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042 火の洗礼

ローレンシアは久しぶりに父の顔を見た。金髪碧眼でそこそこ顔が良く、精悍な顔つきだが暑苦しくもない男盛りの青年という印象だがやはり当主となれば忙しいのか常に何か考え事をしている感じがした。もう半年になるが会ったのは数度。時折こちらから幽体化して覗き見る事はあったが、執務室だけは入れなかった。さすがに結界くらいはあるかぁ、と逆にセキュリティもしっかりしていて安堵したものだ。

そんな父とアルフレッドが話しながら先導し馬車へと乗り込む。人数の関係上、馬車は2台用意され、父、母、アルフレッド、ロナルドと執事のイアンは1台目に、ローレンシア、エールトヘン、キャメロン、ローラは2台目になった。マーカスはといえば、彼は上機嫌で留守を預かる事を了承していた。


ローレンシアにとっては初の外出であり、神殿までの光景は新鮮だった。ただ視点は子供らしくなく、道が綺麗だな、治安が良いな、店も綺麗なディスプレイしてるな、などとどこか冷めた感じはしていたが。ローレンシアにとってはそれとは別に驚いた事がある。屋敷でも薄々と気づいていたが魔法があるからと言って中世ヨーロッパ風のファンタジー世界ではなく、近未来的とも言える風景をしていた。今乗っているものも馬車ではあるが牽いているのは魔導学を用いて作られた機械馬だ。なぜ馬なのかは格式美もあるそうで、しかし機能美も兼ね備えており、馬車自体にも動力が内蔵され緊急時には馬と切り離し、馬と場合により兵士が場を制圧しその間に要人を逃す目的があるらしい。また、道路が敷かれている場所は良いが整地されていない場所は車輪のみでは対処に困る事も加味されてアーデルハイド家は王都の中でも馬車を使うようだ。


だからと言って車と呼べるものが無いわけでもない。主要幹線は高速車両専用であり、区画内は速度制限された車両が通行許可されて用途別に分けられ、馬車は区画内を走行できる。主要幹線は立体交差し、低速車両と高速車両は交わる事なく運行されている。高速車両は区画内へは侵入出来ない為、低速車両に乗り換える必要があり、車両を使った犯罪の抑止にも役立っている。手間を省けば効率は上がるが代わりにセキュリティは下がる。

例えばライドシェアを考えれば、それは個人にとっては利益に見えるかも知れない。だが、果たしてどうか。どの車も乗り換え自由であり、不特定多数が運搬に関わるという事実。犯罪者が逃走する際に"自由に"特定の車を使用せずに実行できる。もちろん犯罪する前でも同じで、ある特定の人物はその移動手段を特定のリース機関、個人所有物に限定せずに使用でき、追跡が難しくなる事でどこで何をしていたかの特定が難しくなり、また、特定の個人がその人物ではおよそ行くとは思われない場所まで簡単に到達出来るようになる。また、以前からあるように、ヒッチハイクをする人物はバカだと言われるように、ヒッチハイクをする側はどこに連れていかれるか分からない状況を作り出し、レイプ、強盗や傷害といった被害を生じさせやすくなる。ヒッチハイクを受け入れる側は、同乗させた人物が強盗である可能性もありリスクを生じさせる。

また、ライドシェアをするという事は、人物と同時にその荷物も運搬する事になる。知らず知らずの内に麻薬密輸の協力者になっている可能性も否定できず、秘密裏に不正品を運搬している可能性も否定できない。個人がライドシェアで小遣い稼ぎを許容したがために、社会はそれ以上のリスクを負う事になる。自身が犯罪に巻き込まれずに自身の視点から何も異常が見えないからいって、増大したリスクによって潜在的な犯罪件数が増大していない証拠にはならない。利益とセキュリティは相反するものである。コストを下げてセキュリティホールを容認した場合、そのセキュリティホールは利用されないままに放置されるかどうか。この問題の本質はそこにある。


そんな事とは何の関係もなくローレンシアがのほほんと外の景色を眺めていると目的地であるウィゼリオス神殿へと辿り着いた。石造りの四角い建物で、屋上の中心部に四角錘が取り付けられているような形状をしている。常に開いていると思われる門の前に馬車は停まりローレンシア達は降りる。

門番に挨拶したキャメロンに先導されるがままにローレンシアはベビーカーで揺られながら進んでいく。そして一行は中心部になる儀式の間へと通される。全体的に薄暗く、いくつかの篝火が辺りを照らすが部屋全体は見えない。中央にピラミッドに似た四角錘があり表面は階段状になっている。篝火はそのピラミッドの4隅と頂上に1つあり、頂上にはローレンシアを待っている女性が居た。


