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034 いつしか社会にはびこりし徒風

ここはクライ話です。

読む方は気をつけてください。

書いている本人も嫌な気分になれる話です。


数話前のシェリーの話との対比にもなります。


ズールドア帝国南西部。

そこは最近まで激戦地として荒れ果てた場所だった。

今でこそ戦線はより南西へと移動し、テルバ村の周辺は戦争の後を残しつつも徐々に回復していた。

そんな村にトミーという名の少年がいた。


トミーは幼い頃に両親を亡くし親の顔すら覚えていないが同じ村の住人に育てられた。

同世代の村の子もトミーを親が居ない事でからかったりはしなかった。

トミーはどこにでもいる村の子供だった。

そうトミーは思っていた。


時折、村の中で蔑む様な視線を感じる事もあったが特に気にもしなかった。

よく話をするジェシカは神経質な位に怯えてトミーの傍を離れない事もあったが村の中で友達と遊びながらすくすくと成長しトミーはいつしか12歳になっていた。


そんなある日の事である。

村では祭りが行われていた。

年頃になった子供たちを集めて成人を祝う祭りだ。

この村では年頃になった子供達は祭りの後に街へ出て経験を積み、そのまま外で生活するか村に帰ってくるかのどちらかになる。

トミーも今日、成人の儀を迎え、街に出る予定だった。

近隣にあるトスカという街で働く事になり、村の伝手で知り合いのお世話になる。

もちろん、ジェシカと共に。


トミーはそう思い、横を見る。

トミーの横には茶色の髪をおさげにした女の子、ジェシカが居た。

トミーより1つ年下で少しそばかすはあるが照れながら笑うその顔がトミーはたまらなく好きだった。

そしてトミーは街で働いて生活がうまくいけばそのままジェシカと結婚するつもりだったし、ジェシカもまたトミーからのプロポーズに頷いてくれた。

トミーにとって今日は良い日だったのだ。途中までは。



祭りは2部構成で行われ、村の中心で皆に見送られて楽しく食べて踊った後に、村外れの広場に移動して成人の儀の衣装を身に付けて契約の儀を行う、というのが習わしだった。トミーも村の中での祭りには参加した事はあったが成人の儀そのものに参加するのは初めてだった。以前見た、自分より年上で先に村を出た青年の晴れやかな笑顔を思い出しながら儀式の場所まで来た。


今年の成人の儀を受けるのは5人。トミー、ジェシカ、アン、カイン、そしてエドワードの5人で、年々少なくなっているそうだ。村から出ていき、帰ってくる人が少ないと村はそうやってどんどん過疎になっていく。そういう事なのだろう。


「おい、トミー。何をやってるんだよ。さっさとつけようぜ」


「いや、でも、お前。これ。なんだよ鉄の首輪って」


カインがじっと衣装を見るトミーに声をかけた。

トミーの視線の先には成人の儀で着る衣装があったのだが、奇妙なものだった。

衣装と言っても服の上に覆う外套のようなものが無骨な鉄の首輪に付けられていた。外套のような衣装には装飾品も散りばめられ見た目も派手だがなぜか首輪の部分だけごつごつした鉄の首輪だった。

カイン、エドワード、そしてアンはもうすでに衣装を着けており、トミーと同じようにジェシカもまだ衣装を着けていないようだった。

衣装を前に躊躇するトミーの姿を見て、先導役のジェームズが近くに寄ってきて話をしてきた。


「どうしたトミー。何かあったか?」


「あ、ジェームズさん。これなんでこんな首輪なんですか?」


「ああ、それは由緒ある首輪なんだぞ。もう何十年も昔から使っているんだ。皆それを着けて儀式を受けるんだ。衣装の他の部分は使いまわしで傷むから何度も作り直す内に派手になったらしい。さあ、お前もようやく大人になるんだ。俺たちに晴れ姿を見せてくれ。後、男はそこの鉄の腕輪も着けるんだ。その程度の重りなんてなんでもない、って皆に見せつけてやれ」


そう言ってジェームズはニヤリと笑って見せた。トミーがふと視線を横にやると、カインとエドワードが腕輪をトミーに見せつけるように腕組していた。

一瞬カッとなったトミーは衣装を身に付けカイン達にどうだと言わんばかりに胸を逸らした。するとカイン達は顔を見合わせニヤリと笑いトミーを見、トミーもニヤリと笑い返した。


