表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/322

044 フレデクの野望 ~全国版~

フレデクさんはいつでもやる夫

「ええい!どうなっておる!」


怒声と共にフレデクは杯を部下へと投げつけた。杯はわずかに顔を逸らしていた男のこめかみに当たり、中身が零れ服を汚していく様を見ても彼の怒りは収まらなかった。杯をぶつけられた男は内心「てめぇ!」と思いながらも口に出す事もなく下手な発言をすれば後でネチネチと陰湿な嫌がらせが待っているのでわずかにしかめっ面をした後は目線を下に下げ報告に徹する事にした。


「ハ。当初の計画では既に亡き者になっているはずでしたが、いまだに攻略出来る算段がつきません。ごみ収集車の従業員に扮して情報収集していた者はごみ箱に叩きこまれてハンツ商会の前に放置されておりました。また、屋敷へ侵入した工作員は捕らえられ鉱山送りの途中で始末しましたが情報は漏洩したようです。暗殺者ギルドへの依頼も、『桁が一つ程違う』と言われ頓挫しております。こちらで雇った者どもは遠距離から魔法と狙撃を行いましたがまるで効果なくいとも容易く制圧されたと報告を受けています。ハンツ商会を介して屋敷の食糧供給をこちらに切り替えさせようとしましたがどうやらハンツ商会がフレデク商会の王都でのカモフラージュである事がバレているようでしていかに有利な取引を持ち掛けても一向に応じようとはしません。ばかりかハンツ商会の取引先に攻勢をかけ価格競争が行われました。結果としましては当方の勝利ですが若干の譲歩をする結果となりました」


それを聞いていたフレデクは怒りのあまりに歯ぎしりしていたのだが、最後の報告にようやく溜飲を下げたようでフンと鼻を鳴らしてから話す。


「アーデルハイド風情に食糧で負けるわけがないだろう。東部の広大な土地に安い人件費。足りない分は強力な伝手で安価に輸入も出来る。シェアを奪ってしまえば相場など後はこちらの思いのまま。食料を握られた連中など恐れるに足らん」


それを聞いていた部下は『ああ、こいつバカなんだ』と思いつつも『全くその通りです』と言わんばかりの顔をしてご機嫌を取っていた。確かにフレデク領は土地は広い。がしかしいまだに数百年前の戦争の影響が残っている。なぜか。それはこの目の前の厚顔無恥の一族が内政を無視して領地拡大のための政争に明け暮れたからだ。東部では誰もが知っている事で『こいつが領主でなければ』と何度領民は愚痴を漏らしたか数えきれない程だ。領地復興のために使う資金を国外から食料買い付けに回したのはまだ良い。食わねば死ぬからだ。しかしその食料を売って得た財産でやった事は後ろ暗い事ばかりだ。領民ですら漠然と領主のしている事を勘付いている。まあそれはそうだろう。いつまで経っても復興支援されず耕されない畑を長い年月眺めれば皆噂し、領主が陰でやっている事も回り回って耳に聞こえてくるというものだ。どうやってか安価に食料を買い付けるという手腕は誉めれたものの耕すより安いとほざいて畑を放置し領内生産を疎かにするその考えは確かに商人のものなのだろう。だがそれで領内の商売が成り立つか?という所にこの男の一族は頭が回らなかった。そして稼いだ金は同じように復興途上の他領を併呑するためにばら撒かれ、食い荒らすだけ食い荒らし終わった100年程前からようやく内生産に取り掛かるも、もう領内にノウハウを持つ人材はほとんどおらずに流出しいまだにその影響が残っている。領内の残ったのは領軍相手に商売している連中や退役者、そしてフレデク侯爵家を称えていればおこぼれにあずかれると思っているような連中がほとんどを占め、王都から派遣された技術指導員も匙を投げるような連中ばかりだ。近年は多少増しにはなってきてはいるがそれもまだまだで、言ってしまえばフレデク領の産業は領主が"外国との取引により安価で仕入れる食料"が基幹になっている。そんな状態でもし外国との取引がなくなってしまえばどうなるかなど考えるに恐ろしい。そもそも価格競争に勝ったと言っているが正しくは価格競争させられたのであってその結果利益を減らされている事に気づいているのか甚だ不安だ。相手は初めから勝つつもりはなく、勝ったら勝ったで良い程度だったろう。攻勢を仕掛けてくるのであればその資金を、交渉の際のイニシアチブを弱めるための工作。短期間で勝負をつけることが出来なければジワジワと聞いてくるだろう。


