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168 クリスマス?よろしい、ならば戦争(クリーク)だ

クリスマス。それはかつて争うのではなく愛する事が重要だと説いた人が生まれた日であり、家族で集まり私達の絆を確かめるための大事な日である。決して、恋人たちがデートする口実に仕える祝日などではない。


そう、ローレンシアは心の中で断言した。


決してアレだ。前世では学生が休みに入る喜びと合わせてイヴだのクリスマスだのと騒いでいたのを冷めた目で横目で見ていた事に思う所があったからではない。終業式などと重なるともうソワソワしている彼氏彼女持ちが遠目からでも分かったりするのに思うところがあったのではない。そう、無心だ。なぜかそういった日は修行者にでもなった気がしていただけに過ぎないのだ。だから傍目から見てまるで修行者の様に独り黙々と今年の残務処理をしたり新年の準備をしたりとしても別段ストイックに生きるポリシーを持っているというわけでもなかったが、


人前で平然と何度もキスをしてるバカップルを見てもどうという事はない。無心だ。

偶々通りかかった場所でプロポーズしてるのを見てもどうという事はない。無心だ。

ガラス越しにレストランでデレデレしながら食事しているカップルを見てもどうという事はない。無心だ。

チラっと見れば恋人繋ぎしているカップルが居てもどうという事はない。無心だ。

何かのパーティに行くのかきっちりした衣装を来て恐らくは誰かに渡す花束を抱えてにこやかに歩いている男を見てもどうという事はない。無心だ。

ニコニコと指に嵌められた指輪を何度も見ている女性が居てもどうという事はない。無心だ。

ディスプレイを見ればどこかのパーティではしゃいでいる多くのカップルにインタビューをしているがその内容が砂糖たっぷりのコーヒーを一気飲みしたかの様な感覚になってもどうという事はない。無心だ。

人前で大きな声で喧嘩しているがどこか互いを憎みきれない様な感じで言い合っているのを見てもどうという事はない。無心だ。

一方でダブルブッキングしたのかバレたのか2人の異性に詰め寄られているのを見てもどうと言う事はない。無心だ。

頬にくっきりとキスマークを付けながら『ごめん、待った?』なんて言っているのを見てその後の展開が気になりそうでもどうという事はない。無心だ。

誰かを待っている間に繰り返し何かを呪文の様に唱えているのを見てもどうという事はない。無心だ。

周囲に人が居るにもかからわず相手がどう思っているかも考えずに大声でプロポーズしている男性が居てその後どうなるかを気にしてしまうがどうという事はない。無心だ。

ヨレヨレに着崩れた服のままフラフラとしながらボロボロのプレゼントを持って走っていく人を見て一体何があったんだと気になりそうでもどうという事はない。無心だ。

彼氏がプロポーズしたのは良いが彼女が中々返事をしないのを見てハラハラしてもどうと言う事はない。無心だ。

男性が「付き合ってください」と言った直後に「ちょっと待った!」と別の男性から声がかかって中々修羅場になりそうなのを見てもどうという事はない。無心だ。

「偶然ですね。私もちょっと買い物に出てきて。」などと知り合いに声を掛けられてもどうという事はない。無心だ。そこに何かがあると思うのが自意識過剰なのだ。

店で福引をして当たった景品がペアマグカップだったとしてもどうという事はない。無心だ。「彼女さんと使ってください。」なんて言われてもどうという事はない。無心だ。偶々知り合いが側に居てもどうという事はない。無心だ。

「あの・・・」なんて何か伝えようとして声を掛けられても、キャッチセールスかも知れないからどうという事もない。無心だ。ましてや「鼻毛伸びてますよ」とか言われたらショックを受けるがそもそも受け答えしなければどうという事もない。無心だ。後で考えるとどっかで見た事ある人だったな、と思っても無心だ。

突然曲がり角でぶつかりそうになっても驚く事なくサッと躱しつつ相手を受け止めやんわりと転ばない様にして微笑んで立ち去ってもどうという事はない。無心だ。そんなあからさまな出会いなんてない。そう思うのは自意識過剰と思われて恥を書く。だから無心だ。


