043 第五回お嬢様対策会議
今回はテンドンじゃございません。
書いててイマイチでした(泣
暑すぎて頭がうまく働きませんよ・・・
そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。
生命を育む日差しは惜しみなく降り注ぎ、暖かさを求めるように空へ向けて育つ草花に応える様に強さを増している。暖かさに包まれた世界はやがて訪れる風と大地の躍動を仄めかせる。
それでもなお静謐さを保つものもある。
玄関をくぐると王都でも類をみない程大きなシャンデリアが吊り下げられ、通路には等間隔に壷などが飾られていた。
壷は光沢を放ち、窓は磨き上げられ曇りなく、扉はきしむ事なく開き、ドアノブはくすんでいない。
そこに仕える者達の教育が行き届いている事もまた、その貴族の格というものを示している。
その屋敷の一室で、深刻な表情の面々が重い空気を漂わせながらテーブルを囲んでいた。
ある人物は肘を付き、手の甲で額を支えながらテーブルに視線を落としたまま顔を上げず。
ある人物はただハンカチで涙を拭いながら誰かが話し始めるのを待っていた。
「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。
それでは第五回お嬢様対策会議を始めたいと思います」
拍手などない。皆どこか真剣な表情で頷いた。
私の名はマーカス。
第二席の執事です。
初夏を迎えさすがに汗ばむようになりました。幸いにも私にはさほど面倒な出来事は起こらずにこれからの季節を乗り越えられそうです。先日も旦那様含めて当家の皆様方がお出かけになられましたが幸運な事に私は留守を任され大変楽が・・・、ゴホン、イアンの代わりに家を任され良い勉強になりました。お嬢様の外出に付きあう事になればそれこそ不審者を警戒したり予定ルートの安全確認などする事が多々あるのです。どのような問題にも対処し頼れるエールトヘン様に、どのような暴漢が現れようとも難なく取り押さえそうなキャメロン様、お嬢様の斬新な行動にも驚かないメイドのローラも加え、なんとも頼もしい限りです。ただ一瞬、あれ?私は?という考えが過ぎりもしたのですが。
ええ、それでも頼もしい皆さまのお蔭でなぜか快適な生活を送る事が出来ています。最近、それで良いのかなどと不安になる事もしばしばですが。
そんな私も及ばずながら真摯に微力を尽くしお嬢様をお支えする日々を過ごしております。
本当に真摯に微力ながらお支えしております。
そこに嘘偽りはございませんとも。ええ、お支えしておりますとも。本当に微力ながら。
そしてエールトヘン様やキャメロン様にお任せしながらもお嬢様にお仕えする毎日。
幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。
ええ。この気持ちに嘘はございません。
勿論ですとも。
ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。
お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、私では思いもつかない色々な事が出来てしまいます。
私にはどうやっているのかまではわかりません。
そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。
しかし会議を始めたのは良いのですが今日に至ってはシェリーは会議には参加しているものの既にどこかの別の世界に旅立って役に立たなそうです。
「左、歩く、停まる、ハイ、右、左手出す、左手引く、顔上げる、~~~!、・・・、左、歩く、停まる、ハイ、ミギ、左手出す、・・・」
暇があればこんな調子です。仕事中は集中しているらしく粗相はしないようですが、時折スイッチが入ったようにこうなります。それはもうスイッチ部分が壊れかけていて突然作動する機械のようです。今はまだ良いのです。ニヤけている時はまだ。時折、「ドレス、裾、踏む・・・、足、踏む・・・」などと俯きながら濁った目で呟いている時などは声をかけようか悩みます。どうやら衣装合わせの時にトラウマになりそうな事があったのでしょう。そういえばドレスのまま一曲踊るとかなんとか言っていた記憶があります。あまり触れないでおいた方が良いかもしれません。
時が自然と解決してくれる。
実に良い言葉です。私が厄介事にかかわらない内に解決してくれるでしょう、今回は。それこそダンに期待してしまいます。私がそんな事を考えている時です。
「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」
おっと、シェリーに気を取られすぎてミーナへの注意が疎かになっていたようです。シェリーが今日の会議で活躍しないからかやけにやる気があるように見えます。同僚のフォローをしっかりする、それも良きメイドの嗜みなのでしょう。
「ミーナ。どうしたのですか。最近トラブルは減っているはずですが何か問題でも?」
「大有りです!お嬢様はどこにあんな方々を隠しておられたのですか!」
「ああ、アルフレッド様達の事でしょうか」
「そうです!お嬢様はあんな可愛げのあるご兄弟がいらっしゃるとかお嬢様はずるいです。お嬢様はあの御年で悪女です」