男がそんな事を考えていると目の前の厚顔無恥、いやフレデク侯爵は次の報告を促してきた。


「それで西方諸国との取引はどうだ。アーデルハイドのガキにデカい面させておくわけにはいかん。西方の毛皮、陶器、武器防具。流通経路は押さえたんだろうな」


男がブチブチと心の中で不平不満を垂れ流している所に追い打ちをかけるような言葉が告げられ、男はまた『そんな簡単に出来ると思うならやってみろよ』と思いつつもあえて酷く焦っている振りをして答える。


「いえ。それがイマイチ。西部主要3カ国はイー・ストライ湖南部の他国経由での取引には応じられないと返答が来ています。取引はあくまでも隣国としてのフェムトシュタイン内のみと強く念を押されました。セルマに至っては『開国王と姫が手を取り合って進んだ暁の道を辿るのが伝統だ』と言って取り合ってももらえませんでした。同じくドワーフ、獣人ともにあえて取引するだけの魅力がないという判断のようです。西国は食料に関してはセルマという豊かな生産国があるためにわざわざ遠くから輸入する必要がないからだと思われます」


男が話し終わるか終わらない内に分厚い机に拳を振り下ろして血走った眼で喚き散らし始めた侯爵を横目に男はまた内心で毒づく。そもそもが戦争で荒れた土地でなければ食料を買い付ける必要があるほど需要があるはずもない。フレデク侯爵領内で取れる麦も芋もはっきり言って良質ではない。領の西側に存在するブドウ園やオリーブ畑では珍しく良質なものも取れるがそれもそのはず、彼らは元々がそこを自領とした貴族の末裔であり、強引に爵位を譲らされた経歴を持つ。彼らは領内のフレデクと縁戚を結ぶ事で生き永らえた一部の貴族の下にはいるが、フレデク家はその配偶者の家とも実のところ折り合いが悪く、彼らがフレデク家のために自慢のワインや油を差し出す事などなく何度か命令されても『賊の襲撃に会った』、『事故に遭い運搬途中で廃棄する事になった』などと、まるでフレデク家に関わるとロクな事がないと言わんばかりに報告が来る。彼らなりの意趣返しなのだろうが、それもこの厚顔無恥な男はまるで気づいていないようだ。その度に勝手に売買契約をしたが品を用意出来ずに違約金を払うという赤っ恥を晒すその度胸だけは男も認めていた。そして『クソが!絶対ヤツらだ。そうまでして邪魔をしたいか』などと巨大なブーメランを投げる根性も認めていた。そんな男の様子などまるで知らぬかのように散々喚いたフレデク侯爵は更なる報告を促した。


「ガシュアとはどうなっておる。新たな主要商品の取引は可能か返答は来たのか。ワルトロー地方の大麦、シェーバの豚は。あやつらどんなものでも取り寄せて見せますと言っておったではないか」


ああ、どうしたものか、と男はまたも内心で呟く。そんな商人の社交辞令を真に受けるなど本当にこいつの先祖は商人上りかと言いたくなる。そもそもだ。ガシュアガシュアというがガシュア国と取引しているのではなくそこにあるミゼルタ商会と取引をしている。そしてそれすら実際は怪しい。ガシュアに籍を置いてはいるがどうにも胡散臭くおそらくあれはフレデク商会におけるハンツ商会のようなものだと推測する。では実際はどこと取引しているのかと考えると薄ら恐ろしいので考えないのが精神衛生上好ましいと思い今日に至っている。何度か同僚が消えた実績を持つこの環境では知らぬが華だ。そこまで一瞬で思考をめぐらした後、男はこう告げる。


「どうやら競争が激しくなり中々手に入らないそうです。何でも取引を妨害するかのように契約をしようとする商会があるそうで、ミンツ商会というらしいです。ガシュア籍の商会で新参ですがそこそこ力があるそうで良いライバルだと言ってはいましたが領内ではないために親切心からの援助も出来ない状態です」


