S057 勇者の星
コメディぽいのを読みたい方は前半だけどうぞ。
ジトリと湿った嫌な空気が漂う魔王城で2人はついに対峙した。
重厚な雰囲気がネットリと絡みつくように薄暗い大広間には彼ら2人だけが立っていた。
勇者と魔王。ありきたりで何の面白味もない特に語るべき事もない配役。
それでも人族は勇者を欲し魔王は魔王である事を自ら欲した。
長かった、と勇者ビューマは思った。
ここに来るまで皆が陽動を買って出て、そして足止めをしてくれた。
大戦士サモンが自慢のハンマーを肩に担ぎ、肩越しに『お前を倒すのはワシじゃ。それを忘れるな』と言いながら口元に歪んだ笑みを浮かべて送り出してくれた時は涙が出そうになった。
皆、無事でいてくれ、と淡い期待を心に秘め、ビューマは魔王カケイマンを睨みつける。
そんなビューマの想いなど知った事かと言わんばかりにカケイマンは高らかに笑う。
「ハハハ!たった1人!たった1人で俺の前に立ち何が出来るというのだ!笑わせてくれる!貴様の骸を手土産に人間共の国を蹂躙してやろう!」
マントを翻しながら腕を高らかに上げビューマを指差したカケイマンを不敵な笑みでビューマは見つめてこう言った。
「出来るものならやってみろ!これが躱せたらな!」
そしてビューマは振りかぶった。
「ちょっと待て!」
ビューマはカケイマンの一言に動きを止め、話しかけた。
「本当はボークなんだが仕方ない。なんだ?」
「それだそれ。何をしてる。勇者なら勇者らしく剣で来たらどうだ。そこに魔法を織り交ぜチャンチャンバラバラそれがロマンてもんだろう?それにまず名乗れよ、他魔人様の家に来たら常識だろう。それに何を投げようとしてる?」
ビューマはカケイマンの台詞に面倒そうに眉を顰めながらも答えた。
「俺は勇者ビューマだ。何って魔球だ。それにどう戦おうが俺の勝手だ。もういいか?」
「良くねぇよ!・・・ん?マテ、ビューマ、ビューマ、あ、お前爆弾魔ビューマか!」
「爆弾魔じゃない。勇者だ」
「変わんねぇよ!よりにもよってブラックリスト最上位の奴を送り込むかよ。もっとましな奴送り込めよ。人族は常識知らないのかよ・・・」
なぜか変な所に文句を言われたビューマだが気にしていなかった。
「ほう。俺の名も広まったものだ。これはサモンの奴にも自慢できるな」
「出来ねぇよ!出てくりゃポンポンポンポン爆弾投げやがって!無差別すぎんだよ!」
そう。勇者の為に陽動や足止めを買って出た仲間の真の狙いは「巻き添えを喰らいたくない」だった。
そうとは知らずそんな事を気にせずにビューマは言った。
「もういいか?」
そして返事も待たずに魔球を投げた。
カケイマンもさすがに驚いたがなんとか剣で打ち返す。
魔球は軽快な音と共に天井に当たり轟音と共に爆発した。
パラパラと塵が落ちてくる中、打たれた球を振り返りながら眺めたビューマは顔を前に向けこう言った。
「さすが魔王の名は伊達じゃないな」
「うれしくねぇよ!剣で来いよ!剣で!」
「まだだ。まだ終わらんよ」
何か格好いい台詞を言いながら問答無用で第2投を投げるビューマ。
それを迎え撃つ魔王。一進一退もしない白熱の攻防が幾度となく繰り広げられた。
そしてしばらくしてカケイマンが言い放つ。
「ゼェゼェ・・・、一体何個あるんだよ!」
「これは俺の命で作った球、俺の命そのものだ。俺の命が尽きるまで投げ続ける」
「ちょっとは自分を労われよ!剣でいいじゃねぇかよ!」
「それは美しくない」
「命賭けてまでこだわるなよ!」
「戦いとは、爆発とはアートなんだよ」
「ヤベェ・・・。頭おかしい奴丸出しじゃねぇか・・・。相手したくねぇ」
ビューマはカケイマンを別の意味で恐れさせた。
しかしそんな無敵を思わせるビューマに変化が訪れた。
突然片膝を付き荒い息をし出したのだ。
さすがにカケイマンもまともに?戦っていないのに弱っているビューマになんとも言えない気持ちを持ちながら声をかけた。
「おいおい、意地張って無茶するからだ・・・」
「ビューマ!」
そこに女の声が響いた。
