時にそのルールが緩和された事でいくつかの行為が同じ行動になるなどして錯覚を生み出し不正を行う余地が生まれ、不正が行われるようになり、ルールが是正されないなら不正を許容した状態になり、悪人がはびこるようになります。

ルールが厳しいから行いにくく利益を得るのが難しいから緩和して欲しいが緩和した場合には誰かが不正に利益を得て、その被害者にはなりたくない、だが出来る限り自由であれば楽だからそうでありたい、という快感原則に則った考えで妥協出来る線つまり状況をそのシステムの利用者は模索する事を知っておく必要があります。そしてそれが故にその考えを悪用され大多数の側であり少数を搾取する側、つまりは不正により利益を得る側になればルールも緩和され利益も得られる都合の良い状態になる誘惑を持ち掛けられそれに応じてしまうのです。ここではその悪用については割愛します。

社会を厳密に運用しようとすればするほど報告や記録が必要になり、それは同時にコストの増加であり、かつ実際の利益を得る行動とは別の行動が必要になり利益率が低下します。それを省くと、例えばOJT、つまりは先輩が後輩を指導教育するシステムなどで記録を残さずカリキュラムに則らない方法などが行われ、実際に何が行われているか分からない状況になればなる程、錯覚しやすい状況は作り出され不正は行われる事になります。しかし効率面ではOJTという方法はとても効率が良く運用されます。効率を求めれば求める程に、ルール、報告、記録が省かれ、後になってその状況を精査したくても情報が残っていない為に何が行われたか分からない状況になり、不正の温床になりやすいのです。

効率を求めれば求める程にルールは省かれ制限は取り払われ不正は行いやすくなるために、本来はそれと同じだけそれを実行する人物の知性を高めて精度を上げる必要があるのですが、大抵においてそのような事は行われません。そのコストが効率の低下を招き、また、知性の高い人物では不正に気付かれ、そして使い捨てるように責任をなすりつける事が出来ません。そういった不正を行わないで実行出来る場合にのみ本来は効率を上げるために手続きの省略など、知性の高さを根拠に知性の低い状態では不正を行うために許可出来ない行動を許可する事が出来、それは同時にかつて善意を元に許可していた事の代わりになります。私達は多くの知識を普段から使用し、それを扱うだけの知性は求められない環境にあるがために絶えず誘惑を受けそれに負ける事がしばしばあるために善意で行動するなどと期待する事は出来ません。その善意で行動していた時と同じだけの効率が良くルールを最小限にまで抑えた状況を作り出すにはそれを扱う人物や集団の知性を高め、不正を行う事の愚かさを理解させ、かつルールにより制限をかける事で錯覚させる行動を取らせない事が必要になります。ルールだけで制限をかけた場合は、個々人がルールの抜け穴を模索する思考を繰り返し、本来の行動であるルールの抜け穴があればそれを改善し維持向上させるという行為とは真逆の事を行なってしまい、いずれルールは劣化するか死角を突かれ不正が行われるようになります。そう出来ないまでに厳しいルールを施行しても社会システムの変化を出来る限り抑制しても環境の変化や技術の進歩が与える変化によりルールは古くなりいずれ抜け穴が生じるようになります。そして知性の低い人物をルールで厳しく制限しているだけではルールを改善し維持する側の人物が足りず、ルールの死角を見つけては不正を行おうとする側の人物が多い為に不正は行われ社会は維持できずに劣化します。

そして不正を行い優位に立つ側は自身が有能だから強いから出来るのだと錯覚しますが、全員でそれをやると社会はあっという間に混乱し崩壊するから出来る限り誰もしたくない、という前提が存在する事を分かる事もないのです。結果として不正は行われ競争原理により誰もが不正を行わないと生き残れないまでに社会は劣化しそれでも生き残る事が出来ない状況にまで悪化し崩壊します。その雪崩現象をどこで食い止めるか、は雪崩が起こってからでは遅すぎるという事になります。問題が表面化するという事は既にそれだけの蓄積が行われているという事になりそこで止められるかどうかは既に社会を形作った時から決まっているとも言えます。それを改善しないならその運命を受け入れるしかなくそして改善するには社会を分析判断し改善できるだけの高い知性を必要とされ、しかし知性を高めるには時間を必要とし、また、現状の利益に結びつかず競争原理に反するために実現せず社会は崩壊します。そしてそうやって崩壊させる事が出来るからこそ崩壊するように誘導しその裏で利益を稼ぎ崩壊後を優位に立てるように画策する者も存在しますがここも割愛します。」


そしてエールトヘンは締めくくる。


「ですのでお嬢様。お嬢様は貴族です。末端の民がその知性の低さから間違った行動を取らない様に目を配り、そして間違った行動を取れないようにルールを取り決め、間違った行動を取らなければならない状況を作り出さないように環境を維持する必要があります。"しなければならない"ではなく"する必要がある"です。そこに囚われて他者に操られるような事が無い様にもする必要があります。そのためにも人心を理解した上で管理出来るように今日もお勉強です。」


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