「ぐぬぬ・・・。わしはフレデク侯爵だぞ!それがどうしてこうたったひとつの子爵家相手にうまくいかぬ。お前たちがふがいないからだぞ!」


「申し訳ありません。これまで以上に全力を尽くします」


「もうよい!さっさと次の段取りに移らんか!」


「ハ」


そう言い男は「ようやく解放されたか」という心地で部屋を後にする。西部と東部では事情が違う。東部では戦争による動乱の影響でならず者を使った脅しも効果があったからそれも長続きした。そして東部は移民受け入れのためのモデル地区に近い。楽観的な連中を捕まえては労働力に変える事は出来たがそもそも教育レベルの低い傾向の移民を使った所で技術力が身につくはずもなく、野放しのままと言える。そんな場所と治安の良い場所に同じ方法が通じるはずもないのだ、と男は溜息をつく。ああ、俺もあいつと同じようにとっとと離れればよかったな、と10年程前に他領へと越して行った同僚を羨む。だが今更抜けようとしても恐らくは行方不明者一名追加だろうなと考え、やはり同僚はうまくやったものだな、と羨む。


男はその幾度となく繰り返された愚痴を今日も繰り返しながら部下をどう言いくるめようか思案しながら歩いて行った。




ハンツ商会会頭コゼット・ハンツは気楽だった。そもそも彼には商才がなかった。あったのはおべっかの技術だけ。唯々諾々と付和雷同していたらいつの間にかこのポストが転がって来た。何が良かったのかすら彼には分かっていなかった。天気の話題で良い占い師の話をしたからかはてさてどこぞの村娘は具合が良かったなどと嘯いたからか。自分に任せればうまくやるなどと言った記憶があったようななかったような。そういえばあの村のあの女、なぜか城にいたな、あれか?などと考えるも答えは出ず終い。

そんなハンツだが自分のポストには満足していた。なぜならフレデク商会から送られてくる商品を他より安く売るだけで良いのだ。どうやって安く仕入れているかなど知らん。ハンツにはどうでも良い事だ。とにかくシェアを取れと言われてそのまま実行しているだけで良いのだ。どれだけ安く売っても一向にお咎めがない。安すぎると疑いの目で見られて破談するのだが。そもそもが大型の商取引は単種商人の扱いになり許可が必要でハンツ商会もこれにあたる。主には麦を扱うがその他は雑種商人の規模でしか扱えないのがきつい。利息を巻き上げる事も出来ない。良く考えられてるなぁと思いつつも商人が利益を得ようとすれば情報を持たない相手から巻き上げるのが一番楽なのだ。そういえば移民だったじいさんは帝国では利息があるのは当たり前で払っても払っても消えない利息というとんでもない魔術に悩まされたらしい。ことこの孫の代となっては金が金を生むシステムではない事が恨めしい。どこかの聖人が「お前たちは救われたにもかかわらずかつてお前たちを虐げてきた者たちと同じ事をなぜ行おうとするのか」などと言っていたが、『すいません、こちとら凡人なんです。一度味わった旨味というのはどうにも忘れられないんです』ともし会う事が出来たらハンツは堂々と答えたい。

そういえば先日ゴミ箱に入った男が届けられたがハンツの知らないところでまた副会頭が何かやらかしたようでハンツは勘弁してほしいと常々思っている。ハンツにとってはそんな面倒事より射止めたい女性に贈るプレゼントやデートスポットを調べるのはいつにしようなどと考える事の方が重要だ。面倒事なんて先日あったライバル商会との値下げ競争だけで充分だった。勝つには勝ったがシェアを維持するために譲歩する羽目になり、それでも『上からの命令は守っている』から叱責を受ける事もない。会頭なのに「上」を気にする時点でどうかと思うがこれが楽なのだ、従っていさえすれば会頭の地位と生活。あの癇癪持ちのフレデクに媚びへつらって良かったと心から思う。


