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017 第三回お嬢様対策会議

難易度が上がっていく今日この頃。

そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。

春を迎え暖かな日差しを浴びて人々の笑顔も固さが取れて緩やかになった頃。

そこに住む使用人達の活動も伸びやかになり、春らしい装いへと変わっていた。

しかし変わらぬものもある。


玄関をくぐると王都でも類をみない程大きなシャンデリアが吊り下げられ、通路には等間隔に壷などが飾られていた。

壷は光沢を放ち、窓は磨き上げられ曇りなく、扉はきしむ事なく開き、ドアノブはくすんでいない。

そこに仕える者達の教育が行き届いている事もまた、その貴族の格というものを示している。


その屋敷の一室で、深刻な表情の面々が重い空気を漂わせながらテーブルを囲んでいた。


ある人物は肘を付き、手の甲で額を支えながらテーブルに視線を落としたまま顔を上げず。

ある人物はただハンカチで涙を拭いながら誰かが話し始めるのを待っていた。


「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。

それでは第三回お嬢様対策会議を始めたいと思います」


拍手などない。皆どこか真剣な表情で頷いた。



私の名はマーカス。

第二席の執事です。

ようやくこのお屋敷にも慣れました。

お嬢様にお仕えして早や数ヶ月。

色々ありました。主にエールトヘン様にですが。

まあ私も多少は苦労しましたがあの方には適いません。

あの優しくも誠実なひたむきさはあの方だからこそ出せる持ち味です。

私に求められても困ります。


エールトヘン様やキャメロン様に助けられながらもお嬢様にお仕えする毎日。

幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。

ええ。この気持ちに嘘はございません。

勿論ですとも。


ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。



「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


おっとフライングです。

私の回想など知った事かと言わんばかりにミーナが喋り出しました。

あれですね。シェリーと仲が良いのは結構ですが、お互い仲が良過ぎて会議での役割が被ってしまっています。

いつの間に2人ともそのポジションを確立したのかは知りませんが。

どうやら話合いをして順番を決めてきたようです。

今日はシェリーも安心して泣き真・・・、ゴホン、泣いているようです。

会議にかける情熱。私も見習わないといけません。


それでもフライングはいけません。

先に回想を済ませてしまいましょう。



ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。

お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、私では思いもつかない色々な事が出来てしまいます。

私にはどうやっているのかまではわかりません。


そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。



「えー、ではミーナ。いきなりではありますが何の事かまず話して頂けますか?」


「お嬢様はずるいです。ええ、あんな素敵な男性をもう捕まえていらっしゃるとかお嬢様はずるいです。お嬢様はあの御年で悪女です」


「それは前回も聞きました。なぜまた同じ事を言うのですか?」


「守護霊様がですね。若返っているんです!なんですか、あれは。

二度美味しいんでしょうか!?

