S037 お嬢様勉強会 ~はじまりの神話~
すいません。軍学者クセルクセスの名前の由来を忘れました。どこで見たのかも。だからそこは部分は半信半疑でお願いします。
「ではここから神話です」
そう言ってエールトヘンは話し始めた。
世界は獣で満ち溢れていました。獣は争い鳴き叫び、世界は混乱と騒音で埋め尽くされました。
その獣の争いと殺し合いはいつまでも続くように思われ、命の危険にさらされる恐怖と訪れぬ平穏、その世界に救いはないかのように思われました。
そこに我らの神は降り立ちました。
「私を受け入れてくれるなら、争いをなくし、殺し合いをなくし、あなたがたを守りましょう」
獣は争いがなくなるなら、苦しみがなくなるなら、と思い喜んで受け入れました。
この時から獣は新たなる何かを受け入れ、争いから、苦しみから逃れる機会を得ました。
獣が受け入れたのは知性。
自分を、自分が置かれている状況を、相手を、相手と共に置かれている状況を、皆を、皆と共に置かれている状況を、そして世界を知ろうとする性質です。
獣は知りました。自分がどのようなものであるかを。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものである事を。
獣は知りました。自分がどのような場所にいるかを。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものである自分が、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる場所にいる事を。
獣は知りました。自分がどのような場所にいるかを。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものである自分が、暑さに悶え苦しみ、寒さに凍え苦しみ、ものを食う事が出来なければ飢え苦しみ、容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる場所にいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるのではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じ、触れて気持ち悪いと感じ、触れられ気持ち悪いと感じる相手がいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるのではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暑さに悶え苦しみ、寒さに凍え苦しみ、ものを食う事が出来なければ飢え、容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる場所にいる自分が、爪を立てて気持ち良いと感じ、牙で噛みついて気持ち良いと感じ、そして爪を立てられて痛みに苦しみ、牙で噛みつかれて痛みに苦しめられる相手がいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるのではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる場所にいる自分が、爪を立てて気持ち良いと感じ、牙で噛みついて気持ち良いと感じ、そして爪を立てられて痛みに苦しみ、牙で噛みつかれて痛みに苦しめられる相手がいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるのではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暑さに悶え苦しみ、寒さに凍え苦しみ、ものを食う事が出来なければ飢え、容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる場所にいる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じ、触れて気持ち悪いと感じ、触れられ気持ち悪いと感じる相手がいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所にいる事を。
