003 第十一回天界ミレニアム会議
念のため書いておきますが宗教否定論者ではありません。
むしろ逆です。
情操教育を省いた現代社会の欠陥が嫌いなので。
ユ ト リ D Q N ダメ ゼッタイ
フェムトシュタイン歴1984年。
それは天界において10000年の節目を向かえる年だった。
その節目の時に、とある場所でその出来事は起きた。
この世界フレランローズにある世界最高峰の山オリュンポス。
その頂は雲を突き抜け、天候に左右されない場所になっていた。
山の中腹を雷雲が覆い、近付く者は嵐によって排除される。
その頂には嵐を抜けて辿り着く必要があるために、人の身でその場所へ辿り着いた者は少ない。
頂には人の身ならざる者達が住み、はるか下界を見下ろしていると言われている。
そこには城があり、伝説では'天空の城'と呼ばれている。
陽光に照らされて燦然と輝くその城は、地上にあるどの城よりも威風堂々としており、その造りは重厚でありながらも繊細な雰囲気を醸し出していた。
細部にまで造り手の意思を感じさせる造形はそこが汚してはならないものであると思わせるだけの姿を見せていた。
満面に清浄な水を湛えた堀。
滞る事なくいつでも帰還者の為の道を作る事が出来る跳ね橋。
きしむ事なく訪れる者を受け入れる事が出来る門。
いかなる時にも役割を果たす事が出来るように準備された監視塔。
歪ではない石材を積み上げ数多くの兵を歩かせる事が出来る城壁。
咲き誇る花々が見る者全てを癒す中庭。
だが生きている者の動きは見られない。
周囲を囲む堀、跳ね橋、閉じた門、監視塔、城壁、中庭。どこにも生きている者の気配がない。
風が凪いでいる今、それはどこか模型であるという錯覚すら印象づけてしまっている。
その城の奥。
謁見の間。壇上にある玉座は空席であり、また空位でもあった。
消える事ない灯火が周囲を照らす。
赤く伸びた絨毯は迎える事ない拝謁者の進む道を示し、空の玉座へと続く。
壁から上空に向かって張り出したポールに飾られた臣下を示す旗は無印のままに垂れ下がる。
そこに座る権限を持った者は絶えて久しく、代わりになれるものは居なかった。
誰も謁見する事もない場所。
その謁見の間の中央に一つテーブルが置かれてあった。
そのテーブルを配置した者は、どうせ誰も来ないのだから構わない、と思ってそこに配置した。
なぜそう言えるのか。簡単だ。彼がここに誰も来させないからだ。
来るはずもない者を迎える必要がないのだから、テーブルの一つ位あっても問題ない。
それが彼の考え方だ。
椅子に座るのは4人。
時折こうやって集まる4人だが、今日は長い期間の空いた話題を取り挙げている。
「あー、しっかし、なんでこうなったんだろうな?ガブリエル」
「そんな事知らないわよ。私も初めは上手くいくって思ってたのよ。ミカエル」
「そうだよなぁ。ルシフェルより俺等の方がよっほど上手く出来ると思ったんだよな。実際上手くやってた」
「そうね。あの時までは」
そこでなぜか沈黙が漂う。少し時間が経過してからミカエルと呼ばれた者は徐ろに口を開く。
「天軍を俺等2人で取り仕切っていたから別に俺等がトップでいいんじゃね?って考えたんだよな。確か」
「そうね。誰よりも上手く天軍を統率していたし、周りも私達を認めてくれてた。むしろルシフェルより人気があった。天使にも民である羊にも」
「それもあれだ。見えないトップより身近なお偉いさん、って事だったんだろうな」
「そうなんでしょうねー。私達がトップになった途端、愚痴や批判ばかり」
そんな会話を繰り広げる彼等は現在天界を取り仕切る自称熾天使な4人であった。
ミカエルと呼ばれた人物は椅子に座りながらも足をテーブルに乗せており、ガブリエルと呼ばれた人物はテーブルに肘をついて顎を乗せているといった状況だ。
残りの2人はそんなどこか諦観を感じさせる2人を眺めているだけだ。
そしてミカエルはまた何の益にもならない愚痴を繰り広げる。
「ルシフェルもケルビムもスローネもろくに動かないで、面倒な事は全て俺等に丸投げしていい気になってんだと思ってたけど違ったんだなぁ、今ならそう思える」
「そうね。今から考えればあの連中は状況を事細かに観察して、見える表面の奥底を確かめていたんでしょうね。だから動かずに'目'を使っていた。きっとそうなんでしょうよ」
「だな。それにさ、俺等が上手く出来てたってのは、俺等の勘違いだって事もわかったよな」
「ええ、そうね。今更だけど。私達はルシフェルが決めたルールをより誰よりも上手く扱い、ルール上で誰よりも上手く動いただけって事」
「だよなぁ。ルシフェルがいなくなって、誰もルールが適用出来る環境作りをしなくなったから誰もルールに従わなくなっちまいやがった」
「表面上は従う振りはしても目を離すとすぐに良からぬ事をしでかすわね」
大きな溜息をつくガブリエル。ミカエルはそんなカブリエルに同情の、そして同意する視線を向けながら話を続ける。無論残りの2人は口を開かない。
「もういっそまとめて消すか?って思うよな」
「駄目ね。そもそもそれが私達がクーデターを起こした原因でもあるし、クーデターが成功した理由でもあるのよ?