「ほら。綺麗な衣装なんだから早く着なよ」


アンはそう言いながらくるりと回りジェシカに衣装を着るのを促した。

それでも渋るジェシカにアンは近寄って耳打ちをする。


「ほら。トミーも着てるし。それにトミーとお揃いよ。並んで立ったらもうお似合いカップルじゃない」


ジェシカは顔を赤らめるとトミーを何回かチラリと見た後に衣装を付けて俯き加減で静かにトミーの側に立った。


「ヒューヒュー。似合ってる似合ってる」


そんな2人をカイン達3人がからかい、トミーとジェシカが赤くなりながらも目を合わせて笑いあう。


「おお、準備ができたな。それじゃあここにサインと血判だ」


そう言ってジェームズは羊皮紙を5枚出してきた。

トミーも少しだけなら文字も読めるがそれはトミーの知っている文字ではなかった。


「ねぇ、ジェームズさん。これはなに?何語?なんて書いてあるの?」


トミーのその質問にジェームズは答えた。


「ああ、これは俺も良く分からないんだ。なんでも古い文字らしくて村長も読めないとか言っていたな。で、だな。これは成人の儀を済ませた証として村長の家で保管する事になっているありがたいものだ。これを書いてあの広場の中央に立って儀式は完成だ。俺も昔書いたなぁ」


ジェームズは昔を懐かしむように目を閉じた。

なぜ書くのか良く分からないが成人の儀に必要らしく、カインとエドワードも既に書き終えているからトミーも待たせては悪いと思いサインをし血判した。

トミーが書いてしばらくした後にアンとジェシカも書き終え、そこにジェームズが声をかける。


「それが済んだらほら、広場の真ん中に立て。皆待ってるぞ」


その声を聞いてトミーが広場へと目を向けると広場の周囲には村長や村人、そして行商人らしい集団が陣取っていた。皆、どうやらトミー達が出てくるのを待っているようだ。

その様子を見ていたカインがトミーの背中を押してきた。


「ほら。皆待ってるだから急げよ」


「分かってるよ。押すなよ」


などとトミーはカインに答えながらジェシカの手を取って歩き出した。

少し緊張しながら広場の真ん中に立ったトミーとジェシカが回りを見渡した時、周りから掛け声が聞こえ始めた。


「銀貨50枚!」


トミーはなんだ?と思ったがそれもわずかな間だった。


「男に金貨1枚!女は銀貨70枚だ!」


「なら俺は二人まとめて金貨2枚と銀貨50枚!」


その掛け声にトミーは愕然とした。


(なんだ?こいつらは何を言っているんだ?)


同じように戸惑うジェシカと顔を見合わせふと気づくと、カイン達の姿がない。後ろを振り返ってみれば広場の隅でこちらをニヤニヤと見ていた。

そんなカイン達にトミーは声を荒げて話しかける。


「カイン、エドワード。これは何なんだよ!どうなってるんだ!?」


「おい、トミー。お前はバカか?まだ分からないのか?お前たちはな、売られたんだよ。正直お前がバカで助かったよ」


ジェシカも悲痛な叫びを上げる。


「アン。嘘よね?嘘だと言ってよ!なんで?どうして?私たち友達よね?」


その声を聞いたアンは穏やかに笑い、そして少し見下したような目でこう言った。


「そうよ。友達よ?だから友達のためにがんばってね?」


「そんな・・・」


その一言にジェシカは膝から崩れ落ちた。


「そんなの、そんなのってないわ・・・」



泣き崩れるジェシカを呆然と眺めた後、トミーは怒りに顔を歪ませ叫びながらカイン達にとびかかろうとした。


「お前ら!よくも騙したな!」


しかし、トミーの体はトミーの望むようには動かなかった。

トミーがとびかかろうとした瞬間に、首輪が締まり、手首に付けた腕輪はかなりの重さを感じさせるものになった。

あまりの苦しさにトミーは地面を転がりなんとか首輪を外そうともがいたが鉄の首輪を素手で外せるわけもなく、ただもがき続けるトミーにジェシカが駆け寄り声をかける。


「トミー!、トミー!大丈夫!?ねぇ!もう止めてよ!止めてよぉぉ・・・」


ジェシカは泣き叫びながらトミーに触ろうとするが暴れ続けるトミーに近寄れなかった。

そして周囲にいた村人の中から2人ほど槍を持った人物がトミーの近くに来て、腹を蹴飛ばした後に槍で小突いた。そして首輪が締まらなくなったのかようやくトミーは暴れるのを止めた。


