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171 第九回お嬢様対策会議

そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。

はらはらと舞う雪はどこにも留まれない頼りなさを漂わせ、寄り添うことなく消え去る姿は一抹の寂しさを纏い、まだそれほど寒くはない冬の寒さをより強く感じてしまう。そんな日々でも暖かさを求め人々は集まり、寄り添いあえる場所を守る為に雪かきし薪を運ぶ姿は確かな繋がりを感じさせる。それでも人々を引き離そうとする自然は雪を積もらせ、積もった雪に手間を取り日々の仕事を怠りがちになる光景が見えたりもする。

それでも変わらぬものもある。

玄関をくぐると王都でも類をみない程大きなシャンデリアが吊り下げられ、通路には等間隔に壷などが飾られていた。

壷は光沢を放ち、窓は磨き上げられ曇りなく、扉はきしむ事なく開き、ドアノブはくすんでいない。

そこに仕える者達の教育が行き届いている事もまた、その貴族の格というものを示している。


その屋敷の一室で、何やら問題を話し合う為に集まっている者達が居た。


ある人物は困惑気味にしており、またある人物は喜びを表している。それぞれ違う態度を見せながらもどうやら同じ話をする為に集まった様だった。


その集まった全員に飲物とお茶請けが配られた後に一人の男性が話し出す。


「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。

それでは第九回お嬢様対策会議を始めたいと思います」


静かに会議は始められた。だが皆どこかソワソワしている様にも見えた。


私の名はマーカス。

この屋敷の第二席の執事です。

お嬢様の成長を見守る為に雇われたのですがお嬢様が成長なさるにつれ、私の手にかかる事も少なくなり、若干の寂しさを感じる日々です。もっとも、私がかかわった事はそれほどないのですが。なぜなら私には心強い味方が居るからです。私が一々動かなくとも彼らがお嬢様の問題を片付けてくださり、私は日々、帳簿とにらめっこするだけで良い生活をしています。その帳簿の数字が不思議ですが。メイドの出張費用や現地での物品調達やレアな素材の代金など、あれ?これ、本当に幼児の育児費用か?と疑うものばかりです。しかし私が恐る恐る旦那様にお伺いを立ててもなぜか無事に申請が通るのですから世の中不思議なものです。そして私もそんなものについてはあまり詳しくなく、日々資料と格闘する羽目になっているのはなぜでしょうか。お嬢様には直接かかわっていないのにお嬢様関連でこれだけ忙しいのはどういう事なのかと日々思案に耽っている次第です。


そんな私も及ばずながら真摯に微力を尽くしお嬢様をお支えする日々を過ごしております。

本当に真摯に微力ながらお支えしております。

そこに嘘偽りはございませんとも。ええ、お支えしておりますとも。本当に微力ながら。


お嬢様に振り回されながらも皆さまのサポートもあってかお嬢様を支える事が出来、お仕えする毎日。

幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。

ええ。この気持ちに嘘はございません。

勿論ですとも。


ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。


お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、私では思いもつかない色々な事が出来てしまいます。

私にはどうやっているのかまではわかりません。


そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。


「お嬢様は一体どうされたんですか!?」


おやいきなりシェリーが切り出しました。ミーナはどうしたのかと見れば何やら浮かれており会議には参加する気が無い様に思えます。いけません。普段からの小さな努力がいざという時の結果に結びつくのです。ですが恐らくは私も心当たりがあるので余程嬉しかったんだなと感想を抱いてしまい、今日に関しては何も言わずにおきましょう。そんな事より同じ状況のはずのシェリーの方が気がかりになり尋ねます。


「シェリー。一体どうしたのですか?」


「それが皆さん。どう思います?お嬢様が突然プレゼントを贈って来たんです。なにやらベビーカーをウルフさんとビルダー氏が牽いて来て、『良い子のシェリーにはプレゼントをやろう』なんて言ってきたんです。あ、勿論これローラからの通訳です。」


なるほど。やはり皆にお嬢様はプレゼントを配ったという事ですね。だから先ほどからミーナが浮かれているのも納得がいきます。かくいう私も貰ったのですがまずはシェリーの事を片付けましょう。