ビューマが振り返り、カケイマンが遠くへ目を向けると一人の女性が大広間の入り口に立っていた。
その女性を見てビューマは思わず声を張り上げた。
「ネイサン!」
勇者パーティのメンバー、祈祷師ネイサンの姿がそこにあった。
「ビューマ!無茶しないで。あなたはいつもそうやって!」
「大丈夫だ!気にしないでいい。それよりサモン達は?」
「私に先に行けって。皆、あなたが無事に帰ってくると信じてる。それに私の祈りも届いた?」
「ああ、充分だ。これなら勝てる!」
そう言ってビューマは立ち上がる。
そして渾身の一撃を投げる為、精神集中する。
そんなビューマを見ずにネイサンは魔王カケイマンに向けて、申し訳なさそうに会釈をした。
魔王カケイマンもどうやら普段から苦労しているんだな、と察し会釈を返す。
実際、ネイサンがカケイマンに申し訳なさそうに会釈をする理由はない。理由はないのだがもはや習慣なのだ。魔族が街に攻めてきた。勇者ビューマが撃退した、街諸共。そこでいつも尻拭いさせられるのは姉であるネイサンの役割になっていた。事ある毎に問題を起こすビューマ。でも勇者だから謹慎させる事も出来ず対魔族の貴重な戦力でもあるからストッパーとして、後始末をする要員としてネイサンがいるのだ。
ネイサンが一人ここに来たのも理由がある。
サモン達と一緒に戦っている時に、何度も轟音と振動がして魔王城が倒壊するんじゃないかと皆、ヒヤヒヤしていたのだ。「あのバカがまたやってやがる」と、皆、同じ志を胸に抱いて先に行ったビューマの事を思い、このままでは魔王城と心中だと思ったサモン達は、急遽ネイサンを先に行かせたのだ。
そしてネイサンの役割はビューマのストッパー。そして彼女は祈祷師。彼女は大広間につくなり即座にビューマに向かって祈りを捧げた。
弱体化の祈りを。
いわゆるデバフというやつである。初めの内は効果があったのだ。しかしいつからか効き目が弱くなった。先程もデバフの効果で片膝をついたのだが、それもビューマは気力だけで押し返してしまった。なまじバフがかかっていると思っているからか、デバフがかかる前よりもなぜかいつも強くなるのだ。それが勇者の真の力なのかプラシーボ効果なのかはネイサンには分からなかった。
「ビューマ!無茶しないで」
ネイサンは心の底から叫ぶ。このままでは一大事だ、と。しかしその声はビューマには届かない。すでにトリップしていたからだ。
どこか虚空を眺め薄ら笑いを浮かべてニヤケ面のビューマにドン引きしているカケイマンだが魔球のお蔭でうかつに近づけない。近くに寄れば寄るだけ打ち返しにくく、ビューマから寄ってくるならともかく自分から行けば全力で至近距離からぶつけられる。奴は本気だ。多分自分が巻き込まれる事など気にしない。いや、分かってない、が正解だろう。それに振りかぶらずにクイックスローなんて真似もしていたのだ。やけになってポンポン自分諸共爆発されてはカケイマンも無事では済まない。サワルナキケンとはまさにこういった時に使うのだろう。
そんな2人を見ながらもネイサンは過去を振り返る。ああ、あんな育てられ方さえしなかったら、と。
「立て!ビューマ!立つんだ!」
父ゲキテツはそう叫んだ。
「でも父さん・・・。こんなの無茶だ・・・」
「無茶でもなんでもやってのけろ。それが勇者だ!お前もいずれ勇者になるんだ。今から慣れなくてどうする!いや、お前は勇者の中の勇者、勇者の星になるんだ!泣き言は許さん!」
ゲキテツはそう言い切り、容赦なくビューマを爆弾で吹き飛ばした。何度も何度も吹き飛ばされるビューマ。それをただどうする事も出来ず心配そうに眺めるネイサン。その時はネイサンも全力でビューマの為に祈ったものだ。だから祈祷師という職業になれたとも言える。しかし当のビューマと言えば、何度も繰り返される無茶な特訓の末に自暴自棄になり半分夢の・・・、夢にまで見た世界へと逃・・・、足を踏み入れそして勇者の力を発現させた。ゲキテツの望んだのは恐らく勇者の力で剣を作り出し、ゲキテツが投げる爆弾を打ち返すか切り落とす事だったと思われる。しかしビューマが手に入れた力は魔球。ゲキテツの投げた爆弾にぶつけ相殺し更にゲキテツに向かってこれでもかと投げるビューマ。その時からビューマの中で何かが壊れたのだろう。