ゼェゼェと荒い息をするもぐったりとしているトミーにジェシカは泣きながら縋り付く。『トミー!トミー!』とジェシカは声をかけるがトミーはまだとても話せる状態ではない。


そんな二人を見ていた槍を持った二人の内、一人がこう言いだした。


「ああ、ジェシカ。綺麗になったなぁ。こんな事ならヤッとくんだった」


「・・・ジェフさん?何言ってるの?」


「おい、ジェフ。お前なぁ。処女だから高く売れるんだろうが。我慢しろよ。後で貰った金で街まで行って女抱けよ。充分サービスしてくれるぜ?」


「ハハ!違ぇねえ。でもよぉ、俺は昔みたいにギャーギャー泣き叫ぶ女をこう、甚振りながらよぉ・・・」


「お前の趣味には付きあえねぇよ。いい暮らししたいならほどほどにしておけ」


「ああ。その程度の分別はもってらぁ。なんたって俺はお上品だからよ」


槍を持った二人、ジェフとマートンは同じ村で育ったジェシカの前でそんな話をしてみせた。

そこに声が掛かる。


「困りますねぇ!この村は品質管理が良いから来てるんです。商品に疵を付けられたら商売上がったりですよ」


「そうだそうだ!変な病気とか移されたら困るんですよ。もう売り先も考えたんだ。さっさと商談しましょうや」


そんな声が下卑た笑い声と一緒にトミーとジェシカに届く。

涙を流して怯えるジェシカの横で蹲りながら憤怒の表情でトミーは、カイン達、ジェフ達、商人たちを睨み付ける。睨みつけながらもどうにも出来ない自分の無力さに歯を食いしばる。

なぜあの時、カインの言葉を信じたのか、ジェームズの言葉を信じたのか。そのバカさ加減に自分を呪うが自分だけだったらまだ良い。自分がバカだったばかりにジェシカを助ける事すら出来なかった。

それがトミーには許せない。悔やんでも遅く、そしてトミーにはそれを覆すだけの力がない。

トミーはジェシカの顔を見る。

ジェシカはその瞳に大粒の涙を蓄えトミーを見ていた。

その顔にトミーが好きだったジェシカの笑顔はない。

ジェシカを笑顔にさせてやれない自分に悔しさを感じながらトミーは言う。


「ごめん。ジェシカ。俺、お前を守れなかった・・・」


「トミーは悪くない!悪くないよぉぉ・・・」


トミーの一言にジェシカは泣きながら答えた。


「ハハ!しょうがねぇ。金貨3枚!3枚だ!」


「負けてられねぇ。金貨3枚と銀貨20枚!」


そんな二人の姿を嘲笑うかのように商人達の威勢の良い掛け声は響いた。



「しっかし。トミーもバカだよなぁ。奴隷売買契約書に自分でサインして自分で首輪をつけたんだ。いやあほんとありがたいわぁ」


「カイン。もっと感謝してやれよ。おかげで俺たちは楽な暮らしが出来るんだ。これも必要悪。尊い犠牲ってやつだ。トミーやジェシカ様々だ」


「そうよ。2人のお蔭。良い化粧品だって結構値が張るのよ。また買いに行かなくちゃ」


カイン、エドワード、アンの3人はトミーとジェシカが商人に連れて行かれた後の広場で話していた。

丁度カイン達から見て広場の対面には商人達がおり、村長と話をしていた。

カイン達はもう用は済んだので帰りたかったが村長達の話がまだ終わらないので待っているのだった。

するとジェームズが村長達の会話から抜け出してカイン達の所にやってきて話しかけた。


「カイン、エドワード。お前らは街で働くだろ?商人に送ってもらう算段がついたから行ってこい。村に帰ってきたらお前たちが交渉する番なんだから、しっかり挨拶して顔合わせしてこい」


