062 斜め上のアップデート
ローレンシアはベビーカーに乗り廊下を通過する。そんなローレンシアを見たシェリーは少し困った顔をしながらも素早く正面を向き手を前で合わせて一礼する。ローレンシアも軽く手を上げ横を通り過ぎる。
しかし困った、とローレンシアは思う。既に4度目なのだ。
事の発端は、マスター・ララがベビーカーを作り使い勝手が聞きたいと言ってきた事だった。
マスター・ララの作ったもの、と聞いて思わず警戒したのだがそれでもベッドの功績は大きい、と考えを改め、使用してみる事にした。ベビーカーでなければシェリーでもミーナでも代わりに試させるのだがさすがにベビーカーに乗れ、とまではとてもではないが言えなかった。
そして見たベビーカーはベビーカーにしてベビーカーにあらずだった。卵型を少し斜めに歪めて片側1/3程度切り取ったような、いわばカプセルのような形をしており、背面から上部にかけて荷物置きと日除けが外付けされている。座席はリクライニングシートのようになっており、これは本当に幼児向けかと考えたほどだ。背部と内部にそれぞれ魔力充電装置が内臓されどちらからでも魔力を供給出来、また周囲の魔力が充分あればそれも補充に使用出来るそうだ。
色々と嫌な予感はしつつも仕方なくベビーカーに乗り説明を受けるとどうやらボタン操作で動くらしい。また、魔力が尽きていなければ外部から押した場合にも動き出せば動力がサポートして負荷が軽くなる優れモノだ。雨が降れば側面から透明なプラスチックがせり出し前面をカバーし、全体は防水防滴の安全仕様だった。内部は空調が効き側面にはバイオパラメーターが表示される。前面カバーを閉じた時は液晶のように内側がスクリーンになりここは近未来かと尋ねたい。そして現在も流れる子守歌。音響もバッチリのようだ。
小型シアターかよ、とツッコミを入れたくなるローレンシアだが今回はアタリなんじゃないかと胸を撫でおろす。
「どうです?お嬢様?」
「う、うむ。今回はかなり良いのぅ。いつもの遊びがなくて安心した」
「そうでしょう、そうでしょう。お嬢様、そこのボタンを押してみてください」
「これか?」
と油断したローレンシアはコントロールエリアにあるマスター・ララが指差したボタンを押してみた。
すると自動でカバーが閉じていく。
半分閉じ込められるのじゃないか、と不安になりながらもちょっぴり期待もするローレンシアがワクワクしながら待っているとベビーカーは自動で動き出した。
「おお!自動走行!」
そこまで言ってからふと思った。これどう止まるの?と。
そしてローレンシアは突如耐久レースへと突入させられた。ローラが無言で部屋の扉を開け屋敷二階をコースにして自動周回を始めたベビーカーは軽快に走行する中、ローレンシアはなんとも言えない気分を味わっていた。
ベビーカーだけが走っているのを見たメイド達は最初は驚いたがローレンシアが乗っている事に気づくと冷静に手を前で合わせて通り過ぎるまで礼をするのだ。自分にその気もないのに悪戯して邪魔をしてしまった気分を味わい、申し訳ないと心に感じながらとりあえずテレパシーでマスター・ララに伝えようとするのだがどうにもマスター・ララは聞こえない振りをしているようだった。
「どうやって・・・」
「これを・・・」
「止める・・・」
などとローレンシアの部屋の前で待機してベビーカーを見送っているマスター・ララの前で強めにテレパシーを送っているのだが伝わらないようで、
「えー、聞こえませんー」
ととぼけた返事だけが返ってきた。絶対あいつ聞こえてるよな、と思いながらも周回を繰り返す。傍を通り過ぎる度に礼をするメイド、マスター・ララに抗議しているエールトヘンを眺めながら10周後にようやく部屋の前で減速して部屋に入った。
「試運転は上々のようです。乗り心地はいかがでした?」