そして今やあれである。この時ばかりは生前葬を済まし湯治中のゲキテツに恨み言の一つも言いたくなる。ゲキテツをヤッテシマッタと心に傷を作ったビューマに対してゲキテツは自分が死んだ事にした方がビューマのためになると言い出したのだ。そして結果がこれである。ある意味皆が期待した方向とは違う方向に吹っ切れた感満載の今のビューマを阻めるものはいなかった。
やがて精神集中を終えたビューマが特大の魔球を作り出す。
「いくぞ!Die-リィィィィグ!ボォゥル!」
「止めて!見てられないわ!」
妙な発音をして色々と痛すぎるビューマの姿をこれ以上見てられないとばかりにネイサンは手で顔を覆う。
「俺は勝つ!」
そんなネイサンの言葉も聞こえないビューマは今までよりもはるかに高くつま先が天を指すくらいに足を上げ振りかぶる。
カケイマンはビューマを凝視しながら腰を低くし迎え撃とうと剣を構える。
今まさに決着の時を迎えようとしていた。
しかしその時、異変が起こった。
突然ビューマがふらつき始めた。
脂汗を滲ませ苦しそうな顔でわずかに震えるビューマはこう呟いた。
「足つった・・・」
ビューマは突然の痛みを感じながら『慣れない事はするものじゃないな』とどこか達観していたが手は塞がれ足は少しでも動かそうとすれば更に痛みそうな為にどうする事も出来なかった。
そんなビューマをハラハラしながら眺めるカケイマンがいた。
「おい!大丈夫か!?とりあえずそのアブなかっしいモノ降ろせ」
「だ、だから足つって下ろせないって」
「そっちじゃねぇよ!」
いつ倒れるか分からないビューマをカケイマンとネイサンは手を出そうか出すまいかと躊躇しながら見守るがやがてカケイマンが恐る恐る近寄る。
「おい、そのまま動くな。俺がその球を取るから。それから足下ろせ、な?」
「だが断る」
「なんでだよ!」
強情なビューマに思わず声を荒げたカケイマン。
その時、歴史が動いた。
ビューマの注意を惹き付けながらカケイマンはネイサンにアイコンタクトを送り、頷いたネイサンはビューマの背後からゆっくりと近づいて行った。今まさに人族と魔族が一つになった、そんな瞬間だった。
しかし世の中とは常に無情なもの。カケイマンとネイサンが、そして奇しくもビューマが協力した奇跡の瞬間はあっけない最期を迎える。
またも突然ビューマが泡を吹いて白目を剥いたのだ。それを見たカケイマンは何事かと驚いたが、まさか、と冷や汗を流す。嫌な予感が過ぎったのだ。そしてある言葉が脳内で繰り返される。
これは俺の命で作った球、俺の命そのものだ。俺の命が尽きるまで投げ続ける・・・、続ける・・・、続ける・・・、そんな言葉が反芻されるカケイマンの表情を見て疑問を抱くネイサンが首を傾げた時、ビューマはポテリと棒のように横に倒れた。
「「あ」」
カケイマンとネイサンが思わずハモった。
サモンは後ろを振り返る。ようやく魔族と共に魔王城を脱出して安堵した所にいきなりの大轟音と共に魔王城だった瓦礫が四散し降り注ぐ。お互いに『ここにいてはマズい』と思い一致団結して逃げたのも束の間、容赦のない瓦礫の雨に皆が逃げ惑う。
「バンチュート!」
サモンの目の前で共に戦った魔術師バンチュートに瓦礫が当たり倒れた。バンチュートを抱き起すも瀕死の彼はサモンにこう言った。
「お、俺の事はいい。ビュ、ビューマを、頼む・・・」
そう言い残して彼は気絶した。彼の願いを聞いたサモンは真剣な面持ちで頷きこう思った。死んでもごめんだ、と。
バンチュートの上体を起こしながらも瓦礫の山と化した魔王城を眺め、サモンは確信した。
脅威は去った、と。色々な意味で。
しかしサモンは目を疑う。目の良いサモンには城の中央に積み重なる瓦礫が動くのが見えた。
まさかあの惨状の中を生き残る事が出来るものがいるのか。
驚愕に目を見開くサモンの前でゆっくりと瓦礫が持ち上がり横に倒れる。そこにはネイサンを抱きかかえたカケイマンの姿があった。