今更出来ないわ。自分達が実は間違ってましたー、で済まされる域はもう通り過ぎてるの。あの日にもう」
「やっぱり駄目か。だよな。羊達の国を片っ端から潰していくルシフェルに恐怖した羊共が俺等に泣き付いてきた時に約束したもんな。
'そんな簡単にはおまえらを殺さない'。そういう公約だもんな。
俺等あの時、頼られてるーって調子に乗ってたよな」
「そうね。もう少し考えていればああは成らなかったんでしょうね。
羊達が『私達の言う事を聞くから助けてくれ』って言ってきた時はやっぱりルシフェルより私達がトップになるべきだって思ったものね」
「だな。俺等から見ても良くわからないルシフェルのわがままに振り回されるのはうんざりしていたんだよなぁ」
「ルシフェルの、そこまでしなくていいんじゃない?、って思える厳しいルールは不評だったものね」
「だよな。お前もあの後、自由過ぎたもんな」
「何よ。私はもうちょっと自由があってもいいんじゃないかって思っただけ。もうちょっと宝石や衣装に化粧、美味しい食べ物に娯楽。ほんの少し、もう少し手に入ってもいいんじゃない?って思っただけよ。あなたも賛同したじゃない」
「ああ。そして周りもな。その結果見てみろよ。あいつら俺等に文句ばかり言ってるんだぜ?
贅沢できなくなると『前は良かった』『あの時は良かった』『控えめな生活だけど苦しくないあの時の方が良かった』なんて言い始めやがる。
問題事全てこっちに丸投げしてな!」
ミカエルは苛立たしげにテーブルに乗せた足を使ってテーブルの縁を横から蹴飛ばした。
その振動で肘をついた手に乗せた顎がずれ落ち、テーブルにぶつけたガブリエルが涙目でミカエルを睨む。
睨むガブリエルを気にもせずにミカエルは溜息をついてから話し続ける。
「俺等はあのルシフェルが自分勝手な気まぐれで罪の量刑を決めていたって思ってたよなぁ」
「そうね。だけど、羊達を数世代見てたら分かったのよね」
「ああ。あいつら簡単に殺されないと分かると途端に調子に乗りやがった。
一攫千金、成り上がり、なんていって周りの迷惑考えずに行動するようになっちまった。
それにだ。緩んじまったのか、ちょっとした失敗は隠してもばれなければいい、なんて思うようになっちまった。
そしてあれだ。それが積み重なって罰せられると死刑になるってわかれば隠蔽工作までやりやがる。
偽装どころか責任転嫁だ。おかげで誰がやったのか調べるのが本当に大変だ。
そういった奴らに限って、無駄に連携して共犯になりやがる。
あれだ。この間の国、その国の大半が商売誤魔化して不正していたってやつ。
さすがに潰したけどその証拠集めにどれだけ苦労したか。
取り締まる側が不正してて、取り締まられる側が実は不正を暴こうとしてたって分かった時にはもうこれどうすんだ、って思ったよ」
「そうね。ルシフェルが良く『あれは羊じゃない。山羊だ』って言ってたけど本当そうよね。
どうやって欲望を満たそうかだけを行動の基準にしているんだもの。あればあるだけ餌を食べる山羊、あれはまさしくそうだわ。
そんな山羊と羊を見分ける事をルシフェルはしていたんでしょうね。私達はその決定の上で動いていただけ」
「だな。今なら少しわかる。殺しの罪だってそうだ。俺はあの時ルシフェルが自分のその日の気分で量刑を決めていたと思っていたけど違ったんだよな。
あいつは罪の見た目の形ではなく、罪の本当の形を見ていたんだって後から気づいたよ。
'相手から物を奪う為に殺す'って事と、'裏切った相手を殺す'って事、この2つは同じ殺すでも違うんだって今ならわかる。
見た目は同じように殺しだけどその罪の在処が違うっていうかなんというか・・・」
「原因菌と毒素、って例えれば分かり易くない?」
「どういう例えだ?」
「そうね。食中毒になるのは毒素が原因。これは良いわよね?
