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030 あなたのためのミスティルティン

ここはクライです。

特に女性には精神的にクルものがあると思います。

男性は暗い話が苦手でなければ読んでおくと多少は何か得るものがあるかも知れません。


あの人は皆の憧れだった。

強く雄々しく誰もが彼に従った。

賢く思慮深く誰もが彼に従った。

気高い姿に誰もが彼に従った。


それに対して私はどうだ。

非力で頼りなく皆に蔑まれた。

馬鹿で無頓着で皆に嫌われた。

低い鼻もそばかすも皆が笑った。


そんな私にはあの人は遠い存在だった。

地位も名誉も全てがあの人の所にはあった。

あの人の周りには綺麗な女性や強そうな男性がたくさんいて、いつも賑やかだった。


その光景は私にはあまりに眩しく見えて、だけれどその明るさに近寄る事も出来ずただ見つめるだけだった。

焦がれていた。でも近寄るわけにはいかなかった。

あれは余りにも明るく燃える篝火で、夜を照らす誘蛾灯。

あの光に、熱に誘われて近付けばみじめになるだけ。

飛ぶ翅も容易く焼かれて地面に這いつくばるだけの存在だとこの身に刻みつけるだけ。

それでもあの光と熱は魅力的で、離れていても私の内を少しずつ焦がしていった。


女達は皆、彼に振り向いてもらおうと必死だった。

美しいドレスに派手な化粧をして彼に振り向いてもらおうと必死だった。

わたしもそうだった。

でも、わたしには綺麗な衣装も化粧道具もない。

ただ身繕いをして彼の目に止まりそうな場所に佇んで、そのほんのわずかな期待に胸を躍らせた。


でも適わなかった。

それでも彼を眺める事が出来ただけで私の心は満たされた。


そうあの時までは。



その男は変な男だった。

どこか女性的ななよなよした感じだったが顔立ちは美しかったが、安っぽい顔立ちにも見えた。

場末の娼婦のような感じがした。それでも私よりかは美しいんだろうけど。

その男がなぜ私に声をかけたのかは分からない。

だけど、その男の提案は魅力的だった。


「この薬を飲めば、あなたもわたしくらいには綺麗になれる」


そう。そう言ったのだ。

新手の商売か、と思い、世の中厳しいな、とも思って無言で立ち去ろうかとも思ったが、私だって女。

少しでも綺麗になってあの人に振り向いてもらいたい。

そう思っていたからその場を立ち去る事は出来なかった。


そんな私の気持ちを察したのか、男は瓶から薬を少量移し替え、それを飲んで見せてこう言った。


「ほら。飲んでも大丈夫。駄目で元々、試してみたらどうだい?今ならなんと|無料〔タダ〕」


その男はこの薬を売り出したいから効果を試してくれる女性を探していたようで、もし効果があって綺麗になれたらそれを宣伝するという約束で無料にしてくれると言った。

試すだけなら、と思いその薬を貰って飲んだ。



その日から私は変わっていった。

成長するに従い、以前の私とはまるで別人になっていった。

低かった鼻は高くなり、そばかすも消えた。髪はくすんで汚い感じだったが綺麗な栗色になった。どこか眠たげな雰囲気だった目は大きく見開き、肌も以前とは違いツヤと張りがあった。眉毛の処理だとかは必要だったけど、それでも私は以前とは違い美しくなった。

私は少しずつ少しずつ、周囲から嫉妬と羨望を受けるようになり、やがてあの人のいる輪の中に入る事が出来た。


その後は自分でも夢かと思うくらいにうまくいった。

あの商人が彼に好かれるためのアドバイスもくれた。

日に日に美しくなる私は彼を虜にし、やがて他の女達を押し退けて彼と結ばれた。

幸せな日々だった。

彼の子供を産むまでは。


夢は脆くも覚め、残されたのは現実だった。

まだ子供を産む前に彼は隣国との戦争に向かって帰って来なかった。

たくさんの功績を上げ、たくさんの味方を救い、だが帰って来なかった。

彼の死を皆は惜しんだが、子供さえいればと周囲は言った。

その子を見るまでは。


生まれてきた子は彼と私にほんとうに良く似ていた。

そう、本当に良くわたし(・・・)に似ていた。

だからそう。


この子は私に似て、低い鼻もまま。

そんな私の子だから非力で頼りなく馬鹿で無頓着になるかも知れない。



そう、私が殺したのだ。

幼い頃から恋焦がれた彼を。

彼はもう戻らない。

ここにいるのは彼であって彼でない、私が足手まといになった別の彼。


あの商人に頼らなければ良かった。

あの薬を飲まなければ良かった。

本来私がいる場所は自分で手にいれるべきもので、私は本来ここにいるべき女の権利を奪った。

美しくなるための努力をしなかった。

賢くなるための努力をしなかった。

非力な女だけれど、うまく物事をこなせるようにしなかった。


そう、その罪をこの子に全て押しつけたのだ。

周囲に押しつけたのだ。

もう元には戻らない。もう取り返せない。それは罪として今日も私を苛む。

目に見えるこの子を通じて。

あの鼻が、あの髪が、私の罪を暴く。


私にはどうすればこの子が彼のような男になるのかまるで分からない。

私自身が努力してこなかったから。

私にはこの子にどうやって教えれば良いか分からない。

そんな事なんて考えた事もなかったから。

彼女達なら分かったのかも知れない。

そう、いつも彼の周りにいた彼女達なら。

でも今更の話。どうあがいてもここにいるのは私なのだから。



そう、私はミスティルテイン。

誰よりも強く雄々しく賢く思慮深く気高い彼のためのミスティルテイン。




愛するあなたのためのミスティルテイン。


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