023 あなたが落としたものは・・・
陽光きらめく砂浜で木剣を上段に構えた男が居た。
上半身を惜しげもなく晒す筋肉隆々なその男はただ静かに剣を構えていた。
容赦なく照り付ける日差しにもかかわらず男はみじろぎもしなかった。
そして、そこにかかる声。
「もう早くしてよ〜」
その緊張感のない女の声に男は溜め息を尽きながらも答える。
「ちゃんと狙わせてくれよ」
男はそう言うと目隠ししたままの状態で木剣を降り降ろし、振り降ろされた剣は正確に大きな丸い果実を両断した。
「すごーい。きれいに半分ね」
「当り前だろ。これくらい楽勝」
そういった男女の後では、海が割れて道が出来ていた。
「でもあれ、どうするの?怒られるんじゃない?」
「いや別に大丈夫だろ。なんか道を通ろうとしているし。ほら」
男が指さす先には老若男女入り混じった集団が我先にと突如海に出来た道を進んでいた。
そうして預言者と一行は無事追手から逃れた。
「というような劇をしたいんじゃがどうじゃ?できそう?」
そうローレンシアは尋ねた。
「可能ですが、それだけの膨大な魔力の無駄使いは感心出来ません」
エールトヘンはそれを可能だと言ったがあまり良い顔はせず、話を続けた。
「魔力と言っても世界に循環するエネルギーです。
エネルギーは循環し、私達はそのエネルギーを自らの体を通す事により使用します。
その放出点として優れた人物がいて、王宮魔術師や各分野の有名人になったりします。
ただ、大きな魔力の操作は他の魔力の操作に干渉する事があり、王国では生活基盤に魔力を使用している場合も考慮し、周りの事を考えない大きな魔力の使用はあまり好ましくありません。
そういう時は緊急時か、周りに誰もいない時などに限定されています。
一説によれば魔力の激しい消費は世界を疲弊させると言われていますが、世界の荒廃との関連性を解き明かした者はいません。
ですので、エルフは必要でなければ無駄に魔力を使おうとはしません。
人間の場合は複雑です。
王国は規制がしっかりしていますが、帝国では実力主義のために制限がかかっておらず、もしかするとその影響が王国にまで及んでいるかも知れませんがマクロな影響のためにその影響の表面化が判断しにくい事が問題にはなっています。
どこまでの影響が、誰が、どの集団が、行なったものか分からないから曖昧な対応しか出来ない、という事になります。
まあ、だからといって影響がなくなるわけでもありませんのでいずれは大きな枠組が必要になるのでしょうが、先日話したように王国だけで見ると王杯の存在が王国の魔力を確保しているのですぐには問題にならないでしょう。
いわば王杯が魔力を分断する壁とも言えます。
王杯は王国内からしか魔力を集めない。
だからその総量は決まっていて配分で全体のバランスを取りますので嘘や誤魔化しが出来ないのです」
などと乳児に対する返答かと思える内容をさらりと言ってのけた。
しかし乳児と言えど前世の記憶のあるローレンシアは、どこの世界もエネルギー問題は一緒だなぁ、と達観している。
ローレンシアのかつての世界でもごみ問題や温暖化問題で、誰が、どれだけ行ったか分からない問題が深刻化していた事を知っているだけに王杯という存在がその線引きをしてくれているのがローレンシアはありがたく感じてしまう。
ロカとの契約さえ果たせば悠々自適なんじゃないかとローレンシアは思えてきた。
「さて、では先程の続きをしましょう。次の内容はダリアによる淑女教育です」
悠々自適な生活ははるか先になりそうだった。
そんなアーデルハイド邸では皆いつもの如く動きまわっていたがその日常に波紋を投げかける者がいた。
ローレンシアだ。
「お嬢様は『そなたが落としたのはこの金のダンの贈り物か。それともこの銀のダンの贈り物か。それともこの普通のダンの贈り物か』と仰られています」
ローレンシアの部屋内でエールトヘンはそう告げた。
告げた相手はシェリー。
仕事の際中に呼び出され、その言葉を聞いたシェリーは警戒感も露わに眉をひそめてエールトヘンを、そしてニヤリと笑うローレンシアを見る。
そう、ニヤリである。普通に笑っているだけなのだがシェリーにはその笑みが何か企んでいるように見えてしまう。
赤子の屈託のない笑みですらそう見えてしまう程にシェリーは警戒していた。
並んでいる箱は三つ。金色の包み紙と銀色の包み紙、そして見覚えのあるダンからの贈り物を包んでいたのと同じ包み紙に包まれた箱である。
シェリーは不審気にローレンシアをチラチラと見ながら悩んだ挙げ句にこう答えた。
「いえ。御気遣いなく。もう一度ダンから貰いますので」
「フムフム。そうですか」
エールトヘンはそう言いながらも、それはシェリーへの返答ではなくどうやらローレンシアからの言葉を聞いているようだった。
「『偉い!正直者のシェリーには全部あげよう』だそうです」
「どうあっても逃れる選択肢はなかったんですね・・・」
「『ほら、たまには息抜きも必要』と言っておられます」
「それはお嬢様でしょう!こっちは息抜きじゃなくて大変なんです!