どうやら先日帰宅したアルフレッド様達を見てドストライクだったようでアルフレッド様達が学園都市にお戻りになられた日にはなぜか一人号泣していました。奥様ですら笑って見送ったのになぜミーナが泣いていたのか私には理解できません。いや、理解したくないというべきかも知れません。世の中には知らなくても良い事があると私の中のどこかが告げています。恐らく胃の辺りでしょう。
「ミーナ。お嬢様は別段あなたからご兄弟を隠していたわけではありません。そもそも不可抗力といいますか、お嬢様がお生まれになった時にはもうアルフレッド様達はいらっしゃり、そして屋敷を離れていたのですから。お嬢様ですら初めてお会いしたのですから隠しようもありません。ミーナ、こういう時は良いように考えるのです」
「どういう事ですか?」
「アルフレッド様達がまたお会いしたくなるような方々で良かったと考えるのです。そうすればまたお会いする時が楽しくなりますね?だからミーナは運が良かったのです」
「はぁ・・・」
「ええ、そうです。だから次お会いする時を楽しみにしていると良いのです。わかりましたね?」
「はい・・・」
私の、そうに違いないんだ、という力説にミーナもようやく納得してくれたようです。そもそも今回もミーナ個人の問題であってあえて議題に挙げる事ではありませんがアイドリングも必要でしょう。なぜなら今日、私はとてもこの会議には参加したくありませんでした。シェリーにしても事前の通知がないために何の用意も出来ていなかったのでしょう。ミーナも然り。そう、そうなのです。今日のこの会議は急遽エールトヘン様が招集なさった為に行われているのです。ああ、こんな日が来るとは思わなかった。そんな言葉で片付けてしまえたらどんなに良かったか。
そんな私が淡い期待を抱きながらあえて目線を窓から見える遠い雲へ向けあえて感じる視線を気のせいだと思い込もうとしているその時です。
「君に話したい事があるんだ」
その一言に皆が振り向いた。
振り向いた先には柔らかな笑みを浮かべたエールトヘン樣がいらっしゃいました。
後に流し、一部結わえた髪からほぐれた毛が額にかかり、どこか儚げな印象を与えます。
その中性的な顔立ちがその儚さを一層際立たせ、切れ長の目は細められ憂いを感じさせています。
エールトヘン樣のその笑みを見て動揺したミーナが話し始めました。
「エ、エールトヘン樣?。いえ、そんな、まさか・・・」
そう言ってミーナは頬を赤らめ両手を添えて左右に身体を振りました。
「もしかして今日皆を集めたのは・・・。
でも、でも。私にはアルフレッド様やロナルド様がいます。
それにエールトヘン樣とは年が離れ過ぎ・・・、え?1000歳差?」
そのミーナの振る舞いに気づいたのか、エールトヘン様はハッとした表情の後、「違う。違うんだ」などと言い出し始めました。
ミーナが「ああ、でもやっぱり私には守護霊様が」などと言っているのをエールトヘン樣は必死に修正していらっしゃいます。
少ししてミーナが落ち着いた所で周囲が静かになった後、エールトヘン樣はコホン、と咳払いして皆の視線を集めます。
その沈黙の中、伏し目がちなエールトヘン樣は目線を上げ、またあの柔和な笑顔を浮かべて言いました。
「君に話したい事があるんだ」
やはりエールトヘン樣はお美しい。
口元に浮かべた笑みはその形の整った唇に相応しく穏やかな気持ちにさせてくれます。
どこかもの憂げな感じをさせるその瞳はまっすぐで。
そう、まっすぐで。
その瞳にまっすぐに見つめられた私は自らの鼓動が高鳴るのを感じました。
ええ、これが吊橋効果というやつです。
危機的状況に陥った時に錯覚するあれです。
危険な状況で心拍数が上昇する場合と気になる異性の前で緊張して心拍数が上昇する場合を錯覚するというやつです。
思わず見惚れてしまいましたがそうなのです。
ええ、もう何やら厄介事の気配しかありません。
「今回集まってもらったのは他でもない、お嬢様の事です。
お嬢様も多感なお年頃。
ちょっとした行き違いで感情を表わしになられる。
そう、ほんの些細な事だったのです」
そう言ってエールトヘン樣は私をじっと見つめます。
ドキドキと鼓動が高鳴ったままの私はただエールトヘン樣を見つめるだけに留めます。
若干冷汗のようなものが出ている気がしないでもありませんが。
ええ、若干です。嫌な予感は止まりませんが。
「事の発端は本当に些細な事だった。
お嬢様は見せられた絵から獣人に大きな幻想を抱いたようだった。
しかし、そのお嬢様の幻想を打ち壊す発言があった」
エールトヘン樣はそこまでおっしゃられると、片手で顔を覆い俯いてしまいました。
ですが話を続けられます。
「ローラがこう言った。
『獣人には男もいる。そうムキムキマッチョで濃い顔の髭親父とか』。
それにお嬢様は『でもちょっとワイルドなだけじゃろ?』と反論したのですが、悲しい事にキャメロンもローラに同意してこう言いました。
『ああ。そういえば以前戦ったやつは更に髪もボサボサで服も数日洗ってないような感じだったな』。
その言葉に悲嘆に暮れたお嬢様は思わずローラにベッドを投げつけ、悪戯が成功したローラが更にお嬢様の夢を打ち壊す話をして応戦した結果、部屋には見事に大きな穴が空いた。