そう。無心だ。


別に30歳を過ぎてもゴニョゴニョなら魔法使いになれるなんて都市伝説を信じているわけではない。ちょっと油断してみたが最後。他人がドラマチックな展開にでもなって自分が一人寂しくそれを見るだけなら心がやさぐれてしまう。かと言って残念な結果にでもなれば見てるこっちも何だかいたたまれなくなる。それに何か自分にも起こるんじゃないかなんて少しでも期待して何もなかった時の肩透かし感は自分でも自意識過剰だと思って恥ずかしくなる。そう。心を惑わされてはいけないのだ。心を鋼鉄にして何者にも揺らがぬ意志を持つのだ。例え周りから修行者の様に見えてもそう、心を惑わされてはいけないのだ。今日は平日、今日は平日、と必要なら何度でも念じるのだ。そうすれば今日にふさわしいパートナーが居なくても何も感じずに済むのだ。


そういやそんな事を思った事もあったな、とローレンシアはしみじみと過去を振り返る。あの時期に一人で居ると何か周りの視線が気になっていつもこれが正しいんだと呪文を心の中で唱えていた気がする。そう。単なる平日単なる休日に一人で居る事に何の問題もないのだと思えば周りがいつもと違ってもたいして気にならないものだ。

だがしかし待て。今は子供に戻っているんだから少しくらいはしゃいでも良いんじゃないか、とローレンシアは考える。気兼ねなく遊ぶのも子供の特権。大人になったら出来ないのだ。かつての様に周りの目を気にするようになるとバカは出来ない。だから子供の内にやってしまうのだ。大人になっても『あの時にしていれば』と思わない為に。


などとやる言い訳を準備して自分を納得させたローレンシアは早速エールトヘンに相談した。


「クリスマスをやりたい。どんなものになっても構わん。」


「クリスマス、ですか?」


「そう。クリスマス。」


そんな感じでエールトヘンに話しかけたローレンシアは、クリスマスについて話す。民衆を救うために遣わされたという聖人が生まれた事を祝う日で、サンタクロースと呼ばれる人物がその日の夜に子供が寝ている間にプレゼントを壁に掛けてある靴下に入れて喜ばせるのだと言った。祝う為にその日ばかりは豪勢な食事を用意し、七面鳥の丸焼きやケーキを食べるのだとエールトヘンに言うと黙って頷いていたエールトヘンは何やら納得した様に話し出した。


「それは降臨祭の事ですね。丁度お嬢様の誕生日です。」


「へ?」


エールトヘンの一言にローレンシアは間抜けな声を返した。


「お話を聞いた所、その聖人というのは救世主などと呼ばれる存在である様ですが、王国ではこの国を建国した英雄を讃える日を降臨祭と呼んでいます。建国王も圧政から民衆を救った救世主として崇められたと言われているので、民衆は自分達を救った英雄を崇め、それを忘れない為に祝います。いわばかつてあった苦しみと苦しみから解放された喜びを忘れずに居る為に祝うのです。救世主とともに圧政に立ち向かった自分達の絆を思い出し確かめ合う日とも言えます。ですからこの国ではそのお祭りは晩冬若しくは初春と呼ばれる時期ですね。」