マスター・ララが平然と悪びれる事なくローレンシアに聞くがローレンシアはなんとも言えない顔で答える。
「絶対聞こえてたじゃろ?」
「まあそうです。ですが最初に言いましたでしょう?使い勝手が聞きたいと」
「乗り心地は悪くはないが、最後の機能はなんじゃ?」
「なんじゃと言われましてもそのまま自動走行機能でございます。その内使うかも知れませんので」
「いや、だからそれなら止め方くらい教えてくれても?」
「そういうわけにはいきません。そういった目的の機能でしたので」
「そうなのか?」
ローレンシアはエールトヘンを見る。するとエールトヘンは困ったような顔で頷く。
「どうやら非常時にお嬢様を逃がす機能を試したかったそうです。そしてその時にお嬢様に怪我がないかが知りたかったと。最初に言ってくれると良かったのですがどうにもいつもの悪戯が止められないようです。」
エールトヘンの言葉を聞きローレンシアがマスター・ララに聞いてもらえるかどうかは別として苦言を言う。
「いや、あのじゃな、マスター・ララよ。シェリーにしてもジーンにしても皆何かしら働いているんじゃよ?わしが通る度に手を止めて会釈するとわしが仕事の邪魔しているようにしか見えんのじゃが。せめて通知は必要じゃろ?気まずいったらもう。」
「試験はうまくいったのですから問題ありません。」
「マスター・ララはな!」
そんなマスター・ララを見つめるローレンシアにローラが近づいてきた。わざわざ抱き抱えてベッドまで運んでくれるのかと思うローレンシアだがローラはこう言った。
「今、お嬢様がレコードホルダーです」
「誰と勝負するのじゃ!」
「いずれシェリーあたりがチャレンジャーを送ってくるかも知れません」
「ああ・・・そういうことね。でも2人って。そもそも勝っても意味ないのぅ」
「いえ。貴族たるものメンツというものがございます」
「小さ過ぎない?そのメンツ?」
「何事も一番を目指す。それが貴族の質を高めるのです」
ローラのもっともらしい言い分にローレンシアは顔をしかめつつ、エールトヘンも釈然とはしないものの一理はあるか?という感じで見守っている。とりあえずそんなローラの一言にむきになっても仕方ないのでローレンシアはフワリと浮いて自力でベッドに戻る。ようやく落ち着けたローレンシアにマスター・ララは今後の方針を話す。
「一旦メンテナンスに持ち帰り非常用ボタンを別の位置に移してから正式に使用します。よろしいでしょうか。」
「うむ。楽しみにしてる」
「ではメンテナンスに持ち帰ります」
そしてパチンと指を鳴らしたマスター・ララが退出する際にビルダー氏とスケイルウルフの剥製、ミュルミドンの人形が付いて行ったのを嫌な予感で見送るローレンシアだがあえて触れまいと心に決める。まだクラーケンじゃないだけマシだ、あれは色々とヤバイ。マスター・ララがあれを選ばなかった事にまだ良心的だと信じておく事にした。
数日後戻ってきた3体はそれぞれの持ち場に戻り、彼らを見るローレンシアは勉強そっちのけで見入ってしまう。その姿にエールトヘンは溜息をつき休憩を告げる。
ローレンシア達が見つめる中、ビルダー氏は取り付けマニュアルを見ながら自分の台座に液晶スクリーンを取り付ける作業を行っておりご機嫌のようだ。そしてローレンシアは気づいた。確かにアップデートされていると。よく見て見ればいつもは半身剥きだしのどこか痛々しいビルダー氏の文字通り剥きだしの筋肉が皮膚という外装を纏っているのだ。そう、ビルダー氏はフルアーマードビルダー氏として帰って来たのだ。その防御力はいかほどのものか、と思いつつもポージングの度に胃やら何やらがこぼれないかハラハラしなくて済む事にホッとした。しかしそれでもあのブーメランパンツはどうにかならないものかとも思い、あれがアップグレードしなくて本当に良かったと安堵する。
「のぅ、ビルダー氏。もう中は見れないのじゃな?」
