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134 第六回お嬢様対策会議

別のパターンというかテンドン以外を模索?

結局は自分でハードルを上げて越えれないw。


そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。

優しく寄り添い穏やかな表情を見せていた太陽は表に見せなかった持ち前の明るさを見せ始め、その陽気さを微笑ましく感じながらも少し持て余しつつ来たる躍動する季節を期待して待つ。

そして今日も客を出迎える準備万端に静かに厳かに佇むものがある。


玄関をくぐると王都でも類をみない程大きなシャンデリアが吊り下げられ、通路には等間隔に壷などが飾られていた。

壷は光沢を放ち、窓は磨き上げられ曇りなく、扉はきしむ事なく開き、ドアノブはくすんでいない。

そこに仕える者達の教育が行き届いている事もまた、その貴族の格というものを示している。


その屋敷の一室で、深刻な表情の面々が重い空気を漂わせながらテーブルを囲んでいた。


ある人物は肘を付き、手の甲で額を支えながらテーブルに視線を落としたまま顔を上げず。

ある人物はただハンカチで涙を拭いながら誰かが話し始めるのを待っていた。


「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。

それでは第六回お嬢様対策会議を始めたいと思います」


拍手などない。皆どこか真剣な表情で頷いた。



私の名はマーカス。

第二席の執事です。

じきに真夏と言える時期になりすっかり私もこの屋敷に慣れました。ささやかな私の生活は皆様方に支えられ適度な緊張と潤沢な予算で丁度良いバランスを見せながら快適な暮らしを満喫させて頂いております。最近はお嬢様もお淑やかになられていずれは立派な淑女になる将来性を伺わせてはおりますが如何せんまだ幼く時折感情を露わになさる事もしばしば。その度に私の繊細なハートは部屋の調度品と同じ様に傷つき精神と予算がガリガリと削られる日々に、強固な予算はともかく私のハートは脆くも崩れ落ちそうです。そもそも淑女にかかる費用に少なくない割合で交際費ではなく修繕費が計上されるのは如何なものかと思います。帳簿上からは一体何が起こっているのかとスケールの大きい話になりかねません。修繕というより改築と言った方が良い額。日毎運び込まれる物資。この帳簿と合わせれば何を企んでいるのかと思う者も居るでしょう。

そんな毎日ですが日々皆さまに助けられながら平穏に過ごせています。日常とは何なのかはあえて分かりませんが。


そんな私も及ばずながら真摯に微力を尽くしお嬢様をお支えする日々を過ごしております。

本当に真摯に微力ながらお支えしております。

そこに嘘偽りはございませんとも。ええ、お支えしておりますとも。本当に微力ながら。


エールトヘン様にキャメロン様、マスターララにマーガレット様、シェリーやミーナも含めて良いかも知れません。お嬢様のお傍に支えられながらもお仕えする毎日。

幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。

ええ。この気持ちに嘘はございません。

勿論ですとも。


ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。


お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、私では思いもつかない色々な事が出来てしまいます。

私にはどうやっているのかまではわかりません。


そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。


「お嬢様は一体どうされたのですか!?」


おやシェリー。あなたがお嬢様の心配をするとは珍しい。いや失礼。いつもお嬢様を心配されていましたね。いつお嬢様に悪戯を仕掛けられるかと警戒する姿は私も見かけた事があります。後を歩いていると突然何かを警戒する目付きで振り返り、私を見つけてホッとした表情を浮かべるのは止めて頂きたい。私はあなたの心のオアシスではないのです。逆に私の方が心のオアシスを探しているのですよ。普段からそうしているのでしたら知らない人から見れば不審者です。尤もこのお屋敷の中で知らない者は居ませんので問題ありません。むしろ皆、大変だなぁと同情してしまいます。