「え?じゃあ、クリスマスは出来ない?」


そう聞いてショボーンとしたローレンシアにエールトヘンは気の毒に思ったのかまた話し出す。


「お嬢様の遊びの範囲でして良いと思います。ですがサンタクロースですか。似たような子供の安全対策はこの国でも一応はありますね。」


「どういう事?」


「ああ、先ほどサンタクロースは煙突から入ってきてプレゼントを靴下に入れると言っていましたよね?部屋に入れる所がそこだけだと言う理由から。その経路というのは泥棒の侵入経路なのです。祭りなどで浮かれている時は警戒も怠りがちで、悪人もどうにか稼ごうと思えばそういった時を狙います。何かを祝っている時は自らが大きな声を出したり音を立てたりして賑やかにしているので多少物音を立てても気づかれにくく隠れて侵入して物を盗るのも比較的簡単になります。その際に子供は大人が夜遅くまで賑わっていても早く寝てしまうので別の部屋に居る事が多くなり、何かのタイミングで起きた子供が煙突から侵入してきた泥棒とバッタリ出会うという事態が起こり得ます。その時に泥棒は騒がれてはマズイから子供を殺そうとするかも知れません。しかしです。悪人の中で本当に血も涙もない様な者はごく少数です。大抵はまっとうに働いてその日の生活をする金銭が手に入らないなどの理由で行い、良心の呵責を持っている場合がほとんどです。そして盗みはまだ仕方ないと思えても殺しまではダメだと思うかも知れません。持っている者からほんの少し盗るだけ、あんたらは多く持っているのだから少しくらいなら良いよな、という言い訳を自身にしながらしている可能性があります。しかしいざ盗みに入って子供に見つかった。このままでは捕まり罰を受ける。それは嫌だ、となりパニックになると目の前の子供を殺してしまうかも知れません。しかしもし、その出会った子供が泥棒を泥棒として認識していなかったらどうでしょうか。知り合いのおじさんなどと勘違いしていれば騒ぐ事もなく泥棒も多少の変装をしているでしょうからその場さえ逃げ切れば捕まる事もありません。なら子供を殺して更に重罰を受ける可能性よりも穏便にその場を澄まして逃げる方法を選択する、という可能性が高くなります。その為、まだ知性が未熟で、そして体も成長しておらず大人の暴力に対抗出来ない子供には泥棒ともしバッタリ出会ってもそれが悪人ではないと思わせて、子供の命を最優先にするという方法が行われます。多少の金品の盗難と子供の命のどちらを優先するかとも言えます。そうして子供の内は過剰に反応して相手を刺激しない様な行動をさせて身を守らせる事があります。聞いた話ですとどうやらそれの一環の様に思えます。」


「ほー。」


なるほどなー、とローレンシアはエールトヘンの言葉に感心した。そういわれてみればそうだ。煙突から入ってくるのは不審人物に違いない。サンタクロースが実在したとしてサンタクロース本人に悪意がなくとも不法侵入には違いがないのだ。アポがあるわけでもなく、あっても困るが。もしもし、おたくの家に忍び込みますけど気にしないでくださいね、なんてどんなルパンかと思える。


「それでお嬢様は何をなさりたいのでしょうか。豪勢な食事を食べたのであればそれこそ降臨祭まで待ってください。今のお嬢様にはまだ刺激物は良くありません。」


「そうじゃの。ならサンタはどうじゃ?プレゼントを皆に配るのじゃ。」


「そういった遊びも良いですね。それでどの様な恰好で行うのですか?」


「ふむ。サンタにはサンタ独特の恰好があっての・・・。赤を基調に縁を白で飾った毛皮のコートを着ているんじゃ。帽子も三角帽で、一杯のプレゼントを運ぶためにソリに乗って2頭のトナカイがソリを引いているんじゃ。それで多くの地域を回らないといけないからソリは空を飛んで・・・」


エールトヘンが聞いてきたものだからローレンシアは自分の知る限りのサンタを説明した。フンフンとうなずくエールトヘンの横で、ローラが話に入ってきた。


「お嬢様はそんな遊びがしたいのですか。いいでしょう。私も協力いたします。」


「何か企んでる?」


「いえ?お嬢様の遊びがうまく行くようにするだけですよ?」


「ほんとに?」


「ええ。勿論嘘など申しません。」


ローラを訝しむローレンシアがそういったやり取りをしていると新たに会話に割り込む人物が現れた。


「聞きましたよ。お嬢様。何でも新しい遊びがしたいと。」


「そういや、今は扉一枚隔てただけなんじゃな・・・。」


暇を持て余したのかマスター・ララがローレンシアの話を聞きつけ、壁に設置された空間結合装置を起動させてローレンシアの部屋とマスター・ララの部屋を繋いで現れた。最近はローレンシアの訓練が忙しいのでローレンシアもマスター・ララの部屋に訪れる事も少なくなり忘れていたが、マスター・ララに用があればいつでもすぐに部屋に扉を出現させて行き来出来るのをすっかり忘れていた。もっともマスター・ララの居場所は離れの別邸なのでそんな仰々しい事をしなくともちょっと歩けば会えるのだが。

しかしそれでも『何で聞いてるかな』とローレンシアは思う。仕事合間のラジオか何かと勘違いしているんじゃないだろうか。そういや最近訓練で忙しくてマスター・ララにクレームをつけに行ってないなと思い出し、だからいつもの研究を繰り返して刺激が薄いからこう何かある度に出てくるのかとも思う。そんなローレンシアの悩みを無視した様にマスター・ララが胸を張ってこう言う。