カケイマンにも自分がなぜそうしたのか良く分からなかった。だがあの時芽生えた連帯感が、確かに分かり合えたのだと感じ、気づいたら思わずネイサンを庇っていた。
「ぐぅぅ・・・!」
さすがのカケイマンもあの魔球の爆発を受けて膝をつく。助けられた事を知ったネイサンがカケイマンの身を案じ祈りを捧げ始める。自分の足で立ったネイサンはカケイマンを心配そうに見つめ聞いた。
「どうして私を助けたの?あなただけなら逃げれたはずなのに?」
「どうしてかな。どうにもあなたを他人とは思えなくて」
そこにはビューマ被害者の会の確かな絆が存在していた。
1年後、人族と魔族は平和条約を締結した。お互いに思う所が色々あり、同じ過ちを二度と繰り返さぬ為に、あんな脅威は二度とごめんだと思った為に、紆余曲折した末にお互い歩み寄った。
そして教訓として球の勇者ビューマの像が魔王城と王城に飾られ、人族も魔族もその像を見て争いとは無益なものだと心に刻んだという。
そう。確かに球の勇者ビューマは平和を齎したのだ。その身を賭して。
「というような事は起きるのじゃろうか?」
「あり得ますがお嬢様の教育には良くない点がございます」
「マジで?」
「マジで。いえ、お嬢様。言葉をお改めください」
「ほんとうに?」
「ええ、本当に。ちなみにどこか分かりますでしょうか」
「ビューマが危ない奴でカケイマンが実は良い奴ってところかの?」
「いえ、それはお話の中なのでこの際良しとしましょう」
「それは良いのか・・・。じゃあカケイマンとネイサンの種族を超えた友情?かの?」
「それも高度知性体同士での協調が得られるのであれば構いません。お互いにとって必要なのは滅びないで安定した、あえて苦しいと表現する状態ではない世界です」
「じゃあ、何がじゃろか?」
「それは基礎教育も出来ていないのに専門教育をした事です」
そう言ってエールトヘンは話し出す。
役割分担について言いましたように、役割分担するという事は他の分野の知識が足りなくなるという事です。つまり、その分野で詐欺行為、偽装工作が行われても検証する能力がなくなり、詐欺行為をしている分野そのものにその分野の検証を依頼する形になってしまう事になると、正しい検証などされなくなります。故に各分野に属する人物は自分達の分野でルール違反になるような行為が行われていないかを自分達で検証し続ける義務が生じます。
しかし、人とは弱い生き物で、食べねば生きていけません。賄賂、媚び、偽装工作など保身の為の行動を行うようになります。ほんのわずかな時間であれば失敗せずに居られるかも知れません。しかし長い年月の間に失敗する事もあるでしょう。その時、善人でも悪人でも同じ集団に属する利害関係の一致した相手の罪は見逃してしまいやすいのです。そして互いに互いの弱みを握るようになると馴れ合いが生じます。自分の罪をばらされたくなければこちらの罪もばらすな、あなたも小さな失敗をするのだから指摘されたくなければ同じようなこちらの罪も指摘するな、となり、正しくなくともデファクトスタンダードとして成立します。その状態になるとその集団は多少のズルをしても互いに損失を与えないのなら黙認するようになります。
ここに瑕疵が生じます。集団の属するものの内、その分野の最先端にいるのは極僅かです。その黙認した行為がその分野の成長発展を阻害するかどうかを理解しているかどうか分かりません。また、その分野の最先端にいる人物も、他の分野の知識が足りない為に黙認した行為が本当に自らが属する分野の成長発展を阻害するかどうかわからない可能性が高くなります。そして黙認された行為はやがて別の視点を持ちます。集団内で黙認された不正は、集団内から情報が漏洩しない限り外部には漏れない、という視点です。そして漏洩しないならばれない範囲で不正に利益が得られるように状態を作り変えてしまえ、となるのです。