そんなシェリーがお嬢様を心配するのは当然かも知れませんがとりあえず聞いたほうが良いのでしょう。


「シェリー。一体どうしたのです?お嬢様に何かありましたか?」


「いえ。お嬢様には何もありません。そうではなく、お嬢様が何もされないのです!」


ああ、シェリー。あなたの気が動転しているのは分かりました。問題事は何も無い。実に素晴らしい事ではありませんか。私だって疚しい事は何もありません。何も無い事の素晴らしさにシェリーは何の不満があるというのでしょうか。ですので私は重ねて聞きます。


「シェリー。それに何の問題があるのですか?お嬢様に何かあるわけでもなく何かされたわけでもない。あえてここで取り上げる話ではないと思いますが。」


その私の一言にそんな事はないとばかりにシェリーは言い返します。


「いえ、マーカス様。私の言いたいのはそういった事ではなく、あのお嬢様が過ぎたお遊びをなさらないのです。」


「ですからそれに何の問題があるのですか?」


「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


おっと、横から援軍が来ました。突然ミーナが話に参加してきました。どうやら今日は共同戦線の様です。やけに大人しいと思えばいきなりの奇襲。普段からペアで作業する事の多い2人ならではのコンビネーションと言った所でしょうか。しかしシェリーもそうですがミーナも何を言いたいのか分かりませんのでとりあえず聞くことにしましょう。


「ミーナ。突然話に入ってきましたが一体何があったのです?シェリーはお嬢様が何もされないと言い、あなたはお嬢様が何かした様な事を言っていますが。」


「ええ、聞いてください!守護霊様がとうとうお姿を見せなくなったんです!いつ守護霊様に会えるのが楽しみだったのに、しばらく元気無さそうな表情をした後に突然お姿を見せなくなったんです!最後に見かけた時はこちらに気づかずに壁の中に消えていきました。あれですか、お嬢様が守護霊様を悩ませるから笑顔が見れないんですか!あの穏やかな笑顔が見れないなんて!どうしてお姿を見せなくなったんですか!お嬢様の相手で忙しいんですか!私に恨みでもあるんでしょうか・・・」


なるほど。何もない事に不満なわけですか。ですが守護霊様もミーナに会う為に徘徊しているのではないと思いますので毎回ミーナと会う事もないと思うのですが。私がそんな事を考えていると皆も口々に話し始めた。


「そういえば最近見かけませんね。いつもなら休憩する時に誰かしらがあの方の話をしたりするのですが。」


「そうですね。見たのはかなり前でしょうか。2,3週間前だったでしょうか。その時は思案気な表情でこちらに気づかず通り過ぎた様な気がします。」


どうやらミーナの前だけではなく皆の前にも姿を現していない様です。ならやはりシェリーの心配事と関係があると考えるのが筋でしょうか。お嬢様の行動の変化が何らかの影響を守護霊様に与えたという事なのでしょうか。


「世の中は所詮砂の上に書いた絵に過ぎぬ。風が吹けば容易く消え去り残るのは崩れた砂と風のみ。」


皆がその方を見つめた。突然意味不明な事を言い出したのはそう、私たちのエールトヘン様です。いきなりの発言に決して皆『こいついきなり何いってるんだ』などとは思っているわけではありません。

今回ばかりは私もあまりの突拍子の無い発言に驚きました。皆の頭の中にも「?」が浮かんでいるのではないかと思います。しかしそのまま誰も言わないのでは話も進まないのでとりあえず私が話しかける事になります。


「エールトヘン様。それはお嬢様の変化に何か関係がある一言なのでしょうか?」


その言葉にエールトヘン様は静かに頷き答えました。


「うむ。前回シェリーに情操教育について指摘を受けたのでなるべく皆に迷惑が掛からないように早めに色々と教えたのだが、やはりお嬢様は理知的で覚えが良くどんどん吸収していき色々と物思いに耽る様になってしまったのだ。恐らくその影響が守護霊様にも出たのだろう。なにやら考え込んだ後に『世の中は所詮砂の上に書いた絵に過ぎぬ。風が吹けば容易く消え去り残るのは崩れた砂と風のみ。』とおっしゃられていた。」