「お任せください。丁度良い暇つぶ・・・、ゴホン。しっかりお嬢様の遊びをサポートして差し上げます。」


「私も勿論サポートします。準備が済むまで数日かかりますのでどうぞご理解ください。」


マスター・ララとローラの頼れるのだがあまり頼りたくない2人にそう言われて『これ大丈夫か?』と思いつつ、何にせよ道具が要るしマスター・ララなら作ってくれるだろうから任せてみるかとローレンシアは様子を見る事にした。行動し出した2人を見てエールトヘンはどうやら準備は2人に任せてよいのだろうと考えローレンシアと待つ事にした。


「ではお嬢様。私達はいつもの様に訓練です。」


そういやいつまでに終わるか分からないのだからそれもそうかとローレンシアはエールトヘンとの訓練に集中するのだが、その横でビルダー氏を連れて行ったりウルフを連れて行ったりと気になる要素が増えていく中、エールトヘンに注意されたりマーガレットが帰ってきてさらに訓練が追加されたりして3日が過ぎた頃。

時間も夕方になろうかと言う時に、ローラが戻ってきた。


「お嬢様。準備が出来ました。さぁ出陣の時です。」


「何かおかしくない!?」


思わずそう言い返したローレンシアにローラは「そんな事はありません」と答えつつも一向に悪びれる事なくこう聞き返す。


「それで、お披露目はこちらでなさいますか?それともマスター・ララの研究室でなさいますか?」


「・・・。じゃあ、マスター・ララの研究室で。」


「かしこまりました。では準備出来ました秘密基地で行いましょう。既に準備は整えております。」


「どっちでもないよね!なんで聞いたの!」


「お嬢様。選択肢を提示された時には常に第三の選択がある可能性を考慮するものです。それをお分かり頂ければと。」


そう言うローラをローレンシアが睨んでいるとエールトヘンがローラの言葉にウンウンと頷きながら話す。


「今のは使い方がアレですが、選択肢を提示された時には提示した相手にとって都合の良い状況を選ばせる様に提示している可能性は考える必要があると言えますね。」


「そうだね。相手の誘導に騙されないで自身で状況判断をするという日頃からの習慣が必要だと考えさせられるね。相手がこちらの利益を考えているとは限らないし。ただローレンシアにはまだ早いかな。」


「私もそう思います。まずある程度の情報を得てからでないと判断は出来ませんから。しかし事前に知っておく事も方向性やゴールを決めるのに役立つとも言えますが。」


エールトヘンの言葉にマーガレットが賛同し、それにエールトヘンが答えるのだがローレンシアとしては言っている事は分かってもどうも釈然としない。それなら初めから3択にしろと。そしてなぜこのタイミングで秘密基地の準備が出来たとカミングアウトするのかと。


「それでじゃ。秘密基地はもう出来たのか?ワシが何もせん間に。」


「はい。勿論です。どうせマスター・ララの研究室の横です。後は搬入扉を塞ぐだけ。その工事にこちらの部屋からつないで作業して頂くのでお嬢様のご了承が必要なのです。」


「・・・。事後承諾よりマシじゃがもっと経過なり教えられんのじゃろか。」


「エールトヘン様にはお伝えしております。恐らくエールトヘン様が些末な事だからとお嬢様の教育に影響が出ない様に伝えなかっただけだと思います。」


話を振られたエールトヘンが答える。


「ええ。その通りですが急遽使うつもりはなかったので突然の話になったのはお嬢様には申し訳ないと思います。私もまさかこのタイミングで2人が部屋を使うとは思っても見ませんでした。2人とは後でじっくり話し合う必要がありそうです。ですがお嬢様、どうされますか?完成した道具を別の場所に運び込みますか?それとも出向きますか?」


「手間ばかりかかりそうだから出向く。」


「では参りましょう。」


ローレンシアがそう答えると分かっていたのかローラがすぐに返答し、装置を動かし部屋に扉を出現させた。どうやらマスター・ララの部屋ではなくその隣になるらしいローレンシアの専用部屋、あえて秘密基地と呼んでいる部屋に繋がっている様だ。今はマスター・ララの隣の部屋だがその内どこか別の場所に作った時は堂々と秘密基地と言えるのだが今は単なる隠し部屋程度だから少々こっぱずかしくそこを気にしていては先に進まないのでローレンシアは扉を通って秘密基地に入った。


すると目に入ったのは。


部屋はありきたりの様に見えるが後ろの壁に扉があるのは当たり前だが正面の壁はディスプレイが埋め込まれており、左の壁には扉、恐らくこれが搬入用の扉でマスター・ララの部屋に繋がっているのだと思われ、右の壁には棚が並べられ、手前に机がある。ディスプレイの前には多少スペースが取られており、そこにローレンシアが頼んだソリが置いてあった。