笑顔の似合う年上から今や同じ位の歳の青年です。

幼馴染みの彼っていうシチュエーションです。

ああ、もうほんとにお嬢様はずるいです」


ミーナはそう言いながら両の拳を胸の前で握りしめています。

確かにミーナにしてみれば同い年位になるのでしょうがお嬢様から見ればはるかに年上で、ミーナは何故そこまで拘るのでしょう。

あまり深入りすると長話になりそうなので早めに切り上げるために、困った時のあの方頼みです。


「エールトヘン様。これに関しては何かお知りでしょうか。守護霊様に接する我々はどうすれば良いのか教えて頂けませんでしょうか」


その問いにエールトヘン様は軽く頷きました。

答えのある時のエールトヘン様はすごく好感が持てます。


「お嬢様が成長するに従い、役目を徐々に終えていく守護霊様は小さくなっていつしか消えてしまうそうです。

あの方の役目もあと数ヶ月もないと言う事なのでしょう。

もう少ししたら出歩く事もなくなるでしょう」


「やっぱりお嬢様はずるいです。独り占めですか!」


やはり深入りすべきではないようです。

えーと、そもそも今日の議題はなんだったでしょうか。

そうでした。ミーナは放っておけば落ち着くでしょうから話を進めましょう。


「まず経過報告からです。

あれからお嬢様のマナーも向上され、以前のような出来事はほとんど起きなくなりました。

喜ばしい事です。お嬢様の素晴らしい成長に涙しそうです」


ええ、本当に。

1枚、2枚、と数える私は怪談話の主人公のようでもありました。

主人公補正とやらで無かった事にならなかったんですが。

むしろ『1枚足りない』と呟いたらシェリーが白状しました。

お嬢様の陰に隠れてあの子もやらかすタイプのようです。

お嬢様の所為にして紛れ込まさないその純粋さは微笑ましいように感じます。

わたしなら・・・、ゴホン、いえ何でもありません。


「これは皆さんの協力があっての事です。

皆の努力がお嬢様をお支えし、お嬢様もその誠意を受けて成果を結実させました。

やはりお嬢様は素晴らしい。

そのため、そろそろ廊下の壷などを元に戻す事になります。

多少の仕事量の増加もありますが対応してください。

ナイフとフォークも良いでしょう。

お嬢様には更なるマナー向上を目指して頂きます」


誰も異論を挟まないので続ける事にしました。


「守護霊様はさきほどエールトヘン様がおっしゃられた通り、いずれは姿をお隠しになられるようなのでそのつもりで。

それまではこれまで通りに対応願います。

そういえばお嬢様の部屋の人形ですが、・・・どうにかなりませんか?」


私はジーンに顔を向けました。

彼女は先程から会議には参加していてもせっせと縫物を続けています。

その態度はいけません。

シェリーやミーナを見習うべきです。

会議の為の事前の話合いまでしているのですから。

しかし私の心の声など届くはずもなく、ジーンはこう答えました。


「私からの意見は御座いませんのでお嬢様の望む通りにお部屋を飾る事が今の私に出来る事です。

勿論マーカス様のお話は聞いております。

どうぞお続けを」


少し前に何かあったそうでそれ以来人形を作り続ける彼女の努力は褒められるべきものなのでしょう。

ですが彼女は土魔法の使い手でもあります。

なぜ彼女は陶器製の馬や兵隊を作ったのでしょうか。

あれではまるで埋葬品のようです。



過ぎたるはなお及ばざるが如し。



良い言葉です。

あれではお嬢様に相応しい可愛らしさがありません。

彼女に是非送りたい。この言葉を。

その度胸はないですが。

ええ、彼女は土魔法の使い手です。

お分かりですね?私は平和主義者です。

長年お仕えしてきて旦那様の覚えも良いジーンに何か言うつもりもありません。

ええ、これは信頼です。なぜなら彼女は土魔法の使い手ですから。

ええ、勿論他意はありません。

ですから私はエールトヘン様にお聞きしました。


「エールトヘン様。あの部屋は一体どこに向かっているのでしょうか?