「ええー、面倒くせぇ。まあ一旦村を出ないと怪しまれるからしょうがないか。俺らの取り分ちゃんとあるよな?」


「もちろんだ」


はぁ、と溜息を付きながらカインが進み、エドワードもそれに続いて商人の前に立つ。


「どうも。カインです。いずれ村に帰ってくれば交渉役になるのでその時はこちらのエドワードと共によろしくお願いします」


「ええ、ええ。これはこれはご丁寧に。もちろんご贔屓にさせて貰いますよ。今後ともよろしくお願いします。もちろんその時が来ればサービス致します。ええ、今後とも是非」


カイン達は軽くお辞儀をして広場を横断しアンの所へと戻ろうとしたその時。


「右のでかいほうに金貨2枚!」


「飛ばしやがるなぁ。俺は左のでいいわ。金貨1枚」


「お前らちょっとは遠慮しろよ。さっきのもあるだろうが。2人合わせて金貨3枚だ」


「おやおや。商人ともあろう者が商売に泣き言ですか。よろしくないですねぇ。まあ今後の付きあいもありますけどねぇ。でも左に金貨2枚と銀貨20」


「おいおい、そりゃないだろう。まあ良い。譲ってやるよ。じゃあ右に金貨1枚と銀貨10」


「しょうがない。こちらが折れますか。次はよろしくお願いしますよ?」


「ハハ。今後ともよしなに」


そんな商人達の会話を聞きながら、商人達へと振り向いたカインとエドワードが呟く。


「おい、何を言ってるんだ、お前たち?」


「じょ、冗談だよな?」


そんなカインとエドワードの問いに答えるものはいなかった。

焦った2人は村長を見るが村長はそんな2人に構う事なく商人と会話を続けている。

何かの間違いかと思い、ジェームズの方を振り向いた時、2人は見た。

アンの後ろに立ち、抱き寄せるように回した手でアンの胸を揉みしだきながらジェームズは目線だけカイン達に寄越しながらアンと何かを話している。アンはアンでされるがままで、ジェームズの顔を見ながらカイン達に目線も寄越さない。そんなアンの顔はもう女の顔をしていた。


それを見たカインとエドワードは呆然とした後、アンへと話しかける。


「アン?どういう事だ?なんでジェームズと?おい、俺が居ながらジェームズと何やってんだよ。俺を騙したのか?」


「おい、エドワード?どういう事だよ?アンは俺の女だぞ?何ふざけた事いってやがる。もしかしてお前アンと・・・」


そう話してから2人はアンを見る。

するとアンは悪びれる事なく2人にこう話しかけた。


「ごめんねぇ。だってジェームズがさ、2人の扱いが面倒だから手伝ってくれって言ったのよ。どう、私の演技?上手かった?ほら、あれ、初夜っぽい演出。ちゃんと出来てた?二人ってまるで子供だったわ。ジェームズと大違い。本当、あの後、ジェームズに抱いてもらうまでモヤモヤしっぱなしだったわ。でもまぁ、ね。回数重ねた後は悪くなかったわよ?ちょっとはおこちゃまでもやれば出来るんじゃん、と思ったわ」


アンの言葉を呆然として聞いていたカインはアンとジェームズに問いただす。


「なんでだよ!、なんで俺らまで!あいつらはザルムンの民だろうが!殺した連中の子供を奪って育てて売るのが俺らの役割だろうが!なんで俺らまで!」


「ごめんねぇ。2人とも。何かさ、最近色々あったじゃない?だから物入りらしいのよ。もうザルムンの民でさ、奴隷に出来る数も減ってきてさ。楽して暮らすには足りないらしいのよね。だからお願い。村のために、ううん、私とジェームズのために頑張ってきて。ほんと私、仲の良い友達を持てて何て運が良いのかしら」


アンは悪びれる事なく当然の様にカインとエドワードに言い放った。

そして首にはめている首輪に指をあてながらこう続けた。


「私のこの首輪だけは偽物。ただの鉄の首輪。魔法もかかっていないの。私がサインした契約書も偽物。二人のは・・・。ごめんね。偽物って言ったけど、あれ本物なの。ちょっとした茶目っ気だから許してね」


と舌を出しながら笑いかけるアンの言葉にカインとエドワードは怒りに震える事しか出来なかった。今殴りかかってもトミーと同じ末路にしかならない事は先ほど充分に見た後だからだ。


2人は多少暴れたもののトミーに比べて大人しく商人達に連れていかれた。

どうやら向こうでトミーと言い争っているらしく罵声がわずかに聞こえてきたがアンにとってはどうでも良い事だった。アンにとってはこの商売で得られるお金で化粧品や欲しいものを買い、良い物を食べる事こそが重要だからだ。