「それのどこに問題が?プレゼントを貰ったのなら喜べばよいのでは?」


「それは確かにそうなんですが。でも大体予想は出来たんですがあのお嬢様のプレゼントがごく普通だったのがとても気になります。お嬢様はどうされたのでしょう。いえ、プレゼント自体は嬉しんですけど、何か私が見落としている点があるんじゃないかと思ってしまって。」


なるほど。前回のアレやコレやが影響して普通にプレゼントを貰っても何かあるんじゃないかと思ってしまうわけですね。その気持ちは凄く分かります。ええ、分かります。私なんてお嬢様からワインを貰いました。そこで思うのです。お嬢様はなぜ私が旦那様のワインセラーでワインの試飲をする時にこの銘柄を良く好むのを知っているのでしょうか。背筋がヒヤリとします。

恐らく思い過ごしだと気を引き締めないと余計な事まで考えてしまいます。アレはどうだ、コレもどうかなと今までのアレコレについて悩んで務めを怠りそうになります。ですからシェリーの気持ちは充分理解出来るのですが。


「シェリー。それは考え過ぎではないですか?お嬢様も常に悪戯するわけではないでしょう?」


「ええ。それは分かってます。今回は予想通りというか、マタニティライフや育児の手引きやらの本を贈ってきましたので、これだけだろうなと思いつつ、ちょっと心配になっただけです。」


どうやら一応はお嬢様らしい悪戯心を加えたプレゼントの様です。その無難な所がお嬢様らしくないと思っている様ですが、お嬢様も嫌がる事をしようとは思ってるわけではない筈で、だからシェリーの思い過ごしだと言って宥めようとしたその時です。


「失敗というのは…………いいかよく聞けッ! 真の『失敗』とはッ! 開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!」


突然の勢いに皆が驚きその方を見つめました。エールトヘン様です。皆の視線がエールトヘン様に釘付けです。最早、皆慣れてきているので決して『こいつ何をいっているんだろう?』とは思っていない筈です。それに私達のエールトヘン様です。今回もビシッと筋が通る様に話してくださるでしょう。主に私の快適な執事生活の為に。それを確かめる為にもエールトヘン様に尋ねます。


「エールトヘン様。それは一体どういう事でしょうか?」


私の言葉に対してエールトヘン様はこう答えました。


「シェリー。一時期お嬢様がシェリーに結婚する様に計画した事があるがその時にコンプレックスを持っているのではないか?お嬢様はそれを気にしておられた。だからプレゼントをしてみてシェリーが見るのも嫌な程に避けているかを試したかったそうだ。どうやらお嬢様の心配事は的中したと言えるのかも知れないがどうだ?」


その言葉に対してシェリーは首を傾げながらこう答えます。


「え、それほど嫌なわけはないですが?」


「そうなのか?なら本の中身は見たのか?」


「ああ。そう言えば見ていませんね。そうですか。そう言った意味で本をプレゼントなさったんですか、お嬢様は。心配なさらずとも良かったのに。本は今はまだ必要ないからと中までは見ていません。」


「なるほど。つまりは別段嫌がってはいないという事だね?」


「はい。何かまずかったのでしょうか?」


「いえ、お嬢様はシェリーが少しでも結婚する未来に目を向けているのなら本を必ず開くはずだと思い、先ほどの言葉を仰られていた。」


「私の結婚どれだけ困難が待ち受けてるんですか。」


シェリーの思わぬ口ぶりに、エールトヘン様はハッとした表情の後、「違う。違うんだ」などと言い出し始めました。確かに先ほどの言葉を言われると何が将来待ち受けているんだと思わなくもありません。そこまでの気構えが必要な事があるんじゃないかと疑ってしまうのも無理はないでしょう。そんな私達の疑問に答えるべくエールトヘン様は話し出しました。


「いやそういう事ではなく、結婚した将来の事に目を向けて幸せな生活を送る為の日々の小さな事をしているのかどうかを心配されているらしい。何事も起こってからでは遅いから夢見る生活の為に少しずつ事前に準備した方が良いというアドバイスの様なものだ。その関連で本に目を通したのかという部分が問題になる。」