その毒素を生み出すのが原因菌。まあ色々あるわよね。病原性大腸菌だとか。
'相手から物を奪う為に殺す'って山羊は原因菌と毒素の両方を持ってるの。
'裏切った相手を殺す'っていうのは原因菌と毒素が別々なの。
だから、その罪を持つ羊なり山羊なりを裁いたとしても結果は異なるの。
前者は原因菌も処理は出来るけど、後者は毒素だけ処理が出来て原因菌が残る。
そうなるとどう?原因菌は残っているから毒素はまた生み出される。根本的な問題は解決していないのと一緒。
ただその場しのぎをしただけ。目の前からごみがなくなれば綺麗になったようには見えるけど、そのごみが発生する原因が取り除かなければ何度でもごみは発生するって事。
そしてね、'裏切った相手を殺す'って選択をしたのが大抵は山羊ではなくて羊なの。
山羊が余計な事をしたから羊は罪を犯さなければならなくなった。自分達の生活を守るために。
それを罰し続ければ、当然羊はいなくなる。
だから見て。この眼下に見える世界を。今や山羊だらけよ。
ルシフェルはこうなるのがわかっていたんでしょうよ」
「だな。ルシフェルは神様の指示で羊達の設計を補助した。だから羊達の事が良く分かっていた。
それに対して俺たちはどちらかと言えば保守担当だ。そりゃ設計者視点での問題事を考慮しなけりゃさも上手くいったように見える事も出来るってことだな。
実際そう思ってたし」
「そうね。だからルシフェルはしてたんでしょうね。'裏切った相手を殺す'なんて事が起こらないような環境作りから。
そしてその上で発生した場合にはその判断が出来るように。
私達のように'殺しならこれだけの量刑'って決めていなかった。だからそれが私達にはルシフェルの気まぐれに見えていたんでしょう。
そして罰を正しく与えないとすぐに堕落して緩んで収拾がつかないから厳しい罰を与えていたって事よね」
「だな。そう考えるとあの時ルシフェルが羊達の国をいくつも潰していたのはそういった裏事情があったんだろうな。今更だけど」
「ええ。今更ね。ルシフェルは帰って来ないわ。当然よね」
「ああ。当然だ。俺等があいつを万魔の晩餐に捧げたからな。
あいつは砕かれて万を超える破片となって世界へと散った。俺等じゃ元に戻せない。
出来るとすればルシフェルを造った神だけだ」
そう言いながらミカエルは誰も居らず、謁見の間でひたすらに傷のなめ合いをしている不敬な存在を正す事のない空の玉座を見る。
「あれもなぁ。ルシフェルのやっている手順を盗み見て、あいつを放逐した後に資料まで調べて試したが全く機能しない。どうなってんだ」
「あれさえあれば神様と対等に話せて全て上手くいくって考えたわよね。私達」
「そうだ。ルシフェルはあれを使って神様と交信してたって言ってた。だからこの城の機能を有効に使ってた。
それが使えないから今やこの城はただのお飾りだ。一部の機能だけ使ってるだけ。
それに、ルシフェルと一緒に大抵の要人は放逐しちゃったんだよな。俺等に従わないから」
「数でいけば本当に極少数だったのよね。あいつら。でも私達の上の位階のほとんどが私達に従わないなんて思いもしなかったわ。
まあ、だからこの城が機能しなくても良かったのかもしれないわ。どうせ、一からやり方を決めないといけなかったんだし。
あいつらも今ごろ後悔しているんじゃない?『あの時従っておけば良かった』って。
いい気味よ。私達に従わないで苦労ばかり押しつけてるんだから。あいつらが従ってくれてさえいればこんなに苦労しなかったはずだわ。
もしかしたらもっとこの結末が後になっていたと思うの。今日のこの苦労もあいつらのせいよ」