「戦車?」


戦車と言っても近代兵器の戦車ではなく、古い時代にまだ騎乗するのではなく馬に車を牽かせていた時代のものだ。車輪が2個ついていて人が乗るだけのもの。丁度荷馬車の御者台だけしかない感じのやつだ。なぜかそれがある。


「お嬢様の意見を突き詰めるとこうなりました。」


「なんで!?」


「サンタとはプレゼントを配る存在だと伺いましたので。最新鋭装備を施しました。若干デザインが古いのはあくまでソリに拘ったからです。」


「だからなんでと言っておる。どうしたら戦車になる?その車輪の横に飛び出たトゲはなんじゃ。それでどうすると言うんじゃ。」


「ああ。これはですね。お嬢様は仰られましたよね。サンタは多くの地域を回らないといけないので急ぐと言いましたので妨害物は全て蹴散らして時間短縮を図る為に装備しました。」


「装備したとか言っちゃってるよね!?それで何を蹴散らすか考えるだけで怖い!」


「これも苦肉の策なのです。お嬢様の説明では空を飛ぶそうですが、如何せん王国の航空規制にひっかかりそうなので、許可なく飛べば恐らく王都守備隊と一戦交える事になると思われます。」


「守備隊蹴散らすって言ってる!?そもそもそんな車輪の横にトゲが突き出ただけで蹴散らせないじゃろ。」


「いえいえ。そんな事はありません。一見普通のトゲに見えますがちゃんとギミックが発動します。使ってみれば分かるこの使い心地。その爽快感に止められない、というのがコンセプトです。」


「いやいや。そこコンセプトじゃないから。コンセプトはプレゼントを運べる便利な車じゃから。」


「ですから。邪魔するものは全て蹴散らし効率的に荷物を運べる便利な車です。ただし目的地に着いた後はどうなるかは分かりません。追手がかかる前に逃げ切るか追いつかれるかはお嬢様のドライビングセンスにかかっています。」


「いや。それ多分センスでどうこう出来ないから。そもそもなぜ初めっから交戦前提なのじゃ。」


「ですから王都上空や主要路線を飛ぶには認可が必要なのです。わざわざ事業でもないのに認可を取るわけにもいかず、さりとてお嬢様の意見を否定するのも心苦しく・・・。」


「絶対思ってないよね、それ。面白いからこれで行こうって思ったよね?」


「そうとも言います。ちなみに低高度で敷地内であれば簡易の申請だけで済んだりします。」


「なぜそうせんのじゃ!?」


「お嬢様の言われた条件になかったからです。用途としてどこまで想定しているのか分からないのであえて厳しい制限を加えるのもどうかと思いましてこうなりました。」


「そこは素直に聞くべきじゃろ。」


「ですがこの装備でもやはり簡易許可を貰えば敷地内を走行出来て問題ありませんのでどちらでも選択出来る様にしておきました。」


「・・・小さな親切大きなお世話って言葉知ってる?」


「存じておりますが何か?」


「いや、いい。それで人が乗る部分しかないじゃろ。荷物はどこに乗せるつもりじゃ。」


「はい。魔法バッグと同じ様に空間連結です。戦車の背面の背当てが高くそこに引き戸が付いていますのがお分かりになると思いますがその戸を開けてプレゼントを取り出します。多くの荷物を積載して王都守備隊を振り切ろうなんてナンセンスな事は考えません。そもそも初めはもう流線形デザインの戦闘機をソリだと言い張ろうとマスター・ララと話し合っていたのですがやはりお嬢様の意向は取り入れるべきだと断念しました。ですがそれでも速さの追求は与えられた条件の中で行いました。見てください。後部に取り付けられたジェット推進装置を。」


「そのスピードは人間が耐えれるのかのぅ!風で振り落とされてソリだけ飛んでいくじゃろ!」


「いえ、その辺りは抜かりはございません。ちゃんとカプセルの様にシールドが展開されます。」


「いやいや。これソリじゃろ?牽いているトナカイとか大変な事になるじゃろ。」


「それも抜かりはございません。お嬢様、固定観念はお捨てになってもっと広い視野で物事を見てください。ご自身の精神を開放するのです。」


「ローラが言うとヤバイのに手を出してそうに聞こえるが、それはともかくワシもものの見方が甘いという事じゃな?」


「まだお嬢様は今までの常識に囚われている様に感じられます。良く考えてください。なぜトナカイは危険だと思ったのですか?そもそもなぜ牽くのがトナカイだと思ったんですか?」