その黙認した行為を抑制するものは何かと言えば、高い知性と客観的事実です。客観的事実というのは、時間上は収束し安定した状態になった後に適用出来る事実、空間上はこれ以上広がる事が出来ない規模にまで広がった場合に適用できる事実、つまりは現在の世界における事象の終着点にある事象の集合を指し、理想は現在を含めた、現在で考えうる事が出来る未来に構築される集団の規模での客観的事実です。その一形態は神の教えとして示されます。そしてその枠から外れる場合には論理性を用いて証明する必要があります。
では神の教えを外して考えたとします。神の教えそのものはその枠から外れたものはいなくなった、という経験的事実から生じたもので、それに代わる論理性がなければ外してはいけないものですがあえて外したと考えます。つまり、制限するものがないのです。倫理観、モラル、全体に共通に存在するルール、それらを全て外した場合、集団はその集団に属する者の利益を優先し、独自のルールを築き上げ、互いに庇い合い、派閥を形成するのです。そして利益を優先するために利害関係でつながる集団となり、利害関係の不一致から各分野は互いにけん制し合い、隠し合い、分野内でも分裂し派閥を形成します。その分野の成長発展よりも、その分野でのポジション争い、いわゆる椅子取りゲームに力を注ぐようになるのです。各分野を正常に機能させる事で社会を安定させそこから生まれる利益を分配する、というあるべき姿から、より個人主観になり、自身の保身を優先し、自身が利益を得る事が出来なければ、自身が身の危険に晒されるなら、自身の属する分野の効率など優先順位の低いものだとみなしてしまうのです。この極端な例えとしては、自身が利益を上げる事が出来なければそれは科学ではない、故に科学とは自身に利益をもたらすものであり、利益を得てよいし得る事が出来なければならないという暴論があります。これと同じものとして宗教にも、自らを救わないならそれは神ではない、というものがありますがその根底にある精神は同じです。神は救いを齎すから神であり、救いを得て良いし得る事が出来なければならない、から要求して良い、と考えるのです。保身する為または欲望を満たす為にはそれが絶対条件であるから根拠があろうがなかろうが自らの欲求を満たすために押し通そうとするのです。
そして他の分野からはそれぞれの専門分野の知識が足りないために検証能力が足りず実態を把握するのは難しく互いに把握する事が出来ません。
では検証能力はどれだけあれば良いのでしょうか。理想では社会で行われる全ての活動に対しての判断能力がある事が望ましいのですが、役割分担する事でそれはまず不可能になります。また、たとえあったとしても規模の大きい社会の全ての個人の活動を監視する事は難しい為にどうしても瑕疵は生じます。つまり個人の能力ではどれだけあっても足りず、ではどれだけあれば個人に求められるものとして充分かを知る必要が出ます。しかしその明確な基準は分かりうる限りの全ての事象が出そろった後、事象の終着点でしか定義できず、それまでは徐々に精度を上げていく事になります。しかしそれではどの時点でどれだけの検証能力を持っていれば良いのかは大まかにしか定義出来ません。
そもそも検証能力を構成するものは何でしょう。それは方法と自制です。なぜ自制が必要かと言うと、どれ程高度な検証方法を有していてもその本人が悪人であればその結果に信用が持てません。勿論そのような個人の干渉を排除できる方法が望ましいのですが、計器の調整、整備不良、試験時間の調整、時間稼ぎもしくは短縮、運搬時の不自然な揺動、気づかれない範囲での計測値の読み間違え、など小さなものから、データの偏った抽出、偽装工作など大きなものまで、微差を稼ぐものから成果自体の改ざんまで、やり様はあるのです。その要因としては、利害関係の一致、端的には賄賂などの手法で、或いは私怨で結果を偏向させようとする場合もあります。
自らに不正の意図がないにせよ、個人の能力の限界があるために自身の周囲の物事を検証するには資源や時間を含めたリソースは足りません。では個人では最低限どうすれば良いのか、という答えとしても自制です。