村長とジェームズが商人と会話をしている間、爪やすりで爪の手入れをしながら待っていたアンは、村長達が会話を終え挨拶をしているのを見て、ようやく会話が終わると思いジェームズに抱きついた。

ジェームズはそんなアンの腰に手を回し、少しギラついた目で眺めた後にこう言った。


「ああ、オルソンさん。これ使ってくれていいですよ。まだまだ青臭いが充分仕込んだから良い腰振りしますよ。ああ、壊さないでくださいね。まだまだ使うんですから」


「おお。護衛に雇った連中が暇を持て余していたので助かります。放っておくといらん事ばかりしでかしますからな。おおーい、お前ら村からのおもてなしだ。大事にしろ」


「ラッキー!へぇ、まだ青臭そうだが楽しませてもらうか。ほらこいよ!」


「ちょ、ちょっと!?ねぇ、嘘よね?ジェームズ?ねぇってば!?」


アンの言葉にジェームズは黙ったまま自分の首を指差した。その動作にアンは愕然とする。


「嘘、これ本物?ジェームズ、どうして!」


その問いには答えずジェームズは話し出す。


「計画を教える時に使ったのは偽物。本番に使ったのは本物。ただそれだけだ。安心しろ。壊れるまで使ってやる。大事にな」


その言葉に乗っかるようにジェフが言う。


「おい、そんときゃ俺に貸してくれよ。どうせ処分するならいいだろ?」


「ああ。その時はな」


そう言ってジェームズはアンの背中をトンと押し商人の護衛達に渡した。


アンは信じられない、信じたくない、という表情をジェームズに向けたまま護衛達に強引に連れられていった。


村長とジェームズ達が撤収の準備をしていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。


「いやぁ、許して!もう嫌!お願い、ジェームズ!ジェームズ!」


「ハハ。俺らを裏切るからだ!」


「ああ、いい気味だ。自分だけ楽しようなんて図々しいんだよ。この売女!なあ、あんたら!俺にもさせてくれよ。そいつヒィヒィ言わせないと気が済まねぇんだよ!」


残る2人の声は聞こえてこない。まあそれが妥当か、とジェームズは目を伏せる。


「それで皆さんはこれからどちらへ?」


「ええ、もう2、3つファームを回る予定です。次もご贔屓に」


そう言って会話を閉め、撤収の準備が済み村長達が去った後、ジェームズは広場を振り返る。

ジェームズはズキン、と頭に痛みを覚え、顔を顰めて手で顔を覆う。

ジェームズは脳裏に一瞬の間だけ懐かしい少女の笑顔を見た気がした。

自分がここを売られて行った時、一緒に誰がいたのか分からない。

それでも自分はここに帰って来た。

何かに希望を抱きながら。

もう会えるはずのない誰かに会える気がして。

その誰かを思い出せない。いや、思い出したくない。

ジェームズは無意識に思い出す事を拒絶していた。


そしてジェームズはなぜか思った。


いつか、必ず、と。


そしてトミーは思った。


いつか、必ず、と。




ケイシーはとうとう私の所にもやって来たかと思った。

ケイシーの生まれはセイタン国だった。

そう、だった。

今から40年前にズールドアに併呑され、もうどこにもない。

国が滅んでからのセイタンの民は最悪だった。

表向きでは属国扱い。裏では家畜同然に扱われた。

逆らったものは次の日には居ないなんて事は日常茶飯事だった。

周囲を鼓舞して励ますようなリーダー的存在は追い詰められて犯罪者としてみせしめにされた。

セイタンの民が逆らわぬよう。セイタンの民が自分達の思考で団結しないように。

豚は豚として相応しい姿がお似合いだ、とケイシーも言われた事があった。

そいつはケイシーの上に跨り腰を振りながら言ってのけた。

どうやらこの男は豚を犯す趣味があるのだ、と自嘲気味に思った事もあるがすでに忘れてしまいたい過去であり、また、忘れられない過去だった。

そんな中、数年経ち、いや、数年では足らず十年を越えた頃、ケイシーもようやく人並みに家庭を持つ事が出来た。それでもたいして変わりもなかったと思う。

夫がいてもズールドアの兵隊にとってはどうでも良い事で、他の女より少し顔の良かったケイシーは彼らにとってはいいストレス発散の的だった。夫と2人で悔しさに泣いた夜もあった。

