031 借り物お遣いスタンプラリー
「ねぇ、シェリー。例のアレ、終わったの?」
「いいえ、まだ。何人に声掛けないといけないと思ってるのよ」
「お嬢様の遊びはいつも飛びぬけてるから。シェリーはお気に入りだしね」
「やめてよ!大変なんだから」
「でもねー、たぶんもうしばらくお嬢様はシェリーに構ってくるわよ」
「冗談でも止めて。だってもう充分おなか一杯、おかわりはいらないわ」
「フフ。そうね。がんばってね」
そう言いながらミーナはシェリーに手を振りながら部屋を後にする。
シェリーがお嬢様の遊びに振り回されているのを知ってはいるがさりとて相手はお嬢様。
ミーナではどうにもできず、しかしそれほど酷いものでもない。
いや、お嬢様のあれは好意の表し方が下手というかさじ加減が下手と言うべきか。その類だとミーナは考える。なぜならミーナにも程度の差はあれ何かしか遊びを仕掛けてくるのだ。
何故かは知らないがいきなり『パンを口に咥えて急いで廊下を走るのじゃ』と言われて大人しく従うと曲がり角で御用聞きの商人とぶつかりそうになった時もある。
何事もなく無事に済んだ後でお嬢様は「もっと腰を落として体ごとぶつかっていくんじゃ」とよく分からないアドバイスをくれたりもした。
ミーナはあの時もそう、と思い返す。
荷物の搬入を商人のお弟子さんと丁稚が行なってくれている時に守護霊様が荷物を崩した。その荷物があわや私に当たりそうになって驚き、思わず避けた私は傍にいるお弟子さんにぶつかり支えてもらった。
すこし気恥ずかしく思い俯き加減で上目遣いにお弟子さんの顔を見たのですが、その彼は私に何の興味もないのか私を見ていませんでした。
ええ、それはそうです。私より守護霊様の姿の方がよっほど興味を惹くのは当たり前ですから。
「(恥ずかしいから)見なかった事にしてください」
私のこのセリフが決まっていそうで決まらない。
『ああ・・・』と生返事だけ返って来たのを覚えています。
守護霊様はお嬢様の命令で動かれたかお嬢様の考えを実行に移したのでしょう。
そのような事もあり、お嬢様は恐らくは好意からしているのでしょうがあまり効果的ではない方法をなされているようです。そもそも、パンを咥えて走るくらいならハンカチを前に落として拾ってもらいます。わざとぶつかる出会いよりも気になる男性が来られた時に応対させてもらえましたら幸いと思います。
ダリアのように。ダリアのように。ダリアのように。
重要な事なのでミーナは何回でも言いたい。
それでも今はシェリーについての頼まれ事を優先するべきだとミーナは思っている。
そう、お嬢様に頼まれたのだ。根回しと準備を。
シェリーは大変だろうな、とミーナは思いもしたが、これもお嬢様らしいシェリーのため?の段取りだという事で不満を口にする事もない。
あえて疑問形なのはミーナにとってもお嬢様の考えがいまいち読めない事にあった。
どうなるかは神のみぞ知る、である。
ミーナと別れた後、シェリーはいつものように雑事をこなしつつ、合間にお嬢さまからのお遣いのようなものを済ませる。
「えーと、次は・・・、マーカス様ね」
シェリーはボードに載せた紙を見ながら独り言を呟く。
先日お嬢様から貰った紙に書かれている内容を忠実に順番にこなしている。
アンジェラ様の所へ行き、なぜかいつもより多い雑務に翻弄された。
その雑務は他のメイドの担当分などがあり、『なぜ私が・・・』などと考えるもお嬢様の気まぐれだから仕方ないか、とシェリーは受け入れた。
リンダやベティからはアンジェラ様の指示の一環で今までとは違う役割を与えられさすがに冷や汗をかいた。なぜか旦那様や奥様の側付きの一人としてお仕えする事もあったのだ。
一つ間違えばそのまま暇を出されかねないシェリーはぎこちない動きで苦笑されもしたが少しずつ慣れる事が出来てきた、と自身では思いたかった。
それが終われば次はダリアの所へ行ったのだがお嬢様のダンスの準備とお嬢様に覚えていただくダンスの練習の実験台にされた。
ダリアはお嬢様への指導方法とその成果が知りたいためにシェリーにダンスを覚えてもらうと告げた。その手伝いは一回では終わらず、今もまだ時間の余裕を見て続けられている。ダリアはやけにお嬢様に覚えていただくダンスの指導方法をシェリーに試したいらしくシェリーがある程度覚えるまでは繰り返す事になっていてそんなお上品なダンスを踊った事のないシェリーは苦労させられた。
それでも少しはましになったらしく、もうじきその手伝いも終わりそうだとシェリーは安堵している現状になる。
そしてマーカス様の所へ赴くとなぜか教会に届け物を頼まれる始末。
それも何回か行く羽目になり、まだ頼まれる事があるのか、スタンプラリーには未だスタンプが押されていない。
いつ終わるかも分からない手伝いに若干嫌気を差しながらも、勤務時間内だからお給料の範囲と割り切り、教会への用に至っては散歩気分で楽しく済ました。門を出る時にダンと会う確率も高いのでシェリーには願ってもない事でもあった。
しかしである。
そんなシェリーでも困る事はある。
お嬢様から頂いた紙は2枚。そう、2枚である。
1枚目も大変だが2枚目はもっと大変だと汗をかく。
最近は旦那様や奥様の側に居る機会も多く、まだ話しやすくはなった。
だが、それとこれとは別である。
どうやって頼もうか、とシェリーは何度も悩む事になった。
しかし、である。どれだけ悩もうと前に進むはずもなく、それにこれはお嬢様のお遊びの一環である。
シェリーが失礼ながらも自分の都合で話しかけようとしているのではない。
それにしてもこの内容はいかがなものかとシェリーは思う。
旦那様から一言貰う。
奥様からドレスを借りる。
庭師のトムから花を貰う。
アンジェラ様からパーティの献立を貰う。
第1執事のイアン様から部屋を借りる予約をする。
シェリーには借り物ラリーと言いながらもなぜ貰うものが入っているのか謎で、また、なぜ旦那様に関しては一言貰うのかが良く分からない。
だが分からないままでもこの『借り物ラリー』を済まさないと平和な生活が訪れない。
なので覚悟を決めて、話しかけられなくてもこちらから話を切り出す事にした。
結果はと言えばこれも良く分からない。
旦那様に一言貰う、という良く分からないものに関しては
「旦那様。お嬢様の遊びの一環で旦那様から一言貰う必要があるのですがいかが致しましょうか」
「ん?それは何をしているのだ?フム・・・、そういうことか」
という良く分からないやり取りをシェリーは旦那様とすることになり、正直に借り物ラリーの事を伝えて紙を見せると旦那様からは『分かった』とだけ言葉を貰えた。
これで良いのか、と疑問に思いながらもシェリーはスタンプを貰えたので一安心する。
奥様からドレスを借りる、という恐れ多い指示についても似たようなものでこれも奥様が『わかりました』と一言言ってスタンプを押して頂けた。
残りも似たようなものになり、皆『分かった』と言いスタンプを押してくれるのだが借り物ラリーなのになにも借りる事が出来ていない事に不安を覚える。しかしスタンプを貰ったのだからシェリーはそれ以上深く考えない事にした。
お嬢様の遊びを一々気にしていては悩み事ばかりになる。
なら出たとこ任せでいこう、と考えるシェリーであった。