最初は布で作られた人形ばかりでお嬢様に相応しいお部屋だったはずですが?」


するとエールトヘン様は目を逸らされました。

ああ、やはり答えを持つエールトヘン様の方が好感が持てます。

私の心境を余所にエールトヘン様はこうおっしゃいました。


「お嬢様の意向は、物を覚える時に出来る限り実物を見たいと言う事なので色々と作る事になった。

運び込めない物で立体感の必要なものはああなった。

嗜好についてはお嬢様が見てみたいと思った物を作るとああなった」


そうなのです。お嬢様の部屋には色々な人形が出来てしまっているのです。

ドラゴン、天馬、獣人、クラーケン、トレント、ファルコン、ミュルミドーン・・・。

お嬢様の部屋の一画を埋めつくす人形には驚きました。

そして大きな木製のトレントがその中心に据えてあり、置き場所が無いからとその木の枝に吊り下げられる人形には軽いトラウマを抱きそうになりました。

ご丁寧に上部は回転式で枝を左右に振る事で奥に吊り下げた人形が回転した枝と共に正面まで来るという仕様になっています。

お嬢様の名誉の為に言っておきますが、今では吊り下げられる人形はドラゴンや天馬などに限定されています。

決して商人から貰った可愛いドレスを着た人形が吊り下げられる事はありません。

今ではメリーゴーランドのようになりました。

エールトヘン様も地味にそういった所が無頓着のようで、見た目上問題のありそうなものはトレントの頭頂部や枝に座らせる事で落ち着きました。

初めにその光景を見た時は、その前に並べられた陶器製の馬や兵隊と併せて異様な光景でした。


恐らくお嬢様も大きくなればお嬢様に相応しいドレスなどが飾られる事になり、部屋もよりお嬢様らしく落ち着くでしょう。

ええ、そう考える事にしましょう。



時が全てを解決してくれる。



ええ、これも良い言葉です。

どう答えるか悩む私にエールトヘン様は更にこう告げました。


「お嬢様は物の造詣に拘りを持つタイプのようで満足なさっていません。

『リアリティが必要だ』と真剣な目をしておっしゃりました。

そのため近い内に学者が派遣される事になりました。

その内、より高度に洗練された部屋を見せる事が出来るでしょう」


それは無駄に(・・・)高度に洗練された部屋になると言う事なのでしょう。

今はまだジーンがあえて可愛らしく作ったりとしているわけですが、本当にどこに向かっているのか怖くなってきましたのでこれ以上の追求は避けておく事にしました。


「お聞きの通り、新たなお客様が来られるそうなので失礼の無いように。

では、本日の主な議題ですが・・・」


そこで私はチラッと彼女を見ます。


「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


いいですね。今日も会議への参加意欲が高くて。

回数を重ねる毎に切れが増しているように思えます。

タイミング、声量、感情の込め方、どれも問題ないでしょう。

練習の成果が出ているようです。

そんなシェリーの言葉に対して問いを発します。


「シェリー。事情を話してもらって良いですか?」


「はい・・・。今日、エールトヘン様から『コサージュだから』とお嬢様からの言伝を聞きました。

なんの事か分からないままに仕事をしていたのですが、ダンに中庭に呼び出されました。

するとダンは照れながらも私に箱を手渡しながらこう言いました。

『俺の気持ち、受け取ってくれ』。

それが嬉しくて『ここで開けて良い?』と私が言うと、ダンも頷いてくれたんです。

その箱の中を覗いてみたら・・・、コサージュだったんです!

お嬢様はあれですか!?予知能力でもあるんですか!?

ええ、私は思わず『なんでコサージュなのよ!』なんて言って地面に叩きつけました。

その後は口喧嘩ですよ!仕事もサボったって言われてアンジェラ様にもお仕置きを貰いました!

お嬢様は何をしてくれるんですか!?」


シェリーのその怒り様と言ったらとても演技とは思えな・・・、ゴホン、その怒り様は私では止められないと思いながらもどうにか落ち着かせようとしたその時です。


「そんなものは認めん。やりなおしだ」


その発言に皆がゴクリ、と息を飲みました。


あの方です。エールトヘン様です。

そしてまさかのリテイクです。

突然のエールトヘン様のリテイク要求に大きく目を見開いたシェリーが思わず口を滑らしました。


「そんな!私のどこが間違っていたのですか!?

怒り方が足りなかったのですか?

それとも大袈裟過ぎました?