獣は知りました。自分だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち悪いと感じ、触れられ気持ち悪いと感じる相手がおり、その相手と共に暑さに悶え苦しみ、寒さに凍え苦しみ、ものを食う事が出来なければ飢え苦しみ、お互いに容易く爪を立て痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつき痛みに苦しみ、お互いに容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる、離れる事の出来ない場所にいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、同じように共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる別の相手がいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない事を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、お互いに容易く爪を立て痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつき痛みに苦しみ、お互いに容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる別の相手がいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、同じように共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる別の相手がおり、その相手とも一緒にいられる場所にいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、同じように共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる別の相手がおり、その相手と一緒にいられない事もある場所にいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、お互いに容易く爪を立て痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつき痛みに苦しみ、お互いに容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる別の相手がおり、その相手と離れる事が出来ない場所にいる事を。
獣は知りました。自分と相手だけがいるわけではない場所を。爪でひっかき、牙で噛みつき、野を走り、食うものであり、暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じる自分が、触れて気持ち良いと感じ、触れられ気持ち良いと感じる相手がおり、その相手と共に暖かいと感じ気持ち良いと思い、冷たいと感じ気持ち良いと思い、ものを食べて満たされ気持ち良いと感じ、お互いに触れて気持ち良いと感じ、お互いに触れられ気持ち良いと感じる、一緒にいられる場所に、お互いに容易く爪を立て痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつき痛みに苦しみ、お互いに容易く爪を立てられ痛みに苦しみ、お互いに容易く牙で噛みつかれ痛みに苦しめられる別の相手がおり、その相手と離れる事が出来る場所にいる事を。
獣は知りました。自分と相手、そして別の相手を含めた場所にいる事を。獣は世界を知りました。
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筆者注。ここは組み合わせを省いています。
長くなるので。書いているのは極端と言えるものなので、その間の組み合わせはそこから出せると思います。
話の展開が主観により行われている事に注意してください。客観で書くとすぐに錯覚できます。
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獣は知性により世界を知りました。そして獣は知性を受け入れた時より、性質と形質という2つの物から成り立つ事を運命付けられました。知性は獣が獣だと認識するためにあり、その質を性質と呼びました。獣が獣としての形を維持するものを形質と呼びました。
そして性質を引き継ぐ者をIsh(見せかけを拒絶する役割を与えられし者)、形質を引き継ぐ者をIsha(見せかけを拒絶するように命令される役割を与えられし者)と名付け、始まりを忘れないようにイシュを受け入れる役目をイシャに、イシャを守る役目をイシュに与えた。その役割からはずれた時、イシュとイシャは約束された運命、殺し合いのない、争いのない世界に生きる方法を失う。故にイシュはイシャを守らなければならない。イシャはイシュを受け入れなければならない。それが約束を形で表したものであるから。
「そして私たちは快感原則以外の可能性を、形を形たらしめる原則だけではたどり着けない水準に届く可能性を手に入れました。それは現状を認識し、得た情報を基に推論、つまり思考する知性を得たという事です」
エールトヘンはそこまで話し口をつぐむ。そしてまた目でマスター・ララを促し、マスター・ララが話を続ける。
