162 死兆星って都市伝説だよね?
なぜこうなった、とローレンシアは悩む。確かに『潤いが必要』と言ったのだが、これに潤いはあるのかと問い詰めたかった。
今、ローレンシアは山脈に居る。良くわからないが朝起きたら支度させられ今に至る。マーガレットが「たまには息抜きが必要だよね。」と言ってここに来たのだ。例の部屋にある装置で。
ローラに聞けば領内のいくつかの場所に設置をまずしているそうで、滅多に人が寄り付かず守り番が居る場所を選んでいるそうだ。こんな所にも守り番が居るのかと尋ねれば、ここはアーデルハイド領の北西の山脈で山脈故に領境が設定しづらく山岳警備隊が巡回しているそうだ。山脈の上の方なので人もあまり寄り付かず、警備隊の館も麓にあり山小屋が散在している程度だから、カモフラージュをして装置を隠しておけば問題ないそうだ。時折警備隊の中の誰かが確認に来る様になっているそうで、安全はある程度確保されているらしい。
「しかしなぜここなんじゃ?」
ローレンシアがそう尋ねるとローラが答える。
「ここは北側は海に面し、西へと山脈がなだらかに続いています。そして南にはアーデルハイド領を一望出来、季節の移り変わりを直に味わう事が出来ます。」
「・・・。一望って言っても高すぎやしないか?」
「そうとも言えます。何せ人の寄り付かない場所に限定しましたから。」
そうこともなげに言うローラを横目でジトッと見ながらローレンシアは更に問いかける。
「で、なぜもっと麓にしなかったのじゃ?」
「それは簡単です。北も南も西も眺める事が出来る高さを選んだからです。ここから一望する自然の美しさはお嬢様の心を和ませると考えたからです。元々の予定では。」
そう。雄大な景色に心が洗われる気がするのは確かだ。しかしだ。麓に見える森などを眺めるのは良いのだが、季節は冬になろうかと、いや、もう冬になっているとも言える時期だ。寒いのだ。冗談抜きで。夏場とか秋に入ったばかりとかなら良かったのだろうがもう冬と言える時期で標高の高い山に登るのは軽い気持ちで観光をするにはちょっと敷居が高かった。勿論最新型乳母車だ。カプセルの様になっているから温度も遮断できるのだがカプセル一枚越しで見る景色はどこか味気無さを感じるので直に風を感じる為にウィンドウを開いて見ていると、この場所の東側が湾の様にえぐれているので遮るものも少なく風はきつく、長くはそうして居られなかったし、エールトヘンからも止められた。
「そしてこの下方に見下ろす湾が"大墜落"の跡です。有史以前に落ちた隕石が抉った後だと言われています。その影響で大きな湾が作られ、1つの繋がった山脈だったものが西と東に分断されて現在の姿になったと言われています。現在の場所が西ヘムテの東側であの湾を挟んで向こう側が東ヘムテです。この湾は自然に出来たわけではないのでこの様に崖になっています。隕石が落下しなければここは高い山々が連なる場所だったはずなのです。ですのでここから西に向けて徐々に標高が下がっていきます。この山脈が大陸西部北端になり、北からの寒さをしのぐ壁になっていますがこの湾の部分からは突風が舞い込む事があり、それを活かして風力を利用した機械が導入されています。また、王国北部は山脈に閉ざされているので唯一この湾が海へとつながる場所になります。ですからこの湾は良くも悪くも利用価値があり何かと揉め事が起こります。王国を海側から攻めるならこの湾になり、航路もこの場所のみとなるので、いずれお嬢様もこの場所に訪れる事もあるでしょう。」
何気にローラが観光なのか領内視察なのかが分からない話をし出したのにローレンシアはびっくりするが、なるほどこの大きな湾はそうやって出来たのかと一部聞こえない振りをして景色を眺める。
「なるほどのぅ。つまり漁業も盛んじゃと。」
「その通りです。早い内から開発がされており、吃水も深くなる様に改良されています。逆に言えば軍艦の停留が可能だと言う事で占領されると大変な事になります。他には湾の中央部に見える様に人工島が・・・」
「なるほどのぅ、なるほどのぅ。漁業も盛んじゃと。そう言えばどこからどこまでがアーデルハイド領じゃ?」
「はい。アーデルハイド領は南の湖まで続く縦に長い領地で王国を2つに分断している様になっています。位置的には王国西部になり、西部の所領と中央の間にあるとも言え、西部からの交通は王国内なら必ずアーデルハイド領を通る事になります。それだけ商いも盛んですが揉め事も増え、また、縦に長く横に薄い領地の為に商業の要所にはなれても防衛には適していません。」
あくまでなぜか軍事面の話を盛ってくるローラに、思わずそれはマーガレットの仕事じゃないのか、と思いもすれば、そういやマーガレットは王国の諸事情には詳しくないなと思い返すが、なぜそこまでローラが話すのかはローレンシアには分からないので、それを一々気にしていられないとローレンシアは先を促す。