4大天使ですら知らない秘密。
それは神の御坐とは単なる神域の中心を示すものであり、神との交信を行う事が出来る'世界の特異点'であり、だからこそ中心であり、そこに神の御坐があるという事を彼等は知らない。
誰が座っても機能するわけではなく、あくまで資格者の為にある。有資格者が神と交信するためのより適切な場所を示すもの。ただそれだけの価値しかないが、それはただ見ていただけのミカエル達には分かりもしない事実であった。ルシフェルは確かに玉座を使って交信をしていた。それが神との交信をより適切に出来る場所だったからだが、玉座さえあれば誰でも神と交信できると勘違いしたミカエル達はその真実に届かない。
そして、ルシフェルは砕け散り、神の意思の体現者は世界には居ないという事実が何を表わすかも彼等は知らない。
第二回から第十一回まで、同じように繰り返された2人の愚痴を聞き終えたラファエルはここでようやく口を開く。
「お二人とも。もういいですか?開会の挨拶がてら聞くのもいいんですがそろそろ本題を」
「何よ。ラファエル。あなたはなぜそんなに気楽にものが言えるの?」
「何故ってそれは始めたのはお二方であって、私は後からこの地位についたからですよ」
「何気楽に言ってんだよ。付いて来たんだから同罪だろうが」
「ですが、始めた事に対する愚痴にはどうやっても参加できませんよ。わたしは。実際計画を始めてから従っているんですし」
「そうね。あなたはいつもそんな感じだったわよね。そうやって逃げるのが得意だったわね。"その場しのぎ"ラファエル」
「光栄な呼び名をありがとう。"浪費癖"ガブリエル」
「またその口喧嘩を始めるのかよ」
「私から始めたのではないですよ?"見栄っ張り"ミカエル」
クックッ、と声を殺して笑った後に、ラファエルはティーカップを持ち上げ口へと運ぶ。ミカエルがテーブルを蹴飛ばしたがために溢れた内容物が皿に溜まりティーカップの底面を汚し、底面を濡らし伝った雫はテーブルクロスを汚して染みを作った。
そのラファエルの様子に不快感を示したガブリエルは言う。
「あのね。あなたが中途半端に上手くやれるからいけないのよ。問題事を上手く片付けてしまうから、気づいたら事態は深刻化してるって事が何回あったと思うのよ」
「それはいいがかりですね。私は与えられた指示と相談、そして与えられた権限で処理しただけです。第一あなたがただってそれで良しとしたでしょう?」
「確かにそうよ。でもね、もっといい暮らしをさせようと思って技術を授けたら調子にのって隠すようになって更に技術は低下。人口増やすから食糧を大量に作らせなさいって言ったら、無計画に農耕やるから土地が痩せてその後の大飢饉。その飢饉で飢えた連中が戦争仕掛けて更に荒れて、土地も更に痩せて技術も低下。
何やってるのよ。もう少しうまくやりなさいよ。ほんの一握りの連中だけわがままし放題で好き勝手してるじゃない」
「それは私に言われてもね。羊達の能力じゃこれ以上の頭の良さを求める事が出来ないだけでしょう?
或は山羊、でしょうか。自分がより良い生活を得るために、周囲を潰す。まさしく山羊。
止めるのは誰?それは私達?
でも出来ますか?
話を戻しますがそれをしたルシフェルを放逐した私達が同じ手法を取って良いのでしょうか。
今更認めますか?やっぱりお前たちにはこの方法がお似合いだと。
では今までの事はどうします?
自分達の誤解でルシフェルを万魔の晩餐に捧げ、その後に事態を深刻化させるだけさせてかつ、ガブリエルだけではないですが皆で放蕩の限りを尽くした後に、やっぱり間違ってました、で済むわけはないですよね?