まさか、あれだけ練習した泣き真似に問題が!?」


ああ、シェリーも動揺しています。

言ってはならない事が盛大に漏れています。

シェリーの健気な問いかけにエールトヘン様はハッとした表情の後、「違う。違うんだ」などと言い出し始めました。

何が違うのか分かりませんがどうやらエールトヘン様の返事を待った方が良さそうです。

シェリーに詰め寄られながらもなんとか宥めたエールトヘン様はおっしゃいました。


「シェリー、そうではないんだ。

お嬢様は新たな才能に目覚められてしまったのだ。

予知夢、と言っていた。

夢でダンがシェリーの為にコサージュを買っているのを見て確かめたかったそうだ」


「だからって、言わなくてもいいじゃないですか!」


「まあ、それはなんだ。シェリーは図太いから少しくらいならいいか、などと言っていた」


「またそれですか!いくらなんでも酷過ぎます!」


「まあ待て。この話には続きがあるんだ」


「え?」


どうやらエールトヘン様からまだ話す事があるようです。


「シェリー。それについては『悪かった。でも反省していない』とお嬢様は言っていた。

だがこうも言っていた。『期待していてくれ』と。」


シェリーは怒って良いやら悪いやら分からないようで百面相のように表情を変えています。

そしてシェリーはこう言いました。


「それは、待っていれば良いって事でしょうか?」


「ああ、お嬢様の言葉を借りるなら『そこでそのコサージュはないだろう』という事らしい。

だからお嬢様は『そんなものは認めん。やりなおしだ』などとおっしゃっていた。

期待していると良い。

お嬢様を信じて待っていなさい」


「・・・はい」


そこは『ダンを信じて待っていなさい』だと思うのですがシェリーも納得したようなので私が口を出す事ではありません。

シェリーはまだどう反応して良いのか分からない顔で座りました。

そして俯き首を傾げながら『あれ?それならコサージュを渡す前に止めておけば良かったんじゃ?』などと身も蓋もない事を考え始めていたので私は慌てて会話に参加しました。


「エールトヘン様。それではお嬢様は更に才能豊かになられたという事でしょうか」


「ああ、その通りだ。そこで皆に相談がある」


あのエールトヘン様が真剣な表情で私達に相談を持ち掛けてきました。

皆、緊張した表情で次の言葉を待ち、エールトヘン様はゆっくりと口を開きました。


「お嬢様の誕生日パーティでのサプライズをどうすれば成功させる事が出来るかを考えて欲しい」


ああ、この方はあれですね。事の重大さを分かっているのかいないのかいまいち分からない方ですね。

お嬢様可愛さに視野が狭いと言いますかなんと言いますか、分からなくもないですが先に話す事があるはずです。

私はエールトヘン様にそれとなく聞いてみました。


「エールトヘン様、それよりもまず、その予知夢、というものがどれほどのものかが分かりませんと私共では対処出来ないのですが・・・」


「ああ、それもそうか。現状では制御は出来ないそうだ。見るのもどうでも良いものばかりだと言っていた」


それを聞いてシェリーが『どうでも良いってどういう事?』などと言っていますが私達は無視する事に決めました。

続けてエールトヘン様が仰られます。


「それでもどんな時にサプライズがバレるか分からないのが問題で、何か良い手がないかと思案しているんだが誰か思い付かないだろうか」


なぜそこまでサプライズに拘るのかは分かりませんが、私などはあれやこれやが知られていないかそちらの方が心配になります。

恐らくエールトヘン様はその温厚な性格の為に知られては困るあれやこれやが無いのでしょう。

羨ましい限りです。

しかしです。先程知ったばかりの私達ですし、どうやれば防げるかが分からないのですからこう答えるしかありません。


「申し訳ありません。私共ではどう対処していいのかも分かりません。キャメロン様でも難しいのでしょうか」


「ああ。彼も幽霊やアンデッドなら対処は出来るが神託や予言に近い現象は専門外だそうだ。

しかし、そうか。済まない。こちらで考える事にする」


どうやら亊無きを得たようです。

折角お嬢様のマナーが向上し、フォークやナイフの扱いにも上手くなった事で私の心配事も減ったのですから穏やかに過ごさせて頂きたいものです。

エールトヘン様にキャメロン様がいるのです。

私の力など無きに等しいと断言したいものです。


「エールトヘン様のお力になれず申し訳ありません。

今後も出来る限りお嬢様の為にサポートさせて頂きます。

ですので早めに対処をお願い致します」


「分かっている。皆もこれまで通りに頼む。

お嬢様が何か知ったとしてもお嬢様だ。

お嬢様らしい優しい性格だからこちらが困るような事をする事もないから安心して欲しい」


1つ実例があった気もしないでもありませんが、そこは触れない方が良いのでしょう。

そしてエールトヘン様は実にお優しい。

ええ、お嬢・・・、ゴホン、実にお優しい。

私が皆をまとめる前にまとめて下さる。リーダーとはこういった存在だと皆に示してくれています。

頼もしいの一言に尽きます。

何はともあれお嬢様のマナーも向上し、本日の主題も一応の結論を得たので私は会議を終わらせる事にしました。


「では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。

アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」


皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。

問題事が減ったにも関わらず、お嬢様へのサプライズを考える為に寝不足で足元がしっかりしていません。

何があの方をそこまで駆り立てるのでしょうか。

分かっていらっしゃいますか?エールトヘン様。

奥様よりも乳母よりも、誰よりもお嬢様を楽しませようとしているのは貴方様なのです・・・


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