「!・・・ま、まさか。」


「そう。トナカイだとしても生きていなければどうという事はない。出ませぃ!トナカイ1号、トナカイ2号!」


そう呼ばれて搬入用の扉から出てきたのはビルダー氏とウルフだった。ウルフは以前に折角緑色に塗ったにもかかわらず茶色に塗り替えられどこか悲しそうに見えるがやっぱり開いた口から見える牙のせいであんまり悲しそうに見えないしそして何より頭にトナカイの角を付けられているのだ。あれをトナカイと言い張るローラやマスター・ララもアレだがどう見ても角の大きさがアンバランスな頭は重たげで首への負担がキツイなと思える。胴体にはなにやら怪しげな装帯が巻き付けられ砲身の様なものが取り付けられているが恐らく気のせいだろう。足にも金属製の爪が付けられており、どうせなら肉球にしろよと言いたいのをローレンシアはグッと堪える。ビルダー氏はビルダー氏で別の意味でヤバイ。良くグッズショップに売ってる安物のコスプレ着ぐるみにある様なうっすい生地のトナカイを着込んでいるが体格が体格だ。ピッチピチなのだ。お肌が。筋肉的な意味で。どうせならもっと毛皮がモコモコした可愛らしいのにならなかったのかと、なぜそれを選んだと問い詰めたいがそこはマスター・ララとローラに言っても無駄だろうとまたグッと堪える。なにせこの2人は追求する部分はとことん追求しようとするがそれ以外の所には無頓着どころか何かサプライズを混ぜようとするのだ。まだ無頓着だった方が周囲は引っ掻き回されずに済むのだが。ビルダー氏も頭にトナカイの角を付けているがこちらはこじんまりとしてあまり目立たない。むしろ何も飾らないからこそ痛々しい。出オチの受けを狙ってスベッた三流芸人感がある。そもそもビルダー氏が牽くと人力車だ。そもそもウルフと協調してソリが牽けるのかと疑問だ。

ローレンシアがどこから突っ込もうかと思っていると、ビルダー氏の後ろから続いて現れたマスター・ララが話し出した。


「どうです?お嬢様。せっかくのお遊びです。友情出演もありかと思って改造しました。」


「友情出演の度に改造してたら原型なくなるじゃろ!1年経ったら何の祝いに改造したか分からなくなるじゃろ!」


「まぁまぁ。これも良い経験です。試した結果で良い所だけを残していけば良いのです。そうすればこのもの達もどんどん改良されていくでしょう。」


「ビルダー氏を改造すればするほどキワモノになると思うがの。そもそも人型とはオプションの付け外しでバリエーションを出して状況対応する為のデザインじゃと思うが?」


「おや?お嬢様も良い事を言いますね?勿論そうですが、果たしてそこで止まって良いのか。更なる探求心が求められるのです。ちなみに友情出演は彼らだけではないですよ?」


え、まだあるの?と嫌な予感を感じつつ扉から誰か現れるのかと思いローレンシアは見つめる。いやしかし、誰が?まさかヤマダが?あいつならノリでやりそう、などと思っているとマスター・ララから促されたローラが話す。


「このソリの金属部分にはアーマーが友情出演として使われています。」


「アーマー!」


まさかの板金加工だ。確かに改造だと言える。だがしかし原型がなくなる様な改造は最早改造と呼べるのだろうか?レスレクシオン?良い様に言ってもあのアーマーが見るも無残なソリの部品になったのを誤魔化せない。


「なんという惨い事をするんじゃ!折角のアーマーが台無しじゃろう!」


ローレンシアの批判にマスター・ララが答える。


「いえ、ですが、ソリを作る上でマッハに耐えれる耐久性が足りず、すぐ近くにある手ごろな素材を探したら丁度アーマーに使ったなと思い出したのです。適材適所。まさしくアーマー。ソリ専用になってしまいましたが。」


「どうすんの?出番が1年に1回とか可哀想じゃろ!」


「お嬢様。落ち着いてください。彼らに感情はありません。感情に似せて作っていますが彼らのはただのレスポンスの集合物です。だから1年に1回の出番でも別段不満に思いません。」