ただでさえお嬢様が絡むとアンジェラ樣に怒られる率が高いんです!」
「お嬢様はこう言っています。
『まあ、そう言わずに。結構大変だった。段取りが』と仰っています」
「ほら、もう何かしでかした後じゃないですか!」
思わず声高に言ったシェリーは肩を落とし溜め息をつくと金のダンの贈り物からモソモソと箱の包みを解き始めた。
「『なんだかんだ言って金からとはオヌシも強欲じゃの』と仰っています」
「いいじゃないですか!罰ゲームでも少しは夢を見させて下さい!
というかお嬢様そんな喋り方するんですか。
初めて知りました」
「どうもその話し方が好きらしい。まあ子供の遊びだと思ってやってほしい」
「まあ私は構いませんが奥様がなんと仰られるか。
そのあたりはエールトヘン樣から御報告を」
そのカウンターにエールトヘンは冷汗をかく。
しかしシェリーに出来る反撃はそれくらいであった。
シェリーはエールトヘンの様子を伺う事もなくモソモソと元気なく包み紙を外したのだが、解かれた包みの中の箱には一枚の厚紙が入っていた。
「あら?お嬢様らしくない、いえ、子供らしい贈り物ですね。
でもこれなんですか?」
そう言ったシェリーの手には枠の書かれた厚紙があった。
名前の書いた欄とその下に空白の枠があり、それがいくつか並んでいた。
名前にはアンジェラ、ダリア、ジーン、リンダ、ベティ、マーカスと並んでいて、シェリーは嫌な汗が止まらなかった。
「お嬢様。これは一体何でしょうか?」
「『うむ。スタンプラリーじゃ』と仰られている」
「お嬢様!」
シェリーは罰ゲームが何倍にも増えた事に泣きそうになる。
「『皆の所に行ってお使いをするとハンコを押してもらえる』そうです」
「エールトヘン樣。なぜ止めてくれなかったんですか!」
「いやなに。お嬢様の御厚意を無駄にするわけにもいかなくてな。情操教育にもなる」
「お嬢様にはそうでも私には罰ゲームです!
先に他人を慈しむ心を養ってください!」
「無論努力はしている。
お嬢様も理知的でいらっしゃるからすぐにそうなるでしょう。
ですが、この世界の事を知るためには経験が必要なのです。
あなたもそうだったでしょう?」
「う・・・。ですがお嬢様は才能豊かすぎて私どもは右往左往させられてしまいます」
「それも仕える者の務め。やがて立派に成長なさるお嬢様の為と言えます。
ちょっとした子供の遊びです。すこし付き合って下さい」
「その'ちょっと'が大きいんです!」
そう答えたシェリーは銀のダンの贈り物をチラリと見る。
罰ゲームが何倍にも増えた感覚の後にまだ残っているのだ。
シェリーはゴクリ、と唾を飲み込み覚悟を決めて包みを解いた。
そしてそこには似たような厚紙が。
しかし今度は空白欄ではなく文章が書かれていた。
「お嬢様。これは一体・・・」
「『そっちは借り物ラリー』だそうだ」
「お嬢様!奥様や旦那樣の名前まで入っているじゃないですか!」
シェリーは厚紙を握りしめながらよろめく。
その厚紙を握りつぶさず、捨てもしない所は教育の行き届いたメイドであるが所以か。
その横で静かにお茶を飲みながらキャメロンはそう思った。
そして、正直に全てこなす事しか考えず誤魔化そうともしないところもこの家に使えるメイドらしいとも思う。
「では、いってきます・・・」
元気のない声でそう言ったシェリーが項垂れたまま部屋を出て行くと、
「シェリー!その態度はなんですか!背筋を伸ばしなさい!」
とさっそくアンジェラと遭遇したようだ。
そこにエールトヘンが声を掛ける。
「シェリー。今日中でなくとも良いようです。気長に頑張りなさい」
その言葉に対してシェリーは力なく誰に聞かせるものでもなく答えた。
「既にへこたれそうですよ・・・」
「今なんて言ったのですか!?はっきり話しなさい」
「申し訳ありません!なんでもないです」
シェリーの旅はまだ始まったばかりだった。