それはもうお嬢様が受けた心の傷を表わしたかのようなポッカリと空いた穴だった」
そう言うと、エールトヘン樣は首を横に振りながら目を閉じ何かを噛みしめたような悲しげな面持ちをしました。
なるほど。何かいい話ぽい内容で美化しようとしている事は分かりました。
ええ、それはもう。
ですが私も執事の端くれ。
修繕費の計算から目を逸らすわけにはいきません。
私は心を鬼にしてエールトヘン樣に問い掛けました。
「それはつまり・・・。今現在も部屋には大穴が空いていると言う事ですか?」
そして鳴り響く新たな音。
ドゴォォン、と言う音が鳴り響き・・・、ドゴォォン、です。
僅かな揺れと共に棚から埃がパラパラと。あ、あれは掃除を注意する必要がありますね。
私が現実逃避をしているとエールトヘン樣はそれに構わず話されました。
「ああ。しかしその言い方は適切ではない。今現在も部屋に大穴は空いているんだ・・・」
そう言うとエールトヘン樣は顔を上げ、どこか泣きそうな表情で私を見つめました。
見目麗しい方は卑怯だと思います。
片目を細め、眉を下げたどこか苦しさを感じさせるその表情に私の鼓動は更に高鳴りました。
これでは何も反論出来ません。
エールトヘン樣は話を続けられます。
「キャメロンもがんばったのだ。
だがお嬢様だけではなくローラも抑えが効かないとは思わなかった。
悪ノリするらしく、抑える側が抑えられる側になってしまっていてどうにも止まらないのだ。
キャメロンの結界はお嬢様に対して行われる事には働くがお嬢様がする分には効果がない。ローラもそれが分かっていて悪ノリしている」
その言葉で現在の私の置かれた状況というのがよくわかりました。
ですので、今聞いておかなくてはならない事を聞きました。
「では、なぜエールトヘン樣はここに?そして皆を集めたのでしょうか」
「良く聞いてくれた。音もそうだがあの騒動に巻き込まれて怪我をしてもらっては困る。
だからまずここに主要なメンバーに集まってもらい、注意と今後の対策をしてもらいたいのだ」
ああ、良くない展開です。いついかなる時も厄介事を解決してくれたあの方らしくない発言です。今日の会議の事もあります。もしや偽物では、とわずかばかりですが疑いたくなります。そんな私の気も知らずエールトヘン様は話を続けます。
「まず、お嬢様が部屋外に居ても慌てず騒がず近寄らずに遠くからそっと見守ってください」
まるで猛獣のようです。
「まずないとは思いますが近くに私かキャメロンもしくはローラが居ないならすぐにでも呼びに来てください。そして何か嫌な予感があればすぐにでも退避をお願いします」
どうにも貴族家のご令嬢に対する対応には聞こえないですがそれが妥当と思えてしまう不思議さがあります。なぜでしょう。しかしそれに従うわけにもいかず、エールトヘン様に尋ねます。
「ですが、エールトヘン様。お嬢様の安全こそがまず優先されるべき事ではないでしょうか。私共がお嬢様を置いて離れるなどあってはならないかと」
するとエールトヘン様はおっしゃいました。
「確かにそうだがまだ暫くは距離を取ってほしい。お嬢様は大変優秀で自身の能力をある程度は制御出来て安定はしてきた。しかし、その訓練の過程で力も増大している。そしてお嬢様も色々な物を見て色々な事を知り、多感なお年頃になっている。どうしても感情の発露に伴い力の暴走が起きる様だ。お嬢様の情操教育が終わるまで皆は出来る限り何かあると察したら距離を取るようにしてくれ」
なるほど。以前はまだお嬢様は自身の力をどうやれば使えるのか分からない状況でしたが、今度は感情に引っ張られて力を暴走させてしまうようです。確かにそれでは大した能力のない私達ではお嬢様を止めるどころか巻き込まれる事になります。なら私達に出来る事はエールトヘン様のおっしゃる通り見守る事だけです。
「分かりました、私共はなるべくお嬢様を刺激しないようにさせて頂きます。お嬢様に関してはお任せ致しましてもよろしいのでしょうか」
「勿論です。ただ、キャメロンもなにかと客人の対応に忙しいようだからそろそろ健やかに行動なさるお嬢様の為に体術教官を呼ぼうと思っている。当主様にも話は通しておくので対応を頼みます」
つまり私のやるべき事は経費の計算だという事です。実に素晴らしい。全てが数字で完結する世界というものは不確定要素がなくて実に素晴らしいです。予算そのものの確保は私の管轄ではありませんので。ここ重要です。
エールトヘン様の言葉に頷き、皆も納得・・・、シェリーはまだ帰ってきていませんが大丈夫でしょう。エールトヘン様を補佐するために新たな客人に期待したいのが私の思う所です。
「では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。
アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」
皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。
どこか足早に立ち去るあのお方の後ろ姿はご立派でとても頼もしさを感じさせます。
お嬢様の為に誠心誠意真心を込めるあの方はまさしく私の希望の星なのです。




