S059 人は混乱する運命にある
リザルトセットを知った後でだからこそわかることもある。
たまたまローレンシアが起きている時に、たまたまエールトヘンが居らず、たまたまマーガレットが居る、という珍しい状況になっていた。
マーガレットはなぜか忙しいのだ。なぜかと言うわけでもないのだが、エルフの国セルマからの特使のような扱いなので色々と貴族相手にお付き合いがあるらしく、屋敷に常にいるわけではなかったりする。どうやらまだ王国に来たばかりで何かと付き合いをしなければならないらしく、そしてローレンシアの訓練も本格的な状況ではないので屋敷にいる時間が少ない。
そしてエールトヘンは珍しく王城へと呼び出されていて居ない。キャメロンとマーガレット、そしてローラが傍にいる状況で久しぶりに何をするでもない時間が過ぎていた。
だからついマーガレットに聞いてしまった。
「のう、マーガレット。あれじゃ、帝国はどうやって出来たんじゃ?」
その問いを投げ返るローレンシアにマーガレットは興味深そうな目を向けながら答える。
「あら。王国の事だけでは飽きてきたの?教えてもいいけども、エルフにしても口伝になるわ。それでも良い?」
ローレンシアは『あ、知っているのか』と少し予想もしていなかった答えが返って来たので素直に頷いて話す。
「勿論良いぞ。知っておいて損はしなさそうじゃし?」
「そうね。人がどうやって混乱するようになったか、という部分が必要かしら。
人は昔、ある地域に一定の規模を持ったコミュニティを形成していたそうなの。エルフがそうであったように、人もそこで自分達の力で安定した社会を構築するように成長させる神の計画があったと聞いているわ。でもある時、問題が発生したの。」
ロバートは妻アンにため息をついて深刻な面持ちで話しかけた。
「なあ、やっぱり今のままじゃ到達しそうにないか?」
それにアンも暗い表情で答える。
「ええ。あの子、やっぱり分かってないみたい」
「そうか」
ロバートは頷き返し頭を抱える。
ここ数世代、ちらほらとうまくいかなくなってきたと聞いていたのだが、到々自分達にも同じ問題が起こってしまった。物事の理解力が成長しても充分に得られない子供が生まれてくるようになったのだ。人によっては親と似た性質を見せずに驚くような事をしでかして、『これは誰の子だ』、『あなたの子です』と口論になったりもするらしいが幸いにもロバートの所はそこまで深刻ではない。しかし足りないのだ。成人するには能力が。
ロバートは思う。考えてもみろ。能力の足りない子が、能力が足りない所為で社会活動を充分にこなす事が出来ず周囲に迷惑をかけ、周囲もそれを疎ましく思う状況を。本人が努力しているつもりでも迷惑しかかけていない状況を。常に自分は役に立たない愚図だと自分を貶めて、周りに卑屈に媚び、厄介事を押し付けられても断れずに周囲に怯えながら生きていくしかない状況が本人の為になるとは思えない。そうロバートも判断した。
「やるしかないのか」
ロバートは覚悟した。娘の事なのだ。それぞれの家が家の中の問題はきっちり解決する。そしてその家々が集まって集団を形成し、集団を維持するために集団の規模の問題を解決する。それが社会の基本だ。ロバートの家から問題事を外に出して周りに迷惑をかけるわけにはいかない。ロバートとしてはしたくない。したくないが教育に失敗したのはほかならぬロバートなのだ。ロバートが取れる責任の取り方をするしかない。
そんなロバートの様子をアンは悲し気に見つめていた。
そしてその日の夕食。ロバート、妻のアン、息子のダニエル、娘のジェシカが楽しく食事をしていた。いつもより豪勢な食事にジェシカはいつにも増して喜んでいた。
「ねぇ!これ何か良い事あったの?母さん。こんなの収穫祭でも食べた事ない!」
その言葉にロバートは思わず涙が出そうになったがグッと堪えて笑みを浮かべる。
「ああ。良い事があったんだ。良い事が・・・。本当に良い事が・・・」
「どうしたの?なんか暗いよ?せっかくのお料理なんだから楽しく食べようよ!」
アンもエプロンで涙を拭き始め、ダニエルもどこか悲しそうな顔をしていた。
どうにもいつもの家族の様子と違う事にジェシカは首を傾げるも、良く分からずに食事を続けた。
ジェシカは今日特別に作ってもらったシチューを口一杯に頬張って終始ご機嫌だ。
いつもより味が濃いしいつもより具がたくさん。こんなおいしいのは初めてだった。