「ワシは扱いが酷過ぎないかと言うとるんじゃ。もっとモノは大切にするべきじゃろ。日々の行動からそういった事が滲み出るんじゃ。丁度こんな風に。アーマーとて初めに鎧として作ったんなら鎧として有効活用してやらんか。」


「確かにそうですね。ですがちゃんと鎧として機能しますよ?ソリが危険に晒された時に可動部分が迎撃しますので。」


「だから!ちゃんとアーマーとして戻してやれと言うとるんじゃ。このままワシの部屋に戻せんじゃろ?」


「なんとお優しい。分かりました。暇な時にやってみます。」


「暇でなくともやるの!」


怒ったローレンシアに渋々と頷いたマスター・ララだが何か思い出した様に話し始める。


「そうそう。お嬢様。クリスマスというものには深緑で赤い実を宿した木の枝の飾りがあると言ってましたよね?それもご用意しました。こちらです。」


「オタネ!」


確かにクリスマスリースがあれば良いと言ったからといってオタネを吊り下げるのは如何なものかとローレンシアは叫んだ。確かにマンドラゴラで葉っぱが付いており赤い実を付けるオタネだがセンスも何もなく首ねっこ掴んで持ち上げるかのように鉢から引き抜いて吊り下げるのはどうかと思う。


「マスター・ララ!さすがにこれはやりすぎじゃ!」


「安心してください。傷はつけておりませんよ。紐で縛って吊っているだけです。さすがに自分で作ったものではない他者の所有物を勝手にいじったりしません。単なる友情出演です。」


ローレンシアもオタネが何かされたわけではないのにホッと安堵はしたがそれでも言う事だけは言わねばと口を開く。


「マスター・ララが少しは常識を持っていて胸を撫で下ろせるがもう少しなんというか方向性が違う様に、平和的に考えられなかったのかの?」


ローレンシアの言葉にマスター・ララは僅かに眉を潜め、その言葉に不満があるかの様に言葉を返す。


「お嬢様。私だって少しは考えているのです。だからこそそもそも兵器だったものを平和利用しようとしているのですから。」


「兵器なのか!元々!」


「そうです。以前に作った物をお蔵入りしていたのですがそれを引っ張り出してきて改造しましたので。だから数日という日数で完成したのです。どうです?私も少しは平和的に考えているでしょう?」


「・・・」


最早何を言っても無駄なのではないかとローレンシアは思わず黙ってしまった。しかしとりあえずソリもトナカイ?も手に入った。じゃあ次はと考えようとしてふと思った事をローレンシアは口にした。


「これ。前を安定させたらエンジンついてるからトナカイ要らなくね?」


その言葉にローラが答える。


「さすがお嬢様。良い所にお気づきになりました。実はオプションパーツでけん引部分に車輪を付ける事が出来まして三輪車として自走出来ます。トナカイはまぁ、あれです。お嬢様、マスコットキャラというのは大事だと思いませんか?プレゼントを配る時など子供に親しまれやすくなりますよ。」


それでこのトナカイかと思わなくもないローレンシアだがマスコットキャラは良いなと思いつつもどうせならオタネで良いんじゃないかとも思い、マスコットキャラがウルフとビルダー氏では子供が泣くなぁとつい遠い目をしてしまう。

ローラとマスター・ララが一通り説明を終えてローレンシアが黙り込んだのを見計らってエールトヘンがローレンシアに話しかける。


「お嬢様。お嬢様の望んだ形になりましたか?」


「う、うむ。概ねやれん事はないと思う。まぁ、多少思うところはあるが準備してくれたんじゃ。素直にありがとうと言っておく。」


まぁソリにトナカイ。若干、性能が気になるが確かにサンタをやる道具は手に入った。細かい事はどうにかなるだろうからとりあえずはやってみるかとローレンシアは計画を練る事にした。


ちなみに「イヴ」というヒエログリフだったと思いますが、「ヤギ」を意味します。欲張り、という意味になります。アダムとイヴのイヴも同じ意味だと思ってよいと思います。

「クリスマス・イヴ」となるとクリスマスを更に求めて前倒しで長く祝う、という意味になると思います。別の意味では将来家族になる者(クリスマスを一緒に祝う様になる者)と過ごす時間を前倒しにする、とも受け取れます。


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