シャーロット・ヌン・ウィゼリオス。


今代の巫女であり創造神ウィゼリオスと交信できる数少ないチャネラー。しかし彼女であっても衰退したこの世界でウィゼリオスとの交信は難しく、断片的な内容だけを受け取る事が出来るに過ぎない。そのため、ウィゼリオスの威光は益々衰え、新興宗教に台頭される結果になっているがそれでも一定の権力は有している。ウィゼリオスの加護は薄らいだが未だに健在でありそれはシャーロットが持つ力もまた健在である事を示している。



シャーロットは立場も弁えず声を上げそうになった。今、目の前で階段を上がってくる夫人が抱きかかえている赤子。それこそが彼女が探し求めた子なのだと直感したからだ。もっと時間がかかるかと思っていた。もっと広範囲に探す必要があると思っていた。しかしそれは既に手元を離れたと思った1人の神殿騎士によって思いもよらず達成された。彼を良く思わない勢力によって左遷された彼女の腹心。しかしその彼が彼女の探し求めた者を導いた。そこにシャーロットは疑いを持つ。これは誰の策略かと。このような偶然などあるはずがない。神の導き、そんな言葉でシャーロットも済ませたかったがそれは許されない。彼女はウィゼリオスの巫女。叡智を司る創造神の使徒。盲目である事は彼女の神が許さない。疑い、調べ、確認し、その先にこそ彼女の崇める神の求める結果が存在する。例え神が仕組んだ事であっても、それが確かにそう仕組まれ、そこにある意図を汲み取る事こそが彼女の祈りであり、神に応える祈りであった。だからこそ。シャーロットは疑わなければならぬ。これが真に彼女の神ウィゼリオスの御心に沿うものであるかを。偽装されぬために、替え玉を用意されぬがために明かさなかった予言に示された子と今この時に出会った事が喜べるものであるかを知る必要がある。しかし今は喜びたいとシャーロットは思う。この出会いは誰の意図であったとしても出会わない事に比べればはるかに状況を良くしてくれる。そしてその子が見つかれば派遣する予定であったキャメロンは既に護衛として任に就いている。だから彼女に出来る事は今日を今日のまま終わらせる事だ。



そう結論付け、シャーロットは柔らかい笑顔を赤子に向けた後、抱きかかえる夫人に話す。


「何があってもそのまま抱きかかえていてください」


その言葉に夫人は素直に頷く。ローレンシアはここまで物珍しそうに周囲を眺めていたが目の前の女性をじっと見る。ここまでたいして気にもせず景色を眺めながらついて来たが洗礼で何をされるか分からない不安もあった。思わずエールトヘンに聞こうともしたが雰囲気が雰囲気だけに聞けず流されるままに今シャーロットの前に居る。そんなローレンシアが聞いた一言は更に不安を煽るものであったが、もうここまで来れば皆を信じようと開き直る事にして、さあどこからでもかかって来い、と堂々とした態度で挑む。見た目は単に抱きかかえられているだけの赤子なのだが。


そんなローレンシアの内心など知らぬままシャーロットは徐に篝火へと手を差し込んだ。それにはローレンシアもぎょっとしたが平然とした表情で手を戻したシャーロットを見て安堵した後にすぐにまた驚く。シャーロットの手の平には炎の塊が乗せられていた。熱くないのかとローレンシアが思ったがすぐに「あれだ。魔法の炎だ」と納得した。しかしそれもすぐに緊張へと変わる。シャーロットはその炎をローレンシアへと近づけたのである。さすがに嫌な汗を垂らすローレンシアだがそれを見たシャーロットは感心したように告げる。


「我慢強い子ですね。きっと良い子に育ちます」


「ありがとうございます」


などとエレナとシャーロットが会話している間も炎はローレンシアに近づきやがて触れた。炎はローレンシアをあっという間に包み込み、さすがに体を硬直させたが熱くもない炎に不思議な感じがして呆然としたままのローレンシアに笑顔を向けたシャーロットは手を横に振り払う。すると今まで暗闇に包まれたまま見えなかった天井に星々の瞬きのような輝きが宿り、そしてシャーロットは言葉を紡ぐ。


「はるかな昔、我らが神は遠き空より舞い降り我らに知性を授けました。

盲目のごとく暗闇に惑い、風に舞うこの葉のようにただ流される我らはそこに希望の光を見、盲目である事から解放されました。

その時から我らは神の望みを、意思を、知性でもってその可能性を示す事をその血に宿しました。我らはその身に意の血を宿しました。その意の血を以て苦難に立ち向かい我らとは何であるかを体現する事を神は望まれました。我らが何であるか、知性を得てもただの獣であるのか、欲望のままに動く獣であるのか、殺し合い奪い合うだけの存在であるのか、それとも互いを尊重し合い、助け合い、より高みへと昇りやがて神の末裔としてふさわしい姿を体現するのか、それら全て我らに託されました。我らは自分たちが何であるかを体現せねばならない。我らが我らであるために。我らが惨めさに苛まれ全てに怯えて生きるだけの卑小な存在ではないと証明するために。