「?グゥッ!?ア、アァ!・・・」
先程まで笑顔だったジェシカが突然喉を抑え苦しみだした。スプーンを落とし地面に倒れて苦しそうに呻き声を上げる姿を席から立ったロバート達が悲しそうに見つめる。
「グ、グルシイノォ!オ、オカア・・・サン、タ・・・スケ・・・テ」
ジェシカは何がどうなったか分からずただただアンを見つめているが、ジェシカには悲しそうな顔をしているアン達の表情が見えるばかりで何がどうなったのか全く分からない。そしてそれを考える余裕もなく苦しみもがき続け、そして痙攣するだけになりやがて動かなくなった。
そんなジェシカを悲しく見つめていたアンはジェシカの上体を起こし抱きしめ幼子をあやすように話しかけた。
「可愛い可愛い私のジェシカ。次生まれ変わったら幸せにね。絶対よ。またお利口さんにしなかったら承知しないんだから・・・」
そう言ってアンはジェシカを抱きしめたまま静かに泣くのだった。ロバートもダニエルもただ黙って見守るしかなかった。長いようで短い10年を一緒に過ごした家族だったのだ。出来るなら平穏に暮らさせてやりたかった。出来るなら素晴らしい伴侶を見つけてやりたかった。だがジェシカはこの社会の仕組みを理解できるだけの成長が出来なかったのだ。誰も彼女をいつも見守ってやる事は出来ず、彼女の失敗をフォローしてあげる事も出来ない。1人分、それだけを求めたのにそれが出来なかった。社会での最低限の水準を超える事が出来なかったのだから社会に入れるわけにはいかない。それを許す甘さから社会を崩壊させて周囲を道連れにしないためにも。
そう。そうなのだ。ロバートは自らを納得させながらジェシカの額に口づけする。ただ流れる涙が彼女の魂を少しでも癒してくれたら良いのにと願わずにいられなかった。決断したのはロバートだ。ジェシカをこの結末に導いたのもロバートだ。ロバートは何が失敗したのか今でも分からない。何が失敗の原因か。ロバートはそれが知りたかった。何が足りないからジェシカを死なせる結果になった。何を失敗したからジェシカは死ぬ事になった。しかし誰もロバートの問いに答えてくれなかった。あるのはただ静かになったジェシカの身体だけだった。
テッドはズルリと崩れ落ちる父親を呆然と見つめていた。テッド自身なぜそうなったのか分からない。気が付けばいつの間にか紅く染まった手でナイフを握りしめていた。先ほどまでは父と楽しく会話していたはずなのだ。
そして父がこう言った。
「すこし目を瞑ってみろ」
その言葉に素直に従い目を瞑ったテッドだが微かな物音がしたので薄めを開けると、父がナイフを自分目掛けて突き出していた。慌てて避けてナイフを奪おうと父ともみ合いになった時に、倒れ込む形で父がテッドに覆いかぶさりナイフは不運にも父の腹部へと突き立っていた。
何が起こったのか全く理解できないテッドは、良く分からない何かが進んでいる事と父を刺した罪悪感でパニックに陥っていた。なぜ、父が、なぜ、殺そうとした、なぜ、俺は、父を、刺した。グルグルと
答えの出ない迷路に迷い込んだテッドは得たいの知れない恐怖に怯え後ずさった。
その時、家の扉が空き、母が入って来てこう言った。
「ねぇ。終わったの?もう死んだの?」
その言葉を聞いた時、テッドは、逃げなければ、と思った。そして悲しそうな顔を一変させ驚いた母を突き飛ばして外へと飛び出して走り出した。
どこに行くでもない、どこに行くあてもない、ただただ逃げなければ、そう思った。誰かに見つかれば何をされるか分からない。父も母も敵だったのだ。他の誰かなど信用できるものか。テッドはそのまま山へと逃げた。
そして数週間経った後、テッドは思う。どうにか父から教わった技術で生きていけるようにはなった。だがなぜ父は俺を殺そうとしたのか、いまだに分からない。しかしあそこに居ては殺されるだけ。そして今更戻れるはずがない。俺は父を刺した。もうこうやって村の外で生きていくしかない。
フランはとてつもない苦痛に苛まれる夢を見た。夢の中で初めはおいしいシチューを食べていたのだ。だが突然苦しくなり吐いた所までは覚えている。覚えている?とフランは首を傾げた。そして夢ではなかった事を思い出す。
フランは自分を悲しそうに見つめる父と母の顔を眺めながら意識を失ったのだ。その際、父がこう言っていた。
「今度生まれ変わって来るときは、良い子にするんだよ」
なぜ?どうして?わからない、分からない!私何か悪い事した?私良い子にしてたのに!