そんなハンツを隠れ蓑にして副会頭ヨハンは今日も王都周辺の雑事をこなす。王都から西へとつながる"暁の道"を通るアーデルハイド派閥の商人の車両への妨害、引き抜き、賄賂、誤情報の流布。フレデク商会としては暁の道を通り西方諸国と取引がしたい。だがその経路はアーデルハイド子爵領を通り既にフレデク商会派閥と知られる商会は子爵領を通る時に重い関税をかけられ商売にならない。それでも採算度外視で取引をして箔をつけようと考えても情報は筒抜けで西方諸国は取引に良い顔をしない。モラル、ルール、伝統、規律。全てがフレデク商会にとっては邪魔なものだ。なぜやつらは自由の名の元により利益を上げ独占するために行動しないのか。フレデク商会に高値で売りさえすれば他者を押しのけでかい顔が出来るというのに。何が不満なのか。屈服させた相手が悔しそうな顔で睨みつけてくるのをあざ笑うように見下す事のなんと爽快か、相手にとって必要な契約を横取りして高値で売りつけてやる時の何とも言えない全能感の素晴らしさ、それを理解出来ないのだろうか。恐らく奴らは明確に勝った事がないのだ。だから自信がなく脱落しないように周囲に合わせて規律だルールだ伝統だという言葉で自分たちを守っている。そんな連中にもチャンスをくれてやろうという粋な計らいが分からないらしい。


そんなヨハンに背を向けて立ち去る商人の後ろ姿を見ながらヨハンはその憤りを露わにしていた。その商人も例に漏れず、「あんたも懲りずに精が出るな。その努力だけは認めるよ」と馴れ馴れしく肩を二回程ポン、ポンと叩くと苦笑いを浮かべて去っていった。馴れ馴れしいにも程があるがヨハンが気軽に話してくれと言った手前その感情は飲み込むしかない。フレデク領なら喜んで飛びつく話にこいつらは乗ってこない。商売の機微が分からない、商才がないにも程がある。まあ、いいだろう。その内、自分達が間違っていた事に気づき、土下座してでも取引して欲しいと言い出すだろう。まあ、その時には搾り取ってやるが。