「そしてその先に今の私たちがいます。形質から与えられた快感原則だけでは成しえない積み重ねにより知識を、知恵を、技術を、文化を、文明を実現し構築しより生存しやすい環境を得ました。ですが、まだそれでもリスクは完全になくなりません。なぜなら私たちは不完全であり、誤るからです。誤るから不完全であるとも言えます。さて、神話で語られたものを神話を排除して考えるとします。快感原則のもたらす生命維持の法則は限界を迎えた。しかし、情報として一定の規模を成し、そこに情報の違いを認識できるだけの情報量が蓄積し、その違いによる選択肢を生じるに至った。選択する事により結果を得て、その結果を情報として蓄積し、更に選択肢を増やした。いつしか増えた選択肢により、選択を迫る状況を作る対象の大まかな情報を得る事になります。つまり、対象を『知る』事が出来るようになったのです。そしてその対象の情報、知識を基に増えた選択肢を加えてもう一度選択肢を取捨選択し、精度を上げる事でリスクを更に低下させる事が出来る様になった、という事になります」
マスター・ララはそこで話を一旦止め、ローレンシアが話についてきているかを確認する。
ローレンシアはといえばやはり今日もウンウンと唸りを上げている。
マスター・ララはまだ大丈夫かと思い話す。
「さて、お嬢様。今日の話の最初の部分ですが、それがなぜありえるのか、という事になります。まず、知っておいて欲しいのはその状況までの成り立ちです。
自らは知性を得、一緒に居られる仲間を得て集団を成し、より強い個体から襲われるリスクを低下させ生存の可能性を高めました。そして、集団の中で互いに得た情報を交換し、知識を高め行動を改善し更にリスクを低下させ、道具を作りより快適な状況を整え、更にリスクを低下させました。自ら、つまり人という個が群れを成す集団は、そうやって成立しました。その成立条件に加害行為をしない事が含まれるのです。加害行為をするのでは一緒に居られません。殴るのでは命の危険に晒されるため一緒には居られません。奪うのでは資産を奪われるので一緒には居られませんし、物々交換すらできません。いわば群れを成すためには必要な条件であり、群れにいる事はそれを了承した事と同義になります。では、ある日突然、ある人物Aが、物品が欲しいが交換する対価がなく、それでも欲望に忠実になり欲しいから襲い掛かって奪ったとしましょう。もし失敗したなら、追い払われて集団から追い出されるでしょう。この情報も知性を得た私たちは快感原則として遺伝子上に蓄積します。もし知性がなければそれを見た側、追い払う側はその情報を蓄積しないでしょう。なぜなら自身は単に見ただけで何が起きているか分からず、また、襲い掛かってきた相手に対して爪を立て牙で噛みつき追い払っただけであり、集団から追い出され、追い出されるとどうなるかという情報には無関心でしょうから。より低レベルの社会において、こうして追い払われた個は他の群れという別の社会に入り、以前の経験を活かして今度は奪うという選択をしないようになるかも知れません。ここではこのケースはここまでにしておきます」
そこでいったん区切り、一息ついて続ける。
「では奪う事に成功してしまった場合です。そしてこういった行為は基本的に成功しやすいです。なぜなら『襲わない』と約束して得た状況を利用して襲い掛かるのですから、相手は警戒度も低く準備も万全ではありません。一方で襲い掛かる側は襲い掛かる前提で準備をします。また、ある程度の知性を有すると、相手に対して襲い掛かる気がないかのように見せかけて油断させてから襲い掛かります。失敗する確率の方が低いのです。しかし、これを成功させた場合、物々交換をするより簡単に容易く、低コスト、低リスクで欲しい物を手に入れる事が出来ます。これは快感原則の法則性により、より強い優先順位を持つ行動として蓄積されます。より気持ち良い状況を作り出し、生命の維持に、より直接的に良い影響を与える、と感じる事が出来るからです。ではなぜ襲い掛かる事が出来たのか、という部分ですが、これは"忘れる"という事が一つ、そして欲望をかなえる、つまりは快感原則に従い、より個の生存可能性を高める方法を実行する事が一つ、主にはこの二つが要因になります。"忘れる"という部分には2通りがあり、情報を更新しないために強度が低下し、情報を維持できなくなった場合と、世代継承の際に一旦最低限の情報だけを持って次の世代へと移行する場合です。前者は、より重要だとされる情報を優先して保持するためにより優先度が低い情報に対して忘却という手法で情報の縮退がなされるという事です。後者は情報の核さえあれば新たにより多くの情報を確保できる状態になった時に元に戻せるために保持できるだけの情報で生まれ変わるという事です。前者は新たな選択肢による行動の根拠の希薄化、怠惰、などにより情報の確度が薄れる事により生じます。後者の場合、問題は、もう一度情報を構築する際に補完目的で使用する情報が既に出来上がっている、環境は既にその成立過程を終えている、という部分にあります。