「それでどこからどこまでじゃ?」
「はい。湾の中程当たりが東端になり、お嬢様が立っている場所から見える南側が大体領内になります。有事の際にはこの山脈の麓の砦に立て籠もるか南の湖から避難になりますので覚えておいてください。」
そこでようやくなるほどね、とローレンシアは思えた。揉め事が起こりやすいから逃げる算段をまず教えておくという事らしい。揉め事が起こりやすいというのはそれだけ外部との交流があるとも言えるのだ。その反面、それだけ外部からの流入があるという事は、良い者達だけが来るのではないという事になる。なら先に避難経路を教えておけば何かあればそこに集合出来ますよ、という事だ。まあ、観光だけではないという事で、観光ついでに色々教えておくつもりらしい。もしかすると観光がついでなのかも知れない、とローレンシアは冷や汗をかく。
「まあまあ。今はそれよりも景色を楽しもうよ。ちょうどエールトヘンの方も準備を終えたようだし。」
マーガレットがそう言って湾と南側を眺める2人に話しかけ、後ろを指さし、ローレンシアとローラが後ろへ振り返るとそこそこ大きめのドーム状の建物が出来上がっていた。地面をわずかに掘り下げ高さを抑えながらカモフラージュする気配りは何のためなんだとローレンシアは思わなくもないが雨風をしのげる場所が出来るのはありがたかった。外見もちょっとした岩にしか見えないのでそれほど違和感がない。中に入れば外の景色が若干見にくいが、とりあえず一息つきたい気分になっているローレンシアはすぐに建物に入った。当然ローラもついてきて、同じ様に寒さから逃れてホッとしながらこう言う。
「ああ、こんな時にトーチカがあると非常に便利ですね。さすがエールトヘン様。」
「やめい、すぐに軍事関係に結び付けるの。何?今日はそんな気分なの?」
「はい。折角これだけ状況を俯瞰出来て戦略を立てやすいのですからやらないのは損かと。」
「もっとこうなんかない?この景色を楽しめるもの。」
「はぁ。この北側に風力発電する為の設備を並べると儲かりそうだなと。」
「そうね!そうだよね!他には?」
半ば自棄になってローレンシアは再度ローラに問う。
「はぁ。登山道を開発して安全に湾を一望出来る観光地にでもしますか。」
「少しビジネスから離れて!」
「ではお嬢様ならどの様な?」
「そうじゃの。何もない辺鄙な場所じゃからこその天文台なんてどうじゃ?もしくは天井全面ガラスなどで夜になると星が見られるとか。」
「なら僕は空地を利用しての飼育かな。安全面が確保出来れば土地の有効利用になるんじゃないかな。」
「それでしたら私は高山植物の栽培ですね。もう少し麓になりますがこの気候を活かしたものを作れば強みになりそうです。」
「ビジネスモデルを考える合宿みたいになっとるのぅ!」
でもまだローラよりはマシかとローレンシアは考える。のどかな牧場で癒されるのもありかと思えるし、庭園でのお茶会なんて洒落たものだ。そしてそこに希少な植物があり他では滅多に見られないとなるとそこそこ楽しめそうに思える。でも両方同時にやって放置したらヤギが植物をモシャモシャ食い荒らしてる姿しか思い浮かばない様になりそうだとも思う。
「分かりました。私も負けてられません。観光の目玉にバンジージャンプを追加しましょう。この高さからのバンジーなら他では味わえないでしょう!」
「ローラもちょっと抑えて。」
あくまでローレンシアは潤いを求めて来たのだ。あまり殺伐とした空気になるのは困る。くつろぎに来て『採算がとれるのか』とか『従業員はどうする』と言った話なんてしたくないのだ。
さすがにローレンシアが少し機嫌が悪くなったのを見てローラも頃合いかと思い、控えめに話す。
「そうですね。少し遊び過ぎました。それより天文台ですか。良いですね。星空輝くロマンチックな夜にお嬢様と恋焦がれる男性の2人きり。そして重なり合う月明りが作り出す影。」
「ロマンスからも離れて!それに早い早い!恋焦がれる男性ってどっちも幼児か!?単に2人並べてベビーベッドで寝ているだけじゃろ。それに恋焦がれるを外せば単にエールトヘンがワシを寝かしつけているだけじゃろ。」
「そうとも言えますね。ではそうですね・・・。『この満天の星空を映す君の瞳が一番綺麗だよ』とお嬢様の瞳を見つめる男性はそっとお嬢様に近づき・・・」
「はいストップ!だからロマンスから離れて!早いから!もっと歳取ってから!」
「歳取ってからという言い方も何というか身も蓋もないというかダサイと言うか。」
「問題はそこじゃないよね!幼児!幼児にそんな教育していいと思ってるのかの?」
2人のいつもの会話にマーガレットが割って入る。