ヨハンに背を向けて立ち去るトーマスは顔を見られぬようになってからようやく眉の片方を下げ苦いものを嚙みしめたかのような表情を見せた。そもそもだ、とトーマスは思う。


そもそも、王国では金が金を生むシステムは存在しない。金を集めてその利息で金を貸して利息を得て金を生み出すという事が出来ない。金を得るには常に労働が必要であり、労働をするには環境が必要だ。誰が環境を潰してリソースを切り崩して投げ売りするというのだ。賄賂?そんなもので自身の生活と周囲の仲間を売る気にはなれない。それに商売繁盛させたとしても商売出来る環境を潰せば貴族が出てきて財産没収、商会解散となるのは分かりきっている。この王国で商売するには、正当な商売の技術、つまりは商才で勝負をして勝ち負けを決める必要がある。天候の影響や事故による受動的なリスクを遠ざけ、時節を読み、リスクを考慮して勝負を挑み、勝てばそれに見合う利益を得、失敗すれば勉強代として損失を被る。王国の商人はそうやって自身の精度を高め能力を伸ばしてきた。それを賄賂などというものでかき乱されては困るのだ。あんなものは持たぬ者の錬金術であり、能力に、自身の才に、持ちうる技術に自信を持たないものが行う行為だ。逆に言えば、能力がなくとも賄賂があれば勝てる可能性があるとも言えるのだが。そんなものがはびこってしまえば能力は低下し商売出来る環境はすぐに劣化して崩壊するだろう。そうなれば貴族が黙っていない。商売も何もかも、それを使いこなせるだけの能力があるのか常に試されている。それすら分からない連中がいまだに王国にいる事が驚きだ。それも東部の動乱の影響か。いまだに戦争の影響が残り、生存環境が王国の中央から西部にかけてと東部では違うようになってしまっている。一つの国の中で安定した状態と発展途上の状態が存在してしまっており、王都では長い年月をかけて作り上げた環境を維持して恩恵を受ける事が当然であるが、東部では生き残るために多少のルール違反は当然という状態になっているようだ。まだ未熟な商取引の世界。その行く着く先を考慮する余裕すらない、そして考慮すれば利益を得る事が出来ない事を漠然と知るために考慮しない状態なのだろう。そしてその領のトップがあのフレデクだ。貴族らしい制御がないのだろう。利権を集め濫用すれば富の偏在化といびつな経済流通を生み出し社会は疲弊し崩壊する。どこかで東部に見られる粗野な方法から精度を上げ昇華して安定できる状態へと移行しなければならないが、その手間暇にかかるコストを誰も支払いたくないのは当然だ。だからこそ貴族が常日頃から商取引を行う商人を監視し導き制限する事でそのコストを分割して支払わせる必要がある。例えばハサミを使いこなす事を考えれば分かるようにハサミを効率よく使えばそれだけ利益を得るだろう。しかし、効率よく使うというだけなら他者を傷つける事も、他者の持ち物を傷つける事も考慮しなくて良い。個人の効率にはそんなものは関係がないのだから。しかし、使いこなすという事はその行為行動が社会の中にあって問題ないレベルで行われているかも含むものだ。他者の権利を害さず自身の利益のために効率よく行使する事を使いこなすと言える。しかしだ。能力を維持するために競争原理を取り入れる事はその制限を考慮する余裕がなくなる。だからこそ貴族が制限を設け商人を監視し商人はその枠組みの中で行動する必要がある。だが個人の視点で、個人から見た世界の中では賄賂も恫喝も買い占めも情報操作も効率の良いもので法律に抵触する可能性も低い為にやりやすい。だから行なってしまうとも言えるがだからこそそこに疑問を投げかけその結果がどう波及するかを知る必要がある。つまりは商人として自身の属する世界の客観性を持つ必要がある。それこそが商才の内の一つだ。これが出来ない商人が溢れた社会はやがて富の偏在化を起こし不況を招き社会を崩壊させ戦争を招く。そんな短期的な利益の為に一時的な利益を上げる者を商才があるとは言えず、一流の商人とは経済の流れを制御し社会を安定させそこから生じる利益を受け取る者の事だ。それが出来るなら一時的な利益など求める必要もなく殊更利益に執着する必要もない。社会を長く続かせる事と自身の利益を一致させる事で利益を得、また、社会を長く続かせる行為を行うが為に周囲はそのものに役割を持たせ利益を得る事を容認する。そうしてそれぞれがそれぞれの分野で自身の属する世界を制御し役割をこなす。


そこまで考える事が出来て初めて一端の商人だ、とトーマスは考える。それが出来ないならせめて枠組みの中に留まってくれればよいのだか、如何せん、人間とはチャレンジアンドレスポンスを繰り返す生き物、それが正しくなくとも問題を生じず罰せられなければ成功とみなしてしまう生き物。そうなれば奴のように自分が何をしているかもあまり分かっていない状況に陥る。そして深刻な失敗をしてしまわないと考える事もなく突き進み客観性を得ようともしない。勿論そんな状況にならずとも事前に考え答えを得る事も出来る。それこそが人間が得た知性の恩恵ともいえるがそれをうまく使いこなせているかと言えばトーマスには何とも言えない。彼も失敗はするのだ。ただそれも昔より少なくなっているのは確実で、それは昔より少しは商才を発揮するようになったと喜べるものでもある。願わくば同じ王国にいる人間として、大きな失態を犯さない内にあのヨハンにも気づいてほしい、とトーマスは考え帰宅を急ぐ。