つまり、新たな生、新たな環境に直面した時、その成立過程の情報がなくなっており、なぜそうなったのかという情報を識別する事が困難になり情報が足らず、また、既にその環境内にいるためにあえてその情報を追求しなくとも利益を得る事が出来るという状態にあるため、以前より少ない情報量を根拠として問題ないとしてしまう可能性があります。例えば、さきほどの場合では、物々交換をするが、誰も襲わず、奪わない、状況が成立していると、それに対しての対策や準備を考える必要がありません。ニーズがない、という事です。ニーズのない状況で環境に受動的で思考する事のない場合は識別する能力は生まれず、以前はその対策と準備方法まで有していた情報量がその部分を欠損した形で同じ行動を支える事になります。その欠損した情報に行動や手続きを決める根拠があった場合、やがてその行動は現在有する情報に適した、効率良い行動や手続きに変化しますがここでは割愛します。それは端的に『伝統を守る』などの言葉で維持される行動群に関係しますが。ここでは、忘れる事によって弱化した情報によりリスクが分からなくなった、リスクの大きさが分からなくなった事から快感原則において忌避感、気持ち悪い、嫌な感じが薄れ、同時に成功させた行為の快感原則により得られる快感がその負の要因となる感覚を超える事で肯定されてしまいます。また、その後に罰せられないならそれも快感原則を後押しします。そして、行動の根拠を情報として欠損しているがために、それがどう間違っているのかを知る事が出来ないために肯定してしまいます。チャレンジアンドレスポンスの欠点です。試行が成功してしまえばそれを無条件に成功だとみなしてしまう、という事です。そこに思考と呼べるだけの知性は存在しません。盗みに成功したから盗みはしてもよい、と判断してしまうのです。盗みが間違っているなら罰せられるはずだ。罰せられない、損失を被らないならしても良い行為だ、と誤認するようになります。実際にはそう単純ではありませんが、行動を否定する要因を肯定する要因が上回る事で行動できてしまう、という部分に変わりはありません。そしてその繰り返しにより、否定要因である忌避感、気持ち悪さ、うしろめたさなどの要因は弱化し薄れ、成功する事で得られる快感から行動は増々肯定化されていき、罪悪感も持たなくなっていく、という事になります。そして、お嬢様が最初にお言いになられました『とりあえず戦争で』という選択を苦もなく行う個、集団へと変貌できてしまいます。つまり、争わない事で得られた利益、争わない事で生まれた技術からの利益を得るための"効率良い"方法が争いになる、と言うことです」
マスター・ララはそこで言葉を切り、一瞬何か思案気にしたがすぐに会話を続けた。
「そういえば、勇者研究の際に勇者の世界について調べましたがそこで軍学者クセルクセスなる人物がいて、その人物の名前が'時の流れを逆むかせる者"だそうです。争わない事で蓄積した利益、資源、知識を、通常の手段では手に入れられないなら戦争を仕掛けて手に入れる、いわば、今までの積み重ねに対して逆行して冒涜するような行為が戦争である、とも言えますね。ですが成り立ちを知らず、目の前にある形だけを、表面をなぞるように行動を真似る場合、ある時には相手から奪い、ある時には相手と物々交換し、欲しい利益を欲しいままにできてしまい、それを止める手段がなければ快感原則に従う結果、そこに罪悪感など生じさせずあたかも正常な行動をしていると錯覚したままになります。その状況はチャレンジアンドレスポンスの一形態であり、トライアンドエラーの一形態です。つまり、デファクトスタンダードという言葉ではたどり着いた結果の正当性は証明できない、という事です」
エールトヘンが継ぐ。
「その抑止力の一つが宗教です。自身の知性でリスクの判断が出来なくなった場合の指針を与えます。指針はそれまでに私たちが過ごしてきた生活の中での結果の集大成のようなものになります。争わないために、殺しあわないために、どうすれば良いかの指針です。そこから外れたものはいなくなった、というほうが正しいでしょうか。もしその指針を否定するならば、それに代わるだけの知性が必要になり、論理立てて証明する必要があります。この知性を理性と呼びます。しかし、さきほどの戦争を容易く行う知性にその理性はあったでしょうか。あるのは快感原則に従い、自身の損得勘定だけで行動をする集団がいるだけです。しかし成立できてしまいます。社会とはそうならないように組み上げるものであり、そういった集団を発生させた場合、周囲に被害を及ぼしリスクが上昇します。ですので教育と、そして宗教、つまりは到達点となる目標が必要、という事になるのです。その目標を達成するための戒律が抑止力となります。教育に関しても同じです。子供の頃はまだ充分な知識を得ていませんから行動の指針が変動しやすいです。それを親からの教え、教師からの教えで方向性を与え、その子供が成長して一定の知性を得るまで安全に生活できるようにする、社会の中で争いを起こす事なく生活できるようにする、という目的があります。もちろんその教えを信じさせるために信用を得る必要がありますが」