「そんな悟りを開いたようなセリフを言う幼児なんて嫌です!」


シェリーが声を荒げましたが私も同感です。確かに派手にいろいろとお嬢様らしい事を成されるのも些か問題がありますが、達観した幼児というのも些か問題があると思います。主に私たちの立場的に。日々の出来事に一喜一憂する身では幼児にそんな達観をされると色々と身につまされる思いを抱きます。こう、もっと中間と言いますか中庸と言いますか私たちの想定の範囲内に収まってはくれないものかと思案してしまいます。そんな私の思いを余所にエールトヘン様は言葉を継ぎました。


「悟りを開いたかどうかは分からないが『だが、許そう。手に入らぬからこそ、美しいものもある。』ともおっしゃられていた。」


「尚更嫌です!やっぱり悟り開いてるんじゃないですか!?エールトヘン様やりすぎです!」


シェリーの健気な問いかけにエールトヘン様はハッとした表情の後、「違う。違うんだ」などと言い出し始めました。

何が違うのか分かりませんがどうやらエールトヘン様の返事を待った方が良さそうです。

シェリーに詰め寄られながらもなんとか宥めたエールトヘン様はおっしゃいました。


「先日の部屋の大穴騒動然りシェリーへの愛情表現然り、お嬢様の行動が常識を持ち常人の理解出来る様な振る舞いに成る為には世界の事が、取り分け私たちの事を知らなければならないと思ってだ、国のトップとしての教育を施してみたのだ。些か情報量が多かった様で夢にも見るらしい。」


「スケールが大きすぎます!それ情操教育なんですか!?」


「お嬢様の向上心は中々類を見ない程に高く私もつい興に乗ってしまった。」


「エールトヘン様はお嬢様をどうしようと言うんです!?立派な淑女に成られる様に教育するのが役割と思ってましたが?」


「無論そうだ。私が普段教える時に行っていたものを施した。」


「・・・」


エールトヘン様の一言にさすがにシェリーも言葉を失いました。私も同感です。そもそも普段のエールトヘン様の言動・・・、ゴホン、普段のエールトヘン様は親しみやすいので忘れがちですがこの方は王族の教育係。つまりはエールトヘン様が普通に施す教育とはやんごとなき方々向けの教育という事です。確かにその教育は立派な淑女になる為の教育と言えます。但しその前に"国一番の"と付くのですが。

しかし向上心があり、より高い能力を得ようとする者にそれを止めろというのも間違っており、教える者も教わる者も規格外ならどうしても目指す所は凡人の領域には収まらないという事が身に染みて分かりました。どうやら私の平穏は凡人の領域にしか無い様です。いつから私はこの日常に慣れてしまったのでしょう。

私がそんな事を考えているとシェリーが言うべき事を思いついた様です。


「それでもエールトヘン様。子供はもっと可愛くあるべきです!最近のお嬢様は大人しいですがそんな話を聞いたらお澄ましさんというより仏頂面って感じがしてきました。こう、何て言うんですか?何かを分かった風な半眼で力なく笑うんじゃなく、もっとこう、子供らしい笑顔が必要なんだと私は思います。」


シェリーも良い事を言う様になったものです。確かにお嬢様が類稀なる才能を持っていたとしてもまだ子供です。子供の内は子供にしか出来ない事をして貰うべきだと私も思い、同意しようとしましたが先にエールトヘン様が答えてしまいました。


「勿論私もそう思う。だが考え方の下地というものは必要で、その核となる部分に経験したものを糧として成長させる必要がある。いきなり情報量が多かったので今はまだ混乱している様ですがいずれ吸収し終えて元のお嬢様に戻る。安心なさい。」


「そうですか。なら私達はいつも通りで良いんですね?」


「ああ、そのままで頼む。」


どうやら何事もなく済みそうです。ですがシェリー、分かっていますか?お嬢様が元に戻るという事はあなたの手間がいつも通りに戻るという事ですよ?今はお嬢様の心配をしている様ですがやがて自身の心配をする日がまた訪れるでしょう。もっとも私には元々飛び火していませんので気にしませんし、今はシェリーのそのお嬢様を慈しむ気持ちを優先して黙っていましょう。いずれ時がくれば分かる事です。今の気持ちを大事にして貰いたいというのが私の嘘偽りない気持ちです。

