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032 第四回お嬢様対策会議

そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。

穏やかな春は今まさに華やぎ、日差しの中そよぐ風は見るだけではない春を感じさせる。

春の訪れと共に芽吹いた命は生まれたばかりの脆さを既に失なっていた。

しかし失われぬものもある。


玄関をくぐると王都でも類をみない程大きなシャンデリアが吊り下げられ、通路には等間隔に壷などが飾られていた。

壷は光沢を放ち、窓は磨き上げられ曇りなく、扉はきしむ事なく開き、ドアノブはくすんでいない。

そこに仕える者達の教育が行き届いている事もまた、その貴族の格というものを示している。


その屋敷の一室で、深刻な表情の面々が重い空気を漂わせながらテーブルを囲んでいた。


ある人物は肘を付き、手の甲で額を支えながらテーブルに視線を落としたまま顔を上げず。

ある人物はただハンカチで涙を拭いながら誰かが話し始めるのを待っていた。


「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。

それでは第四回お嬢様対策会議を始めたいと思います」


拍手などない。皆どこか真剣な表情で頷いた。



私の名はマーカス。

第二席の執事です。

冬が終わり、忙しくなっていく季節なのですが現在の私はお嬢様付きの執事。

面倒事の大半はイアンとエールトヘン様が片付けてくれるのでそれはもう春を謳歌させてもらっています。

多少は問題が発生しますがそこはもうエールトヘン様とキャメロン様の手腕に任せている所存です。

確かにそれでも厄介事は回ってくるのですが。

しかしそれはそれ。

本当に厄介な事はあの優しくも誠実なひたむきさをお持ちになられるあの方が居られるので多少の苦労くらいは許容出来ます。

ええ、苦労とは何かを目の前で体現なされている方の前では私の受ける苦労など些細な事なのでしょう。


そんな私も及ばずながら真摯に微力を尽くしお嬢様をお支えする日々を過ごしております。

本当に真摯に微力ながらお支えしております。

そこに嘘偽りはございませんとも。ええ、お支えしておりますとも。本当に微力ながら。


そしてエールトヘン様やキャメロン様を助けながらもお嬢様にお仕えする毎日。

幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。

ええ。この気持ちに嘘はございません。

勿論ですとも。


ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。


お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、私では思いもつかない色々な事が出来てしまいます。

私にはどうやっているのかまではわかりません。


そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。



「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


ああ。どうやらミーナがまず前座を務めるというのは確定したようです。確かにミーナに比べてシェリーの巻き込まれ率は高いので至極当然なのかも知れません。

私としましてもまずは軽いものからこなしたいのです。


時が自然と解決してくれる。


どのような厄介事もそうであって欲しいというのが私の切なる願いです。

手を付ける前に解決してくれたら、と淡い期待を抱く私は飽くなきドリーマーなのでしょうか。

私の事はともかくミーナの件を聞く必要があります。


「ミーナ。何かあったのですか?特にお嬢様に関して」


「そんな問題じゃありません!

守護霊様に関してです!

どうして守護霊様は更に若返ってるんです!?

いえ、問題はそこじゃないです。

どうして守護霊様は少年のお姿なのにハーフパンツじゃないんですか!

少年といえばハーフパンツ。ハーフパンツといえば少年!

守護霊様は自身のそのお姿に違和感を抱かなかったのでしょうか!

ええ、それでも、それでもです。

お嬢様はあんな可愛げのある少年をもう捕まえていらっしゃるとかお嬢様はずるいです。お嬢様はあの御年で悪女です。

ああ、私だけの少年でないならせめてハーフパンツ位は夢見させて欲しいのです。

お嬢様はなぜご指摘をされないのでしょうか!

私に恨みでもあるんでしょうか・・・」


ああ、今日も絶好調ですね。

そんな俯き加減のミーナはいつにも増して悔しそうにハンカチを強く握りしめています。

私からしてみればそんな事がお嬢様のお遊びにより生じるアレやコレより優先されるのかと不思議に思うところですが。

あえて指摘すると色々と面ど・・・ゴホン、何でもありません。

やはり同じ職場で働く同僚。尊重すべきところは尊重すべきでしょう。

腫物には触れ・・・、ゴホン、これも違いますね。

今は多様性の時代。個々人の価値観は尊重されるべきなのでしょう。

これでいきましょう。


「ミーナ。ハーフパンツはともかく守護霊様に何か他に問題でも?皆はどうでしょうか?」


そんな私の一言にミーナは『そんな簡単にともかくなんて言葉で済ませられません』と抗議していますが、あえて気にせず周りを見渡します。

すると他のメイド達はお互いの顔を見合わせた後に色々と話し出します。


「アンジェラ様とエールトヘン様の取り決めで守護霊様がお遊びになられる時間が予め分かっているのでそれほど問題には・・・」


「そうですね・・・あの方もだいぶ落ち着いたようでそれほどこちらが驚くような事もしなくなりました」


「ええ、そうです。最近では縮んだ身長を活かして廊下にある壺の中から『ハロー』だとか言って登場したり、あれです、壺の中からシンクロナイズドスイミングのようにポーズをつけながら登場したりと今の自分の持ち味を活かそうと努力なさっているようです」


