063 緊急特別第一回天界会議
「まだ見つからねぇのかよ!」
「そう簡単に行くなら苦労はしませんよ」
「そうよねぇ。さすがに神様も何度もやられっぱなしにはならないわよねー」
ミカエルがラファエルに強く問い詰め、ラファエルがやれやれと言った感じで答え、ガブリエルが爪を研ぎながらやる気なさげに答える。彼らの良くある光景が今日も繰り広げられていた。
彼らはルシフェル亡き後彼らなりのやり方で統治をしていたがうまく行かずにとうの昔に匙を投げていた。天使の時間でちょっと経つと人間はもう忘れているのだ。覚えていようともしていない気がしてイラッとして罰を与えようとすると平伏して『次こそは必ず』みたいな事を言うのだがそれも覚えていないのだ。繰り返し繰り返す、その終わりないやり取りに疲れたミカエルとラファエルは方針だけ伝えて放置し、問題なければそれでいいやと思う様になっていた。そんな彼らだから人間も『ちょっとの事じゃあ罰せられないし来ても何も恩恵くれないからじゃあいいや』と思ったようでもうこの城まで来なくなって久しい。というかもう誰も覚えてないらしい。昔話に出てくる遠い世界のお城よりも日々の飯や目の前の利益が大事らしく、敬っても敬わなくても何も変わらないようなものには興味がないのが人間という生き物なのだと分かってからはミカエル達も以前のようには耳を貸さなくなっている。
だからミカエルも『やっちまったなー』という気持ちのままずっと過ごしていたりする。それでも、ミカエルがルシフェルを放逐したように、ミカエルがまだ見ぬ誰かに放逐されるのは受け入れられない。だから"出る杭は打たれ"なければならない為に、今日も報告を聞いているのだが如何せん進捗は芳しくない。居るはずなのだ。この時期、この間隔で、居てよいはずなのだ。神が送りしスパイが。2つ前は裏切りで、1つ前は逆恨みで、早々にご退場願った。しかしさすがに同じ手は通じないようで今回はどうしたものかと考えている。見つからないのだ、そのスパイが。チョロチョロと這いまわるネズミ、救世主という名の神のスパイが。
「おい、ラファエル。本当に探しているんだろうな?」
「勿論です。あなたと道連れは嫌ですから」
「チッ。言う様になったなぁ」
「あなたが統治を諦めなければ敬いますよ?これではルシフェルが居た頃の方がマシです」
「分かってるよ。んなこたぁよ。俺もルシフェルの教え方が下手なんだろうと思っていたんだが違ったんだよなぁ。あいつら自分達に都合良く捻じ曲げて覚えて文句言って来やがる。取り合いになったから『仲良く分けろ』と言ったら『自分達だけで仲良く分けろ』と受け取って結局取り合いするし、土地の所有権問題なんて『先に居たほうが優先だ』と言ったら傭兵雇って先に居たほうを皆殺しにして『自分達が先にいるから自分達のものだ』なんて言いやがった。ルシフェルも良くあんなのを根気よく調教しようとしたとつくづく思うよ」
「いつまで随分過去の事を言っているんですか。人間は学習する生き物ですよ。喜んでください。そんな頃よりはるかに彼らは知恵をつけ、狡猾に、狡く、浅ましく、本質は何も変わらないままにしぶとく生きていますよ」
「ああ、ああ!嬉しいねぇ!」
椅子にもたれかかりテーブルに足を乗せ上を見上げながら吐き捨てるようにミカエルは答えた。
ミカエルのいつもの愚痴を聞き流すガブリエルは爪の研ぎ具合を確認しながらボヤく。
「大体あれよね、『私達の言う事を聞くから助けてくれ』は『自分達の利益になるなら私達の言う事を聞くから助けてくれ』なのよねぇ、あいつら。それは騙している事になるって事は都合が悪いからその事実からは逃げ続けるのよねぇ。まず自分が第一。それはそれで良いのだけど、それが度を過ぎてるって事も気づかない。大体、自分が無条件に偉い、生きて良い、って考えると他人との交渉すら成立しないって事分かってないのよね。それは主観であって子供の考え方で止まっていて大人になれてないのも分からないなんて。行動の基本が単に誰かを真似ているだけの条件反射なのが丸わかり。考えないから罰せられないなら何でもありになる。良く言ってたわね、『あれは知識はあっても知性のない獣に過ぎない』ってルシフェルが。誰かに教わった事は出来るけどそれがどういうものなのかは分かっていないけどそれでうまくいくから考えずにそのままで、うまくいかないと不平不満を垂らしてかんしゃく起こして、最悪はその知識を与えた奴に『お前の所為でうまくいかない。どうしてくれるんだ』と叫ぶのよねぇ。私、びっくりしたわ。ほら、前に施肥のやり方教えた事あるじゃない?そしたら欲に目が眩んでこれでもかと放り込んで逆に作物枯らした連中居たでしょ?あいつらその後、ものすっごく呪って来たのよ。まあ、もう居ないけど」