理想論になりますが、社会の中で意図的に悪事を働く者がいなくなれば社会は安定します。過失により発生する事故などはありますが善人であれば、和解しやすく今後の課題に焦点を向けがちですが、悪人ではいかにそこから最大限の利益を得るかのみに固執するために新たな争いの原因を作ったりします。では自らはそのどちらでいる事が望ましいのか、という答えが善人でありその為に自制が必要になります。
次に方法です。検証方法は対象となるものがどれだけ専門分野に深く関わっているかで難しさが変わります。役割分担する事で自らの専門分野の知識はある程度ありますが他の分野の知識は低くなります。そのため自らの専門分野に関しては不正を行わないように、行わせないように行動する必要があります。そして、それは根本的に自らの生活に関わる範囲については同様の行動が必要になるという事です。社会の中での生活における活動は自ら行うものであり、直接に結果を得る事が出来ます。そしてその活動は集団の規模に合わせて数が増し、結果の蓄積も多くなります。それだけ行動の結果が分かりやすく検証しやすい事になります。それらの情報を用いて、自身が間違った行動をしていないか、させられていないかを検証する必要があるという事です。
役割分担するという方法はその条件として自身の分担においては自身の能力で出来る限り正常に機能させる事が前提でした。しかし規模が大きくなり社会全体が一個の運命共同体ではなくなった時から不正を行っても自身の生死に問題を生じないためにその有用性を低下させました。当初の役割分担の方法だけでは対処出来なり、それに代わる方法か改良案が必要だという事です。この問題があるために先ほどの社会活動における自身の行動を検証するという行動が必要になります。
各専門分野の知識は足りなくとも、そこから生じる不正に加担していない事を証明するために自身の行動を検証し自己の正当性を確保する必要があります。自身もしくは自身の生産物が他者の権利を不当に侵害するために使われていないか、を確かめる必要があるという事です。それは社会の初めにあったルールであり、社会を成立させるための根本的なルールから生じます。怠ればいつの間にか騙され不当に他者の権利を侵害し、つまりは襲い掛かるようになっているかも知れず、争いは連鎖的に生じ続けます。
しかし自らが不正してでも利益を得たいと考えます。その場合自らの専門分野において同僚と結託して他の専門分野からは分からないように偽装したとします。その場合、より確実に不正に利益を得続けるのはどうすれば良いのか、と考えるようになります。すると、他者の検証能力を低下させれば良い、と方法を導き出します。そして、そもそも検証されなければなお良い、とも考えます。
それぞれがそれぞれの生活に追われ他の物事にリソースを割く余裕が無ければ無い程、検証はなされません。それぞれに専門分野での活動だけに注力するように仕向ければ他の分野の検証はしなくなります。その為にはより自由な競争原理が必要だ、となります。また、より欲望を満たしやすくする事で他にリソースを割けばそれだけ利益を得る事が出来なくなると考えさせるために個人能力主義を推奨し自身の分野のみに全てのリソースを割くように仕向けます。
一方で検証能力の低下を行います。一般教育を施さず専門教育のみを行うのです。社会の成り立ちなどを考えさせる事なく、役割分担に必要な知識だけを得させて検証能力自体を奪うのです。そうすれば自らが不正に加担している事すら気づかずに役割分担し、利益を供給してくれるようになります。
ですが自分達はリソースを失わず、他の専門分野へも影響力を残す。そうすればイニシアチブを握る事が出来、優位に交渉し支配する事が出来ます。これの最も効果的な方法が経済支配であり利息というシステムなのですがここでは焦点がずれますので割愛します。
つまり幼少からの専門教育というのは役割分担というシステムが正常に機能している前提でしか瑕疵のないように運用出来ません。それはつまり専門教育を施される側からすれば他人の善性に期待する、という事です。そして往々にして専門教育を施される側はそのように行動するからこそ都合の良いように使われ教育されるという結果にも至ります。より道具として性質を全面に押し出されるのです。