「そうです。少年の姿もあいまって可愛気があるので微笑ましい限りで。確かにアルフレッド様達よりもお遊びが過ぎる感じはしますが」


「ええ、そうです!皆さん分かってらっしゃる!」


あいも変わらずミーナは良く分からない合いの手を入れてきます。

しかしどうやらミーナの件は問題と言えるものではないようでホッとしました。

ですので私はこう切り出します。


「問題点がハーフパンツだけと言うなら特に解決する必要がないので次の議題に移ります」


そんな私の言葉にまだ不満があるミーナは『どうして皆さん分かってくれないんですか!』と感情を露わにし、他のメイドが『まあまあ』と慰めているのですが、あえてここは無視を決め込ませて頂きましょう。

そしてさて、とばかりにチラッととある方向に目線をやります。


「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


さすがシェリー。アイドリングも出来ていたようでタイミングもバッチリです。

しっかりこちらの様子を伺い、欲しいタイミングで欲しい動作を行う。

メイドとしての所作をしっかり身に付け始めているようです。

何度行なってもズレのない安定感。それこそが私共の仕事には必要なのです。


「シェリー。事情を話してもらって良いですか?」


「はい・・・。先日、皆さまもご存じの通り、わたしはお嬢様のお遊びに付きあう事になりスタンプラリーというものをすることになりました。

それでですね、おかしいとは思ったんです。ええ、本当に。

奥様や旦那様の所などを忙しく行き来して大変でした。

教会に行ったりダンスの練習をしたり果ては奥様のドレスを借りる約束までする始末。

まあそれはお仕事だと言えばそれだけなのでそうだと割り切っていたんです。

ええ、割り切っていたんです。

で、ですね。

先日、ダンと話してたんです。

さすがに何回も教会に行ったりダンスの練習をしたりと忙しい事に愚痴を言ったんですが、その言葉を聞いてダンはこう言ったんです。『知らなかったのか?』と」


そこでシェリーは俯き、深呼吸してから顔を上げてまくしたてるように話し出しました。


「なんで!どうして!いつの間に私が私の結婚式の段取りをしているんですか!

あれですか、これもサプライズなんですか!?

本当、おかしいと思ったんです。

なぜお嬢様のダンスの練習のために私がダンスの練習をしなくちゃいけないのって思いはしましたがいくらなんでもこれはあんまりです!

気づいたらもうカウントダウンってどういう事なんですか!?

それも着る衣装は奥様が用意してくれた衣装ですよ!お高いんですのよ!思わず上品振って言ってしまいたくなるくらいに!

もうそれを着て汚してしまったらどうしようかと気が気じゃないです!

そう考えるともう震えが・・・」


どうやらシェリーもお嬢様に振り回されるアレやコレやよりも奥様がご用意した衣装の方が重要なようです。

やはり多様性の時代なのでしょう。

私がそう思い、シェリーが恐ろしさに震えているその時です。


「そんな装備で大丈夫か?」


皆がその方を見つめた。震えていたシェリーすら震える事を忘れて見つめています。

そう、皆のエールトヘン様です。

決して皆『こいついきなり何いってるんだ』などとは思っているわけではありません。

ええ、断言できます。私の問題事を解決してくれるエールトヘン様に限ってそう言う事などないというのが私の力強い希望だからです。

そんな私の願いを無視したのかどうかは分かりませんがシェリーがおずおずと確かめるようにエールトヘン様に話しかけます。


「それは一体どういう事でしょうか?何か私に関係が?

そもそもエールトヘン様。どうしてお嬢様をお止めになってくださらなかったのですか?

あんなドレスに染みでも付けたらどうなるかと思えばもう。お嬢様は私に恨みでもあるんですか!」」


シェリーの健気な問いかけにエールトヘン様はハッとした表情の後、「違う。違うんだ」などと言い出し始めました。

何が違うのか分かりませんがどうやらエールトヘン様の返事を待った方が良さそうです。

シェリーに詰め寄られながらもなんとか宥めたエールトヘン様はおっしゃいました。


「やはり結婚式は一生に一度なのだから華やかな衣装が良いだろうとお嬢様は思ったようだ。一生の思い出になる結婚式に、恐らくシェリーが持っているだろうと思われる慎ましやかな衣装を想像し、『そんな装備で大丈夫か?』と聞きたいが聞けばバレるから聞けぬ、と唸っておられた」