そんな私がシェリーに暖かい目線を送っていると今まで控えていたミーナが話し出しました。


「なら守護霊様も元気になられるという事ですね?良かった!」


その喜ぶミーナの一言に、エールトヘン様はどう言ったものかと思案した後に答えました。


「いや、ミーナ。以前も言った様に守護霊様はいずれ消え去る。もう出てこないのではないかな。丁度良いタイミングにも思えるが。」


その一言に驚愕の表情を浮かべてミーナが言いました。


「最後に見たあの方の表情があれなんてお嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


どうやらミーナは今回も落ち着かないままの様です。周りの皆が「まぁまぁ、私達も会えなくなってさみしいわ。」と宥めているのでとりあえずは放置で良いでしょう。


「では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。

アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」


皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。

お嬢様が健やかに成長なさるのは構いませんがあの方はお嬢様にどこを目指させるつもりなのでしょう。

国一番の淑女と言えば・・・、いえこれ以上考えるのは止しましょう。

分かっていらっしゃいますか?エールトヘン様。

奥様よりも乳母よりも、誰よりもお嬢様に研鑽させようとしているのは貴方様なのです・・・


ちょっと宗教話になりますが、2000年程前に、社会概念を砂絵として表現した方が居ました。砂絵というのはどれ程美しく書いた所で一度風が吹くとすぐに崩れて元の完成度はなくなってしまうという脆く儚いものであり、それを例えに使っています。風とは言葉を比喩します。どれだけ社会概念を整備して実現しようとしても私達が私達自身の手で言葉を悪用し概念定義を改変したり、言葉のあやを利用若しくは揚げ足取り、つまりは明文化されていない部分を強調したり付け足したりしてどれだけ完成度の高い社会システムを実現しようとしても利己益を求めて潰してしまうという例えになります。砂絵と同じく砂の城とも表現されます。宗教用語の化生化城というものの例えにある様に、堅固な社会システムを作り上げる事を強固な城に例えています。化生とは、今の世の中では化け物と言えばモンスターと表現されます。化けるという事自体に善悪はなく、物に化ける、つまりは中身のない偽者に劣化したというもので化け物と使われます。それに対して化生と言うと善悪はあれど、私達が今までとは違う新たな生き方を選んだという意味になります。この場合「生きる」という部分に人間として能動的に行為するという意味が含まれています。私達はかつてけものであったところから理知的な行為をするように高みを目指します。いままでがより野生的であった状況から突然別の何かと言える程に変わる事を「化ける」と表現し、「化生」とは民衆の中から聖人君子が現れる様に、何かを得て今までとは違う生き方をする者に対して使われます。ちなみに「化ける」に善悪はないと言いましたが「生きる」という言葉と合わさる事で良い方向の変化にしか使いません。悪い方への変化、つまりは欲望を満たすための変化は野生的もしくは既存のやり方を追求して利益を得ようとする行為なので「死んでいる」と表現されます。アンデッドというやつです。仮死状態。意味深ですね。惰眠を貪る、未だ眠ったまま、とも表現されます。

その化生が世の中に作り上げる世の中を平和にする為の社会概念で作り出した現実の整備が「化城」です。しかし一度形にしたものはその形にした部分が強調され、明文化されない部分を悪用されたりして私達が望む強固さを持たず容易く崩されます。ですので「砂絵」や「砂の城」などと表現されます。

もし砂絵を望む完成度で維持しようとすれば対策が必要です。風が吹かない様にするか吹いて崩れてもすぐに元に戻すか。つまりは動的な維持管理が必要だと言っています。誰かに砂絵を与えてもらってそれで何もかも大丈夫だと思いながら風が吹いて崩れたから不満を言う、というのはそもそも間違いですよ、というのを気づかせるためにもこの表現は使われます。


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