024 学者来る
「リアリティが必要だ」
ローレンシアが既に自分の言った事を無責任に忘れた頃、その人物はやってきた。
途中から折れ曲がったとんがり帽子にブカブカのローブ、そして装飾が派手に施された杖。
肩口で整えた栗色のつややかな髪と紫の瞳が特徴的なスラリとした顔立ちの若い女性。
そして全く同じ容姿を持つ女性が隣に立つが、こちらの女性はいわゆるメイド服。
二人は双子のように見え、しかしその服装の違いが立場関係を表わしていそうでもある。
その二人を見てローレンシアは思った。
どこから突っ込めば良いのか、と。
ファンタジーに出てくる魔女のような服装の女性は今、袖から取り出した携帯端末のタッチパネルを操作しながら『ああ、今着いたから挨拶する』などと言い、もう一人のメイド服の女性は微動だにせず微笑みを浮かべている。
彫像かと思わせる程に微動だにしない女性とファンタジーなのか近未来なのか良くわからない魔女の組合せにどう言えば良いのか悩むローレンシア。
しかし傍にいるエールトヘンもキャメロンも平然としているからこれで普通なのだろう、とあえてお澄ましさんを決め込んでいた。
やがて携帯端末を操作し終えた女性は袖に端末を直すといきなり杖で床を叩き、声高に自己紹介を始めた。
「お呼び頂きまことにありがとう。私こそがかの有名なララ・シュプレンティーン。至高にして叡智なる存在。
そしてこちらが助手のララだ」
沈黙が訪れた。
思わずローレンシアは口を滑らせる。
『エールトヘン、名前はともかくそういう設定の人・・・』
「いや、設定ではない。事実だ!長き時を生き、知識を蓄えた巨人!それこそが私、ララ・シュプレンティーン」
と言いながら帽子を取りお辞儀をし出す。
そしてまた沈黙が訪れる。
ローレンシアもエールトヘンもそのララ・シュプレンティーンの言葉に驚いた。
ローレンシアの声を聞く事が出来る、つまりはララも精神感応能力者なのでは、という疑問が浮上し、エールトヘンはその事実を確かめるために言った。
「シュプレンティーン殿。あなたも精神感応能力者なのですか?」
「いや、違う」
「ではなぜ?お嬢様のお声を聞く事が出来るのでしょうか?」
その問いに、フフフと含み笑いをしてからララ・シュプレンティーンはこう答えた。
「どうやらエールトヘン殿は精神感応能力者だから気付きにくいのだろう。
私も驚いているのだが、そこにいる赤子のほうだ。精神感応能力者は。
私は感受性が鋭いだけの存在に過ぎない。
たまたま波長があったのだろう」
つまりララが言いたいのはエールトヘンが精神感応能力者だから、ローレンシアが精神感応能力者である必要などなく調べていなかった、という事である。
新たな事実に慌てるローレンシアとエールトヘンを見ながら気にする事もなくララは話を続けた。
「さて。私も興味が湧いて来たのだがそれはともかく、教育係として学者が必要だと言うことでこちらに来る事になった。
私に分かる事であれば答えるのでどんどん聞いてくれ。
普段は離れの別邸に住まわせてもらう事になっているので、こちらにはこのララを常時派遣しておく。
あまり研究の邪魔はしないように」
どんどん聞いていいのか悪いのか良く分からない説明の後、ララ・シュプレンティーンは隣にいる助手であるララの肩に手を置いた。
するとようやくメイド服姿のララは礼をしながら話し出した。
「こちらにいらっしゃる自称『至高にして叡智なる存在』ララ・シュプレンティーンの最高傑作、生体型ロボット、ララと言います。
愛称はローラとお呼び下さい」
近未来どころか更に先の未来から来たようだった。
「ロボまでおるのか!これはもう本当に現代チートなんてない!」
その自己紹介に驚いたローレンシア。
思わずそう口走った言葉にメイド服のララが反応する。
「そう。マスター・ララが十月十日かけて作り上げた最高傑作が私。というかお嬢様、話し方が変です。少しずつ直していきましょう」
「オヌシもか!というより、素直に娘って紹介して欲しかった!
しかし本当にそっくりじゃな」
その感想にマスター・ララは答え、それに付け加えるようにララが話す。
「確かに娘と言える。次からはそうしよう。生体型高性能アンドロイドロボ娘、ララと名付けよう」
「面白いのでそれにしましょう。後、微妙に違いますよ。皺の数が」
遠慮のない一言で戦いの幕は切って落とされた。
満面の笑みを浮かべながらも無言のままマスター・ララは杖を振りかざす。
「いつもいつも憎たらしい。一体誰に似たのかしら!」
『石礫よ。穿て!』
マスター・ララは同時に言葉を紡いだ。マスター・ララの詠唱により、石の塊が空中に出現しララへと高速で接近する。
しかしララはそれを予想していたようで事もなげに躱しながらこう言った。
「皺の数で一々怒ってはいけない。話し合えば分かる。違いが」
それを聞いたマスター・ララは口惜し気に睨みながらもローレンシア達の方を向いた。
「くっ・・・調子に乗りおって。とにかく私は離れにいる。ララ、後は任せた」
その立ち去る背中を眺めつつ、ローレンシアは石の塊が叩き潰したトレントを模した衣装掛けと置物に考えを寄せた。
(学者が来て丁度作り直しだからまあいいじゃろ)
石の塊は馬の置物を砕き、衣装掛けを貫通し、部屋に穴を開けていた。
その威力足るや自ら'至高'や'叡智'を名乗るだけの事はあるとは思うのだが、キャメロンも、そしてエールトヘンも平然としているためにこれが普通なのかと考えてもしまう。
ローレンシアのいまだ狭い世界の情報ではいまいち基準が分からなかった。
その横でエールトヘンはといえば、
「ああ、やはり'大魔導'ララ・シュプレンティーンが来ればこうなるか・・・。
覚悟していたとは言え早過ぎる・・・」
と誰に言うともなく呟く。エールトヘンからすれば、あれで使う魔法を選んでTPOに合わせた対応をしているだけ今日は良心が見えるとこの状況を受け入れていた。
キャメロンに至っては、ローレンシアに害がなければ気にしないとばかりに状況を放置していただけだった。
「もちろん。マスター・ララ。後はお任せください」
消えゆく背中にひらひらと手を振るララは先程までの喧騒を感じさせない雰囲気で振り返り言った。
「それでは御指示通り、マスター・ララの代わりにお傍に仕えさせて頂きます。
御安心ください。大抵の事ならどうにでもなります」
深くお辞儀をするララにローレンシアは思う。
まあ学者として有能ならその他の事はどうにかなるだろう、エールトヘンもいるし、と。