「それよりも天文台は夢があって良いけど、ローレンシアはそれで何をするつもり?」
そう言われてみればあえて星を観察する理由がないなと思うローレンシアは悩んだがローラがそれに答える。
「覚えておいて損はしないかと。地図が無い時に星の位置関係でおおよその方角が分かります。後、死兆星位は知っておいてよいかと。」
「おかしいでしょ!なんでそんなの知ってるの!」
「いえ、以前に勇者が『貴様には今、あの死兆星が見えるはずだ』などとマスター・ララに言っていたのを聞いた事がありますので。その時に懇々と問い詰めて聞いたのです。なんでも死ぬ運命にある者に見える星だとか。」
「それ覚えても方角分からないよね!」
「ですが、人生の行き先は分かるのかも知れませんね。」
「それ空想だから!実際にないから!」
「ですが神託で死ぬ運命を告げられる事はあるらしいですよ?」
「そうなの?」
「はい。そのままの行動を取り続けたらいずれ死ぬ結果につながるぞと教えてくれるらしいです。なら星を使って示すのもあるんじゃないかと。」
「マジ?」
「ないとは言い切れないです。人の死をよく流星に例える事もあるくらいですから。」
「それで、どの星が死兆星とか分かるんじゃろか。」
「さぁ?見えた事の無い星がどれかなんて分かりません。その時になれば見えるんじゃないですか?だから星座は覚えておくと良いかも知れません。ある日突然に『ああ、なんか良く知らない星だけど明るく輝いてるなぁ』なんて言って分からないかも知れませんから。」
「まるで都市伝説じゃな。まぁ星座は覚えておいても構わぬか。いくつかは。」
「ですね。北極星と南極星くらいは覚えていてよいかと。どちらも分かりやすいから。それさえわかれば方角はまぁ大丈夫なのかと。」
ローレンシアとローラがオカルト話にズレてしまっているとエールトヘンが話に入る。
「星が命運を握る事はあるかも知れません。星に導かれ成功した英雄も物語の中には居ますので。」
そういわれたローレンシアはふーんとばかりに答える。
「物語なんじゃろ?ならワシには関係ないのぅ。」
「そうかも知れませんね。ですが是非、星の配置はある程度覚えておいた方が良いかと。良く知る者は星の位置から緯度を導き出すそうです。六分儀などがあればまた話は別ですが。」
「道具か。もしもの為にはあった方が良い?」
「あれば良いとは思いますが、そうやってあれもこれもと集めると物が散乱してどこに何があったかわからなくなるという本末転倒な事になります。ですから皆、知識を手に入れるのです。覚えている分には物が必要ないですしすぐに使えます。」
「なるほど。では覚えるとするか。でも今は昼じゃし。それにまずはここの景色を堪能するか。」
「それがよろしいかと。」
そう言い、エールトヘンは土魔法で更にドーム状の建屋を変形させ、塔の様に上部を伸ばして物見台を作り上げた。ローレンシアは魔法って便利だなと思いながら遠くを一望すると、陽の光にきらめく湾とそこに浮かぶ船、少し目線を上に上げると山脈の上を優雅に飛ぶ鳥に流れる雲、そして都会の生活から離れた静寂感。南を見渡せばのどかな平野があり、ボウっと眺めているだけで癒される気がしてくる。
ローレンシアがただただ景色を眺めている所にエールトヘンが話しかける。
「覚えていてください。この何気ない一時もちょっとした事で失われるのだと。日常というのは容易く壊れ、だからこそその日常を保つ事が重要であり、だからこそ価値があるものだと知っておいてください。一度失ってからだと元に戻すのにより多くの労力が必要になりますので、日頃からのささやかな努力を維持費として支払う事で日常を保っていくのです。」
そう言われるとそうなのかもなと考えるローレンシア。何気ない日常というのは特に困った事もないという事でもあるのだ。その為に少しくらいは頑張っても良いかな、と少しは気分転換出来た気がするローレンシアの横でマーガレットが言う。
「何かの目標や譲れないものがあると意外と頑張れるものだよ。ローレンシアはまずそれを手に入れたら良いんじゃないかな。」
目標?そう言われてローレンシアは愕然とした。ルーシーの事すっかり忘れてた、と。だからと言って積極的に何か出来るだけの準備が出来ているわけではないのがネックで、その為にはまず訓練だと行動していたら肝心の出来事を見事に忘れていたのだ。しかしそれも仕方ないと言い訳したい。なにせ日々忙しいのだ。その内必ず、と心に決めながら、遠い目をしながら遠くの景色をローレンシアは眺めた。
一応は気分転換できたのかスッキリした顔のローレンシアと共に屋敷へと帰った一行。そして後日、アーデルハイド領に展望台が新たに設置された。なぜ天文台じゃなく展望台なんじゃとローレンシアはゴネたが星空の観測も出来る設備は併設してあるという事でなんとか落ち着いた。