マリア・ミゼルタはついと虚空へと視線を向けて溜息を吐く。自分が何人目のマリア・ミゼルタか知らないが皆この退屈な役割を楽しんでいたのだろうか。彼女の関心はそこにあった。ほんとうにつまらないのだ。交代して5年になるがその間の出来事と言えば麦を売り麦を売り麦を売る。どこぞのショボイ王国が大規模な商取引は一商会には一種類だけという制約を設けているから計画が思うように進まない。商利主義の名の元に自分が属する環境を売り渡す事の出来る勇者を見つけるのは難しく、移民として送り込んだ者の中からわずかでも現れる事を期待して待った結果、ようやく現れたフレデクの家系。防疫とは大変なものだ。貿易とはこれいかにと言うほどに。セキュリティとは一度でも破られたら負けで、侵略しようとする側が一度でも破れば勝ちだ。10000回試行して1回失敗すれば負け、という勝負は有利か不利か、そんなものは簡単に分かる。なら、生きるという繰り返しにおける生存競争における行動の繰り返しがいつ終わる事なく続けられる中、そのセキュリティは破られずに維持できるか。そんなもの初めから不可能だ。だからそこからのリカバリーも含めてセキュリティは組まれる。だがしかし、そのセキュリティが高度であり長い年月において破られる事なく保たれれば保たれる程、そのリカバリー能力は低下しており、またセキュリティ自体も徐々にではあるが低下する。忘れるからだ。初めにセキュリティを構築した設計者や計画者はそのセキュリティがなぜ必要なのかを知っているためにその形式で構築を行う。いわば家の建築を行う場合、その建築方法を知っていると言える。ではそれを運用する者はどうか。彼らは家の機能を知り、それを有効に使用する方法を知るだけで良く、初めは建築の大変さを知っているものが役割を担うかも知れないが、徐々にそういった|根源[ソース]を知る者はいなくなる。同じ能力の者の内から選ばれる場合、よりその役割に特化したものが選ばれるのは当然でそれだけ役割をこなす能力を持つからだ。しかし、それは同時に根源を知り理解するという行為そのものが非効率であるという事実を促進させやがて考えなくさせる。そうなると、なぜそのシステムが現在ある形に構築されているかを知る事無く現行のシステムを運行するようになる。正常に運行している間は良いように思えるがその運行すら危ういものになっていく。システムを形作るルールの内、どれが欠ければどのようなリスクが生じるかを推測する事なく、システムに異常が発生すればどのような対処をすればよいかだけに留意するようになり、形だけを見て対処し、起きうる予測された敵対行為を未然に防げなくなる。物資の搬入、人員の交代、補修計画の不備等によりリスクが向上した際に現行のシステムを維持するために必要な知識は通常の状態とは変わり、生じたセキュリティホールを認識できるかどうかが重要視され、それは単に、物資が不足したから遅れてでも供給する、欠員のために補充まではわずかの期間でも配置人員が減り、壊れた機器の修理のために一部機能が停止している、というだけの問題ではない。もしかすればその軽微な瑕疵ひとつでセキュリティを破る致命的な穴になりえる。そして時代が変われば技術の促進により以前では考えられなかった方法が編み出され、その方法を対策に取り入れる事が出来なければ小さな瑕疵一つが実際には大きな問題になり破られる可能性がある。

そう、フレデクとはまさにそれだ。王国と帝国の戦争において生じた特異点、王国側のみが所有していた|魔導騎士[マギア]の劣化版に過ぎないがそれでも自立歩行し戦闘可能な王杯に頼らない魔導騎士の登場によりかつての東部戦線ではトードルド伯の駆る魔導騎士を奇襲によりこれを撃破。その情報は世界を震撼させ王国も対応に余裕がなくなり戦線に注力し、トードルド伯亡き後の領地復興に目を向ける余裕がなかった。それゆえにフレデクという存在を事前に排除出来なかった。わずかな瑕疵から生じた思わぬ損失。それはどれほどの可能性であったのかは誰も知らない。領地復興の際の査定と養子縁組における人物の査定、それらを潜り抜けるだけの意図的であったか自然なものであったかは分からないそれは、確かに起こってしまったという事実。しかし一方で、長い年月における失敗の可能性がそこに表面化したというだけのものである。だからこそマリア・ミゼルタはその幸運を活かす為に存在する。起こそうと思っても起こす術などマリアは知らない。目の前に金を生む鶏が誰かの庭から彷徨い出てきたのだ。持って帰らぬ道理はない。

それ以降、ミゼルタ商会はせっせとフレデクを餌付けしている。安価に食料を供給し、彼が王国東部での支配を確立できるように。取引の条件は"フレデク家がやがて東部での支配を確立したらミゼルタ商会は東部での商売にフレデク家の支援を得る"事だがそんなものはどうでも良かった。