「そうですか。まぁ確かにいずれ結婚するんですから少し目を通しておいても良かったかも知れませんね。」


「そうだ。そしてそうすればお嬢様のプレゼントも無駄にならなくて済む。」


「そうですね。貰ったのに読まないというのも少し失礼ですね。」


「そうではない。どうも計画は失敗した様なので内容を話すが、その中の1冊に王都の有名なデートスポットを書いた本が表紙だけ結婚関連のものになって混ざっていて、そこにコンサートのチケットが挟んである。伝えないままだとそのまま期日を過ぎそうだから話しておく。後になって見つけて顔を青くされても困る。無論その日は休暇が取れる様になっている。」


「お嬢様は一体どうされたんですか!?」


おっと、シェリーがいきなりです。私がどうしたのか聞きたいくらいです。思わずビクッとして少しのけぞりましたがシェリーは驚いた表情のままでエールトヘン様に詰め寄ります。


「私の予想もつかない事をいつもなされますけど、今回のは良い方に予想のつかないことをされてますけど!何か変なものでもお食べになったんでしょうか!?」


「いやそういう事ではない。普段から言っていただろう。何事も経験だと。色々と経験なさってお嬢様も分別がついてきて成長なされているのだ。シェリーもそう思えば今までの苦労も無駄ではなかったと思えるだろう?」


シェリーが何か失礼な事を言っているのですがエールトヘン様はそれを気にしておられず、やはりエールトヘン様はお心の広い方だと思えます。そんな私の思いを余所にシェリーが答えます。


「ええ、そうですね、お嬢様が成長なされている実感を感じました。今までのサプライズとは違う安心できるサプライズです。」


「そうだろう。人はそうやって物事との付き合い方を学んでいくのだ。まだまだお嬢様には覚えて頂く事が多い。シェリー、これからも協力を頼む。」


「ええ、いえ、はい、そうですね。頼まれなくても私はお嬢様担当なんですけどね。でも嬉しいですね。プレゼントよりも嬉しいです。」


「そうか。お嬢様にもお伝えしておく。後で本の中身は確かめておくように。」


「はい。是非。・・・それでですね、なぜミーナは終始あんなに浮かれているんです?他の方も心なしか浮かれている様にも見えますけど。」


「それはだな。プレゼントを渡したのがシェリーだけではないからだ。お嬢様は何故か突然、皆に感謝を示したかったそうだ。そしてこうも仰られていた。『プレゼントを贈れる機会なんてほとんどないからこの機会に贈っておく。』と。」


「だからですか。ちなみにミーナは?」


「ミーナはダリアの後任人事だ。」


「へ?」


「そのままの意味だ。ダリアが近い将来に結婚してこの屋敷を離れるだろう?そうするとダリアの仕事を引き継ぐ者が必要になるのでそれをミーナにして貰う事になった。」


エールトヘン様の言葉の尻を食い気味にミーナが突然話し出しました。


「そうです!お嬢様はいつも私の心を振り回して、私はいつも翻弄されっぱなしです!ああ、お嬢様は本当に悪女です!」


満面の笑顔でお嬢様を悪女呼ばわりしているミーナですが、どうやら屋敷で未婚の女性に人気の商人の接待係を受け持つ事になった様です。恐らくはこれで婚期がグッと近づいたと思っているのでしょう。そして私達も時々あるミーナの良くわからない言動に振り回される事も少なくなるでしょう。どちらにも良い事だらけです。

その様子を見ていたエールトヘン様が話します。


「皆。良く聞いてくれ。お嬢様は先日から外出もなされる様になって何かと外出の準備を頼む事が出てくる。屋敷内も頻繁に歩き回るだろうし、それとなく見守っていてほしい。アーデルハイド家に仕える者として恥じる事ない対応を願う。」


その言葉に皆は力強く頷きます。ああ、やはり私達のエールトヘン様です。私が何を言うでもなく皆をまとめてくださいました。私も屋敷内の備品の管理に重点を置く事が出来、手間が省けます。


「では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。

アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」


皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。

お嬢様が成長なされて苦労が減ったのか、以前の様な頼りない足取りもしておらずにしっかり歩く姿はたのもしくこれからも頼りたくなります。

分かっていらっしゃいますか?エールトヘン様。

奥様よりも乳母よりも、誰よりもお嬢様の成長を見守っているのは貴方様なのです・・・


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