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S036 お嬢様勉強会 ~とりあえず戦争で~(快感原則)

ここから数話、コメディないです。

すいません。


ある国は戦争に勝った。

戦争により他国の財産、技術、資源を欲しいままにし、それこそが自分たちの在り方だと思った。


「なんか国家予算足りないんだけど?」


「とりあえず戦争で補填しておくかー」


「なんか予算なくて図書館建てられないんだけどー?」


「とりあえず戦争で補填しておくかー」


「なんか町長決まらないんですけど?」


「とりあえず戦争で補填しとくかー」


「なんか家計苦しんですけどー?」


「とりあえず戦争で補填しとくかー」


「なんか面白くないんですけど?」


「とりあえず戦争で補填しとくかー」



「なんて事になったりする世の中なんじゃろか?」


「アハハ。お嬢様は相変わらず面白いですね」


「マスター・ララに言われたくない」


「左様でございますか。しかしわたしもアレですがお嬢様も結構アレですね」


「アレとかいうな。わしは結構まとも」


そこにローラが口を挟む。


「大抵の人は自覚ない。お嬢様もそう」


「ローラにも言われたくない」


ローレンシアは息抜きがてらマスター・ララの居室を訪れていた。

先日頼んだスクリーン付きのベッドの試作品が完成したという話だったので見に来ていた。

マスター・ララに聞いているのはマスター・ララが以前に居た帝国が戦争を繰り返しているからそれならマスター・ララに聞いたほうが良いのかと、ここで聞いてみたという事である。

するとなぜか笑われた、というのが結果でありローレンシアはあまり面白くない。

ひとしきり笑った後、マスター・ララは何やら悪戯でもしそうなにやけた目付きでローレンシアに語り始めた。


「まあ、ありえますね。というより、当然の様にあり得ます。つまりはリスクと利益の計算がそれまでと逆転した事によるものです。またはそう思い込んでいたものがある結果を元に覆された'結果'、今までと違う選択を行うようになる、とも言えます。

例えば抑止力。一国だけ強大な力を持つ結果に至った場合、自国内で学術研鑽して自国内で得られる利益を向上させようとするより外部から利益を奪ってきたほうがより効率的になります。これは戦争では互いに大きな利益を得られず損失ばかりが際立つ、デメリットが大きい状況から損失が少なくなることで損得勘定の面から見て実行する価値が生まれる、つまりはハイリスクハイリターンからローリスクハイリターンである状況に変化したから欲望を満たしやすくなった。その結果、安易に行動する事が可能となり戦争を容認する傾向を示し、また、その結果により得られた利益と成功体験から増々同じ行動をする傾向を示し、やがてすべての物事に同じ対処を試みるようになる。簡単に言えば、戦争さえしていれば地位も名誉も食料も財産もあらゆるものが手に入るなら戦争さえしていればよい、という結末になる、という事です。生活をするために難しい学問を学ぶ必要もなくなり、周囲に気配りをしたり交渉をして利益を出そうとする必要がなくなり、汗水たらして毎日働かなくてもほんの一定期間だけ体を動かせば良い、という結果により、さらにその結果を欲するようになる、という事です。いわゆる快感原則です」


「快感原則?」


「ええ、快感原則。人は気持ち良いものを追求し続ける、というものです。そこには人間の積み重ねてきた業、といいましょうか実績が付随いたします。『気持ち良い』と感じる行動にはそれまでに積み重ねてきた成功体験が関わります。お手伝いをしたら誉められた、テストで優秀な成績を修めたらお小遣いをもらってそのお小遣いで美味しいものを食べた、などです。誉められた、という部分もその結果、怒られたりぶたれたりせず、親にご褒美をもらった、などにつながる結果として気持ち良い、となります。その結果、お手伝いをする、勉強をする、という行動は気持ち良いものと結びつくものだ、と考え自ら望んで行うようになる、という事です。そしてそれらの行動のセットを繰り返し実行しながら生活を営む事で、生命の危険を排し争いもなく過ごすという実績の元に世代継承し遺伝子に蓄積し、その実績を基に次の世代においても同じ行動を取ろうとする、という事になります。ここまではよろしいでしょうか?お嬢様?」