ローレンシアがそう尋ねるとビルダー氏は首を横に振り、左の大胸筋の皮膚パーツを剥がして見せた。そして次は右の上腕二頭筋の皮膚パーツも剥がす。つまり、全面改修されているという事になる。以前は半身が常に剥きだしだったのだが好きな部位をめくる事が出来るという事になる。そこにローラが話しかける。
「あまり剥がすとひっつきにくくなるそうですから面白がって頻繁にはがしたりしないようにと言付かっております。後、剥がしたら戻す、習慣付けてください。忘れたりするとビルダー氏が可哀想です。」
ああ、なるほどね、とローレンシアは思った。これも教育の一環のようだ。出したものは片付ける、動かしたものは元に戻す。これを忘れたりすると悲し気なビルダー氏の顔を見る事になると思えば確かに面倒だからという理由で怠けるのは『ナイな』と思う。
ビルダー氏が取付作業に戻ったのでローレンシアはスケイルウルフの剥製だったものを見る。いつの間にかケースの大きさが変更され、そしてスケールアップしたスケイルウルフの元剥製がいる。いや元々剥製の振りをしていただけなのだろう、と思い至る。今や堂々と伏せているスケイルウルフをローレンシアが見ていると、
「フム。やはりあの時、『お前、何か隠していないか?』と聞くべきだったようですね」
などとキャメロンが独りごちる。ローレンシアもまさかいつの間に動けるようになったんだと言いたいが今更感があるのでそれはともかくとしてスケールアップした事で『何気にスペース取るな』と悩む。ケースの上に物を置けるからまだ良いか程度ではあるが。しかしそれは観賞用透明ケースの価値がなくなるともいえるがこの際気にしなかった。それよりも思う事がある。『名前どうしよう』と。
ローレンシアはなぜ大きくしたのか見当がつかずに悩みながらも最後の1体のミュルミドンを眺める。ミュルミドンに関してはスタイルから変わっていた。前は蟻が二足歩行してるようなスタイルだったのだがなぜか人型になっており、ビルダー氏に対抗しているのかポーズまでとっている。しかしそのポーズは変身ヒーローによくありがちなポーズだった。
どう反応したらよいのか悩むローレンシアにローラが説明する。
「もう蟻は見飽きたと思いましたので外骨格戦士アリダーマンとして再利用致しました。強度が向上してタンスの角に足の小指をぶつけても問題ありません」
前は足の小指なかったじゃん、とどうやって比較したのか聞きたかったがそこはグッと堪えてそれより気になった事を聞く。
「体格が人間になってるんじゃが?それにやけに大きくない?」
「マスター・ララは『合体ロマンもいいじゃない』と言っておりました。見ます?」
「いや・・・。止めとく・・・」
「そうおっしゃらず。とりあえずビルダー氏の頭とそこのスケイルウルフの頭を取り替えてみましょう。」
「止めて!そういう事止めて!夢に見るから!」
どれだけの合体ロマンを詰め込んだのか不安過ぎるローレンシアは見たさ反面怖さ反面興味もあるが、人面犬が初心者向けなら御免被りたいと心底思った。
ローラは折角の機会を逃した事に残念そうな表情を浮かべながらもこう付け足す。
「なら中見ます?」
「・・・中?」
「はい。ビルダー氏のパーツを全部外すのが面倒なのでアリダーマンの中に骨格標本を入れました。簡単に言えば骨格標本にキチン質の外殻を着せたと言ったほうが早いです。見ます?」
「いあ・・・、また今度・・・」
どうにもノリの悪いローレンシアにため息をつくローラだがローレンシアにしても合体ロマンをどこか履き違えているロマンを追求する気はないので大人しく勉強に戻る。
そんなローレンシアをどことなくつまらなそうに眺めたローラはなぜか座って作業しているビルダー氏の肩をポンポンと叩く。それを横目に見たローレンシアは『やっぱり何か企んでたな』と思いつつもアップデートされて良くなっていく分にはまあ良いかと思うのだった。