ガブリエルの愚痴にラファエルは溜息をつきながら答える。
「だからあなたもいつまで過去の事を言っているんですか。何度も言っている様に、彼らだった学習するのです。今じゃあそうやって失敗してみせて『自分は悪くない』なんて言いながら被害者面して助成金なり寄付金なり引き出してしぶとく生き汚くしてますよ。」
「そうなのよねぇ。この前、下界を覗いてたら、自分達から仕掛けておいて、撃退されてケガしたら『あいつらに襲われた』なんて言い出すものね。ある意味凄いわよね。その場に居ない人には何があったか分からないからどうとでも言うなんてなかなか悪どいわ。それも大多数側なら仲間に信じてもらうだけで有利になれるからそのまま押し切って相手が悪い事に出来るなんてね。情報操作って怖いわね。聞いてる?ラファエル?」
「ええ、まあ。いつもあなたがたがやってる事じゃないですか。」
「失礼ね。ラファエルにお願いしてるだけじゃない。」
「そして私がしなければ不機嫌になって当たり散らすんでしょう?」
「そりゃあうまくいかなかったら誰でもそうでしょ?私はね、何の問題もない世界で生きていきたいの。出来れば上からも何の文句も来ないのがうれしいかなぁって。極普通のささやかな夢でしょ?」
「ええ。まあ言葉上は。しかしあなたがそれをやると洒落にならないんですよ。ささやかさが桁違いですから。ただでさえ黄金樹が一本枯れてるんです。贅沢するために魔力を使いすぎるのも程々にしてくださいよ?」
「そう、それよ。話は戻すけどあの子は見つかったの?」
「そう。そうだよ。何ラファエル話逸らしてんの。さっさと詳細を報告しろよ」
「別に私が逸らしたわけではないのですがね。ともかく、徴を持つ男子はめぼしい所では発見出来ませんでした。帝国、王国、その周辺諸国の主要人物の所には生まれておりません。ですので小さな町から村へと調査対象を拡げてみます。後、要観察対象の帝国は皇帝が死んだ後、東部でクーデターが発生している状況ですね。皇帝が死んだ事は伝えましたよね?」
「覚えてねぇ。人間が1人2人死んだからってたいして変わんないだろ。あいつらの性質は。」
「ええ、性質はそうですが群れをまとめるリーダーが死んだのです。混乱して面倒な事になるのは分かりますよね?ただでさえ余計な技術が流出したのです。世界全体への影響が顕著な場合、神に介入されます。」
「だからそうならないように徴を持つ男子を探しているのだろう?
後、マギアの技術を漏洩したあいつはどうなった?裏にはあの忌々しいグリゴリ共がいなかったんだよな?俺はてっきりあいつらが気づかれないようにヒントを散りばめて、餌を食べる鶏がそれをついばむように誘導したんだと思っていたんだが。」
「ええ、私もそう思いました。グリゴリに操られているというより、グリゴリが所々に撒いた餌からヒントを勝手に得て辿り着いたようでしたね。それが実にマズかったので呪いをかけておきました。いっそグリゴリに操られていたほうがまだ良かったですよ。人間がそこまでやると見せつけられたようなものです。」
ラファエルはそう言った後に溜息をついてから再度話し出す。
「どうしてこう人間というのは品質が安定しないのでしょうか。そんな者が稀に出てくるかと思えば大抵の者は争ってばかりで同じ事を繰り返してばかり。知性を育むかと思えば年老いて死にまたやり直し。次の段階に進むには貶めあっていてはどうにもならない事に薄々気づいていても止められない癖にはるか高みを目指そうとする。全く理解出来ない矛盾ばかりです。」
「ラファエル、話逸れてるわよ。ほら、ミカエルも。帝国ならあれじゃない。ここに来たあの子。それとあの子の子孫のあの子。最近ここに来たのってあの子達くらいじゃない。ミカエルが加護を授けて帝国を作らせたんだからもう少し心配してあげたら?」
「ああ、ここに来る程の度胸のある奴なら役に立つかと思って"獣性の呪縛"をくれてやったな、そういや。」
ミカエルのどこか他人事のような言葉を聞きながらもラファエルは感情を表さずに答える。
「"獣星の加護"でしょう。間違えないでください。」
「それで、集まってるのか?エインヘリアル」