自身が他者の権利を侵害していないかを知るために、そして自身の権利が他者から侵害されていないかを知るために、専門教育を施す前に一般教育として論理教育を施す必要があります。その欠点も勿論あります。検証能力を得るという事は疑う能力を強化するという事です。疑いなく教育を受け入れる事をせず時間をかけてでも騙されていないかを確かめようとします。それは出来る事を増やそうとする効率性を重視する教育においては問題を生じます。しかし、教育を受ける本人にとってどちらが自身のリスクを低下させるかはわかりやすいと思います。
「というわけですので、お嬢様のお話ではいささか特殊で虐待に近い訓練が問題とも言えますが、一般の専門教育に関してはこのようなセキュリティホールが存在していますので注意が必要です。勿論お嬢様には情操教育から順に行なっていきますのでご安心を」
エールトヘンがそうやって締めくくろうとした時、ノックが聞こえ待ち構えていたローラが扉を開けようとするので、ローレンシアは『奴か』と予想できた。
そしてマスター・ララが入室し、軽く目礼をした後に話し始める。エールトヘンもそうなるのは予想できたので口を挟まなかった。
「お嬢様。専門教育の罠は他にもありますよ。乗っ取りや他者を貶めるためにも利用されるのです。
例えばスポーツ選手。一流のスポーツ選手は高額の報酬を貰えると大々的に宣伝したとします。するとそれに夢見た者達が子供をスポーツ選手にさせようとします。しかしそんな高額の報酬を受け取る事が出来るのはほんの一握りで、他はあきらめる事になります。その時、通常の職を目指していた者達とは方針変換した事による差が生じ不利になるかそもそも機会を失います。つまり、自分達の集団以外の大多数にそのような宣伝を行い、夢を見させて行動を間違わせながら、自分達はその罠にはまらずに通常の職につくように行動すればそれだけで大きな差を得る事が出来ます。そして、シェアを奪えるのです。すると進む道を間違えた側は弱い立場になり、受動的な立場になるために操られやすくなります。」
そしてエールトヘンが引き継ぐ。
「ですからそういった罠を見破るためにも王国では専門教育は一般教育後となっており、一般教育を済ませていなければ実際に高度な知識が必要になる専門分野への配属はされないようになっています」
またマスター・ララが引き継ぐ。
「それは当然の事だと思いますよ。社会が役割分担を正常に機能させなくなったのなら全体は運命共同体ではないために個々人は最低限の自衛が必要になります。運命共同体であるとするならそれは、ファームウェアが共通で専門分野というモジュールの暴走がファームウェアを破壊しモジュール自体も潰してしまうためにそれぞれのモジュールはファームウェアを破壊しないように組む必要がありそうしなければならないという前提が出来ます。しかし運命共同体ではなくなるという事は、分離可能なファームウェア同士でつながった上部にモジュールが繋がるという事です。他者のファームウェアに脆弱性がありセキュリティホールが利用できるならそのセキュリティホールを最大限活用し利益を得ようとするでしょう。ですから最低限の検証能力を持たない者に専門分野、それもより高度な専門分野を担当させる事は危険な事なのです。そして、その方法が不正に利益を得る方法として効果的であるから多用されるのです。子供の頃から洗脳すれば良い使い捨てフィルターになるのですよ。」
そしてエールトヘンが締めくくる。
「ですのでお嬢様。一般教育も怠ってはいけません。相手を信用するのも良いですが、信用して良いかを確かめる方法をまず身に付けてください。情操教育は自身がどのような感情を持つか知り、それを制御する事から始め、そして他者も同じような感情を抱く事を知り社会の中で倫理観やモラルを育むためのものです。さあ、今日も頑張りましょう」
die rig ballですw。