それが終わるのは20年を越えた後だったろうか。もう充分歳を取り、よほど女に飢えていてもそれほど食指が動かないというような歳になってようやく解放されたようなものだ。

太れば良かった?そんな贅沢な食料などありもしなかった。生活はいつもぎりぎりでただ連中があまり痩せぎすの女を抱きたくないがためだけに食料を持ってきた。

なぜそんな食料を食べていたのか、なら簡単だ。子供がいたのだ。

最初、子供が出来た時、夫はとても悩んだだろう。それは誰の子か。

それは普段の生活にも滲み出ていた。

お互いが気まずいまま数年が経ち、夫に顔が似てきて、性格も夫に似てきてようやく夫と2人で涙を流す事が出来た。

私は夫を裏切らずに済んだ事を心から喜び、夫は私を不信から見捨てなくて良かった事を喜んだ。

苦しい時を2人でどうにか過ごした今、私は1人だった。


数年前に夫を亡くし、今は夫と共に蓄えた貯蓄で暮らしていた。息子は既に嫁を貰い仲睦まじく暮らしているはずだ。

ただただ私は静かに過ごし、夫の待つ天国へと旅立つ準備をする毎日だった。

だが、それすらも許されないらしい。


そこに届いた手紙とその手紙を届けに来たにやけ面の不快な男。

その男はこう言った。


「息子さんのブライアンさんがとんでもない事をしでかしてねぇ」


「とんでもない事?それは何ですか?」


「ああ、手紙を読んでくれたらわかると思うから」


そういって手紙を差し出してきた。

手紙の内容はこうだった。


ブライアンが仕事中にトラブルを起こし、相手に重傷を負わせた。

傷は深く相手は長い期間働けない状態になったから高額の賠償金が必要らしい。

それをブライアンは払えないから親である私に泣きついた、という事だそうだ。

そう。ブライアンの筆跡ではない字でブライアンの書きそうもない文章を書いた手紙で伝えてきた。


そして私は前に立つ男を見る。

男は無遠慮にこちらの事などお構いなしにニヤニヤと笑い出方を待っている。

私がじっと黙ったままでいると業を煮やしたのかそれとも後一押しだと思ったのか男はセイタンのあった地方特有の訛りを感じさせない帝国語でしゃべりだした。


ブライアン(・・・・・)さんが、|働けなくなるほどのケガ《・・・・・・・・・・・》をですねぇ、いや、もしかすると死んでしまう(・・・・・・)程かも。それですね。どうしても高額の慰謝料が必要なんですよ。わかります?わかってくれますよねぇ?」


そう話し、ニヤニヤとしたままこちらが何も言わない事を良い事に男はまた臭い息を吐きながらしゃべりだした。


「こっちもですねぇ、穏便に済ましたいのですよ。ほら。世の中ラブアンドピースじゃないですか?あまりケガしたさせたどうこう言いたくないんですよ。だからほら、ね?スムーズにいきましょう。これだけ払ってくれたら済むんですよ。これくらいなら(・・・・・・・)持ってますよね?」


ここはズールドアの属国。財産調査の類もスムーズに行われたのだろう。

男の目はすでに笑っていない。払うのか払わないのか、それだけを伝えてきている。


「はい。今すぐお渡しします。ちょっと待ってください」


そう言って私は相手の言うままに慰謝料を渡した。



後になって、ブライアンに怪我はないかと聞いた時に、「何があった?」と問いただされ誤魔化す事も出来ずに起きた事を話すと息子に呆れられた。「どうしてそんなわかりやすい詐欺にひっかかるんだ?母さんもう少ししっかりしてくれよ」とブライアンは言っていた。

ああ、それでもいい。ブライアンが無事でいてくれたのだから。

どうせ私はあと少しもすれば夫の所へと行く。だからブライアンさえ無事でいてくれたらそれで良い。

それだけで私は良い。

あの子に何かあっては夫に顔向けできない。

そう、それだけで良いのだ。


小5 国語 教科書 「注文の多い料理店」の救いがないバージョン。


オレオレ詐欺の真相。


後一つ書く必要があったのですが他の内容を煮詰めていたら消えちゃって忘れたので思い出したら追記します。


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