彼は良きプレイスホルダーなのだ。バカと呼べる程でもなく賢いと呼べる程でもない、ちょっとおバカな学生、とでも言える人物で、自己顕示欲が強く他者より上にいないと不安を感じてどうにか相手より上になろうと躍起になる性格と言うのがとても良かった。100点満点のテストでいつも赤点ぎりぎりか赤点をわずかに下回る程度の成績だが補習で落第せずに居続ける生徒、そんな印象だ。学生ならそれで良いかも知れないが枠の限られた役割ではそうもいかない。彼が居る限り、他の者が同じ役割につく事はなく、それゆえに目に見えない、そしてより正しい選択をされないがための損失は出続ける。少なくとも優良でなくとも平均的だと言える人物が彼の代わりをしたと仮定すれば、そこにある相対的な差を今もフレデクは発生させ続け、それは領の統治という形で表われている。その相対的な差はその領の外部にとっては利益として生じる。商売においてはライバルの自然消滅、軍事的には侵攻されるリスクの低減、本来その領が正常に復興していればそこに流れ込むはずであった人的資源、物的資源が他へと流入するのだ。目に見えぬ、しかし現実として生じるその損失は東部の復興を遅らせる。結果として、ミゼルタ商会のスポンサーは利益を得る。フレデクが足を引っ張れば引っ張るほどに王国における戦線の整備は遅れ、作戦成功率を向上させる。それだけの価値が今までのフレデクにはあった。

フレデクも代を重ねるにつれ王国式に染まったか徐々に攻撃性を失い女々しくなった。しがらみが出来たというべきか。以前より効率が低下しているにもかかわらず、何を思い立ったか西部にまで手を出そうとする。はっきり言って東部の城の上でマウントポジションを取って居さえすればよいのだ。フレデク家が長く続けば続くだけ外部が利する。それを要らぬ欲で短くされては困るのだが、そこまで干渉は出来ない。まあ充分保ったものでそろそろ引き時かも知れない。どのみちフレデクとの取引が終わればこの商会は解散する。しばらくは高みの見物と決め込もう。我々は実働部隊ではない。



フレデクは考える。そもそもが東南部食料協定で通行税を免除する事態に陥ったのがまずい。本来、領の税は一定の範囲に制限されるとは言え領主に裁量が任せられるがここ200年程の失態を理由に強制的に排除させられた。外国から安く仕入れても売価は最低価格が決められており、極端な価格で他者を排除する事も出来ない。なぜか同価格でもフレデク商会より他の商会の商品がよく売れ、領内の売り上げにも影響が出ている。ならば奴らにはない強みで外国からブランド品を輸入しようとするもそれも芳しくない。領内で高級品を消費する層が少なく領外ではそれほどのコネクションがない。あえてフレデク商会を通して取引する旨味がないのだ。高級品に至っては通行税は価格にほぼ影響せず、関税は協定により掛けられても最低限だがどこも同じ状況だから意味がない。たいした利益もない状況では、そして取引相手にとっては遠くの商会を介する事で生じる費用により取引自体が厳しい。

しかし、である。我が娘が王家へと嫁いでしまえばそのコネクションで販路も広がりこの状況も改善されるだろう。だからこそ、より強みのある商品を、より利益の出る商品を多く取引する必要がある。まずはガシュアとの取引を強化する。王国では手に入らないものをより多く流通させる。これこそがあの憎きアーデルハイドを跪かせる布石だ。



そしてフレデクは兼ねてより考えていた策を進める決断をし、愛しい愛娘の顔を見る為に執務室を後にした。フレデク侯爵の野望はまだ始まったばかりだ。


設定からの矛盾に見える部分ですが、王国では価格統制はしていますがわずかな変動幅を許容しています。根拠は天候の悪化、運搬時の遅延、予想外の器具の損耗、事故などにより生じる費用の吸収です。ただし、その取引主体の量により制限されます。現代社会に様に、お菓子でも家でもボッタクリにならない範囲が一律2倍だとか暴挙はしていない、という事です。その価値と量により範囲は制限されます。それは当然で、普通に考えれば統計で出した積算資料からある程度の数値は算出されるのに、根拠もなく2倍まで認める、などの無根拠の数値を認めるはずもない、というものです。