「ああ、うむ・・・(藪蛇じゃったか?)」


ローレンシアは返答するもどうやら展開がエールトヘンの時と同じく知恵熱を発生させそうな内容へと移る予感に内心冷や汗をかく。しかし一度始めた会話、『じゃあ、このあたりで』と逃げる方法が見つからないので仕方なく話に耳を傾ける。


「つまり、その積み重ねが抑止力として働く、という事です。モラルやマナーと言ったものですね。なぜかしてはいけないと感じる、などの感覚などがそれにあたります。ですが、それはあくまで漠然としたものであり、その感情の裏付け、根拠の追求を今世代でも行い、証明を得て再度、その行動が自身が生活するうえで『正しい』のだと確信を得られる段階にまで昇華する必要があります。そういった事はここではエールトヘンの役割ですので私は補助程度で」


そう言ってマスター・ララはエールトヘンの顔を伺い、話を振る。

するとエールトヘンが話を引継ぐ。


「つまりはミサを、教育を行う、という事です。私たちは生死を繰り返す過程で小さな状態へと遷移します。その際に情報を記憶できる領域が減少しすべてを覚えている事が出来ない場合があります。そのため、必要な情報のみを、情報の核のみを確保し、次の世代へと移ります。そして新たな生を始め記憶域が拡張する事で情報の追加が出来る状態になり、確保していた情報に付随していた情報や現在の状況に即した情報を得る事で、自身の行動原則の再認識を行います。この過程は同時に変動する環境に対応する為に一度不必要な情報を除外し、環境を再認識し適応するために行われている、とも言えます。また、そうしなければ生命として種族として維持できないために必要不可欠な最低限の性質として維持されている、とも言えます。そしてその性質を保てない者は種を継ぐ事が出来ずに消え去り、結果として残った者は今述べた性質を得るという結果になっている、とも言えます。つまりは教えられる事だけではなく、自身が素直に感じた事も大事になさってください、と言う事です。なぜそう思うのか。そこに自分自身を思い出すきっかけがあり、それを論理立てて再認識することで、今世代においても情報を確定させ次の世代により強い情報強度で引き継ぐ、という事になります。血の引き締め、とも言われます。これを怠ると行動原理が失われる可能性があり、より惑わされやすくなります。行動の指針が失われるのですから」


そこで言葉を切り、その後をまたマスター・ララが引き継ぐ。


「つまり、快感原則とは、生命が生命を維持するための指向性だと言う事です。例えば小鹿が生れ落ちてすぐに立ち上がろうとしてその生育に問題なければ立つでしょう。それは、その行動はどこから来るのか、という事です。何の指針もなければその小鹿は果たして立ち上がったでしょうか。大きい分岐を考え、'立ち上がる'と'寝ころんだ'ままの二択としましょう。ですが、立ち上がる選択がされる。それは単純に寝ころんだままでは外敵に捕食される可能性が高く、また捕食されるのでしょう。ですから立ち上がる選択をした小鹿のみが生存してその種を維持し、その性質は補強され次の世代へと継承される。そして生きる上で食べるとすれば、害のある物を食べ不味いと感じたものはそれを避け、そう感じる事がなかったものは食べる事でリスクを発生させより死にやすい状況に陥る。結果、害のある物を食べ不味いと感じたものが生存し、その情報も補強され次の世代へと継承される。また、食べて益となるものを美味しいと感じたものと、感じなかったものではそのものを食べる事に積極性が変わり、より優位に立った個体が生存し、その情報を補強し次の世代に継承する。結果としてその生物は美味しいと感じたもの、気持ち良いと感じたものを受け入れ、そうなるように行動を行うようになる。という事です」