「エールトヘン。話が逸れていますよ?」
「いやすまない。つまり、快感原則に従い、リスクを天秤に掛け、行動して良いと判断したものが仮に社会においては違反、犯罪、好ましくない行為行動であった場合に、大域でブレーキをかけるものが宗教と言うことになり、また、社会モラルになるという事です。社会モラルは社会の閉鎖性によりその規模が小さければ小さい程偏向しやすく、また大きくても集団の合意により形成されるために場合によりストッパーにはなり得ない場合があり信用性にかける。そのため、その集団を形成するメンバーが与える偏りの影響を取り除いたものが宗教という事になります。私たちは時空間上に存在し、その知識を蓄積します。ある地方で得られた知識を他の地方へ伝え生存率を上げ、ある時代に得た知識を次の時代に伝え生存率を上げる事が出来ます。種の生存率を上げるという事はそれに属する自身の生存率を上げる事につながり、また、自身が世代継承する際に蓄積された情報から自身が以前に保持していた情報を再現しやすくなるという利点が存在します。情報の普遍性というものです。容易く忘れ、容易く失う私たちの持つ情報をより大きな空間上の集積、より大きな時間上の集積によって補おうとする試みです」
そしてエールトヘンは話を止め、マスター・ララへと主導権を返す。
「よって私たちは形質が与える快感原則だけではリスクを一定値から軽減出来ない状況を克服すべく知性を手に入れましたが種の持つ限界に起因する知性のその根本的な在り方から生じる欠陥によりそれでもリスクを排除しきれません。排除しきれないために大域にストッパーをおいて、ある一定の範囲内に収束させるという方法で対策をせざると得ません。そのストッパーを外すにはそのストッパーの代わりになるだけの知性、理性が必要となり、それを得るには精神の成熟性を待たねばならず、それを必要とする幼少期、未成熟期に期待する事は出来ません。そのため、やはり最初はストッパーを設け、エラーを抑制する方法をする事になります。例え高度な知性を持つ人物が教える側になったとしてもそれに変わりはありません。理解度とは教える側の能力と教わる側の能力によって生じるものだからです。例えるなら発信機の能力と受信機の能力の結果が伝わる情報の精度に影響するという事です。そして、教えた"つもり"にはなれても、同じものを見ても、同じ定義を語っても、同じ言葉を使っても、同じ物体、同じ事象を表しているかどうかはそれだけでは分かりません。情報の精度が同じかもしくは対象を表すために必要な水準に達しているかを判断出来なければならないのです」
そこにエールトヘンが割り込む。
「子供の教育過程で子供に「わかった?」と聞いて子供から「わかった」や「はい」と言う答えが返ってきてもそれが本当に理解できているかを表すかの判断が出来る必要があり、「分からない」と言えば叱られる、恥ずかしい、長時間拘束される、などの理由で答えている可能性も考慮する必要があり、つまりはその発言通りではない状況があり、また、それ以前に間違った情報を得ているために間違った解釈をしている可能性も否定できず、また、対象の極一部もしくは表面だけを理解している可能性もあり精度が欠けている場合もあるのです。それを確認するには実際にさせてみる事になりますが、すべてのパターンを試す事が出来ず、必要な数に足りない分だけその証明が出来ません。それは大がかりなものや高価なものになればなるほど情報の精度が欠け、他の知識の理解度で類推するしかありません。つまり、教えた段階で本当に理解しているかは本人にすら分からないのです」
またマスター・ララが引き継ぐ。
「ここまでで快感原則から来る私たちの行動、欲求とそこに生じるエラーについての話は終了です。次は思考の在り方ですね。エールトヘン?」
「そうなりますね」
まだ解放されないのかとローレンシアは思わず「ぐぬぬ」と唸った。
ここでは円環と相克の根源も述べていますが話がそれて長くなるのでとりあえず割愛します。
伝統を守る、という事の意味も少し触れていますがそれはまた別の機会に。
すいません。軍学者クセルクセスの名前の由来を忘れました。どこで見たのかも。
クセル+クセスで、ギリシャ語で、”時の流れを逆向きにする”がその意味だったはずですが、どちらが時でどちらが逆だったか忘れました。もしくは"あべこべ"だったかと思います。なのでここは半信半疑にしておいてください。
調べる気がある人は調べてもいいかと。まあ、都合の悪いものは少しずつうまく偽装しながら隠していって紛失させるのがこの世界での利益の出し方ですので簡単に見つかるかは知りません。
なぜ宗教が戒律とミサをしていたかここを読んで分かりましたでしょうか。
なぜ日々の中に祈りを捧げさせていたか、なぜ習慣として儀式や祈りを取り入れていたか分かりましたでしょうか?血の引き締め、情報の劣化を防ぐ、等の理由です。それを外して代替物を用意しなかった科学がどうなったか、は自明の理です。