また、単種商人、雑種商人という区別をしています。ある一定の取引を超える規模の商取引を扱うには単種商人としての申請と許可が必要で、規模に応じた担保を王国の主要銀行に預け、それを質とします。自分たちに関係ない社会だと考えてやりたい放題かき乱して利益を荒稼ぎして責任も取らずに他領、他国へと逃げない為の安全策であり、また、その商会が事故により一時的に大きな損失を被った時の復興のための準備金です。国内で大きな取引をするのだから簡単に転んでもらっては困るのです。現代社会ではこういった仕組みがないと同時に国にしがみつけば仕事を回してもらえるから楽が出来る、と考える方々が多いですが、それを一々否定はしません。ですが自己資本といいながらもそれが株式などの、本当にその資金が必要な時に紙切れ同然になるもので担保になっているかと言えば甚だ疑問です。その尻拭いは第3セクター詐欺というものを書いた時に示した通りに、その対象を含む枠組みにより行われます。既に潰れていて当然のようなものも、形式上残して搾り取れるだけ搾り取って資産を他に移してから潰して他に責任を取ってもらう、というような手法が成立する社会ですからやがて戦争に至るのも無理はありません。

担保を取る、取らないで商業の考え方が変わりますが、担保を取らない側の主張は"自由に参加できない。寡占が起こる"で、担保を取る側は"無責任な行為をして周囲に負担をかけて逃げる人物を取り締まる"です。どちらも正しい。どちらもそこに問題の焦点がありません。

担保を取らない側は、"無責任な行為をして周囲に負担をかけて逃げる人物を取り締まる"方法を提示しなければそこに正当性がありません。

担保を取る側は、"自由に参加できない。寡占が起こる"事により問題が発生するのだからそうならないような方法を提示しなければ正当性がありません。

ですが、大抵は都合の良い側に偏るだけでどれだけ利益を得られるかに落ち着きます。

正しくは、全て同時に存在しているのだから両方を満たす解をまず探す、です。それを手続法上で示す必要がありますが実際そこまで頭が良く、また、労力とコストをかけてくれる人はいません。その暇があるなら利益を稼いだ方が良い、というような風潮に依り社会が出来上がっておりそれが当たり前だとゆがめられているからです。まず自分たちがどのような偏向した考えの中にいるかを認識してから行動するのが基本ですが、その"基本"は操りたい側からすれば邪魔です。

この作品では、雑種(多種)の商品を扱う商人、小口商人はその登録だけで良く担保は要りません(規模が個人財産の放出と産業奴隷としての労働奉仕により返済可能な範囲。設定として利息がなく貸付は国営銀行及び貴族営銀行で行政のみ)。規模が一定以上の取引を行う品目は1商会につき1つであり、その登録を行うと単種商人になります。単種商人は担保が必要ですが代わりに信用を得ます。担保は形式だけの商会を使って買い占めや寡占をさせないためにあります。商会から商会へと横流ししても取引量によって担保は増すので商会に生じるリスクはたいして変わらず、取引量の変更は申請が必要なのでその時に目的がばれます。一時的な買い占めによる価格上昇による差益を得にくいようになっています。また単種ですから、多種を大量に買い占める事も出来ません。また緊急時の不当な価格吊り上げは貴族による徴収の対象になりやすいので行われにくく、場合により、徴収が行われる前に売りぬく方法がとられる場合がある(不足時に、より供給が行われやすい反面、絶対的に不足している場合には問題は深刻化する)、というような設定になっています。

後、今時の経済で使う事はないですが、分類により使用通貨を変えるという方法があります。消費財通貨、非消費財通貨、というような感じです。研究用通貨を作り、横領する気をなくさせる事と同時に使用箇所、経路を特定しやすくする、というものです。こういったやり方は手間がかかり、手順が複雑になり、"自由"の名の元に排除されます。ですが正しく扱う事すら出来ない集団が面倒だからと言って排除する事が実はナンセンスなのですが、それでは法の死角、抜け穴を使って楽して利益を稼げないから"自由"の名の元にこういった手法は適用されません。簡単な手続きのほうが万民に分かりやすい反面、それだけザルになるということです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