「ええ、少しは。強さを示せば蘇りを約束する契約ですからね。まあ、いつ、どのような時に、とは伝えていないので、こちらの都合の良い時になるなんて思ってないかも知れませんね。所詮は人間です。強い後ろ盾があって快楽を貪れるなら何にだって媚びるでしょうよ。それが自分達では手に入れる事の出来ないものなら尚更です。強さを知るという事は自身の弱さを知る事と同義ですからね。出来ないものは出来ない、から出来る事で押し通す。それでも手に入らないものをチラつかされれば途端に媚びる。そんなものですよ。あれは。」
そのラファエルの口汚い発言を眉を細めるガブリエルは咎める。
「あら、かなり辛辣ね。何か嫌な事あった?あまり八つ当たりすると可哀想よ。あの子らはどうしようもない不出来な子なのだから、あなたが大人らしい対応をしないと。」
「それでもですよ。お二方は直接関わらないから分からないでしょうが本当に対処に苦慮するのですよ。隠蔽して擬態しているとはいえ、下卑た視線や体を使った誘惑なんて何度見ても反吐が出そうになります。そんな苦労も神が私達をルシフェルの後継者と認めないからでしょう。」
「そう、それだ。帝国なんて今はどうだっていいんだよ。世界規模での混乱に発展しなきゃ。俺たちを認めさせるには俺たち以外に代わりはいないと思わせないとな。だから頼むぜ。さっさと見つけてきてくれ。救世主なんて存在がとんでもない失敗でもすればやがて神も俺たちを認めるだろうよ」
「そうであればよいのですが」
「そうよ。そうなるわ。だって私達ってがんばってるじゃない。ほんのちょっと居て貰ったら困る相手には席を外してもらってるけど。あの子達が酷い失敗したってほんの少し叱るだけで済ましてる私達って寛容だし」
ガブリエルの一言にまたもラファエルは溜息をつく。
「ちょっとした罰でどうにかなっていたのは最初だけですけどね」
「そうなの?」
「ええ。罰というものはですね、なぜ罰せられるかの理由を良く分かっていない者からすると、そこに良く分からないなりの恐怖や不安があるために過大に恐れるのです。しかし人間とは学習する生き物です。罰せられる内にどれだけ罰せられるか分かり始めると途端に行動が変わります。初めは受けた罰に加えてまだ罰を受けるんじゃないのかと疑いますがどれだけ罰を受けるかが分かってくると過大評価していた損失がそれなりの評価に落ち着き、損得勘定で考えるようになり、最初と同じような基準で考える事もしなくなるのですよ。そして利益が損失を上回ると一度思うと罪を重ねる事に躊躇する事なく罪悪感を感じずに行動するのです。気づいていますか?もはや落雷や地域規模の天災では彼らの諸悪を止める事が出来ないのです。例えば悪人が国の中枢に蔓延ったとしましょう。それを止めさせるために地震もしくは台風を起したとしても彼らにはたいして効き目がない場合が多いです。天災などはほんの一時的な損失に過ぎず、国から得られる財源は継続的に生じます。つまり、最初はどんな扱いをされるかわからないから恐れていたものも何度か受けているとどんな扱いをされるかおおよそ把握出来てしまい、それが地震であろうと台風であろうと結果として利益になれば恐れる事もなくなるのです。これの何が性質が悪いかと言えば、悪人共の所為で生じた天災で損害を受けるのはそれを含めた集団であり、皆等しく被害しますが、悪人は税金などの形で集めた金銭を自分達の為だけに使用して補填出来てしまう。つまり悪人が不正に利益を得た事に対する罰として生じた天災における被害をその他の集団が押し付けられて補填させられるという事です。悪人はたいして被害せず、その周囲にいる者達がその分の費用も更に受け持つ事になります。そして多少の損害があろうとも被害は一時的であり、我慢してしまえば国の財源から生じる利益は継続的なために利害の面では利益が上回るのです。それを既に知った人間はもはや天災如きでは悪事を止めはしませんよ」
「本当に厄介ね。あのヤギ共」
「ええ。今になってルシフェルが苛烈とも言える罰を与えていたのか分かる気がしますよ。例えば最初は罰として落雷を落として、悪人がそれを恐れて悪事を働かなくなったとしても、やがて落雷しか起きず利益が上回るなら悪事を控える事もなくなります。子供が親から叱られるだけだと思ったらその内に気にもしなくなるのと同じです。そして罰を重くする事で対処し、罰を受ける側もその罰の重さと利益を天秤にかけ、重くなった罰でしばらくは悪事を控えるかも知れませんがその罰の与える影響が大きくなく利益が上回るなら悪事を控える事もなくなります。そして、国の中枢に居座り、税金などの形で財源を集めてその財源を自由に操れる事と比較出来る罰がなければ悪事を働く事を止める事もなくなる。