フランが絶叫しそうになりながらも必死に声を抑えている所に、急に扉が開いた。パニックを起こしてどうやらフランは気づけなかったようで、ビクッと驚いて扉の方を見ると母が立っていた。とめどなく涙を流しながらフランに縋りついて来たがフランは何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。
「逃げなさい!ここに居たら殺されるわよ!」
母の必死の懇願に何がどうなっているか分からないフランは答える。
「え?どうして?分からない。分からないよ。どうして?母さん」
そんなフランの問いかけも母は聞く気もないままに言葉を続ける。
「いいから!ここに居たら殺されるよ!父さんは今神父を呼びに行っているから今の内に逃げなさい!早く!鞄に食べ物入れたから!」
母は鞄をフランに押し付け急かすように家から追い出した。フランは本当に良く分からないまま家から遠ざかり、そして家を振り返り様子を見ていたのだが、やがて帰って来た父が怒号を上げ母をなじり殴ったのを見た瞬間、怖くなって一目散に村から逃げ出した。その時父が近所の人を集めているような声を聞いてこのままでは危ないから出来るだけ遠くに逃げないとだめだ、と感じ体力の尽きるまで逃げ続けた。
フランが逃走した後、フランの父は母にこう言った。
「お前は何を考えている!あの子を逃がしてどうするつもりだ!。あんな女の子を山に逃がしても狼に食われて終わりだ。なんて酷い事をするんだ!」
「酷いのはあなたです。何も殺さなくたっていいじゃないですか。」
「それがあの子のためなんだ。1人で生きていけるだけの力がないんだから」
「誰かがあの子を妻にしてくれたら良いじゃないですか」
「1人前の女でないのが分かっている子を妻にしてくれるはずがないだろう?子供を育てる時に失敗されたら困るだろう!そんな子が社会に居たって居場所なんかない。誰からも必要にされない気持ちを味わって辛い思いをするだけだ。なぜ自分だけ、とな!」
「でも殺さなくたって。どこかで頑張って生きていくくらいはいいでしょう?」
「いいや。あの子は絶対に恨むぞ、私達を。殺そうとした事を。そして村から追放されて辛い生活をする原因を。辛さから逃れる為にも、以前の幸福だった時を思い出し、そしてそれに焦がれる。なぜ自分はあの幸福な日々を捨てさせられてここでひもじく惨めに生きていかなければならないのか、と。そして生き残ればやがて私達を殺しに来るぞ。自分を苦しめたのだから同じ目に会わせてやる、と。願わくば他の誰かと出会って子を成さない事を祈るしかない」
「そうして人はコミュニティを管理出来なくなって溢れ出したの。」
マーガレットはそう締めくくる。そこにローレンシアが疑問を投げる。
「え、えと。それで帝国は?」
「ああ、そうね。こういった繰り返しの末、逃げた者達はどこかで死に、或いはどこかで出会い、コミュニティを形作っていったの。長く続けられる活動はやがて失敗を蓄積させて望まない結果に辿り着く事があるの。このコミュニティが互いに接触したらどうなると思う?元々のコミュニティは、相手を本来居てはならない集団だと思っているし、新しいコミュニティは、元のコミュニティを羨ましがるし、また、当事者なら恨んでいるかも知れないし、子孫なら近寄ると危険だと教えられているかも知れない。そんな2つが接触しても友好的になるのは難しいし、新しいコミュニティはより獣に近い生活を送る事になったから考え方が狩りをして手に入れる、という方法に近い考え方になっているの。だからやがて争い合い止まる事無く殺し合う事になるわ。片側は、居てはならない集団に居られると自分達の居場所がなくなるから。もう片側は、相手が持っている快適な生活が生きていく為にはどうしても欲しいだから。こうして争いは始まり憎しみの連鎖は続けられるの。ここまではいい?」
マーガレットはローレンシアに聞いた。ローレンシアも頷いて答える。
「人は争いながら相手の集団を取り込み規模を大きくしてまた争い、潰れて、また大きくなって、それを繰り返してやがて国と呼べるものを形作ってしまったの。人々は争って勝つ事で奪う事が当たり前だと思い、そして国の機関や技術や知識も奪い取る事が当たり前だと思うようになった。なぜなら目の前に存在し、奪う事で得る事が出来るから。それは獣が木の実を得るように、他の獣の肉を得るように、同じように知識や技術を得る事が出来ると思うようになったの。」