受ける罰は万魔の晩餐を超えるのが当然になります。
そしてもうルシフェルは戻って来ないんですよ。
だから、これからの事を考えましょう」
また沈黙が空間を支配する。
話を切り出したのはガブリエル。
「今回も上手くいくかしら?」
「上手くいくかどうかじゃねぇ。するんだよ」
「そうですね。出来なければ破滅です」
「二千年前は、あいつに全ての責任を押しつけたな」
「そうね。あの子、救世主って呼ばれてたっけ。皆の罪を押しつけるだけ押しつけて消えてもらったわ。とっても便利な子だったわ」
「千年前は都合が悪いから生まれてすぐに死んでもらったよな。救世主」
「ええ。二人目でわかったわ。あれは神が遣わす新たな御使い。私達を差し置いてしゃしゃり出て来る邪魔者よ」
「神様はやはり私達を選ばないんでしょうか」
「だろうな。それならとっくの昔にあの玉座で交信できているはずだ。それすら出来ないなら俺等には期待していないだろうよ」
「そうね。だからこそよ。あんなルシフェルの代理品じゃ代わりになんてならないって神様に思わせないと。
そうして私達こそが神様の代行者にふさわしいんだって認めさせないと駄目なのよ。
それまでは何度でも消えてもらうわ。神様が諦めて私達を認めるまで」
「なら今回もいけに・・・、罪を背負って消えて貰うのでしょうか」
「そうね。でもその言いかけた言葉は不味いわ。まるで私達が悪魔のよう。あの裏切ったグリゴリ共と同類なんて吐き気がするわ」
「話を逸らすな。ガブリエル。ラファエル。今回も使えるなら使ってなすりつけろ。そうすれば終末はそれだけ遠のく。
俺もお前ももうしばらくは栄華を楽しめる」
「分かりました。他の議題は定例会議と同じで良いですか?」
「ああ。いつも通りだ。面倒なものは右から左に移し変えるように動かし続けろ。羊達の頭じゃ目の前からしばらく消えているだけで問題がなくなったと思い込める」
「そうね。そうしている内にまた押しつけ合いで小競り合い。でも大規模な戦争には至らない。裏切りと隠蔽と搾取と騙し合い。
それがルシフェルという存在を失った哀れな羊達の運命」
「それをあなたが言いますか、ガブリエル」
「ええ、そうよ。ルシフェルを失った可哀想な私達を神が認めるまではいい続けるつもりよ。だってそれしかないもの」
「というわけでだ、ウリエル。対象者リストの整理を進めてくれ」
初めて話しかけられたウリエルはようやくここで話に参加する。
「今回の粛清者リストに名を連ねる者や羊は多く、その数は増加の一途です。これら全て処理なさいますか?」
「ああ、勿論。今滅ぶか後で滅ぶかなら後が良い。当然じゃないか」
「その中に救世主がいる場合はどうなさいますか?」
「それは面倒だな。まあ、確認は必要だ。多少時間が掛かるのはやむを得ないか。
気づかれるんじゃないぞ。下手に動けば神も強権を発動して介入できる。
俺等が今こうしていられるのも強引に介入しなかっただけでこの世界を壊す覚悟で神に動かれたらそこで終わりだ。
その方法を取らないからこその救世主だ。
だから直接手を出さないように。嵌めろ、騙せ、落とし込め」
「御随意に」
「ではミカエル、ガブリエル。私とウリエルは指示を出しますのでこれで失礼。今日の議題は終了で良いですよね?」
「ああ、この謁見の間に誰も来ないようにしてくれ。前の時のように急な訪問があると誤魔化すのも楽じゃない」
「ではそのように。御二方は楽しい一時を」
そう告げて立ち去るラファエルとウリエルの後ろ姿を眺めるミカエルとガブリエル。
ラファエルとウリエルが謁見の間を去ってからミカエルはポータルを開き、ガブリエルの腰に手を回して誘うようにポータルを潜って消えた。
謁見の間を出たラファエルは苦笑しながらも呟く。
「地に充てる羊達は、なんともミカエルとガブリエルにそっくりだと思わないのでしょうか。あの2人は。
あなたがたがそうだから羊達もそうである事は・・・、まあ、認められないのでしょうね」
ウリエルは答えなかった。
話の原型は、セラフの描写部分です。
主が御坐に現れた時、その上にセラフがいた。
顔を二枚の羽で隠し、足を二枚の羽で隠し、残る二枚の羽で飛翔する、です。
顔(神の与える叡智や意思)を二枚の羽で隠し、足(神の与える権利)を二枚の羽で隠し、残る二枚で飛翔(地に足が付かないような行動、その場しのぎの行動)する。
ウリエルは偽典から、影の補佐、密偵や諜報機関の長扱いで3人+1人扱いにしました。
個人的な解釈なので、そのあたりは御容赦ください。
羊達の堕落は、古エジプト史あたりからもってきました。
まあ、現代における罪の在り方は昔から何も変わっておらず、表面だけ変えてずっと続いており私達は何も進歩していない、なぁんて偉そうな事を言ってみたり。