だからルシフェルは恐れを考慮しない罰を与える事で実益の面から悪人が悪事を働かない基準で行動していたのでしょう。損失が利益を上回るならその行為は行わないのが通常ですから。しかし国の中枢に居座るためにそれに釣り合う罰としての天災というものはちょっとしたものでは釣り合わない。例え大飢饉であろうともほんの1年なら、その罰を受けてでも不正による長い繁栄を選ぶ者共には効果がないのです。だから国そのものを滅ぼす規模の天災を起こし悪事を行う事が実益上効率が悪いと思う様にならないと抑止力としての効果も期待出来ないのです。国が潰れてしまえば財源がなくなりさすがに悪人も罰を受けて悪事を控えるようにはなります。その周囲は迷惑この上ないですが。しかしだからこそ悪人は国の中枢に居座り悪事を働くのですよ。これほど楽して利益を上げる方法はないですから。天災などの罰にしても周囲の善人を巻き込む事への遠慮があるために制裁として発動しにくく集団で構築する社会というものがなければ人は繁栄出来ない。だがらその中枢に居座り排除されない場所に居れば悪事を働き放題。そうやって国から、集団全体から利益を吸い上げる様は寄生虫の如くですよ。彼らを排除しようとすれば国が潰れ、排除しないなら延々と悪事を働き、国という全体から血を吸い取るかのように利益を不正に得る。国はやがて中枢に居座った悪人のせいで混乱し破綻し壊れ戦争へと至る。その間、善人は苦しめられ数を減らしそして救われない。だからルシフェルはそうなる予兆となる悪事が発生した時には国を亡ぼすような天災を発生させたのでしょう。それはそれを理解できない者からは苛烈で過剰に見えた、というのが真相なのでしょう。そして私達はヤギ共の言葉にうまくのせられ、ルシフェルを放逐した。そしてそれが間違いだと認められない私達は同じ方法を取る事が出来ず、ヤギ共は私達を軽んじ私腹を肥やす、というのが現状です。あの帝国を見てみなさい。ここに辿り着いた者はマシでしたがそれ以外のなんという愚かな事。小さなコミュニティの外を把握出来ずに敵だとみなして攻撃するのですよ、そこに属する集団でありながら。これでは規模の大きい、もしくは高度なレベルの計画が成り立ちません。私達がどれだけ先に進めようとしてもその繰り返しを数千年しているのです。」
ラファエルの言葉にガブリエルは他人事のように答える。
「大変ねぇ。でも頑張ってね、神に介入されないために」
「ええ、分かってますよ。そのためにはまず神の代行者を見つけてくるとします。お二方はお二方のしたい事をしていてください」
「ええ、勿論よ。私まだ遊び足りないから」
「ああ、俺もだ。とりあえずそうだな神の代行者が見つからなかった時の為に対抗馬を用意するか。俺たちに都合良く動く救世主様をよ」
「フフ、さすがミカエル。なんでも自分の都合の良いように動かないと気にいらないのはいつも通りですね。闇の救世主ですか。こちらでも良い人材を探しておきましょう」
いきなり悪だくみを始めたミカエルとラファエルにどうでも良さそうにガブリエルが話しかける。
「救世主ー?そんな良さそうなものなの?それ?」
するとミカエルが『ハハッ』と笑いながら答えた。
「確かにそんなもんじゃねぇかもな。あの『騙し、犯し、喰らう』が本質の蛇共を俺らの代わりに統べる生贄、人柱、人身御供・・・、いやなんでもいいや。蛇共の王、いや管理人、蛇遣い・・・、そう、蛇遣いだな」
「いいわね。そしたらもう全部任せて気にしなくて良くなるのよね?是非お願いするわ。ミカエルもラファエルも任せたわよ。私は気ままにあの小生意気なグリゴリ共を探してみるわ」
「ええ、ガブリエルも飽きませんね。あの連中も欲望のままに動きたいだけの者達です。私達の言う事も聞かずに勝手に出て行った連中ですが隠れるのだけは巧い連中です。時間の無駄ですよ」
「あら、だから良いんじゃない。暇つぶしにはもってこいだわ。チマチマとヤギを動かすよりずっとスカッとするもの。」
「なら仕方ないですね。お気の召すままにどうぞ」
そう言ってラファエルは退場し、謁見の間の外で待っていたウリエルに話す。
「あのグリゴリ共も使いようによっては役に立つんですけどねぇ。まあ駒が減っても問題はありませんか。それよりも引き続き調査と粛清、頼みますよ」
ラファエルの言葉にウリエルはコクリと頷きラファエルの後ろを同行する。
無口なウリエルを気にもせずにラファエルは独り言のように話す。
「ああ、嫌だ嫌だ。どこかに楽させてくれる上司はいないものでしょうか。そう思いませんか?ウリエル。」