「つまり、なるようになる?という事じゃろか?」


「そういう事ではございません。むしろ、なるようにしかならない、というべきでしょう。なるようになる、とした場合にはコントロールを放棄しています。つまりは状況に対して受動的になり、それが悪い状況に傾いたとしても改善する対策を持たない、という事になります。なるようになる、と言えるのはその結果が決して悪いと言える状況に陥ることはないという予測の元にしか成り立たず、それは環境が与えてくれるものに依存している、という事です。なるようになる、という選択は、それにより自身が選択する具体的な行動の結果が、自身に悪影響を与えない結果のみにつながるという楽観的観測から、もしくは取りうる可能性の結果の予測から生じるものです。環境を構成する要因が悪化すれば自身では何の対策も出来ずに受け入れるしかない、という事になります。そこに高度な知性と呼べるものはなく、チャレンジアンドレスポンスしかないという事です。あるいはトライアンドエラーでしょうか。それも自身の命を賭けたトライアンドエラーです。それは効率の良いものではありません。そこにあるのはそれまで成功した物事の結果だけで、これからも成功するかとは関係ありません。快感原則を基にしたトライアンドエラーは未来への対処、生存の可能性に限界があります。つまり、これからの事に対してはなるようにしかならない、という事です。もちろん、それを俯瞰した場合、同じように現在も快感原則により継続した行動を行う事になり、その結果、生き残る要因となる行動を行ったものだけが次の世代に命を継承します。しかし、今までのトライアンドエラーでの成功が個としても種としても次の試行において成功するかどうかは保証されません。その保証は全ての事象が予め決まっている前提でそれらすべてを知っている、己の行動原則として対処できる場合にしかあり得ません。そんな条件は不可能です。もしくは収束してそれらの未知の部分が結果とその結果からのレスポンスの影響が誤差と呼べる状態になる場合ですが、これもその状態が成立しているかを判断する事が出来ません。そして、ある程度の確度で行動が収束しても、一定の確率で失敗する可能性がどうしても発生するという状況をなくすことが出来る、という保証もありません。その時、そのトライアンドエラーにおいて、成功したものだけが次の世代へと命をつなぐとして、自身が失敗した時にそれを当然の様に受け入れられますでしょうか?

つまり快感原則に従っただけの状態では私たちはリスクをたいして軽減出来ない、早い段階で限界を迎える、という事です。考えてみてください。仮にリスクが一定値まで低下したとして、その先はどういたします?快感原則だけではリスクを求めるレベルまで低下させる事ができる保証がありません。この場合、小鹿は生まれ、鹿として生を営み、子を成し次へと命をつなぎます。しかし、それで肉食動物に襲われるリスクをなくす事が出来るかと言えば出来ません。しかし、鹿の取りうる快感原則から生じた行動はそこで収束しその先へは辿り着きません。なぜでしょうか。お分かりになりますか?お嬢様?」


ただでさえ長話に翻弄されているローレンシアはいきなり話を振られて驚きしどろもどろになる。


「鹿は鹿じゃから・・・か?」


その答えにマスター・ララは一瞬考える素振りを見せた後軽く頷き話を続ける。


「鹿にはもう可能性が残されていないのです。鹿が鹿として種の形を固定化するまでにしてきた選択が鹿を鹿たらしめますが、その選択の過程で肉食動物というカテゴリーの出現は考慮されておらず、対応出来ず、それ以降の取りうる選択で対処する事しか出来ないがためにリスクを完全に排除出来ないという事です。ここで肉食動物というカテゴリーそのものが動物全体において裏切り行為である、という部分はあえて追求しません。現在は種や個のリスクについてです。裏切りに対応出来ないからリスクをなくすことが出来なくなったとも言えますが。つまり現状で鹿が鹿である限り、リスクをこれ以上低下させる事が出来ないのです。さらにそこからリスクを低下させるには別の何かが必要なのです」


そしてマスター・ララはそう言い切ってエールトヘンを見る。

エールトヘンはマスター・ララに促されて話を継ぐ。


まだ途中だったり(汗


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