神は機会を与え給うた。我らは示さなければならない。

今、あなたに意の血の情熱を、炎を分けましょう。願わくばあなたの中でこの炎が育ち、あなたという存在が何であるかを体現する助けにならん事を。


その身に宿る炎で苦難に立ち向かいなさい。いつしか苦難を打ち払い安息を得る為に。

その身に宿る炎で暗闇に立ち向かいなさい。いつしか光が全てを照らして闇に潜む悪しき心を暴き安息を得る為に。

その身に宿る炎で世界に立ち向かいなさい。いつしか互いを尊重し合う世界を作り安息を得る為に。


その身に宿る炎で自らを疑いなさい。いつしか自らを見失い闇に堕ちてしまわない為に。自らを律し、例え暗闇に彷徨う事になったとしてももう一度光の元に戻る術を探しなさい。

その身に宿る炎で隣人を疑いなさい。自らに不備を作らない事で隣人が魔の誘惑に負けて闇に堕ちる機会そのものを排除しなさい。幾時間、幾日、幾年と続けられるお互いの生活を尊重し合うために。隣人を尊重し助け合うためにあえて隣人を疑いなさい。疑いの末にこそ隣人を信じる事が出来、それはお互いの信頼をより強固なものにするでしょう。それは隣人が自らをどれだけ尊重してくれているかを知る機会であるから。だからこそ自らが躓かない為に隣人が躓く場所を自ら作るような機会を失くしなさい。互いを思いやる為に。


祈りを捧げなさい。

意の血を宿し生きるという祈りを捧げなさい。

食べるという祈りを捧げなさい。

学ぶという祈りを捧げなさい。

考えるという祈りを捧げなさい。

働くという祈りを捧げなさい。

生きる為に生き物を殺すという祈りを捧げなさい。

互いを助け合い尊重するという祈りを捧げなさい。

祈りはやがて形を成し、いつか私達を安息の地へと導くでしょう。


だからこそ祈りが正しく神に祈っているかを疑いなさい。祈りを邪神に捧げていないかを疑いなさい。

故に自らを疑いなさい。自らが祈りを捧げているのが正しく神であるかを。


我らを屈服させる苦難に、我らを死の眠りへと誘う暗闇にその意の血の炎もて立ち向かいなさい。

その先にこそ我らは我らが何であるかを知る事になるでしょう。


ここに我、シャーロット・ヌン・ウィゼリオスは火の洗礼により新たな我らの愛し子、ローレンシア・レフトシルバー・アーデルハイド・セブンスドラゴンを祝福し迎え入れます」



シャーロットの言葉と共にローレンシアの体を包み込んでいた炎は消え去り、天井に瞬いていた星の輝きも消えうせた。残ったのはいまだ燃え盛る篝火だけとなり、ローレンシアはその炎をただなんとなく眺めていたのだがエレナがシャーロットへ礼をして踵を返したため仕方なく目線をローレンシアを待つエールトヘン達へと向けた。終わってしまえばどこか冷静になれるもので、どこか興奮気味のアルフレッドとロナルドを眺めながら、やはり自分も洗礼を受けたとはいえ何度も見れるものではないから知的好奇心が刺激されるのだろうな、と思う。確かにあの輝く星空のような明かりは綺麗だったなとローレンシアも感じ、自分は末子だからもう見る機会はなさそうだなと残念にも思いつつ、時期を見て「妹か弟が欲しい」などとすっとぼけて見ようかなどとも考える。


ローレンシアがベビーカーに揺られそんな事を考えながら前を歩くアルフレッドの背中を眺めているとエールトヘンがローレンシアを誉めた。


「お嬢様。よく我慢しました。わたしはてっきり途中で飽きて騒ぐかと思っていました。前世の記憶をお持ちなのですから当然と言えば当然なのかも知れません」


「あれは綺麗じゃったからの。それに空気くらい読む。後で何言われるか分かったものじゃない」


「賢明な判断です。そのまま能力を明かさずに生活する術を手に入れてください。リスクは避けるのが鉄則です」


「じゃの。変なのがつきまとうようになったら困る。目指せ安息の地じゃよ」


「それで良いのです。ですがお嬢様を周りは放っておかないでしょうが」


「出来る限り目立たぬようにはするから協力よろしく」


「はい。勿論です」


などと目立たぬと言う割にはテレパシーを使って話をしている2人。目立たないという基準がどこか変である事を2人は気づかない。


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