「ですから以前から言ってますがお嬢様の『ちょっと』は私の『かなり』と同じ位なんです!私あんなドレス着た事ないです!もう着る時の事を想像すると・・・」


シェリーも今回ばかりは怯えてしまって元気がありません。

その言葉を聞いたエールトヘン様はわずかに頷くと話し出しました。


「シェリーとダンの関係がうまくいっている状況を見てお嬢様はふと疑問に抱いたそうだ。ここに来て間もないシェリーには十分な準備が出来ていないのではないかと」


「なら準備が出来るまで待って下されば良いじゃないですか!心の準備すら出来てませんよ!ええ、マリッジブルーにすらなれません!」


ああ、シェリーが声を荒げて動揺しています。

今回に限ってはシェリーの言い分に理がありそうですが、皆のエールトヘン様はなんとお答えになるのでしょうか。私含めて皆、じっとエールトヘン様を見ています。

そしてエールトヘン様が沈黙を破り話します。


「シェリーは図太いから少しくらいならいいか、などと言っていた」


「いくら何でも今回はあんまりです!」


「その、だ。お嬢様はシェリーにこのままメイドとしてここに勤めて欲しいのだと思う。ダンと結婚してしまえば余所に行く事もなくなるだろうから。お嬢様らしい愛情表現として受け入れてはもらえないだろうか」


「うっ、え、でも」


いくらシェリーが声を荒げるまでに感情的になっていてもそう言われてしまえば悪い気もせず怒るに怒れないでしょう。現にシェリーは怒っているような表情の中にうれしさを含み、若干にやけそうになっているのを堪えている様にも見えます。

そんなシェリーを見たエールトヘン様はここぞとばかりに言葉を足します。


「シェリー。何も心配しなくて良い。ドレスを汚した程度で奥様もお嬢様もお怒りになどなるはずない。お二人はシェリー、君に良い思い出を作って貰おうとしているだけだ。なら君の役割はその日を精一杯楽しむ事だ。そうだろう?」


「え、あっ、はい・・・」


どうやら無事シェリーを丸め込む事が出来たようです。

ああ、シェリー。それでも私に言えることは『何も心配しなくて良い』なんて台詞はやはりダンから貰うべきだという事だけです。

それにシェリーは良い話で締め括られて自分の主張がそのまま忘れ去られている事に気づいていません。

エールトヘン様にとってシェリーは子供や孫のような歳になります。だからシェリーの不安は子供が物事を良く分からないために抱いている不安だと思っていそうです。おじいちゃんが孫をあやす、というべきでしょうか。そんな感じになってしまっています。


私の思いとは裏腹にエールトヘン様は続けます。


「シェリー。それでも心配だと思うならダンと話し合ってみると良い。そうすれば心配などなくなるはずだ。後は早いか遅いかの違いだけ。お嬢様には私から言っておこう。話し合いが済んだら教えて欲しい」


やはりエールトヘン様はお優しい。押さえるところはしっかり押さえてきました。

私なら丸め込んだまま・・・、ゴホン、何でもありません。


何はともあれシェリーも落ち着いたようです。

ならば私から言うべき事は一つ。


「お嬢様も健やかに成長され部屋にもいろいろな物が運び込まれ賑やかになりました。

エールトヘン様やキャメロン様に加え、マスター・ララにもお嬢様をお支えして頂いております。

私共アーデルハイド家に仕える者としてもお嬢様の為、これからも今まで以上にお嬢様をお支えしていく。

皆、これに異論はないですね?」


私は皆を見渡しました。

皆、目を逸らす事なく頷いてくれています。

なんとも頼りになる同僚達です。

ええ、下質(げち)は取りました。

取りましたとも。


「皆さん。落ち着いて聞いて下さい。

先日、お嬢様の首が座りました。

大事な事なのでもう一度言います。

お嬢様の首が座りました。

私の言いたい事が伝わりましたでしょうか?」


もう一度私は皆を見渡しました。

皆、目を逸らす事なく頷いてくれています。

なんとも頼りになる同僚達です。

これなら私の負担も・・・、ゴホン、皆で支えていけるでしょう。


「お嬢様は増々健やかに成長なされてお屋敷中を歩き回るでしょう。

危ないものは早めに片付け周囲に気を配るように。

では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。

アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」


皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。

マスター・ララが参加され負担が減ったかに思われたエールトヘン様は実際には実務が増え、いまだにお嬢様へのサプライズを諦めないために寝不足のままで足元がしっかりしていません。

今日も何かに駆り立てられたかのようにあの方は行動しています。

分かっていらっしゃいますか?エールトヘン様。

奥様よりも乳母よりも、誰よりもお嬢様をご配慮してくださっているのは貴方様なのです・・・


エールトヘン様やキャメロン様に助けられながらもお嬢様にお仕えする毎日。

->

そしてエールトヘン様やキャメロン様を助けながらもお嬢様にお仕えする毎日。


に代わっている件について。

こうやって物事は遷移していきますw。



そんなシェリーを見たエールトヘン様はここぞとばかりに言葉を足します。

どうやら無事シェリーを丸め込む事が出来たようです。

->このあたりはマーカスの主観ですw。



言い訳

書いてる途中に邪魔が入って時間を空けたらエールトヘンの大事な一言を忘れてしまい、何とか思い出そうと数日かけても思い出せないから別案でその場しのぎしてしまい内容が変わってしまったw。


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