061 ファラン国に立ち込める暗雲
ストーリーの外側を進めて見たり。
バウゼン伯爵は窮地に陥っていた。
ベルチアの東に位置するファラン国バウゼン伯領はアグニ山脈を境に帝国と面していた。
アグニ山脈は北東から南西に大陸を東部から中央に向け貫いている。アグニ山脈以北は今や帝国の領土であり、山脈がなければファランも帝国に飲み込まれていたに違いない。
アグニ山脈の南端にはベルチアが位置し、ベルチアは隣国のガシュアと帝国の敵対国であるフェムトシュタイン王国の援助を受け今なお一進一退の攻防を繰り広げていた。ベルチアとアグニ山脈という壁に阻まれファラン国はベルチアに経済支援はするも直接的な戦闘は小競り合いだけを繰り広げていた。
しかし、そうもいかなくなってきたのだ。
事件の発端は些細な事で、だからこそ報告が後回しにされた。
ある日、アグニ山脈を越えて避難民がファラン国バウゼン領に入領した。
アグニ山脈を越えて、というのが問題だった。
一般的に避難民はベルチアに逃げ込むか帝国西部の王国へと足を向ける。しかしその避難民達は違った。また、アグニ山脈は帝国においても避ける場所でありいまだ魔物の支配が強い。支配するに利益は薄くそのコストは平地を攻めるに比べて莫大になる。そんな場所は魔物さえ出て来なければ放置するに限る。しかしアグニ山脈とはいえ南端ともなれば標高も低く、端に至っては台地とも呼べ、魔物の出現もそれなりに減る傾向にある。それでもリスクはあるためにわざわざ命の危険を伴って越えてくる者は皆無だった。
そこを乗り越えてきたのだからその勇気は称賛に値するのだが状況が悪すぎた。
誰にも気づかれずに辿り着いたのなら良かったのだが余計なものまで引っ張ってきていた。丁度山脈近くを巡回していた騎士とその従士隊が彼らを見つけた時には背後に迫る帝国の猟犬部隊に追いつかれそうになっおり、若い騎士は従士と共にそれを撃退した。
そして外交問題へと発展してしまった。
猟犬部隊を全て排除出来れば良かったのだが猟犬部隊は交戦する際に必ず1人は報告に戻す。その1人を取り逃がした結果、帝国側に情報は伝えられファランが避難民を匿った事が知られてしまった。
更に難民の素性がまた問題で、かつて学園都市にてファラン国王の学友であった帝国皇族の血筋であるオストワルド公の一子クリフォードが含まれていたのだ。クリフォードの侍従を通じて渡された書簡には帝国内部で不穏な動きが大きくなりオストワルド自身の身も危うくなったからファランで保護して欲しいという内容が書かれてあった。8歳になれば学園都市への入園許可も降り成人するまではそこで安全に成長出来るからそれまでの間だけで良いという趣旨があり、どうやらオストワルド公でもどうにもできない事態が帝国で起こっているようだ。
侍従から詳しく聞いてみればどうやらオストワルド公と血筋が近い者がクーデターを起こし、オストワルド公も関与を疑われているそうだが、それも単に皇帝になり得る人物を排除する口実らしくそれゆえにクリフォードの身も危ないと考えたそうだ。
ファランとしては大問題である。そして既に手遅れかも知れない。バウゼン伯は次の手を悩む。結果として受け入れてしまった事実は帝国にも伝わるのだから今更追い返した所で意味はない。もし仮にオストワルド公が既に陰謀で殺されていたのなら逆賊を亡命させた事になるし、そもそもが帝国の民を受け入れるという事は、相手側からすれば帝国の財産を奪うとみなされる。それが公式に訪問したのならともかく、そうでない場合は誘拐、略奪、都合の良い口実を立てられ、一番の問題はそれを大義名分として戦争を仕掛けられるのだ。一般的には難民の返還要求から始まるのだが攻め込む口実を探している帝国がそんな生ぬるい事をするはずもない。
しかしである。ファランはアイングシス占領を忘れてはいない。山脈を挟んで北側にあったアイングシスが消えた事で、黄金樹が枯れた事でファランは手酷い被害を受けた。山脈から南下してくる魔物の数も強さも増し、土地も以前より徐々に荒廃していった。一時期はファランでも食い詰めたものが盗賊になった事もあり帝国とは仲が悪い。だからこそオストワルド公は令息をこの地に逃がしたのだろう。帝国にこのまま難民を引き渡す事は帝国に媚びを売ると取られ、弱い国だと諸国に見られるようになる。それに弱い国だと思われれば帝国はカモを見つけたと喜んで飛びつくかも知れない。帝国東部の情報を伝え聞けば付け込む隙を与える事は命取りとなり、そういった面では既に遅い。
バウゼン伯はようやく覚悟を決める。クリフォードを王都へ出立させ自身はいつ開戦しても良い様に準備をする事にした。不幸なのか幸いなのか山脈南端であれば少数でも通る事が出来る事を実証してしまったのだから帝国がそれを利用しないはずがない。ファランとの交戦の意思を示さなくとも無断で領土を通過しベルチアの東部から侵攻する作戦を展開するかも知れない。そうなればベルチアとの関係も悪化し諸国には帝国の属国扱いだと思われるだろう。ファランとて無為に時を過ごしたわけではない。マギアを使った戦闘で帝国は一日の長はあるかも知れないが地の利はファランにある。
バウゼン伯は兵を集めるために重い腰を上げた。