そしてマーガレットはおしまい、と言わんばかりに口を閉じた。それを聞いてローレンシアが改めて聞く。
「で、あ、あの。それで帝国は?」
「え。これじゃあだめなの?」
そこでマーガレットは首を傾げる。どうやら何かずれている事に気づいたマーガレットとローレンシアだがそこにローラから助言が入った。
「マーガレット様。お嬢様は帝国の歴史が知りたいとおっしゃられているのです。マーガレット様がお言いになられたのは人の興亡とそれにより数が増え続け国を作り帝国という規模になった、という事だけです。よろしければ私が」
「そうなの。僕はてっきり人間がどのように行動し帝国を成したかを知りたいのかと思っていた。なら頼むよ」
「はい。今マスター・ララが意気揚々とこちらに出向こうとしていますのでそれより早く終わらせましょう。
帝国の起源は2300年前だと言われています。それ以前も帝国のような国は存在していましたが、明確に皇帝を擁立し帝国を宣言しました。当時は混乱を極めたそうで帝国といってもその内部でも争いが続いたそうです。そして300年あまり経過した時、信託を受けた勇者が現れます。フェムトシュタイン王国の開国王アルベルトが信託を受け数々の試練を乗り越えエルフの助力を得て西方より帰還し国を興し、帝国西部を切り取ります。それ以降帝国と王国は領土を主張して争いを続けており決着が付きません。一方で帝国は南部、東部へと拡がり、時に内乱で縮小し現在の領土を得るに至っています。帝国北部は海に面するまで征服していますのでそちらに伸びる事はありませんが、沿岸部に海賊、それもかつての占領国の生き残りが襲撃を加えている状況になっています。南部はベルチア、ガシュアを王国が支援し南西部への侵攻を抑えていますがベルチアは激戦地になる事が多く荒廃しています。ベルチアより東は帝国南部を横切る山脈があるために、帝国が南部へ侵攻するにはベルチアを抜けるしかありません。一方で東部は山脈を迂回する形で東進後南下する形で侵攻していますがその経路によるコストの増大が思うままに侵攻を進めさせていません。いわば帝国は現在で出来る限り最大の大きさを占めていると言えます。そしてはるか彼方の東部や南部よりも身近な敵対者と戦う事のほうがはるかに利するために良くも悪くも外部から見ればその大きさは安定しています。これでよろしいでしょうか?」
「うむ。そうじゃ。それが聞きたかった。帝国も歴史が長いのじゃな。」
「一概にそうとも言えません。帝国は内乱により何度か内部では統治者が変わっています。しかし」
ローラはチラリとマーガレットを見た後に話を続ける。
「暗黒竜と呼ばれた皇帝カフダキアスがアイングシスを占領し黄金樹を手に入れた時からは安定して同じ皇族が支配しています。それが・・・」
「1300年程前。アイングシスは攻め滅ぼされました。」
ローラが言葉を紡ぐのに躊躇している所にマーガレットが割って入る。そしてまたローラが話し出す。
「それ以降、カフダキアスの血に連なる者が帝国に君臨していますが、それを支えるのが龍煌12星という化け物達です。暴力の象徴とも言える彼らが帝国に仇なす敵を、味方でさえも討ち滅ぼすのです。彼らがなぜ皇帝に従っているのかは知られていません。」
ようやく大まかな帝国の歴史を知れたローレンシアは納得できた。
「なるほどのぅ。どうあっても王国としては戦う事になるようじゃの」
「ええ。こちらが止めても相手側が止めないでしょう。規模を広げている間に遠くは疎遠になり他人に近くなるのでまた攻める対象に早変わり、を繰り返しているいわばネバーエンディングストーリーです。それに気づけるだけの思慮があれば良いのですが現状がそれを許さないようです。」
そう言ってローラは締めくくった。
話も終えたところでローレンシア達は既に話す事も粗方終わったというのに意気揚々と部屋に来るであろうマスター・ララがどんな反応をするのかに思い巡らしながら待つのだった。




